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テイルズ オブ バトルロワイアル Part10

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:50:46 ID:fvCJm4MK0
テイルズシリーズのキャラクターでバトルロワイアルが開催されたら、
というテーマの参加型リレー小説スレッドです。
参加資格は全員にあります。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
これはあくまで二次創作企画であり、ナムコとは一切関係ありません。
それを踏まえて、みんなで盛り上げていきましょう。

詳しい説明は>>2以降。

【過去スレ】
テイルズ オブ バトルロワイアル
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1129562230
テイルズ オブ バトルロワイアル Part2
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1132857754/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part3
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1137053297/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part4
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1138107750
テイルズ オブ バトルロワイアル Part5
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1140905943
テイルズ オブ バトルロワイアル Part6
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1147343274
テイルズ オブ バトルロワイアル Part7
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1152448443/
テイルズオブバトルロワイアル Part8
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1160729276/
テイルズ オブ バトルロワイアル Part9
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171859709/

【関連スレ】
テイルズオブバトルロワイアル 感想議論用スレ9
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1171627482/
※作品の感想、ルール議論等はこちらのスレでお願いします。

【したらば避難所】
〔PC〕http://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/
〔携帯〕http://jbbs.livedoor.jp/bbs/i.cgi/otaku/5639/

【まとめサイト】
PC http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/
携帯 http://www.geocities.jp/tobr_1/index.html

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:51:44 ID:fvCJm4MK0
----基本ルール----
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
 勝者のみ元の世界に帰ることができ、加えて願いを一つ何でも叶えてもらえる。
 ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
 「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去12時間に死んだキャラ名」
「残りの人数」「主催者の気まぐれなお話」等となっています。

----「首輪」と禁止エリアについて----
 ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「首輪」を填められている。
 首輪が爆発すると、そのプレイヤーは死ぬ。(例外はない)
 主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることができる。
 この首輪はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
 24時間死者が出ない場合は全員の首輪が発動し、全員が死ぬ。 
「首輪」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
 下手に無理やり取り去ろうとすると首輪が自動的に爆発し死ぬことになる。
 プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 なお、どんな魔法や爆発に巻き込まれようと、誘爆は絶対にしない。
 たとえ首輪を外しても会場からは脱出できないし、禁止能力が使えるようにもならない。
 開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると首輪が自動的に爆発する。
 禁止エリアは3時間ごとに1エリアづつ増えていく。

----スタート時の持ち物----
 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
 ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
 また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
 ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を配給され、「ザック」にまとめられている。
 「地図」「コンパス」「着火器具、携帯ランタン」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「支給品」
 「ザック」→他の荷物を運ぶための小さいザック。      
 四次元構造になっており、参加者以外ならどんな大きさ、量でも入れることができる。
 「地図」 → 舞台となるフィールドの地図。禁止エリアは自分で書き込む必要がある。
 「コンパス」 → 普通のコンパス。東西南北がわかる。
 「着火器具、携帯ランタン」 →灯り。油は切れない。
 「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
 「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
 「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
 「写真付き名簿」→全ての参加キャラの写真と名前がのっている。
 「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
 「支給品」 → 何かのアイテムが1〜3つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「作品中のアイテム」と
 「現実の日常品もしくは武器、火器」の中から自由に選んでください。
 銃弾や矢玉の残弾は明記するようにしてください。
 必ずしもザックに入るサイズである必要はありません。
 また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
 ハズレアイテムも多く出しすぎると顰蹙を買います。空気を読んで出しましょう。


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:52:27 ID:fvCJm4MK0
----制限について----
 身体能力、攻撃能力については基本的にありません。
 (ただし敵ボスクラスについては例外的措置がある場合があります)
 治癒魔法については通常の1/10以下の効果になっています。蘇生魔法は発動すらしません。
 キャラが再生能力を持っている場合でもその能力は1/10程度に制限されます。
 しかしステータス異常回復は普通に行えます。
 その他、時空間移動能力なども使用不可となっています。
 MPを消費するということは精神的に消耗するということです。
 全体魔法の攻撃範囲は、術者の視野内ということでお願いします。

----ボスキャラの能力制限について----
 ラスボスキャラや、ラスボスキャラ相当の実力を持つキャラは、他の悪役キャラと一線を画す、
 いわゆる「ラスボス特権」の強大な特殊能力は使用禁止。
 これに該当するのは
*ダオスの時間転移能力、
*ミトスのエターナルソード&オリジンとの契約、
*シャーリィのメルネス化、
*マウリッツのソウガとの融合、
 など。もちろんいわゆる「第二形態」以降への変身も禁止される。
 ただしこれに該当しない技や魔法は、TPが尽きるまで自由に使える。
 ダオスはダオスレーザーやダオスコレダーなどを自在に操れるし、ミトスは短距離なら瞬間移動も可能。
 シャーリィやマウリッツも爪術は全て使用OK。


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:53:09 ID:fvCJm4MK0
----武器による特技、奥義について----
 格闘系キャラはほぼ制限なし。通常通り使用可能。ティトレイの樹砲閃などは、武器が必要になので使用不能。
 その他の武器を用いて戦う前衛キャラには制限がかかる。

 虎牙破斬や秋沙雨など、闘気を放射しないタイプの技は使用不能。
 魔神剣や獅子戦吼など、闘気を放射するタイプの技は不慣れなため十分な威力は出ないが使用可能。
 (ただし格闘系キャラの使う魔神拳、獅子戦吼などはこの枠から外れ、通常通り使用可能)
 チェスターの屠龍のような、純粋な闘気を射出している(ように見える)技は、威力不十分ながら使用可能。
 P仕様の閃空裂破など、両者の複合型の技の場合、闘気の部分によるダメージのみ有効。
 またチェスターの弓術やモーゼスの爪術のような、闘気をまとわせた物体で射撃を行うタイプの技も使用不能。

 武器は、ロワ会場にあるありあわせの物での代用は可能。
 木の枝を剣として扱えば技は通常通り発動でき、尖った石ころをダーツ(投げ矢)に見立て、投げて弓術を使うことも出来る。
 しかし、ありあわせの代用品の耐久性は低く、本来の技の威力は当然出せない。

----晶術、爪術、フォルスなど魔法について----
 攻撃系魔法は普通に使える、威力も作中程度。ただし当然、TPを消費。
 回復系魔法は作中の1/10程度の効力しかないが、使えるし効果も有る。治癒功なども同じ。
 魔法は丸腰でも発動は可能だが威力はかなり落ちる。治癒功などに関しては制限を受けない格闘系なので問題なく使える。
 (魔力を持つ)武器があった方が威力は上がる。
 当然、上質な武器、得意武器ならば効果、威力もアップ。

----時間停止魔法について----
 ミントのタイムストップ、ミトスのイノセント・ゼロなどの時間停止魔法は通常通り有効。
 効果範囲は普通の全体攻撃魔法と同じく、魔法を用いたキャラの視界内とする。
 本来時間停止魔法に抵抗力を持つボスキャラにも、このロワ中では効果がある。

----TPの自然回復----
 ロワ会場内では、競技の円滑化のために、休息によってTPがかなりの速度で回復する。
 回復スピードは、1時間の休息につき最大TPの10%程度を目安として描写すること。
 なおここでいう休息とは、一カ所でじっと座っていたり横になっていたりする事を指す。
 睡眠を取れば、回復スピードはさらに2倍になる。

----その他----
*秘奥義はよっぽどのピンチのときのみ一度だけ使用可能。使用後はTP大幅消費、加えて疲労が伴う。
 ただし、基本的に作中の条件も満たす必要がある(ロイドはマテリアルブレードを装備していないと使用出来ない等)。

*作中の進め方によって使える魔法、技が異なるキャラ(E、Sキャラ)は、
 初登場時(最初に魔法を使うとき)に断定させておくこと。
 断定させた後は、それ以外の魔法、技は使えない。

*またTOLキャラのクライマックスモードも一人一回の秘奥義扱いとする。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:53:51 ID:fvCJm4MK0
【参加者一覧】
TOP(ファンタジア)  :2/10名→○クレス・アルベイン/○ミント・アドネード/●チェスター・バークライト/●アーチェ・クライン/●藤林すず
                  ●デミテル/●ダオス/●エドワード・D・モリスン/●ジェストーナ/●アミィ・バークライト
TOD(デスティニー)  :1/8名→●スタン・エルロン/●ルーティ・カトレット/●リオン・マグナス/●マリー・エージェント/●マイティ・コングマン/●ジョニー・シデン
                  ●マリアン・フュステル/○グリッド
TOD2(デスティニー2) :1/6名→○カイル・デュナミス/●リアラ/●ロニ・デュナミス/●ジューダス/●ハロルド・ベルセリオス/●バルバトス・ゲーティア
TOE(エターニア)    :2/6名→●リッド・ハーシェル/●ファラ・エルステッド/○キール・ツァイベル/○メルディ/●ヒアデス/●カトリーヌ
TOS(シンフォニア) :3/11名→○ロイド・アーヴィング/○コレット・ブルーネル/●ジーニアス・セイジ/●クラトス・アウリオン/●藤林しいな/●ゼロス・ワイルダー
             ●ユアン/●マグニス/○ミトス/●マーテル/●パルマコスタの首コキャ男性
TOR(リバース)    :2/5名→○ヴェイグ・リュングベル/○ティトレイ・クロウ/●サレ/●トーマ/●ポプラおばさん
TOL(レジェンディア)  :0/8名→●セネル・クーリッジ/●シャーリィ・フェンネス/●モーゼス・シャンドル/●ジェイ/●ミミー
                  ●マウリッツ/●ソロン/●カッシェル
TOF(ファンダム)   :0/1名→●プリムラ・ロッソ

●=死亡 ○=生存 合計11/55

禁止エリア

現在までのもの
B4 E7 G1 H6 F8 B7 G5 B2 A3 E4 D1 C8 F5 D4

15:00…C5
18:00…B3


【地図】
〔PC〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/858.jpg
〔携帯〕http://talesofbattleroyal.web.fc2.com/11769.jpg

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:54:34 ID:fvCJm4MK0
【書き手の心得】

1、コテは厳禁。
(自作自演で複数人が参加しているように見せるのも、リレーを続ける上では有効なテク)
2、話が破綻しそうになったら即座に修正。
(無茶な展開でバトンを渡されても、焦らず早め早めの辻褄合わせで収拾を図ろう)
3、自分を通しすぎない。
(考えていた伏線、展開がオジャンにされても、それにあまり拘りすぎないこと)
4、リレー小説は度量と寛容。
(例え文章がアレで、内容がアレだとしても簡単にスルーや批判的な発言をしない。注文が多いスレは間違いなく寂れます)
5、流れを無視しない。
(過去レスに一通り目を通すのは、最低限のマナーです)


〔基本〕バトロワSSリレーのガイドライン
第1条/キャラの死、扱いは皆平等
第2条/リアルタイムで書きながら投下しない
第3条/これまでの流れをしっかり頭に叩き込んでから続きを書く
第4条/日本語は正しく使う。文法や用法がひどすぎる場合NG。
第5条/前後と矛盾した話をかかない
第6条/他人の名を騙らない
第7条/レッテル貼り、決め付けはほどほどに(問題作の擁護=作者)など
第8条/総ツッコミには耳をかたむける。
第9条/上記を持ち出し大暴れしない。ネタスレではこれを参考にしない。
第10条/ガイドラインを悪用しないこと。
(第1条を盾に空気の読めない無意味な殺しをしたり、第7条を盾に自作自演をしないこと)


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 18:55:32 ID:fvCJm4MK0
━━━━━お願い━━━━━
※一旦死亡確認表示のなされた死者の復活はどんな形でも認めません。
※新参加キャラクターの追加は一切認めません。
※書き込みされる方はスレ内を検索し話の前後で混乱がないように配慮してください。(CTRL+F、Macならコマンド+F)
※参加者の死亡があればレス末に必ず【○○死亡】【残り○○人】の表示を行ってください。
※又、武器等の所持アイテム、編成変更、現在位置の表示も極力行ってください。
※具体的な時間表記は書く必要はありません。
※人物死亡等の場合アイテムは、基本的にその場に放置となります。
※本スレはレス数500KBを超えると書き込みできなります故。注意してください。
※その他詳細は、雑談スレでの判定で決定されていきます。
※放送を行う際は、雑談スレで宣言してから行うよう、お願いします。
※最低限のマナーは守るようお願いします。マナーは雑談スレでの内容により決定されていきます。
※主催者側がゲームに直接手を出すような話は極力避けるようにしましょう。

※基本的なロワスレ用語集
 マーダー:ゲームに乗って『積極的』に殺人を犯す人物。
 ステルスマーダー:ゲームに乗ってない振りをして仲間になり、隙を突く謀略系マーダー。
 扇動マーダー:自らは手を下さず他者の間に不協和音を振りまく。ステルスマーダーの派生系。
 ジョーカー:ゲームの円滑的進行のために主催者側が用意、もしくは参加者の中からスカウトしたマーダー。
 リピーター:前回のロワに参加していたという設定の人。
 配給品:ゲーム開始時に主催者側から参加者に配られる基本的な配給品。地図や食料など。
 支給品:強力な武器から使えない物までその差は大きい。   
      またデフォルトで武器を持っているキャラはまず没収される。
 放送:主催者側から毎日定時に行われるアナウンス。  
     その間に死んだ参加者や禁止エリアの発表など、ゲーム中に参加者が得られる唯一の情報源。
 禁止エリア:立ち入ると首輪が爆発する主催者側が定めた区域。     
         生存者の減少、時間の経過と共に拡大していくケースが多い。
 主催者:文字通りゲームの主催者。二次ロワの場合、強力な力を持つ場合が多い。
 首輪:首輪ではない場合もある。これがあるから皆逆らえない
 恋愛:死亡フラグ。
 見せしめ:お約束。最初のルール説明の時に主催者に反抗して殺される人。
 拡声器:お約束。主に脱出の為に仲間を募るのに使われるが、大抵はマーダーを呼び寄せて失敗する。


8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/30(木) 23:41:46 ID:qFyO2QCq0
>>1-7
                       ,,、      .、,lillii,,,                   
                         ,illllliii,,,_   :lllllii,,,゙!!lllil.                  
  .iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii,,、     .゙゙゙!!llllllllil、  .゙゙!!llllr゙゙’                  
  lllllllllll!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!llllllllll!″   ._    ゚゙゙゙゜     .″                   
             ,,illlllll!゙゜   .,,illllliii,,,、            ,iii,,      iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiil   
      .,_    .,,iillllll!゙゜     .゙゙゙!!lllllllliii、       .,,illllll!"    ゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙lllllll゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙′   _____     ___ ___    ___
     .,lilllllii,,, .,,iilllll!l゙`           ゚゙゙!゙`      .,,,illlllll!゙`           llllll       /__  __/ [][] _| |_| |__ _| |_
      .゙゙゙!llllllliillllll!l゙`                ,,,,iillllll!!゙`          llllll          / /     |    _  | |_  レ'~ ̄|
        .゙゙!lllllllli,,,                  ,,,,iillllllll!!゙’           llllll          |  |___      ̄|  | / / /   /| |
            ゙゙!lllllllii,,、         ,,,,,,,iiiiillllllll!!!゙°       ,iiiiiiiiiiiiiiiiiilllllliiiiiiiiiiiiiiiiiiiii、     \__|     |  |  ̄ /_  /  | |_
              ゙゙!l!!゙’           'llllllllllll!!!!゙゙°          llllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllll               |_|     |__|   \/
                       ゙!゙゙″

9 :柘榴 1:2007/09/02(日) 11:15:13 ID:QdFp1X+f0

男が幾つもある家屋の内の一つの外壁に、力無く寄りかかった。
その衣服はチリチリと焦げた後が目立つ。
男が不規則に荒れる呼吸を整え内功を練ろうとするが上手くいかない。
虎の子も使い切り、矢の数も残り少ない。
胃の中から何かが逆流して、自身から拒絶されたものを慌てて手で抑える。
びちゃ、と音がした。もう体の中に吐くものなど残っていないと彼は思っていたのだが。
彼はゆっくり手を口から遠ざけた。無感動な眼球が少しだけ戦慄いたあと、口元が卑しく歪んだ。

「もう、血じゃなくなってるのかよ……参ったな」

男の表情はどのカテゴリにも属さなかったが、それが乾いていることだけは表皮から判別できる。
男、ティトレイは再び動きだした。自分の体の命じていたままに。


村全体を覆う霧が沈みながら地面に蕩けていく。
彼らの国の王都も霧塗れだが、そことは異なり降り注ぐ陽光が陰鬱さを払拭している。
小さな村のささやかな異常気象は終わりを告げ始めた頃、C3村北部、住宅区域に彼らの姿が現れた。
「――――は〜〜〜あ。分かっちゃあいたけどよ、やっぱこうなるのか」
一番初めにその姿を現した青年、ティトレイ=クロウは住宅の屋根の上で膝を折って嘆息を付いた。
その不機嫌そうな顔のまま、頭を掻く。はっと何かに気付くようにして髪を抓んで親指と中指の腹で擦る。
「丸二日もすりゃ流石に伸びるか……手入れくらいしたほうが良かったかな」
真剣そうに髪を弄る。それなりに几帳面だった人間としてはミクトランにはもう少し衛生状態に気を配って欲しいものである。
「あー、クレスに切って貰えば良かったんじゃね?ミリ単位で切るくらいあいつなら出来るだろうし」
ナイスアイデアとばかりに手を打つが、直ぐに首を振った。
髪を切るついでに首を斬られたのでは堪らない。どこからともなく二本の矢を取り出す。
「悪くない発想だと思ったんだけどなー。そこらへんどう思うよ?ヴェイグ?」
問い掛けと同時に、霧の残骸が一筋の軌跡を描いた。纏わり付くような白を掻き分けて現れたのは銀髪の剣士。
「ティトレェェェェェェイ!!!」
平屋とはいえ屋根の上にいるティトレイにまで至るその機動力はどんな魔術を使ったものだろうか。
それを問うことはせずに、ティトレイは最短手順で左腕の弓をヴェイグに構えた。
溜めを作らずに、直ぐに弦を弾く。狙うのは弾丸の如く飛んでくるヴェイグの右手首。
放たれた矢は自分の速度と対象の速度を合成して恐るべき相対速度を生み出した。
それでもなお狙いは正確で、吸い込まれるように吸い込むように彼と彼の氷剣を撃ち落とそうとする。
「絶・瞬影迅!!」
ヴェイグは防ぐ動作をせずに、氷気を纏ったまま強引に加速する。
その加速が逆に完全な狙いを定めたティトレイの矢の標準を逆に外した。
鬼気迫るかのような中空の突進は矢の一本程度では止められない。
否、陣術を纏ったヴェイグという巨大な槍の前に矢如きで止められる道理がない。
だからヴェイグはその気になればフォルスの矢で弾幕すら張れる彼の二本目の矢を警戒していた。
しかし、ヴェイグに退く気はない。一本の矢ではこの鋼体は止められない。
止めるだけのフォルスを準備するならば、その間に更なる加速で強度を増して弓に至る。
(暴走の危険もある。この奇襲で何とか、いや!)
吠えながら両手で剣をしっかり握りしめたヴェイグは、弓を構えるティトレイを睨みつけ
(ここで一気にケリを付け――――――!?!?)


10 :柘榴 2:2007/09/02(日) 11:15:51 ID:QdFp1X+f0

「なる、ダッシュしながら鋼体で一気に突破。お前らしいぜ、ヴェイグ」
耳に息がかかるような錯覚を覚えるほどの距離で、ヴェイグはティトレイの素直な感想を受けた。
あまりにも場違いなほどの素直さに、ヴェイグの反応が鈍る。
「だけどよう」加速が乗り切る前に、加速距離を“詰められた”ヴェイグが防御を固める前に、
「俺の拳も届くんだぜ?いいのか?」ティトレイの飛び蹴りがヴェイグの胸を打った。鉄が割れる音がする。
自らの勢いの反作用を上乗せされたヴェイグは勢いを止められて、続く二撃目の蹴りで反対側に吹き飛ばされた。
ティトレイは奥歯を噛み締めながら、ヴェイグを三角跳びの足場にしたかのような二撃目で後ろに飛んだ。
「―――飛連」
飛びながら既に構えられた二本目の矢の狙いを定める。
安定しない中空からの飛び撃ち、その狙いは今の蹴りで更に進んだ胸甲の亀裂の奥。
「墜蓮閃」
蹴り上げから針の穴を通すような曲撃ち連携がスムーズに放たれる。
貫通力のある矢が、その破損した胸甲ごとヴェイグを射抜こうとした。
加速力を失った今、ヴェイグの攻守を司る突撃衝力は存在せず、ティトレイの矢を避ける術はない。

「くッ……」
苦悶の表情のヴェイグが左手を腰に回した瞬間、
「ヴェイグさん、右にガードを!!」
「!!」「!?」
声に反応し、ヴェイグはとっさに左腕を右側面に回す。
「ウインドスラッシュ!」
ヴェイグの右方向から突風が吹き荒れ、その体を飛ばす。
彼の体を貫通するはずの矢は誰にも当たらず通り過ぎる。
ヴェイグは着地し、ティトレイがいた方を向くが既にその姿は無かった。
そして、改めて上を見上げた先には、見知った少年の背中があった。


「カイル、お前……」
ヴェイグが理由を聞こうと声を上げようとして、カイルが首を捻ってヴェイグの方を向いた時、ヴェイグは言葉を失った。
“何故こちらに来た”などという問いはその悔しそうで寂しそうな表情の前には陳腐でしかない。
「……ロイドか」
カイルは無言のまま首も振ろうとしない。それだけで、全てがヴェイグには分かったような気がした。
「あの、莫迦が。自己満足で自分を終わらせる気か」
ヴェイグはそこにいない人間に向かって呟いた。
カイルは黙って辺りを警戒している。
高く飛べば直ぐにティトレイを見つけられるだろうが、その前に撃ち墜とされるのは解りきっていた。


11 :柘榴 3:2007/09/02(日) 11:17:08 ID:QdFp1X+f0

もうロイドは自分の願いを叶える気がないのだろう。
それでも諦めたくないから、例え叶わなくとも最後の最後まで自分の理想の結末に殉じて死ぬのか。
諦めたくないと言いながら、根本の所で諦めている。なんという矛盾だろうか。
「……俺も、似たような物か。ロイドを責める資格は無いな」
ヴェイグは伏し目がちに自嘲した。
独善と偽善と傲慢と臆病で構成された矛盾でフラフラ動いてきたのは他ならぬ自分だ。
他人のそれを糾弾する資格は彼にはない。
ヴェイグは俯いた顔を上げた。
迫り上がる視線の先にいるその事実を先刻突きつけた少年は、箒の向きを変えて、体ごと彼の方を向いている。
「いえ、資格はあります。まだ何も終わっちゃいない。終わってない限りは、誰にだって」
カイルのその言葉は、どれだけの重みがあったのか分からない。
軽いと言えばどこまでも甘い世間知らずの言葉だろうけど、
今ここにいるヴェイグは、目の前の少年がどれだけの物を背負っているかをよく知っている。
その一部を、彼の与り知らぬ所で背負わせた人間として。
「……そうだな、まだロイドは生きている。少なくともそう信じられる。なら」
「ええ、急ぎましょう。俺達が戻れば、ロイドの無茶な願いもきっと叶います」
二人が笑いあった。絶望するにはまだ少し早い。

「じゃあ、急いでティトレイを何とかしましょう」
陽気ささえ感じられる声とは裏腹に、カイルの表情が一転真面目になった。
“何とかする”。その意味をヴェイグに試している。
それはティトレイと相対し、“決断する位置”に立ったヴェイグにへの、
この村に来る前に剣を突きつけて尋ねた問いの続きだった。
「……躊躇する時間も惜しいな。俺の答えは決まっている」
ヴェイグが氷の剣を担いで一歩前に出た。霧は五割方失せている。
「ティトレイを正気に戻す。勿論、急いで」
カイルの目が丸くなった。若干の沈黙が続く。
「いや、話は聞いていたし、多分そういうと思っていましたけど」
カイルもここまであっさり即答するとは思わなかった。
「ロイドばかり我儘を通すというのも面白く無い」
「……そうですね。ここまで来たらもう一つくらい無茶が増えても問題にはならない、ですかね」
だから、逆に素直に受け止められる。今は動機を論じる時間も惜しい。
「具体的には?ヴェイグさん」
「直接接触して俺の力をぶつけてみる。何分初めてのことだからな。手法が分からん」
「でも、やるしかない」
二人の認識はほぼ一致している。だが、問題が1つ。それは相手がティトレイだということ。
「さっきから何度か試みているんだがな、今のティトレイは近づくのが難しい」
ヴェイグが胸甲を外して地面に落とす。
「気配らしい気配も無い上、ここは障害物が多い。挙げ句向こうは真面目に攻めてくる気がないみたいでな。
 何とか斬りかかっても緩い打撃と精度を高めて手数を減らした最低限の射撃でまた間合いから逃げてしまう」
『向こうにしてみればクレスがロイドを殺すのを待てばいい訳だからな』
カイルが来る前の交戦の内容からそう判断するディムロス。
(……それだけ、なのかな)
カイルが少しだけ違和感を覚える。
先程クレスが譫言のように言った「元々殺さないという約束」。これは間違いなくヴェイグのことだろう。
故に、ティトレイは相手がヴェイグだから手を抜いているという可能性は無いだろうか。
(だけど、そんなことをして何の意味があるっていうんだ?)
カイルは頭を掻いてみるが、その理由に見当が付かない。
ヴェイグを優勝させることが目的かとも考えたが、それにしてはやり方が迂遠すぎる。
ハッキリしているのは奴が直接戦うことに消極的だということだけ。
やはり、現時点ではティトレイの目的は判別できない。分かっていることは1つ。
「こうして迷っている間にも時間が減っている、ってこと」
カイルはヴェイグの方を向いた。このままでは時間ばかりを無駄に使う。
しかし相手は徹底してこちらの接近を嫌っている。このフィールドでは逃げる側が圧倒的に優位だ。


12 :柘榴 4:2007/09/02(日) 11:17:54 ID:QdFp1X+f0

「1つ考えがある。カイル、お前さっきの術は撃てるか」
カイルが腹を決めたのを悟ってか、ヴェイグが沈黙を破った。
「ウインドスラッシュですか」
「違う。目晦ましに使った炎の術だ」
カイルは直ぐに三人だった時に使ったバーンストライクを思い出す。
そして、直感的にヴェイグが何を考えているのかを理解した。カイルは即座に必要な前提を確認する。
「ミントさんは…いや、人の気配は無いんですか?」
「一応ここら辺の一体を追いかけ回したが、人が出入りしたような民家も出入りしようとする気配も無かった。
 もっとも、それだけで判断なんて本当はしたくはないが何分時間が無い」
「いえ、ヴェイグさんの見立てを信じます。
 ここにミトスがいたら、それだけ2人が戦って何もアクションを起こさないとは思えない」
人質を守るなり、逃がすなり、何か反応があるはずだ。
無論、半分正解で半分誤りである。
『だが、それは無理だな』
しかし、ここで沈黙を維持してきた剣が口を開いた。
2人の視線が“時間が無いんだから水を差すなよ”という意思を送っているようにも見えるが、
ディムロスは違う、と断ってから喋った。
『お前らが全うな戦略を放棄したときから、いや、これでは意地が悪いか。
 私が応手を仕損じた時から戦略的意見はとうに諦めている。これは戦術的意見だが』
そこまで一気に言って、一拍の後、言った。その青写真は餅図だと。
『カイルの晶術ではバーンストライク、中級晶術が限界だ。そしてそれではお前達の目算には火力が足りない』
カイルは、そんな!という口に出すが、頭の中で駆け巡るシミュレートはその言葉を肯定せざるを得ない。
あの夜の混戦の中、自分の仕事だけを見極めて遂行するほどに肝の据わったティトレイが相手では、
必要分の注意を引き付けられるか分からない。何より、バーンストライクは一度ティトレイに見せている。
「ディムロス、お前の晶術ならどうだ。その上があるんじゃないのか」
縁が悪く実戦で振るう機会が無かったが、ヴェイグも一度はディムロスを握った人間である。
ディムロスがこと炎系術に関してトップクラスの媒介であることは周知の事実であった。
『ある。が、それを振るうには今のカイルには私を扱う経験が足りん。むしろ爆炎剣を使えただけでも素質の成した奇跡だ。
 これ以上の底上げは不可能だろうよ』
カイルがディムロスを握ってまだ半日も経っていない。
彼の父親の術を再現するには幾許かの猶予か、実戦による研鑽がどうしても心許なくなってくる。
「……仕方ないか。しかし、他に手となると」

ヴェイグとディムロスが話し合う中、カイルは唇を強く噛んで無力さを追い払いながら思考を続ける。
口内の粘膜を切って血を出しながらも、その顔は見様によっては笑っているようにも捉えられた。
どうしたところで自分には実力不足が付き纏うらしい。あまりの皮肉さに思わず笑いが込み上げて来そうだ。
笑う暇さえあれば腹を抱えて笑い飛ばしたい所だが、彼自身が何度も戒めるように彼らには時間が無い。
こうしてヴェイグとディムロスが次善策を考えること自体が一種の無駄ですらある。
要はカイルが上級晶術を撃てれば済む話なのだ。
しかしカイルの術は中級までしかなく、ディムロスの上級術はカイルには未だ使えない。
カイルは自然、手元の輝石を握っていた。
何か、何か突破口は無いのか。こんなとき、あの人ならば良策を弾き出せるのだろうか。
しかし、カイルは首を振って直ぐにその考えを思い直す。
(都合の良い時だけ縋るな。そんなんじゃ何時まで経っても前に進めない!)
願うのは前を切り拓かれる奇跡では無く、切り拓く力だ。
守られながらではなく、共に歩み生き続ける。その先にこそ、果たすべき英雄や彼女との願いがきっとある。
「!!」
カイルの脳裏に、閃光が走った。
素早く回転をその方向へ運び、一瞬の幻にしないように形を留める。
何を思いついた。言葉にならない発想の形を、言語系に変換する。そう、彼女だ。
忘れることの出来ないその形。その形が何を意味する?
ディムロス、彼女、そして現状で求める力を繋いで導き出されるのは――――

「――――ヴェイグさん。最初の案で行きましょう」
ヴェイグとディムロスがカイルの方を注視する。
「いけます。いや、行きます。俺達の炎を信じてください」
カイルはディムロスを決意ごとしっかり握って、力強く言った。



13 :柘榴 5:2007/09/02(日) 11:18:30 ID:QdFp1X+f0

残りの矢数を頭の中で勘定しながら、ティトレイはぶつくさ言う。
「こっちに来たのか。クレスが見逃したかロイドが踏ん張ったか、何にせよ不味いな」
その割には恐れも竦みもないように見えるのだが。
「あー。こっち分断すりゃあミトスか、コレットが来ると思っていたんだが。まだ来ないか、クレスの方に割いたか」
ミトスが「コレット」という少女を何らかの形で使っていることは本人から聞いていたので、
あわよくばヴェイグ達の相手をして貰おうかと踏んでいたのだが、これだけ派手に立ち回って反応がないということは
場所が悪かったか、読みが悪かったか、どうにも判断が付かない。
「となると、クレス待ちか。遊んでるか手こずっているか、まったく面倒臭え」
手首で顎を拭うが、汗は一滴も出ていない。
「……クソ、焼きが回ったな。時間が無いってのに、クレスが来るまで時間稼ぎ。
 こんな面倒なことしなきゃならない俺ってどうよ実際。お前のせいだからなあ、ヴェイグ」
順調に蝕まれるその体をティトレイは自嘲した。
ヴェイグと再会してから更に速度を増した業の浸食。どうにもお終いはクレスよりも早そうだ。
「ああ、くそ。最悪だ。ガラじゃねえってのに、これしか手が思いつかねえ。クソ、クソ」
それでも、ティトレイの目的は変わらない。“間接的に惨劇を引き起こし、この暴虐の渦を加速させること”。
例えどれだけ面倒でも、迂遠でも、その果てにあるモノが必要なのだ。
「悪いな、オッサン。俺はどうにも最悪だ。結局の所、俺は死んだあんたを出汁にしているだけかもしれねえ」
自らをこき下ろし蔑む言葉にほんの少し酔いしれながら、空を見上げた。

「なんだ、ありゃ…」

ティトレイに驚きの出来損ないみたいな感情が浮かんだ。
空が、赤黒く蜷局を巻いている。


カイルはディムロスを水平に構え、目を瞑り意識を集中させている。
脳裏に、いや、瞼の裏に刻まれた記憶を浮かび上がらせる。


――――――――――――俺の晶術は、俺にはバーンストライクまでしか撃てない。
――――――――ディムロスの晶術、エクスプロードは今の俺には使いこなせない。

足りない力を埋めるのは何時だって同じだ。

――――――――――――――――だったら、俺の晶術をディムロスで使えばいい。

「柘榴の円舞に魅了されし者 炎を纏いて踊り狂わん」
詠唱を紡いで、エクスプロードを構成する。
しかし炎は大気の中で集うものの、これが今のカイルの限界だと言わんばかりに密集しない。
『カイル、今さら無理だ、止めろなどとは言わん。術の構成自体は類似しているのだから不可能とも思えん。
 だが、これは未知の領域だ。保証は出来んぞ!!』
ディムロスがカイルから送られてくる力を感じながら叫んだ。
「できるさ。きっと、いや、絶対出来る!!何回も何十回も、側で見てきた術だ。
 リアラとの記憶と父さんの力、二つ合わせて届かないものなんて何処にもない!!」

構成を一気に切り替える。ティトレイの目を完全に反らすにはこれしかない。

「古より伝わりし浄化の炎よ!」
大気中を渦巻いた熱気が、一点に収束される。標的は、“ヴェイグを中心としてここらへん全部”。

「後は頼みます!落ちろ、エンシェントノヴァ!!」

柘榴が裂けて、浄化の焔が審判の如く下った。



14 :柘榴 6:2007/09/02(日) 11:19:00 ID:QdFp1X+f0

ティトレイはするりと屋根に上って疾駆する。
「……マジかよ、おい。乱暴って次元じゃねえな」
空の一部が明らかな異常事態を告げている様を見ながら、この一帯から離れようとしていた。
ゲリラ的に時間を稼ぐこちらに対して向こうが打ってきた手は焦土作戦だ。
なんとか自身に火の粉が降りかからないように凌いだとところで、
障害物ごと吹き飛ばされてはもうここでは時間を稼げない。
ならば、そうなる前にどこかへ逃げてしまうしかない。
(何処へ、何処へ逃げる?)
ふと浮かび上がった疑問に、思わず足を止めてしまいそうになるが、
それでは恐らく間に合わない。疑問を削ぎ落として足を前に出す。しかし、

じゃあ俺は何処へ行こうとしてこの足を動かしている――――――――――――――――

「ティトレイ!!」
ティトレイは後方、正確には後方下、今跳び乗った家の下から声を聞く。もはや一々誰かとは思わなかった。
ちらっと鳴る方を向くと、1m程の高さの標柱を足場から今まさにこの屋根に跳ぼうとしていた。
成程、あっさりと高さを超えてきていたのはこれが理由か。そして
「俺の方から動くのを狙ってきたか、ヴェイグ」
屋根に着地して直ぐに走り出すヴェイグに、ティトレイは感心したような表情を見せる。
だが、今のティトレイにはヴェイグを相手にしている暇が無い。
このまま行けば時間的に見て、多分射程圏外ギリギリに間に合うかどうかといったところだ。
ヴェイグが左手で何かを投げようと構えた。
現状の距離とヴェイグの速度を鑑みれば、ティトレイを斬撃の間合いに入れることなど出来ない。
せめて進行方向に回りこめる位置で屋根に上っていればまだその望みもあったのだが。
何とか足を止めようと氷を飛ばしてくるつもりだろうか。

初発を避けて動きが鈍った隙に一気に離脱をしようと、ティトレイが意識を足に入れたとき、
ヴェイグの手から飛び道具が放たれた。しかし、狙いはティトレイの方を向いていない。
前を走る男を越えるように放物線を描いたそれは、ちょうどティトレイの視界の真上から落ちてくる形になった。

(あ)それを見て、一瞬頭の思考が寸断される。(なんだアレ)

(しまった)直ぐに繋ぎ直された思考は、それが何かを考える前に、一つ思った。

(やられた。もうあの術から逃げ切れねえ)
『甘い、甘いぞォ!!!』

場違いな機械音声が寸断された無防備な一瞬にティトレイの耳に叩き込まれ、
脳を駆け巡り、生き残った神経を通じて、ティトレイの両足に急ブレーキを命じてしまった。



15 :柘榴 7:2007/09/02(日) 11:20:25 ID:QdFp1X+f0

重要なのは、一瞬でいいからティトレイが完全に防御不可能な状況を作り出すことだった。

(でも、それをするには今のアイツは冷静‘過ぎる’。ヴェイグさんの言うように足を封じるなら、
 その前に絶対に隙が要ります。……ギャンブルかもしれませんが、まあ、他に適当なものも無いですけど、
 やっぱアレですか。ヴェイグさんが使うとは、向こうは思わないでしょう。それだけは間違いないですね。
 俺も思いません。普通に)

ヴェイグは左手でカイルより受け取った人形を、スイッチを入れて投げつける。
狙いは特に定めず、前方に投げ飛ばす。
ティトレイの反応を確かめる時間をも惜しむように、空いた左手を腰の後ろに伸ばして三手目『盾』の準備を行う。

(もし、カイルがエンシェントノヴァを成功させた場合だ。
 精度を高めるためとはいえ、ティトレイよりも“着弾点であるお前の方が”危険だ。
 そこに対する考えはあるのだろうな。無ければこいつは間違いなく全力を振り切れないぞ。
 ……なるほど、お前の属性と新たな戦力を組み合わせれば、あるいは防げるかもしれん、か)

右手の氷剣を振り抜けるように構え、ヴェイグは意識を集中した。
「絶・霧氷装」
剣を形作る氷が一層輝きを増し、その刃をヴェイグは一気に滑らせた。
狙いは、とっさにブレーキを踏んでしまい動きをとれなくなったティトレイの脚。
斬撃は彼の左踝の内側に深さ0.5pほどの浅い傷をつける。
しかし、斬撃と凍結を同時に行うヴェイグには十二分な深さだった。


ティトレイは自分の脚の踏んでいる屋根ごと凍るのを無感動に見ながら、考えていた。
自分の足は、装備の効果で実の所凍らない。
服と屋根が少しくっつくかもしれないが動かすのに支障になる程ではないだろう。
脚を狙ったヴェイグは大きく屈んでおり、ティトレイの位置からは後頭部が丸見えになっている。
腕を引いて、拳を握り、打ち貫いて頭蓋を砕くのに、
或いは膝蹴りでヴェイグの顔を梅干のようにしてしまうのに、なんの障害もない。
ティトレイは、指を折って拳を形作ろうとしたが、それは止めた。
足でヴェイグを攻撃すれば確実に間に合わず、攻撃しなくても逃げる前にあの天の赤い果物は落ちてくる。
ならば、ここに命を捨てた攻撃など意味が無い。
自分の願いはヴェイグを殺すことそのものではない。   ことだ。
  て、あらゆる手段を講じ  延びて、刹那まで   ことに固執して、  てその時を迎えることなのだ。
その為には、この体は仕手ではなく防御に回さなければならない。
ティトレイは両腕を頭上で交差させて、来るべき一撃に備える。
この位置ではヴェイグも巻き添えだ。一撃の後ならこの氷も解けるだろう。
勝負は二人がこの一撃を凌いだ後、どちらがどれだけ早く動けるか。
抜き撃ちのような勝負に、ティトレイは笑ってその仕掛け人を見据えようとして、

上体を起こして自分に突進してくるその男に、笑いながら目を見開いた。

柘榴が裂けて、浄化の焔が審判の如く下る。



16 :柘榴 8:2007/09/02(日) 11:23:01 ID:QdFp1X+f0

ヴェイグが頭上に左手を掲げる。
その手には何かが握られていたことしか、ティトレイには分からなかった。
掲げたと気づいた瞬間にその左腕に焔の大玉が落ち、そこから一気に蒸気と光が吹き出したからである。
氷と炎の相殺に目を奪われたティトレイは、ようやく気がついた。
腕は天空からの攻撃への防御に回してしまった。衝撃に耐えるために力を地面に込めた脚は動かず、目は封じられた。
次が来たら、防げない。

ティトレイが薄ら笑いをした時、
アイスコフィンを戻したヴェイグの右手が掲げられた弓の無い右手首を掴んだ。
一転して驚いたような顔をしたティトレイに、ヴェイグが言い放つ。

「詰みだ、ティトレイ。これで、お前を正気に戻す!!」

二人の右手の交差点から、ヴェイグのフォルスの光が放たれた。



カイルは出力を全開にして、彼の聖女の術の着弾点に箒を走らせる。
自分でも曖昧な設定をしたためハッキリとした認識はしていないが、
そこと覚しき場所から光が迸っていたので、迷うことなくそこに向かう。
「隠れ家を焼き払って燻りだしたティトレイを捕らえる」
そんな陳腐な作戦を口にし、一番危険かつ重要な役どころを担った男の下へ。
多分、この手で何かを精算しなければならない男の下へ。
でも、どうすればいいのだろう。
その答えが出るよりも早く、カイルは目的の家屋にまで辿り着いてしまった。

箒の先を上げて上昇する。既に光の奔流は止まっていて、カイルが屋根を見上げるのに支障はない。
たどり着いた先には、二人の男がまるで握手をする様な形で静止していた。
カイルの方から見てヴェイグが手前で背中を向いている。
だらりと垂れた彼の左腕は酷い火傷にだらりと垂れていた。
ヴェイグの盾…今まで使っていたチンクエディアはその内包する属性を踏み越えて焼け焦げている。
そして、その右手とあの右手を連結させた先にティトレイがいる。
ヴェイグは後ろを向いているので、ティトレイは前髪で視線も見えない。
どうなったのだろうか。結果は、賽の目はどちらに向いたのか。

ヴェイグが微かに首をこちらに回す。角度にして10度弱。
その瞬間、握手する親友達の間に花粉が舞い散った。



17 :柘榴 9:2007/09/02(日) 11:24:01 ID:QdFp1X+f0

ヴェイグはその右手に冷や汗が垂れるのを感じた。
その生温さと嫌悪感に比べれば、焼け爛れただけで済んだ左腕など痛みにも値しない。
手応えは確かにあった。
とても概念的抽象的な表現だが、ティトレイの内側に黒い澱み、のようなものは確かにあった。
恐らくはキールが言うところのデミテルの呪術、それをヴェイグは打ち砕いた。
その感覚は確かにこの掌にある。この負の思念は浄化した。

九割九分、その可能性は考えていたのだ。
キールも釘を刺していたのだ。そんな蜘蛛の糸にすがるようなか細い希望は、捨てておいた方がいいだろうと言っていたのだ。
だが、人は希望に縋らなくては生きてはいけない。その基本的欲求に希望の真贋は問題ではない。
ヴェイグもまた蜘蛛の糸に縋る者だった。
残りの一分に全てを託し、その力でこの局面を導き出し、遂にその一分を掴み取った。

だが、希望を知ることは絶望を知ることと同義だ。
「本当に、本当に」

これがティトレイを助けるための儀式ではなく、
少なくとも自分には助けられないことを確信するための儀式になる可能性を少しでも考えていたからだろうか。
ティトレイの声は碌に聞き入れられず、既にヴェイグ頭はこの後に待つであろう決断のことで飽和しかけていた。
その可能性は考えていた。確かに、デミテルの黒はティトレイの内側で良く映えた。
デミテルも分かっていたのだろう。分かっていて微かに印を刻む程度に留めるだけにしたのだ。

こんなにも無色透明な世界を、人間一人が侵しきれる訳がない。
「残念だったぜ。今すぐにも殺して終いにしてやりたいほどに」

色の無い殺意が、硝子の瞳に満たされる。
ヴェイグはその瞳に呑まれかけるが寸での所で踏みとどまった。
ビー玉のような瞳に反射された画像を右目で受けて、後方にカイルの姿にヴェイグは半ば強制的に後ろを向こうとしてしまう。
ヴェイグの視線が外れた刹那、ティトレイはどこから取り出したのか何かの包みを割った。
慌ててティトレイの方に向き直ろうとするヴェイグの目の前でブタクサの花粉が舞った。
ヴェイグは咄嗟に目を瞑るが、少し入ったのか目尻に涙が浮いている。
「使い切ったんじゃ無かったのか……!?」
「いや、苦労は尋常じゃなかったぜ?三倍近くかかったからなあ。俺に付いた花粉をここまで増やすのに」
ティトレイの声は陽気のように聞こえるが、今のヴェイグにはそれは確認できない。
「待て、ティトレイ……お前、デミテルが関係ないのなら、どうして!?」
花粉が口に入って噎せるのも構い無しにヴェイグは叫びながら、
ヴェイグはその掴んだ手首を固く握りしめる。逃がさないように。ここで別れれば二度と会えないかのように。
しかし、ティトレイの言葉はそんなことは全く意に介さない様子の笑い声だけが残る。

「曰く、まずその愛する所を奪わばすなわち聴かんってかあ……

ベキァバギャ、

 この期に及んでも俺は全く以て最悪だよ、なあ!!」

バキン。

ヴェイグには何が起こったか見ることは出来なかった。
ただ、決定的な何かが音を立てて弾けた音と、その掴む感触の喪失感が遠くない未来を予感させる。
花粉のせいか、その未来で決断しなければならない自分を想像したからか、片目より落ちる涙は未だ止まらない。



18 :柘榴 10:2007/09/02(日) 11:25:51 ID:QdFp1X+f0

カイルは、ヴェイグの下へ近づく。先ほど見た壮絶な光景に未だ心臓は早鐘を打っている。
結果的に遠間から見守る形になったカイルが花粉の隙間から目にしたものは常軌を逸していた。
ヴェイグに目潰しを仕掛けたティトレイはその花粉を解き放った手で手刀を形作り、
肘から下にかけて迷うことなくその腕を圧し斬って逃げたのだ。方向からして東だろうか。
その様があまりにも自然すぎて、カイルは追うという発想すら出来なかった。

千載一遇の好機を掴み、全力を尽くして、考えうる最短の行程を経て、
それでも尚願いに届かなかった。
カイルは呆然と俯いているように見えるヴェイグの傍まで近づくがかける言葉が見つからない。
「俺は、あいつを追う」
それを察したかのように、やっぱり察してないかのように、ヴェイグはある一点を見つめたまま言った。
カイルがヴェイグの視線を追った。終点に辿り着いた時カイルの瞳孔が散大しかける。
「例え俺が、どんな結末を選ぶとしても」
そこには、ティトレイの右腕が―――――――――――――――否。

「もう、そんな時間すら、あいつには残ってない」

右腕の形をした木材と木材で出来た右腕の中間のようなモノが落ちていた。


ヴェイグは自分に問う。「殺すのか、殺さないのか」
カイルは自分に問う。「あの時ヴェイグに聞けなかった問いを問うべきか、否か」
そしてティトレイもまた、自分に決断を問う。

目的動機原理基準価値観理由、問うべき要素は山ほどある。

だが、最早彼らには問いを選ぶ時間は残されていない。答えを出す時間すら怪しい。
彼らの因果の渦は北から東へ向かいながら、
まるで一人も喰い残すまいと、それほどまでに膨張していた。



19 :柘榴 11:2007/09/02(日) 11:28:04 ID:QdFp1X+f0


【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP10% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 左腕重度火傷
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲放棄
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ) メンタルバングル(右腕からドロップ)
第一行動方針:ティトレイを倒し、決断を
現在位置:C3村・北地区→東地区

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP45% TP20% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 飛行中
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
    蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ティトレイを撃破する
第二行動方針:その後西に戻り、ロイドと合流してクレスを倒す
第三行動方針:守られる側から守る側に成長する
第四行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮(助言程度に)
現在位置:C3村・北地区→東地区

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP30%(ヴェイグの浄化による影響) 感情希薄? フォルスに異常 放送をまともに聞いていない
 リバウンド 肘から下にかけて右腕喪失
所持品:フィートシンボル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス  
    エメラルドリング 短弓 クローナシンボル
基本行動方針:???
第一行動方針:決断を
第二行動方針:事が済めばクレスに自分を殺させる
現在位置:C3村・北地区→東地区

20 :柘榴 修正:2007/09/02(日) 20:08:13 ID:eCWigqDa0
Part2
「なる、ダッシュしながら鋼体で一気に突破。お前らしいぜ、ヴェイグ」
耳に息がかかるような錯覚を覚えるほどの距離で、ヴェイグはティトレイの素直な感想を受けた。
あまりにも場違いなほどの素直さに、ヴェイグの反応が鈍る。
「だけどよう」加速が乗り切る前に、加速距離を“詰められた”ヴェイグが防御を固める前に、
「俺の拳も届くんだぜ?いいのか?」ティトレイの飛び蹴りがヴェイグの胸を打った。気泡が咽あがる。
自らの勢いの反作用を上乗せされたヴェイグは勢いを止められて、続く二撃目の蹴りで反対側に吹き飛ばされた。
ティトレイは奥歯を噛み締めながら、ヴェイグを三角跳びの足場にしたかのような二撃目で後ろに飛んだ。
「―――飛連」
飛びながら既に構えられた二本目の矢の狙いを定める。
安定しない中空からの飛び撃ち、その狙いは今の蹴りで吹き飛ぶヴェイグの脇腹。
「墜蓮閃」
蹴り上げから針の穴を通すような曲撃ち連携がスムーズに放たれる。
ただであえ貫通力のある矢であるのに、
加速力を失った今、ヴェイグの攻守を司る突撃衝力はおろか胸甲も存在せず、この矢を避ける術はない。

Part3
「具体的には?ヴェイグさん」
「直接接触して俺の力をぶつけてみる。何分初めてのことだからな。手法が分からん」
「でも、やるしかない」
二人の認識はほぼ一致している。だが、問題が1つ。それは相手がティトレイだということ。
「さっきから何度か試みているんだがな、今のティトレイは近づくのが難しい」
ヴェイグはダメージを確認する。打撃が手加減といえるレベルだった胸への一撃は殆ど後を引いていない。
「気配らしい気配も無い上、ここは障害物が多い。挙げ句向こうは真面目に攻めてくる気がないみたいでな。
 何とか斬りかかっても緩い打撃と精度を高めて手数を減らした最低限の射撃でまた間合いから逃げてしまう」


【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP10% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 左腕重度火傷
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙 メンタルバングル(右腕からドロップ)
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ) 
第一行動方針:ティトレイを倒し、決断を
現在位置:C3村・北地区→東地区


21 :全て集う場所で―The fated hate―1:2007/09/06(木) 17:59:59 ID:oLxwEimI0
金髪の少女は、その可憐な容貌には似合わぬ曲刀を腰に、霧の村を駆けていた。
豊かな金髪。
白を基調とし裾には水色のラインをあしらった神子の衣。
今や無機なる天使の忌まわしい呪縛を解かれ、あるべき色彩を取り戻した、青く澄んだ瞳。
その姿は、紛れもなくコレット・ブルーネルと呼ばれる1人の少女の姿であった。
その肉体に宿る心は、今や別の人格を宿らせている事を除けば、彼女は完璧にコレット・ブルーネルであった。
(この剣戟の音……間違いない、こっちだわ)
一歩ごとに、それまでこの村を重く鈍く包み込んでいた霧はほぐれ去り、午後の太陽の光は白い闇を切り裂く。
そして疲労を知らぬ少女のたおやかな体は、その足の一歩一歩ごとに、ささやかに霧をかき回す。
コレットの……
否、コレットの肉体を借り受けるアトワイトのその走りは、疾走というよりは跳躍の連続と言った方が正しい。
たとえ天使の翼は、この島の因果律により空への飛翔を禁じられようと、跳躍の距離を伸ばすにはなお有用。
そして、これが移動速度と隠密性を秤にかけ、見つけ出した妥協点であった。
(向こうに見つからなければいいのだけれど……)
アトワイトは、同じく戦友として天地戦争を戦った剣士ディムロス・ティンバーの教えてくれたことは忘れていない。
よしんば彼自身との思い出を、忘れることはあろうとも。
すなわち、一流以上の剣士は五感が……
特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭いという事実は、極めて重要である。
この村の中でばたばたと走り回れば、無論その際足音は響く。
隠密兵としての訓練を受けていないアトワイトでは、静粛性を保ったままの疾駆は出来ない。
同じくコレットにも忍びの心得はなく、よって彼女の記憶から強引に技術を引き出して用いることも出来ない。
ならば、足が地面を叩く回数も少なく、かつ着地音も弱められる、飛行能力を併用した跳躍に次ぐ跳躍が、
妥当かつ有用な選択肢であるとはじき出したがゆえの、この移動方法である。
霧の向こうから聞こえてくる剣の響きからして、今双方は全力で戦っていることだろう。
まさかそんな死闘を演じている際に、ロイドもクレスも他に注意を回せるほどに精神に余裕があるとは思えないが、
万一足音で己の存在を気取られたなら、こちらから討つつもりの不意を、逆に相手に討ち返される危険も皆無ではない。
そんな馬鹿な、と思う手合いもあろう。
しかし、アトワイトは知っている。
ディムロスの剣士としての鍛錬と、彼自身の桁外れとも言える生と勝利への執着は、
天地戦争の際天上軍から放たれた山のような暗殺者を、ことごとく返り討ちにしたという事実として結実したことを。
それを思い出すアトワイトは、しかしながら己の依り代たるコレットの顔を不快そうに歪めさせた。
(けれども、所詮ディムロスはカイル君の言う通り、ただの腰抜けに過ぎなかったわ)
昨夜、せっかく出会うことの出来た彼に対し送った救難要請の声は、届かなかった。
リアラは死に、ミントは壊れた。
そして、そのまま行方は杳として知れない。
そんな腰抜けの愚か者が、かつての戦友だったなど、可能であれば今すぐにでも記憶から抹消したい事実。
本当に、思い出を忘れることが出来れば、どれほど心が静まるだろう。
コアクリスタル内部に保存されるメモリーとして刻まれるアトワイトの記憶は、もはや記憶の消去などかなわぬ話だが。
(今の私の上官はあなたじゃないわ、ディムロス)
アトワイトは、「彼」が事前に掘った槍ぶすまだらけの落とし穴の直前で、その右足を踏み切った。
(ミトス・ユグドラシル。それが、今の私の上官の名よ)
アトワイトに使われるコレットの肉体の織り成すマナの翼は、その落とし穴を飛び越えるに十二分の浮力を与えた。

******

22 :全て集う場所で―The fated hate―2:2007/09/06(木) 18:00:48 ID:oLxwEimI0
晶力によるいましめを解かれた白昼の霧は、たゆたった。
自ら晴れ渡ろうとして徐々にその手を虚空から手放しつつある白霧は、しかし。
突如吹き荒れた一陣の烈風により、無理やりにその腕をほどかされる羽目になる。
どれほど練達の野伏り達ですら、一刻先の風向きすら読めぬこの島の気まぐれな風。
だが、この烈風は、その風がどれほどの気まぐれを起こしたとしても、まず自然に吹き荒れることはあるまい。
霊的な力を孕んだ非実体の風は、この一陣に終わらない。
二陣、三陣、四陣、五陣。
それが十陣となり、五十陣となり、やがては百陣に達する。
もはやこの闘気の風は、風などという言葉では不適切なほどの激烈な濃度で霧のヴェールを微塵に引き裂く。
高山を流れる川が決壊し、その先にあるもの全てを破壊する鉄砲水のごとき威力を以ってして、闘気の波濤は砕けた。
この島の一角の、村の通りで。
牙! 牙! 牙! 牙! 牙! 牙!
打! 打! 打! 打! 打! 打!
激! 激! 激!
閃ッ!!
「ぬごうるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びからは、もはや人間が本来備えるべき理性の光など、かけらほどにも感じられなかった。
ここにいるのは、獣。
それも、飼いならされた羊のそれではなく、野獣、猛獣、魔獣の類の。
蒼い炎をまとった鳳凰。
激流と化した銀の白虎。
互いの喉笛を、急所を、ただそれだけを噛み裂き食い破ることのみを求め、竜虎相打つかのごとくに二者は荒れ狂う。
地上に降臨した、2つの嵐として。
俗に、剣豪と剣豪の決闘の際、
双方に乱れ飛ぶ丁々発止の太刀の音は、さながら絶妙な調和のもとに奏でられる音楽のように軽妙であり、
両者の一挙手一投足は、さながら2人の手により舞われる演舞のごとく、華麗とも言われる。
しかし、今この場で決闘に身をやつす二者の死の剣舞は、その境地すら超越している。
凡人の動体視力しか持たぬ者では、
彼らの決闘をその目で見ていたとしても、ただ複数の残像が乱れ飛んでいるようにしか見えないだろう。
凡人のそれの聴覚では、
一呼吸のうちに交わされる数十数百の撃剣の音が、一つの音の津波と化しているかのようにしか聞こえないだろう。
心が人間を辞めてしまった1人の剣鬼と。
体が人間を辞めてしまった1人の天使と。
観客にしてみれば値千金の彼らの剣舞はしかし、突如終わりを迎えることとなる。
ガドォン!!!
まるで大地が引き裂かれ、爆裂したかのごとき轟音が空気を叩く。
赤と銀の剣舞の渦から、ただ赤のみが弾き出された。
赤い流星はそのまま地面すれすれを這うかのような低軌道で打ち出され。
そしてこの霧の村の西区画では、三つの噴煙が上がった。
赤の流星は家一軒を粉微塵に粉砕し、続く二軒目の空き家の漆喰をぶち抜き。
そして三軒目の家の壁を冗談か何かのように破砕して、ようやくそこで動きを止めた。
破壊された家から吹き上がる粉塵が、やがては霧の中に溶け込む。
固い物が崩れ落ちる、乾いた音がやがて鳴り止んだ。
かすかにそよぐ風が、この場にいる者の耳を静かに撫でる。
その風に撫でられる大地には、もはや一片たりとて原形を留める箇所などない。
地面に敷かれた石畳は一枚残らず吹き飛び、むき出しの地面も無残に抉れ。
その剣舞の嵐の中心に、静かに。しかし苛烈にたたずむは。
中段蹴りを叩き込んだ体勢のまま、髪の毛一本分の幅ほども体をぶれさせずに片足で立つ、銀の鎧の剣鬼。
すなわち、クレス・アルベインだった。
「……一つ聞いておく」
クレスは宙に放り出したままの足を引き。
体の平衡を維持するために後方に引いていた時の魔剣を引き戻し。
そして。
その切っ先を、むき出しの地面に突き立たせ、冷酷に言い放っていた。
「まさか、剣士が体術を挑んでくるとは思わずに、蹴りによる攻撃の可能性を失念していた……
なんて、情けない言い訳はしないな?」

23 :全て集う場所で―The fated hate―3:2007/09/06(木) 18:01:42 ID:oLxwEimI0
大黒柱を折られぺしゃんこになった家と、その先にある、人型に穴をぶち抜かれた二軒目の家と……
その人型にぶち抜かれた穴の向こう側に、クレスは声を投げかける。
その穴の向こう側に存在するは、先ほどクレスが中段蹴りで跳ね飛ばした、赤の天使。
ロイド・アーヴィングは粉々になった空き家の壁の中に、半ばうずまる形で、その動きを止めていた。
「…………ッ!!」
ロイドの口元からは、一筋申し訳程度の量の血の流れが、つうと伝う。
これほどの攻撃を受けたにしては、明らかに少な過ぎる出血量。
彼は瓦礫から、無理やりにその身を引き剥がした。
ばらばらと、小さな漆喰のかけらと、そしてそれ以上に微小な粉塵がロイドの体から落ちた。
家の壁を二軒貫くだけの威力の蹴りを受けても、それでもロイドは無事だった。
重心が定まらぬかのように、ロイドの体は揺れる。
ロイドは二刀流の木刀を杖に、ようやくクレスの顔を真っ直ぐに睨みつけた。
無論、破壊された空き家二軒越しに。
(多分……内臓が数箇所イッた。肋骨も下3本へし折れた。ただ……まだ両手両足は動く!)
クレスの凶眼を睨みつけながらも、ロイドは己の体の状況をそう推測する。
これほどの怪我を負いながらも、ロイドはそれでも、ひとかけらほどの痛みも体に覚えずにいた。
もはや、ロイドの肉体は腐敗が起こらないという点と、辛うじて治癒術を受け入れる点以外で、死体も同然。
よって、痛みを覚えるための器官である神経もまた、すでに活動を停止しているのだ。
正常な天使化――無論そんなものがあるかどうかは大いに疑問だが――を起こしていれば、
それでも痛覚は生き残っているはずなのに、である。
痛覚とは、本来自分の肉体の状態を把握するための重要な情報。
これがあるからこそ、剣士は自分の肉体と相談し、現状と己の限界をすり合わせ、適切な戦法を組み立てられるのだ。
けれども、ロイドは、シャーリィに心臓を貫かれたときの痛みを最後に、もはやあらゆる痛みを感じない。
ロイド自身にも、限界がいつ訪れるのか、それはその瞬間まで分からないのだ。
「……は」
ロイドは己には似合わないことを百も承知で、
それでもあえて不敵な笑みを浮かべながらも、口に溜まった唾液混じりの血液を、ぺっと吐き捨てた。
「家二軒をぶっ壊す蹴りは打てても、人間1人を壊す蹴りは打てないんだな、あんたは」
ロイドの挑発じみた言質を耳に受け、クレスの表情は一瞬だけ歪む。
ロイドの持つ天使の瞳の視力は、それを間違いなく捉えていた。
クレスに走った表情は、挑発によって引き起こされた憤怒か……
はたまたロイドの挑発を、単に愚かさの発露ととり、それを哀れむために浮かべた憫笑か……
そこまではさすがに、ロイドの視力を以ってしても、分かりかねたのではあるが。
「こんなもんで俺を倒せるだなんて勘違いするなよ……クレス!」
吼えるロイド。
だがその言葉とは裏腹に、今の一撃が直撃だったなら、自身は軽く瞬殺されていたことも、頭の片隅では認識している。
受け身と翼による速度の減殺、そしてEXスキルの組み換えによる防御特化カスタマイズ、
いずれか一つが一瞬でも遅かったなら、ロイドは軽く挽き肉にされていた事は間違いない。
ロイドも内心では、その事実は十分過ぎるほどに認識している。
(俺の体の重心を、指一本ほどのずれもなく狙って蹴り込める精度……
本能と直感だけで完璧になされた筋肉の動きと重心移動の計算……
そしてあれだけの威力を出すための闘気の練り込みと純粋な脚力……
多分リーガルが話してくれた、『発勁』ってやつだな!)
ロイドは改めて、家二軒向こう側にたたずむ剣士の実力を思い知らされた。
クレスの体得する技術は、ただ純粋な剣術だけではない。
その気になれば、今日からでも超一流の格闘家になれるほどの練気術と体術さえ、彼は身に着けているのだ。
無論純然たる格闘家の中でも、これほどの破壊力を秘めた発勁を打てる者は、世界に数名と存在するまい。
そんな理不尽なまでの力を前にしても、しかし今だロイドの闘志の炎は消えぬ。
右手を八相に、左手を下段に。
ロイドは二刀を、もう一度構え直し、みなぎる戦意をクレスにアピールする。
クレスは再び、顔面の筋肉をいびつに歪めて、肉欲に溺れるかのごとき歓喜を表す。
「そう、その言葉を聞いて安心したよ」
刹那、時空のエネルギーをその身にまといながら、クレスは途端にその肉体を希薄なものとする。
「やっぱり獲物は、喰っても腹の中で暴れ続けるくらい活きのいい方が、喰い甲斐があるからね」
消失。
クレスは、霧の中に消えるようにして、その身を転移させた。

24 :全て集う場所で―The fated hate―4:2007/09/06(木) 18:02:50 ID:oLxwEimI0
「空間! 翔転移!!」
「あめぇ!」
そして転移の先は、ロイドの頭上。
ロイドが立っていた辺りに、再び黄土色の粉塵が舞い上がった。
直撃ならば、軽く人間のひらきが作れる死の刃を、しかし。
ロイドは粉塵の煙を体で切り裂き、紙一重ほどの間合いでかわしていた。
(空間翔転移の弱点は、ここだ!)
空間翔転移は、時空のエネルギーをまといながら敵の頭上に転移し、頭上からの奇襲を行う時空剣技。
だがその際の転移先の座標は、あくまでも使用者の視覚からの情報によって確定される。
ゆえに一度完全に転移を行ってしまえば、その瞬間から目標の追尾は出来なくなるのだ。
(転移が完了した瞬間、即座にバックステップを踏めばこの技は食らわねえ!)
そして着地するまでの間、使用者は完全に無防備!
ロイドは一度踏んだバックステップを即座に踏み返し、後退の動作を即座に前進運動に切り替える。
EXスキル『ワンモア』、発動。
「おおおおおおぉっ! 虎牙破斬!!」
獲物を噛み砕く猛虎の牙のごとくに、ロイドの双刀は振るわれる。
上段への切り上げ。下段への切り下ろしの二連撃。
無論、ロイドとてこの一撃が防がれるであろうことは、重々承知の上。
『虎牙破斬』は、あくまで間合いを詰めるための布石に過ぎない。
そしてクレスはロイドの予想に違わず、空中でエターナルソードを引き戻し、即座にその刀身を盾に斬撃を弾き返す。
EXスキルもなしで空中での防御を平然と行うクレスの実力は、推して知るべし。
そしてロイドの二の矢。『ワンモア』による『散沙雨』の刺突の雨が、更にクレスを守るエターナルソードを乱打する。
青白い閃光が空中でいくつも弾け散り、最後にはやがて。
「!!」
甲高い金属音が鳴り、エターナルソードは大きくクレスの前から弾かれた。
「そこだぜっ!!」
クレスのエターナルソードという盾は、今砕かれた。
これでクレスの身を守る剣は、存在しない。絶好の機!
ロイドはもう一度左手のEXスキルを組み替え、フィニッシュブローに備え『スカイキャンセル』を発動。
己の腰を軸にした空中前転。竜巻のごとき大回転を見舞う。
「ブッ飛びやがれ! 真空裂斬ぁぁぁぁぁん!!」
旋風が、大地を駆け上がった。
この一撃が決まれば、クレスは高々と宙に放り出され、無防備な姿を晒すはず。
そこに『鳳凰天駆』でフィニッシュブロー。クレスを、焼き尽くす!
ロイドの手にしたウッドブレードに、蒼い光が燃え伝わる。
時空のエネルギーが煮えたぎり、クレスのがら空きの腹部を強襲!
閃光が、一層眩しくあたりに広がった。
甲高い、金属の音を鳴り響かせて。
ロイドの手に伝わるはずの、クレスの肉を裂く生々しい感覚は、痺れるような衝撃に過ぎなかった。
「…その程度で、僕の守りを突き崩した気になっていたのか?」
「!!?」
ロイドは、驚愕にその表情を引きつらせた。
ありえない。
この一撃は、『散沙雨』でこじ開けた守りの、その中でも特に防御が難しい角度から放たれたはずなのに。
「馬鹿な!? あの体勢から、エターナルソードでこの一撃を弾けるはずが……!?」
背の翼を震わせ、後方宙返りで間合いを取り直すロイド。
『空間翔転移』の体勢から着地し、左手に時の魔剣を構え直すクレス。
クレスは、ロイドのそれに倍するほどの不敵さを漂わせ、宣告する。
「エターナルソードで防げなければ、エターナルソード以外で防げばいいだけの話さ」
そう言い、クレスは右手を掲げる。時空のエネルギーをまとわせた、その右手を。
右手から蒼の光がほぐれ、虚空に消えた。
「……ちくしょう! 篭手で弾きやがったのか!!」
一筋の切り傷が刻まれたクレスの右手の篭手にその視線が吸い込まれ、ロイドは思わず悪態を吐き捨てる。
「剣で受け切れず、盾で防げず、避けることさえできなくても、とっさに体を捻り鎧の固い部分で攻撃を弾く。
――これくらい、重戦士の基本中の基本の戦術だ」
クレスの言う言葉は、確かに正論。正論ゆえに反論を許されぬもどかしさに、ロイドは歯を軋らせた。

25 :全て集う場所で―The fated hate―5:2007/09/06(木) 18:03:43 ID:oLxwEimI0
およそ戦士と呼ばれる人種は、大別すれば二通りに分かれる。
すなわち重厚な武器と鎧を身にまとい、攻撃力と防御力に特化された戦い方をする重戦士。
そして、あえて防具を殆ど……時には全く着けないことで許される、高速での戦闘行動で敵を翻弄する軽戦士。
クレスやヴェイグ、そして亡きスタンは前者に分類され……
またロイドやカイル、そして同じく故人となったリッドは後者に分類される。
クレスはたった今、その重戦士である己の特質を活かし切り、ロイドの必殺と思われた一撃を防ぎ切ってみせたのだ。
そして鎧の固い部分を間に合わせの盾に用いるという手を、軽戦士であるロイドが見落としたのもまたむべなるかな。
「そもそも、君の放った『散沙雨』……出来損ないの『秋沙雨』みたいな技だったっけか?
あの最後の一撃の際、あえて僕は自分から防御の構えを崩したのに、君は気付けていたかな?」
「!?」
まさか、あの連撃の狙いすら、クレスはあっさりと見切ってしまっていたのか。
「ああいう力押しで防御を突き崩そうとする攻め手には、無理に剛剣で対応しない方が上策さ。
剛よく柔を断つ。けれども逆もまた然――」
「ええい、ごちゃごちゃうるせえんだよ!!」
クレスの講釈で苛立ちが頂点に達したのだろうか、ロイドはクレスの言葉を遮り、再び躍りかかる。
疾走と共に繰り出すは『瞬迅剣』。無論、時空のエネルギーをまとわせる事は忘れなどせず……
びつん。
(!?)
ロイドは、瞠目した。
突如、ウッドブレードはその動きを止めた。
この手応え。金属製の何かで受けられた時のものではない。
もっと、柔らかい何か……そう、例えば……
肉。
ロイドの突き出したウッドブレードの切っ先は、そこでぴたりと止まっていた。
ピンと伸ばされ、隙間なく揃えられたクレスの人差し指と中指の、その間で。
ロイドは、もう一度瞠目した。
「受け止めた……だって!?」
ロイドの放った『瞬迅剣』を、クレスは蒼くきらめく右手で受け止めていた。
白羽取り。しかも、指二本での。
「――温いな」
そしてクレスには、その圧倒的技量を誇るような傲岸さは微塵もなかった。
こんなこと、出来て当たり前。出来て当たり前のことを自慢するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある、とでも言いたげに。
無論クレスのその感覚は、もはや異常などというレベルすら通り越している。
そもそも、白羽取りは本来実戦に不向きとされる、一種の芸のようなものである。
それを実戦で、ましてや両手どころか指二本でやってのけるなど、どれほど論外な話かは言うに及ばない。
絶対的に超えられないほどの技量差がなければ……それこそ剣聖と三流剣士ほどの実力差がなければ、なしえまい。
それをたった今、クレスはやってのけたのだ。
ロイドの繰り出した左手のウッドブレード内部から、木の砕ける破砕音。
クレスはほんの少し、ウッドブレードを受け止めた右手を動かしただけのように見えた。
だがそのわずかな動きだけでも、ロイドの持つ得物に絶対的破壊をもたらすには、余りにも十分過ぎた。
クレスの触れる切っ先から、ウッドブレードに裂け目が走り。
そしてその一刹那のちの未来には、ロイドのウッドブレードは粉微塵の木屑と化して宙を舞った。
戦慄が、ロイドの体内を駆け巡った。
「次元――」
その戦慄が体内を駆け巡り切る前に、クレスは先ほどから持て余していた左手で、時の魔剣を振り上げた。
「――斬!」
蒼白の……余りにも長大過ぎる純エネルギー体の巨剣は、半球状の衝撃波を巻き起こし、辺りのものを跳ね飛ばした。
瓦礫も、地面の石畳も、そしてロイドの体も無差別に。
「があああぁぁぁぁぁっ!!!」
苦痛ゆえではなく、怨嗟ゆえの煩悶の声は尾を引き、やがて地面に叩きつけられて止まった。
体のどこかの骨が、ごりゃ、という音を立てるのを、ロイドはただ静聴する以外になかった。
大の字になって、ロイドは仰向けに地面に叩きつけられていた。
ロイドは呻きながら、またも余りに少な過ぎる血反吐を吐き散らす。
その呻き声を、さもうるさげな様子でクレスは聞き流し、最後に嘆息する。
「……やれやれ、どうしてオリジンはこんな青二才の雑魚なんかを、時空剣士として認めたのか、理解に苦しむね」
しつこいくらいに地面から吹き上がる粉塵。
クレスはその中に声を届けようとしたのか、はたまた1人ごちただけなのか、それはまるで判断がつきかねた。

26 :全て集う場所で―The fated hate―6:2007/09/06(木) 18:04:57 ID:oLxwEimI0
「誰が……ッ!」
すでに何本か折られた歯を食い縛り、ロイドはそれでも地面から身を引き剥がす。
もう二度と痛みを覚えることの出来ない……いつ限界が来るのか、正確な把握も出来ない体を起こしつつ。
「誰が……誰が青二才の雑魚だ!? クレェスッ!!」
口内で折れた歯が、舌の上に転がるのを感じつつも、それでもロイドは怒髪天を突かんばかりに気を吐く。
対するクレスは、そんなロイドにただ、感情の乗らぬ声で答えてみせる。
「――君が、だ」
強いて言うなら、その声にこもった感情は「落胆」に近いだろうか。ふて腐れたような色彩も、かすかにある。
クレスは、エターナルソードをその肩に担ぎ、さもつまらなげに呟く。
「もう一つ一つ、一応君に質問だ。
まさか、これで僕が本気で戦っているだなんて勘違いは、しちゃいないだろうね?」
「!!」
今度はロイドの表情が、いびつに歪む番だった。
「やれやれ、昨日は同じくオリジンに時空剣士として選ばれた君を見つけて、
意気揚々と手合わせしてみれば、何のことはない。あの金髪の剣士と同程度かそこら、だ」
金髪の剣士を……すなわちスタンを侮蔑するクレスに反駁する言葉を、ロイドは持ち合わせてはいなかった。
無念の余りに、ロイドは眉間に急峻な皺を寄せ、怒りを堪える。
対するクレスは、そしてどこまでもそのロイドの怒りを無視するかのごとくに続ける。
「ま、戦いながらの成長を期待して、実力の三割程度で遊んでいてやったら、結果として君を殺りそこねた。
その事については後悔したけれど、君が雪辱戦に向け、更に喰い甲斐のある獲物に成長してくれれば、
それもまたよし、と割り切ることにしたんだ。
けど、結果はこれ。
実につまらないね。君はやっぱり雑魚のままじゃないか。
僕が本気を出したら、君なんて秒殺を通り越して瞬殺してしまうよ」
「瞬殺だと……!?」
ロイドの堪忍袋の緒は、そこで引き千切れた。
「嘗めた口を叩くのも大概にしろよ……人殺しが趣味のブタ野郎の分際でッ!!!」
義父ダイクがこの場にいたら、即座にロイドを張り倒していたであろう程の、下劣で野蛮な言葉が口をついて出る。
母アンナを殺したクヴァルや、ジーニアスを傷付けようとしたミトスにすらぶつけなかったほどの、激しい罵詈雑言。
「まず、君の練る時空のエネルギーはね……」
だがそれをただ無視するかのようにして、クレスはエターナルソードの腹でトントンと己の肩を叩いた。
そして静かに告げる。彼我を隔てる、絶対の格差の何たるかを。
「……薄いんだ。まるで綿のようにね」
クレスは、再び己の右手を掲げ、そこに時空の波動をもう一度宿らせる。
ロイドのそれほど鮮やかではなくとも、あたかも実体を持っているかのような、密な蒼の光を。
「なるほど、木刀の表面に時空のエネルギーをコーティングして、それを循環させることで持続性と
安定性を両立させ、同時に絶対的に不足している武器の破壊力を補うという考えまではいい。
君ならたとえその木刀でも、甲冑をまとった騎士の体を、その甲冑ごと輪切りにするくらい、
やってやれなくはないだろうさ。
でもね……」
今度はエターナルソードを再び地面に突き立て、開いた左手でそれを指差す。
先ほどロイドの攻撃を二度まで防いだ、己の右手を。
「君の練るエネルギーは、あくまで『綿』に過ぎない。そこに『鋼』の密度はないんだ。
結果として、僕なら素手でも受け止められるほど、君の攻撃はナマクラなままさ。
本来気を練る練習さえやっておけば、その時体得した練気術のコツで、僕くらいの密度なんて軽く達成できる」
「…………ッ!!」
これもまた、ロイドには反論しきれない正論。
確かにロイドは、我流で覚えた剣術ゆえに、無形ではあるがその本質は脆弱である。
ある程度以上洗練された流派であれば、剣術と共に教えられるはずの練気術を、ロイドはまるで知らない。
『魔神剣』のような闘気主体の攻撃も、ほとんど感覚的に闘気を練り上げているだけに過ぎない。
たとえるならロイドの練る気による攻撃は、限界まで弦を引き絞らずに放たれる矢のようなもの。
限界まで弦を引けば得られたはずの本来の破壊力を、最初から放棄しているようなものなのだ。
対するクレス。彼の修めるアルベイン流には、体内の闘気を操作する技も複数存在する。
気を練る術をきちんと知る者と知らぬ者。この差は、余りにも歴然としていた。

27 :全て集う場所で―The fated hate―7:2007/09/06(木) 18:06:11 ID:oLxwEimI0
「ま、これなら時空剣技のみで戦った場合、君とは五分の勝負ってところだね。
けれども僕は、ここからまだ二段階レベルを引き上げられる。
……これが何を意味するか、君には分かるね?」
「…………」
勝てない。
ロイドは、クレスに勝つことは出来ない。
無論、ロイドはその事実など、この戦いの始まる前から分かりきっていた。
けれども、彼我を隔てる技量差が、ここまで圧倒的だったとは。
万丈の山よりも高く、千尋の谷よりも深い。
もはやいかなる奇跡ですら、埋められない差。
どれほど剛毅な剣士ですら、絶望の余り涙を流すであろうほどに、隔絶された勝利への道。
(……でもな……まだ俺にも勝てる可能性は残されているんだぜ?)
だが、ロイドは違う。
まだそこに奇跡は残されている。
剃刀の刃一枚さえ通らないほどの、細過ぎる勝利への道は。
真の闇の中に一筋だけ存在する光は、そこにある。
ロイドは、再び似合わないとは知りつつも、不敵な笑みを浮かべてみせる。
絶望に負けない強靭な意志が、笑みから垣間見える。
「……さあな、俺にはさっぱり分からないぜ?
俺、イセリアの学校の成績は、図工と体育以外いつもドンケツだったバカだからな」
この島で血みどろの死闘、暗過ぎる人間の闇を味わい続けたロイドは、
もはやその事実をわざわざ本人に告げてやるほどには、愚劣ではなかった。
(お前の弱点は、例のデミテルの呪術……あれによる発作だ!)
ロイドが選び取っていた戦術は、この朝ヴェイグにより提案され、キールと自身で否定したはずのあの手。
すなわち、消耗戦に持ち込むことであった。
デミテルの呪術による発作……真実を知る者の言うところの、麻薬の禁断症状。
クレスの例の発作が、戦闘の最中に発生するというわずかな可能性に、勝利への道を求める。
そもそも、ロイド自身が朝方、消耗戦に持ち込むことを否定した理由は、それに他ならない。
クレスに上回られているスタミナ。消耗戦に持ち込まれれば、先に音を上げるのは自身だと分かり切っていた。
だが、朝から状況は大きく変わった。シャーリィとの交戦により。
シャーリィが与えたフェアリィリング。
シャーリィが奪ったロイドの心臓。
今やほぼ完璧に死体も同然と化したこの肉体は、疲労を覚えない。
肉体自体の物理的限界が訪れるその瞬間まで、ロイドは全力全開で戦うことを許されたのだ。
そして、精神力や闘気の損耗を半減させるフェアリィリングは、実質的にロイドの持続力を倍化させる。
これらの力を以ってすれば、あるいは消耗戦の中にクレス撃破の糸口が見つかるやも分からない。
無論、一応とは言え見切っている時空剣技が直撃し、それによる完全な死を受け取る可能性は見越してはいる。
だがそれによる死など、もはや計算に入れたところで大差はない。
どの道「死ぬ」という運命が確定的なら、「死ぬかもしれない」という程度の危険など、顧みる価値はあろうものか。
それに、今のロイドには守らねばならない急所はわずか二箇所。
一箇所は脳。それも最深部まで破壊されねば、死は訪れない。
もう一箇所は言わずもがなのエクスフィア。エクスフィアの破壊により天使化を維持できなくなれば、その結果は明白。
けれども、この二箇所さえ攻撃されねば、ロイドは死なない。
痛覚神経の死滅した肉体に、激痛によるショック死はありえない。
通常の生命活動を終了させた肉体に、大出血によるショック症状や、内臓破裂のような損傷は意味を成さない。
たとえ内臓を一つ残さず抉り取られたとしても、筋肉と骨さえ無事なら、戦闘にはほぼ支障はないのだ。
不死者の肉体と、同じように。
ある意味自暴自棄のニュアンスさえ漂わせ、クレスに挑発的な言葉を投げかけるロイド。
そのロイドに、哀れみとも遣る瀬無さとも取れる視線を浴びせるクレス。
沈黙は、突如として後者の手により破られた。
「……僕には分からないね。
君は不撓不屈の勇気を胸に秘めた真の勇者なのか……
はたまた、本当に救いようのない底無しの馬鹿なのか。
その目は、強がりやハッタリではなく、本当に恐怖を覚えていない人間の目だ」
かちゃり。
クレスは大剣に分類されるであろうはずのエターナルソードを、軽々と一回転させながら正眼に構え直した。

28 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:06:32 ID:na62YO+DO


29 :全て集う場所で―The fated hate―8:2007/09/06(木) 18:07:36 ID:oLxwEimI0
構えた腕の隙間から、口元が狂気に歪むのが覗けた。
「僕は凄く興味があるね。君が本当に恐怖を覚えずにいられるのか」
ロイドはその問いかけに、心の中でイエスと答えた。
本来恐怖という感情は、生物がその個体を維持するために元来持ち合わせている感情。
そして恐怖は大体の場合、精神的、肉体的苦痛から引き起こされる。
肉体的苦痛をすでに覚えなくなっているロイドには、もはや恐怖という感情は縁遠いものなのだ。
それはまた、生物としての枠からもすでに、縁遠い存在になりつつある証左でもあるのだが。
「本当に君が恐怖を覚えずにいられるかどうか、試してみたいな。
ちょっと気が変わったよ。
僕はこれから、一瞬だけ本気を出してあげよう。さっき言っていたレベルを、一気に二段階引き上げる」
刹那、クレスの周囲の空気が、その流れを止めた。厳密に言えば、クレスの鬼気により「止められた」。
「けれども、君を瞬殺してしまっては面白くない。
そうだな、スピードを二拍子か三拍子ぐらい遅らせて、やってみようか」
高まる闘気。空気がその強烈な圧力に耐え切れず、無数の紫電をクレスの周囲でスパークさせる。
下級の魔物ならば、触れるだけでも即死できるほどに、闘気の爆圧は加速度的に膨れ上がっていく。
「さて――この技の正体に気が付いても、君は恐怖を覚えずにいられるのかな?」
クレスの姿が、かき消えた。
づぐん、となくなったはずの心臓が、風穴の開いたロイドの左胸で跳ねたような錯覚。
世界は、一瞬にして色彩を失っていた。
まさか、クレスは「タイムストップ」を用いたのか、とも一瞬思ったが、違う。
これは、命を失うかもしれないという危機感が極限まで高まった際起こる、時流が鈍化したかのような錯覚――。
ロイドにはそれ以上の思考を行う余力などなかった。
密林を流れる泥流のように遅くなった時の流れの中、
ロイドは己の本能だけで、残された右手のウッドブレードを構え、自らの身を守った。
ほんの一瞬前まで、距離にして二十歩近くあったクレスとの間合いは、すでに剣の間合いだった。
ずお、と破壊の刃がロイドの下段から迫る。
灰色の世界の中、クレスの振るうエターナルソードの蒼色だけが、唯一色彩を帯びてぎらぎらと光っていた。
この動きは、『次元斬』ではない。
ロイドはそんな思考を行う時間も惜しいとばかりに、反射的にウッドブレードで守りの構えを作る。
ロイドの構えたウッドブレードは、蒼の噴炎に接触した瞬間。
両断でも焼失でも粉砕でもなく。
消滅していた。
ウッドブレードを構成する木の繊維一本一本まで、この世界から存在を消去される。
しかしロイドはそれすらも確認できずに、反射的にその背を反らせ、「死」ではなく「滅」を湛えた蒼刃から逃れる。
紙一重。
ウッドブレードによるエターナルソードの減速をかけた上で、あと一瞬でも緊急回避が遅れていたなら、
ロイドの顔面は真っ二つにかち割られ、下手をすれば脳にまで刃が到達していたかも知れない。
後方にのけぞる勢いのまま、ロイドは後方宙返りの構え。
このまま尻餅を突くに任せていたら、そこからの体勢の立て直しが間に合わない。
霧が晴れ、徐々に青みを増してきた空がロイドの視界に入ってきた頃。
ロイドの全身の毛が、一気に逆立った。
自分の前方にいるはずのクレスの殺気が、「ない」。
クレスが滅心の法で殺気を消したとしても、余りにも唐突な消失。
ということは、クレスがたった今行った行為は――
(まさか!?)
ロイドは己の剣士の勘に、ひたすらに忠実に従った。
後方宙返りをこのまま続けていたら、クレスに次の瞬間両断される!
理由は分からないが、ロイドはとっさにそう判断し、背の翼を全力で振るった。
この状態、次に足が地面に着くまで回避行動を待っていたら、足どころか全身が地面に着いている。斃されて。
ならば、緊急回避の手段は……!
(これしかないッ!!)
手段を選び取ったロイドは、実行に一瞬の遅滞もなかった。
幸い発動させたままのEXスキル『スカイキャンセル』を活かしての、空中での剣技の使用。
(間に合ってくれ! 火炎裂空!!)
あえて打つのは、ガーネットによる炎気を秘めた『裂空斬』、すなわち『火炎裂空』。

30 :全て集う場所で―The fated hate―9:2007/09/06(木) 18:08:24 ID:oLxwEimI0
攻撃の回避を目的として剣技を放つのなら、その隙は少ない方がいい。
この状態で上位技の『真空裂斬』を放っていたら、余りにも隙が大き過ぎる。
ロイドがほとんど逆立ちの状態から『火炎裂空』を放ち。
そして再び前方への移動を開始したのと、それはほぼ同時だった。
背中の肉を一直線に裂かれ、骨が軋むその手応え。
そこに一切激痛は走らないのは、ある意味不気味とすら言える。
それでも。
「ぐあああああああっ!!!」
ロイドは口から迸る悲鳴を、抑えることは出来なかった。

******

その光景を目にしたアトワイトは、阿呆のように開いた口が塞がらなかった。
(これが……)
これが、本当に人間同士の決闘だとでも言うのか。
辺りは、まるで地殻破壊兵器ベルクラントを撃ち込まれたのかと勘違いしたくなるような、
廃墟も同然の惨状を呈していた。
石畳は破壊され、むき出しの地面は農耕を行うにしても過剰なほどズタズタに掘り返され、
周囲の空き家は巻き起こる剣風で漆喰や瓦が剥げ落ち、あまつさえその内数軒は、木っ端微塵の瓦礫になっている。
大地震と大嵐が一度に襲ってきたら、こんな光景を再現できるだろうか。
天地戦争を戦い抜いたアトワイトすら、ここまで激しい破壊の爪跡を見たことは稀である。
この光景を見るアトワイトに、次に去来した感情。
それは脅威、もしくは恐怖。
この力、余りにも強大過ぎる。余りにも危険過ぎる。
クレス・アルベイン、そしてロイド・アーヴィングが持つ力、よもやこれ程とは。
先ほどから聞こえていた破壊音の数々は、幻聴ではなかったことを、アトワイトは思い知った。
(果たしてこれほどの戦闘力を持つ二者のうちのどちらかを……私の力で確保できるかしら?)
わざわざ自らに問うような手間をかけるまでもない。
不可能。
粉塵で黄土色がかった霧の向こう側で斬り合う二者の、超絶の剣舞を見るだけで判断できる。
あの中に飛び込んで、この器が完全に壊れる前にどちらかを生け捕りにするなど、無謀にも程がある。
あの剣舞の中に飛び込んだなら、巻き添えを食ってなます切りにされる以外の運命など、思いもつかない。
そもそも、こうして家屋の影に隠れていることすら、勇気と蛮勇の境に位置するほどの危険な行為なのだ。
ならば、今打てる手は一つきり。
(このまま2人に発見されないように待機し、どちらかが倒れるまで粘る。
そのあと弱った片方を生け捕りにする、というところかしらね)
要するに、漁夫の利狙い。
アトワイトに今できることは、現在戦闘中の二者が限りなく五分五分に近い戦闘を演じ、
そして刺し違え……すなわち双方共倒れ以外の終結を迎えてくれることを祈るのみ。
限りなく五分五分に近い。しかし完全に五分五分であってはならない。
ある種矛盾した祈りを、アトワイトは静かに捧げた。
祈りを捧げてすぐに、それは詮無いものであると気付くに至るのだが。
これほどまでの、地獄を地上に再現せんばかりの死の乱舞の中、まだ白銀の剣士クレスには、余裕がある。
凡庸な剣士なら一撃で問答無用に葬り去られるであろうロイドの太刀筋を、クレスは紙一重でかわし続けている。
無論、クレスの「紙一重」とは余裕の紙一重。
太刀筋をほぼ完璧に見切っているからこそできる、疲労と隙を最小限に抑えた回避行動。
対するロイドもまた、同じくクレスの攻撃を紙一重でさばいている。
しかしロイドの「紙一重」はクレスとは正反対。辛うじての紙一重。
余りにも速く鋭く重いクレスの太刀がクリーンヒットするのを、何とか防いでいるに過ぎない。
肉体が天使化していなければ、ロイドはとっくに疲労のもたらす隙で致命打を被っているだろう。
アトワイトはミトスに授けられた天使という存在についての知識と、ロイドの背の光翼を結び付け、その知見を導く。

31 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:09:23 ID:eoGmcmwD0
 

32 :全て集う場所で―The fated hate―10:2007/09/06(木) 18:09:38 ID:oLxwEimI0
(それにしても……)
天使化していないロイドなら、すでに何十回と殺されているであろうクレスの剣技に、アトワイトは怯えを隠せない。
この剣のレベル、全盛期のディムロスのそれすら、確実に数段以上……下手をすれば十段近く凌駕している。
もし万一、己が上官たるミトスがクレスと直接対決するような事態にでもなったら、互角の勝負すら挑めるかどうか。
今のミトスにはミスティシンボルがある。
接近戦の間合いでも、剣を交えながら上級魔術の詠唱が可能という、ある種反則じみた能力を秘めている。
だがその反則技を以ってしても、ミトスはクレスと同じ土俵に入れるかどうか。
それ以前に、この島の異常な晶力下では、広範囲に作用する魔術は敵味方無差別に巻き込むことは周知の事実。
剣の間合いでは、下手に魔術を行使すれば、最悪術者が自身の魔術に巻き込まれ、自滅する危険すらあるのだ。
そしてクレスを相手に、ミトスは魔術の間合いを取れるように立ち回ることは出来るのか。
それを思えば、ミトスですらクレス相手には、劣勢の戦いを強いられる可能性は高い。
こうなっては、アトワイトの詮無い祈りは、ますます切ないものとなる。
こうなってはもう片方の剣士……ロイドが一発逆転を可能とする切り札を、隠し持っていることを期待するほかない。
そう、あの赤の服を着た少年が……
幼なじみの親友が……
(?)
アトワイトは、たった今ロイドがクレスに叩き伏せられ、地面に倒れ込んだのを確認した。
そこまではいい。
だが次の瞬間、アトワイトは謎の違和感をその肉体に覚える。
ロイドの様子を伺ったからには、次は対するクレスの様子を確認したい。
だが己の両目は、一向にクレスを焦点として像を結ばない。
天使の肉体による超視覚が、一向にその力を発揮しないのだ。
(!?)
アトワイトは、次の瞬間現在の異常の正体を把握した。
分かってしまった。
なぜ、クレスの側を己の目で見ることが出来ないのか。
それは、至極簡単な理由ゆえだった。
彼女の両目の視線は、ロイドに注がれている。ロイドを凝視している。
「彼女」が……すなわち、「アトワイトが」ではなく「コレットが」、その視線をロイドに向けているのだ。
(そんな!? この状態で彼女の意識が目覚めたというの!!?
この肉体の支配は95%完成しているというのに!!?)
99%は、100%ではない。
いわんや、95%をや。
(く……魂の最深部まで防衛線を下げ、そこで全力の守りを固めていたのはまさか……この瞬間を狙っていたのね!!)
コレットの編んだ策の内に、アトワイトはまんまと嵌められたということか。
それとも、結果論としてこうなってしまったのかまではもう、今となっては判断できない。
コレットが選んだのは、限界までアトワイトによる意識野の制圧を許し、
ロイドに出会った瞬間に備え、一点集中でほんの一瞬でも肉体の支配権を取り戻すために、精神力を蓄えること。
そしてたった今、コレットは解き放ったのだ。
弓術で言うところの「会」の節にまで持ち込み、極限まで高めた精神力という名の矢を。
「アトワイト」ではなく、「コレット」は、即座に己の神衣の懐に両手を滑り込ませた。
握り締めるは、ソーディアン・アトワイトではもちろんありえない。
橙色の柄、そして赤い頭のハンマー。
コレットが暗器として隠し持つ、2本のピコハン。
コレットは、両手に1本ずつ構えたピコハンを、前方に「×」の字を描くようにして、投げつけた。
アトワイトは、その事実に恐怖した。
そして、己の読みがあまりに浅過ぎたことを後悔した。
コレットがロイドに覚える友情。
コレットがロイドに寄せる愛情。
そして、盲信と紙一重の、己を助けてくれると信じて疑わぬ、ロイドへの信頼。
温かく、時に熱く、そして心地の良い、人の想いの力。
アトワイトの冷徹な支配の意志が、コレットの想いの力に敗れた瞬間だった。
コレットはその胸に、続けて思い切り空気を吸い込んだ。
全ては、そのために。
愛しくて愛しくてたまらなかった。
逢いたくて逢いたくて胸を焦がした。
無二の親友の名で、空気を震わせるために。

33 :全て集う場所で―The fated hate―11:2007/09/06(木) 18:10:39 ID:oLxwEimI0
「ロイド―――――――ッ!!!」
コレットの叫びが……文字通りコレットの心の底から放たれた言葉が、この村の空気を揺らした。
ロイドに止めを刺さんと、エターナルソードを大上段に構えていたクレスの頭部に、2つのピコハンが突き刺さった。

******

ロイドは、力なく地面に横たわっていた。
今度は、すでに自力で立ち上がる力を失ってしまったかのように、その身じろぎすらも緩慢だった。
しかし、ロイドは地面との口付けをそれ以上許されなかった。
がし、という音がロイドの上から、響いた。
ロイドの逆立った鳶色の髪は、クレスの手により強引に掴み上げられていた。
ロイドの両目は、そこにいる男の顔を嫌でも捉える羽目になった。
剣鬼クレス・アルベインの顔を。
「どうだったかな? 僕の『本気』の味は?」
クレスにもし正常な判断力があったとしたら、こんな問いかけなどわざわざするにも足るまい。
ロイドの生気を失った、その両目を見れば。
絶望。ブラックソディよりも苦い、絶望。
(こんな……こんな化け物に勝てって言うのかよ……?)
ロイドはこの時ばかりは、オリジンとの契約により手に入れた時空剣士の力を憎んだ。
クレスが先ほど仕掛けた攻撃の正体は、ロイドには分かっていた。
理論だの直感だの、そんな回りくどい道筋をすっ飛ばして、即座に理解にまで達してしまった。
(あんな技……アビシオンや……ミトスすら不可能だったんだぞ……!?)
先ほど起こった事態は、大まかに言えば次の順になる。
まずクレスは空間転移を行い、離れていたはずのロイドとの間合いを、一気に剣の間合いに詰めた。
そして、時空エネルギーをまとう下段からの切り上げ。
それを辛うじて回避したなら、息つく間もなくロイドは後方からの切り下ろしを背に受け。
そして、ロイドはこうして地面に倒れ込んだ。
ロイドにとって、その事実を導き出すにはこれだけパズルのピースが揃っていれば十分過ぎた。
クレスは、『虎牙破斬』を放ったのだ。
まず空間転移で一気に間合いを剣のそれにまで詰め、『虎牙破斬』の一撃目の切り上げ。
そして『虎牙破斬』の切り上げが終わった瞬間、即座にもう一度空間転移。
そしてロイドの背後に出現し、『虎牙破斬』の二撃目の切り下ろしをロイドの背中に見舞った。
クレスは『虎牙破斬』の動作に、空間転移を組み込み放ったのだ。
名付けるならば『転移蒼破斬』ならぬ、『転移双破斬』とでも言うべきか。
あまつさえ、クレスはロイドと同じく時空エネルギーを刀身にコーティングし、
刃の破壊力・切断力を飛躍的に上昇させていた。
ロイドの専売特許かと思われていた、刀身への時空エネルギーの持続的コーティングすら、クレスは可能としていた。
(ちきしょう……どれだけ無茶苦茶な修業をすりゃ、こんなふざけた力を持てるっていうんだよ……!?)
ロイドの目に、もはやクレスに向けるべき赫々たる敵意の炎はなかった。
クレスの濁った眼光は、もはやロイドの怒りを毛ほどにも煽らなかった。
(本来空間転移は……剣技に組み込めるほどの短時間で、できるようなもんじゃねえんだぞ……
転移を開始してから終わるまで……どんなに早くても数秒は……)
今度は、がご、という音がロイドの下顎から聞こえた。
クレスのトーキックで顎を蹴り上げられたという事実は、もはやロイドに何の感傷も与えなかった。
ロイドの後頭部は、後ろに立っていた家の外壁に叩きつけられていた。
(しかも……こいつは完全に本気を出したら、今のよりも速く、空間転移ができるんだろ……?)
ロイドの視界が、突然締め付けられるような痛みと共に暗転する。
クレスはロイドの顔面にアイアンクローを放ち。
そして、ロイドを宙に持ち上げた。
人間1人を片手で持ち上げるクレスの怪力のほどは、もはや推して知るべし。
「どうやら、さっきのサービスは少し刺激が強かったみたいだね?
どうだい? さっきまでの強がり、吐いてごらんよ?」
ロイドの手から、砕けて刀身のなくなったウッドブレードの柄が、力なく落とされた。
ロイドの全身から、急激に力が失われてゆく。
ロイド自身の全身を覆えるほどの光の巨翼も、見るも無残に萎え縮んでいた。

34 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:12:01 ID:eoGmcmwD0
 

35 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:14:02 ID:eoGmcmwD0
 

36 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:16:07 ID:j4roG9+eO
 

37 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:18:20 ID:j4roG9+eO
 

38 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:19:36 ID:na62YO+DO


39 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:23:12 ID:na62YO+DO



40 :全て集う場所で―The fated hate 12― @代理:2007/09/06(木) 18:30:40 ID:eoGmcmwD0
(勝てねえ……
カイルも……ヴェイグも……
みんなの力を合わせても……こいつには……)
ごり。
ロイドの頭蓋骨が、不吉な音と共に軋んだ。
「吐いてみろっつってんだよ、この身の程知らずの青二才が」
クレスは、全身を用いてロイドを投げ飛ばした。
ロイドは、なす術もなく家屋の壁に叩きつけられた。
意志の力が消失した肉体を、辛うじて本能だけが守る。
全身の筋肉が緊張し、両手で迫り来る壁を叩き、受け身を取る。
世界再生の旅の中、鍛えに鍛えられた戦士の本能が、これほど煩わしいと感じられたことはなかった。
クレスはあの神速の空間転移を以ってして、即座に半壊した家屋の壁にへばりついたロイドに肉薄し、回し蹴りを放つ。
ロイドの体は「く」の字に折れ曲がり、宙を舞った。
その際腹筋が固まり、クレスの回し蹴りのダメージを最小限に抑える。
そんなこと、もう無駄なあがきに過ぎないのに。
痛みも感じず、疲労もない、半死人の体があっても。
エクスフィアという、母の命の力があっても。
父に世界再生の旅の中教わった、剣技があっても。
ヴェイグやカイルという、友の力があっても。
この化け物の前では、どんな力も小細工も意味を成さない。
黒死病を前に枕を並べて倒れ去る人間のように、刈り取られるだけだ。
何もかも。
エターナルソードという名の、死神の大鎌によって。
石畳の上に不時着したロイドは、そのまま歩幅にして約百歩ほどの距離を滑走し、転がり、停止した。
痛みは感じずとも、それでもロイドの体を突き抜ける衝撃は、天使の唯一の弱点である脳を揺さぶり、視界を霞ませる。
力なく体を地面に投げ出したロイドは、今度はその胸を無理やりに持ち上げられる。
もう一度地面に叩き付けられたロイドは、次にクレスの手により胸倉を掴み上げられた。
(これじゃあ……クレスが発作を起こすより先に……間違いなく俺達の方が先に殺られちまう……!)
異常なほどに速い……人間の肉体には本来不可能なほどの速度でクレスが開いた間合いを詰めようとも、
それはもはやロイドに何の感傷も与えなかった。
次にロイドが喰らったのは、クレスの上半身の筋力がフルに乗せられた、頭突き。
額の皮膚が破れ、出血する。
普段ならばここは派手に出血する部位なのに、さすがは死体同然の体。ほんの少ししか血が滲まない。
どうせなら額だけじゃなくて、脳味噌までブチ割ってくれ、とロイドはかすかに願った。
脳の深部までを破壊されるか、左手を切り落とすかされれば迅速に訪れるはずの死が、いやに遠い。
ロイドの戦士の本能が、無意識の内にクレスの暴行を、致命打にならぬように避けているのだ。
殴られ。
蹴飛ばされ。
時には地面に投げ飛ばされ。
頭突きを喰らい。
もうクレスから覚えきれなくなるほど拳をもらい。
足蹴にされても。
それでも、ロイドの本能だけは、頑なに死を拒み続けていた。
疲労を覚えぬこの体が、延々と死を拒み続けることを許していたから。
ロイドの顔面は、原型を留めぬほどに腫れ上がっていた。
全身の骨ももう何箇所も骨折しているだろう。
内臓だって、すでに無事で残っている箇所の方が少ないかもしれない。
叩きのめされ、打ち伏せられ、そろそろロイドもただの肉塊になるめどがつきそうになってきた頃。
クレスの暴行は、突如として止んだ。
先ほどまで腰に差し続けていたエターナルソードの柄に、手がかかっていた。
「ふん、止めだ。やっぱり君は、青二才の雑魚だな」
(そうさ。俺はこの島で、仲間が次々死んでいくのを救えなかった、青二才の雑魚だ)
ロイドは、断末魔の痙攣のように、かすかに体を震わせた。
「あの一撃だけで腑抜けになるなんて、まさか僕も思いもよらなかったよ。
オリジンの人を選ぶ目は、どうやら腐りきっていたらしいね」
(世界を救っておきながら、仲間を救うことが出来なかった、俺を選ぶくらいだからな)
クレスの口ぶりは、心底残念そうに響いた。

41 :全て集う場所で―The fated hate―13 @代理:2007/09/06(木) 18:32:19 ID:eoGmcmwD0
「君みたいな奴が、僕と同じ時空剣士だなんて、正直信じられないな。
悪いが、時空剣士の名を貶めるためだけに時空剣士になったのなら、とっとと死ね。これは僕からの命令だ」
(死にたいさ。俺だって死にたい。早く殺してくれよ)
ロイドの意識は死を望みながらも、けれども本能が死を許してくれない。
「君がこの島の中じゃ、一番喰い甲斐のある獲物かと思ったら、残念だよ。
雑魚以下の屑しか残っていないんじゃ、どれだけ戦っても僕は満たされないな」
(そうだろうな。この戦い、優勝は多分お前で間違いないさ。
多分ミトスですら、お前相手じゃ手も足も出せずに敗北する)
クレスは、とうとうエターナルソードを抜き放った。
「さてと。さっさとこんなクソ不味い残飯は処理させてもらおうか」
そして、上段すら通り越し、大上段にまで時の魔剣を持ち上げる。
時の魔剣の表面で、蒼い光が燃え上がった。
あとは、振り下ろすだけ。
それで地面に仰向けに倒れるロイドの右半身と左半身は、そのまま泣き別れになる。
たとえ天使の肉体を持つ者でも、肉体を縦に両断されれば、そこに待つは不可避の死。
だが、痛覚と共に恐怖を忘れようとしているロイドは、その蒼色の死を見ても、一片の恐怖も浮かばなかった。
ただ、ロイドを打ち据えたのは、絶望。純粋無垢な絶望だった。
(さあ、さっさと振り下ろせよ、クレス)
ミズホの戦士「サムライ」ですら驚嘆するであろう程に、死を前にしたロイドの心は静かだった。
まともな命を体に秘めた者では、どれほど修養を積もうと達せぬほどの、諦観という名の寂滅の境地だった。
「せいぜい次は、もっと強い剣士に生まれ変わって来るんだね」
クレスは、言った。
魔剣が、動いた。大地に向かい、落下を始めた。
常人に分かりやすい感覚で言えば、あと心臓が一回鼓動するまでの時間もあれば、ロイドは命を刈り取られるだろう。
やがて魔剣が空を裂く音が響き――
「ロイド―――――――ッ!!!」
――そしてそれは、クレスの頭部を過たず捉えていた。
突然の不意打ちに、さしものクレスもよろめく。意識を手放しかける。
エターナルソードは、ロイドの体一つ分の幅ほどずれて、地面を穿った。
ロイドは、己を呼ぶ懐かしい声に、それを感じた。
絶望に塗りたくられた心が、再び淡く優しい色彩に満ちゆくことを。
ぴこん、ぴこんという柔らかな音を立てて、クレスの凶刃を阻んだそれが地面に落ちる。
ロイドに迫った死刑宣告を阻んだ、2本のピコハンが。
弾かれたようにロイドは上半身をもたげ、声の元を辿り、そして天使の瞳で辛うじて見分けられるその姿を見つける。
「!!!」

42 :全て集う場所で―The fated hate―14 @代理:2007/09/06(木) 18:33:05 ID:eoGmcmwD0
流れるような金の髪。
イセリア村で飽きるほど見てきた、マーテル教の神衣。
「……レット……」
愛しくて愛しくてたまらなかった。
「……コレット……!」
逢いたくて逢いたくて胸を焦がした。
「コレット……!!」
無二の親友の名で、ロイドは空気を震わせた。
驚愕と歓喜と、そして忘れかけていた恐怖とがない交ぜになった、複雑な感情を載せて。
「コレット―――――――ッ!!!」
ぎり、と歯のこすれあう音。
ゆらり。彼は凄絶なまでに緩慢に、倒れかけたその上体を起こした。
そして彼もまた、その凶眼に捉えていた。
己がたった今執り行おうとした処刑を強引に中断させた、不届き者の姿を。
未だ姿が霧に霞むその人影の元に、クレスは即座に向かった。
空間転移。
天使の瞳を持たなかったクレスは、その人物の正体を知る由もなかった。
それはかつて、彼がこの島に降り立って、最初に守ると決めた1人の少女であったことを。

******

(そんな……そんな馬鹿な!?)
アトワイトのコアクリスタルを流れる晶力パルスは、すでに意味のある流れを保ってはいなかった。
己の支配を脱したこの肉体が、2本のピコハンをクレスに投げつけた。
その事実が、アトワイトの混乱を生み、増幅させ、そして彼女はそれに打ち倒された。
いかにクレスが人間の限界を超越したかのごとき強さを持とうとも、それでもピコハンは頭部を直撃したのだ。
さしものクレスも耐え切れず、一瞬だけ気が遠くなったかのように、その足をもつれさせる。
そう、コレットはクレスに攻撃を仕掛けたのだ。
無謀にも。
愚かにも。
アトワイトは、続けて恐怖に打ち据えられた。
もしクレスが次に意識を取り戻したとき、その注意をこちらに向けてきたなら。
チェックメイト。
手詰まり。
もはや、一巻の終わり。
アトワイトとて、自らの持つ戦力を冷静に分析できないほどの愚か者ではない。
己は……己の肉体は、殺される。
クレスに。
絶対不可避の確実性の下に。
「コレット―――――――ッ!!!」
ロイドがこの肉体の元の持ち主の名を絶叫したが、アトワイトにはそれは意味のない雑音としか感じられなかった。
2人の時空剣士を収めるコレットの視界に、続けて舞うは白き光。
天界より降り注ぎ、海の青にも、夕日の赤にも、木々の緑にも染まることない、純潔の光。
それが、コレットの背の翼から散る、光で編まれた天使の羽であることを知ったアトワイトは、刹那。
叩き潰される。この肉体の意識野の中で、己の遺志が砕け、遠のく確かな感覚。
(ロイド……逢いたかったよ)
アトワイトはコレットの肉体の中で、ぺしゃんこにされ極限まで矮小化された自我の中、それを感じた。
コレットは、喉を震わせている。
コレットは、歌っている。
コレットは、祈っている。

43 :全て集う場所で―The fated hate―15 @代理:2007/09/06(木) 18:34:39 ID:eoGmcmwD0
(あのね、ロイド……私はこの島で、ロイドみたいに強くいることは出来なかったの)
コレットに見つめられるロイドは、しかしその両目を限界まで見開いていた。
まるで、ばねに弾かれたかのように急激にまぶたを開き、絶叫する。
「コレット――――ッ! 止せ――――――っ!!」
こう、とコレットの背で、空気が唸りを上げた。
空間転移により亜空間を越え、千里の道程も一歩限りとばかりに迫った、虚ろなる剣鬼。
圧倒的な殺気の渦を……殺意の怒涛をその身に受けようとも、けれどもコレットはその歌を止めない。
神に捧げる祈りの歌を。艱難辛苦に悶える弱き人々を救うべく、自ら血の洗礼を求める、聖者の賛美歌を。
(私は……人を殺したの。リアラっていう、私と同じくらいの女の子。カイルっていう子の、友達だったみたい)
コレットは、一節に、一句に、己の誠心を、己の誠意を編み込み、空に響かせる。
アトワイトの介入により、奇しくも再び震わせることを可能としたその喉から、聖句が溢れゆく。
(私は……ミトスの人形。世界再生の神子じゃないよ。
救いを求めることも出来ない、弱くてちっぽけな、1人の女の子。
そんな私に、できることはこれしかないから――)
「それは使うな――――っ! それだけは……それだけはぁぁぁぁ―――っ!!」
叫ぶロイド。困惑するアトワイト。
やがて、コレットのその歌声は、いつしかアトワイトも聞き覚えのある一節にまで到達していた。
(その力、穢れなく澄み渡り流るる――)
目の前で聖印を結び続けるコレットの両手を前に、アトワイトは理解した。理解してしまった。
(これは……昨晩コレットが唱えていた……!?)
これこそ、本来邪悪を打ち据え裁くために存在する天使術の中にあって、唯一存在する回復の術。
これが成ったなら、その際に起きる事象は余りに明白。
コレットの背後に現れた白銀の魔人は、両手に握り締めたエターナルソードにその膂力を込め、持ち上げる。
その動作は、さながら死刑執行のために吊り上げられる、血に錆び付いたギロチンの刃を思わせた。
(――魂の輪廻に踏入ることを赦し賜え)
「コレット! コレットーッ!! コレット――――――――――ッ!!!」
狂ったように彼女の名を呼び続けるロイドは、果たして彼女の耳にはいかように聞こえているのか。
(コレットが天使術の支配権だけは譲らなかったのは、この一瞬に全てを賭けてのことだったのね……!)
コレットの肉体に宿る意識野の片隅に追いやられたアトワイトは、コレットの意志に白旗を掲げた。
やはり己は、イクティノスやクレメンテほどに聡明ではなかったのだ、という悔悟の念を静かに滲ませる。
彼らほどの頭脳があれば……コレットの仕掛けた乾坤一擲の博打を見抜くだけの、能力があったなら。
それでも後悔は、先には立たない。もはや止めることなどできようものか。
最高潮に達しようとしている、コレットのこの祈りを。
(……ごめんなさい、ロイド。私も、ロイドと一緒に再生された世界を……
新しく生まれ変わったシルヴァラントとテセアラ……アセリアを旅したかった。
でも、リアラを殺して、ミトスの言いなりになって、ミントさんも救えない私は、きっとロイドの重荷になるから――)
「ひゃめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
衝撃のあまり、すでに呂律さえ回らなくなったロイドは、誰に対してその絶叫をぶつけようとしたのか。
コレットの背から、エターナルソードの蒼刃が墜落を始める。
(――ごめんなさい、ロイド。
最後まで私は、あなたに謝り通しで、ごめんなさい。
誰も犠牲にならずに済む世界に、一緒に行く事が出来なくて、ごめんなさい。
ロイド……お願い。ロイドだけは、みんなで一緒に夢見た、誰も犠牲にならずに済む世界に――)
コレットは、そして。
普段のあどけなさがまるで嘘のように思えるほどに、凛々しい声で紡ぎ上げる。
己の祈りを。
血の洗礼への望みを。
ロイドを信じ切ったがゆえに成し得た、偉大なる奇跡を。
その術はすなわち。
自らを神への贄とすることで、仲間の気力体力を完全に癒しきる、自己犠牲の術。

44 :全て集う場所で―The fated hate―16 @代理:2007/09/06(木) 18:35:20 ID:eoGmcmwD0
エターナルソードが、コレットの脳天にめり込み……
「――リヴァヴィウサー!!!」
吹き上がるコレットの命のきらめきの中で。
……鼻梁が割れ。
……金髪が血で染まり。
……胸のクルシスの輝石も粉砕され。
……まとう神衣が千切れ、宙を舞い。
そして一瞬の内に、コレットの肉体は脳天から股間まで、真っ二つに両断されていた。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ロイドのその言葉は、すでにいかなる人語を用いても表記不可能な慟哭だった。
ロイドは、魂を千々に引き裂かれるかのごとき痛苦に。
肉体を震わせた。
心を戦慄かせた。
かつて仲間達とアルタミラの浜辺でやった西瓜割り。
その時ロイドが見事に割ってみせた西瓜のように。
コレットの右半身と左半身は、ごろりと地面に転がった。
臓物と血液を骨とが、その断面からグロテスクにはみ出して、辺りを汚した。

******

「僕のことを邪魔するからだ、この雑魚以下の屑が」
ほんの一瞬前まで少女の形をしていた汚物に、クレスは蹴りをくれてやった。
無論、先ほどの妨害など、クレスにとっては妨害の内に入りきらないほどのささやかなもの。
所詮は屑のあがき。
だが屑でも、この様にして時には目に入り、それが己を煩わせることもある。
目に飛び込んで来た屑は、さっさと払わねば煩わしくて仕方がない。
本当ならば一刀両断どころか、八つ裂きにしてやってもよかったが、こいつはそれにすらあたわない屑以下の屑だ。
そう断じ、憤慨するクレスはもう一度、目の前に転がる汚物を見た。
(?)
違和感。
これを見た際、ほんのわずかながら、クレスの心に違和感が去来する。
この屑は、他の屑とは何かが違う。
汚物になる一瞬前の後ろ姿を思い起こすクレス。
金色の髪。
華奢な少女の体。
何かの宗教の聖衣と聞かされた、独特のつくりの服。
(??)
では、誰からその内容を聞かされた?
この汚物がまとっていたこの服が、「何かの宗教と聖衣」と聞いたが、誰にそう聞いた?
(クレスさんの頭には――)
頭の中をよぎる記憶。断片的なヴィジョンが、さながら闇夜を切り裂く雷に照らされる立ち木のように閃く。
(――ダジャレ育成成分が入ってるんですね。凄いなあ!)
一体誰に?
誰に?
まさか、この少女自身に?
だが、クレスにそれ以上の思考の時間は、与えられなかった。
まるで、背中に零距離で大砲をぶち当てられたかのような衝撃。
全身を突き抜け、それがクレスの両足を地面から引き剥がした。
「――誰が屑だって、クレス?」
背から聞こえたその声と共に、クレスは前方に吹き飛ばされた。
眼前に、家屋の壁が迫る。
だがこれしきの攻撃、直撃を受けるようなクレスではない。
クレスは、即座に両手をそこに突き、そして壁から受けた反動で捻り宙返りを行い、前方に向き直る。
エターナルソードを構え直し、その切っ先は相手の喉仏を貫く方向に向ける。
クレスが彼の方向へ向き直った時。

45 :全て集う場所で―The fated hate―17 @代理:2007/09/06(木) 18:36:03 ID:eoGmcmwD0
全身を熱気と冷気に一緒くたに嘗め上げられたかのような震えが、彼の頭頂から爪先までを駆け抜ける。
紫電が、空気を焦がしていた。
先ほどまで、どれほど打ちのめされようとも砕けずに耐えた両足。
いびつにゆがみながらも、得物を握り締めていた両手はいつの間にか治り、そして新たな得物がそこにある。
「……コレットのことか?」
クレスに叩きのめされ、乱れた鳶色の髪は、彼の目元を静かに隠し去っていた。
「なあ? ……クレス?」
先ほどコレットの手によりクレスに投げつけられ、そして地面に落ちた2本のピコハンは、今や彼の手中で震えていた。
風が、止んだ。
音が、消えた。
その中でただ一度きり。
「プチン」という音が、ロイドから聞こえた。
「……コレットのことかあああああああああぁぁあああァァァァァァァッ!!!!!」
吹き上がる闘気が、その余りの眩しさゆえに、彼の鳶色の髪を一瞬限り、金色に染め上げた。
大気が、激震を起こす。
ロイドの立つ地点を中心として、大地には蜘蛛の巣状のひびが一気に走り抜ける。
ひび割れと同時に地面から吹き上がった岩塊は、空中で一つ残らず爆砕され、紫電に嘗められる。
空がロイドの狂的なまでの憤怒に耐え切れず、彼を爆心とした激風が巻き起こる。
この時点で半壊していた家屋の全ては、全てが全て瓦解を起こしその用を成さなくなる。
本来の力を振るえずに、力を減じた天使術「リヴァヴィウサー」。
それでも、ロイドの傷はクレスの見る間に次々と塞がり、その負傷はすでに死したはずの皮膚の下に埋もれる。
コレットのもたらした奇跡により、ほんの僅かの時間ながら、彼の肉体は「蘇生」したのだ。
EXスキル「ライフアップ」により発生した超回復が、ロイドの肉体をかつて以上に強靭なものとする。
そして、減じていた気力と精神力は、今や完全に満ちた。
ロイドの握り締めたコレットのピコハンからは、青白い光が満ち溢れる。
それはすでにピコハンというレベルを超越し、
戦鎚(ウォーハンマー)とでも呼ばねば不適切なまでに、凶悪かつ凶烈な存在感で空を揺らす。
「俺は怒ったぞォォォォォォ!! クレェェェェェェェェェェスッ!!!!」
瞬間。
ロイドの姿はかき消えた。
瞬間。
ロイドはクレスの懐に肉薄。一瞬遅れて、時空のエネルギーをまとうピコハンがクロスする。
「いっくずぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェッ!!!」
つい先ほどまでに、ロイドがクレスにぶつけ続けた挑発的な言葉。
それを思い出すロイドの中で、臨界を突破した気力が火山のごとくに大噴火を起こす。
クレスは時空エネルギーをまとうピコハンを受け、思わずたたらを踏む羽目になる。
死を覚悟の上で放たれたコレットの自己犠牲天使術。
コレットの死に、怒りを爆裂させたロイド。
1人は死に、1人は生きている。
それでもなお残る、魂に結ばれた絆が、本来ならば不可能な形で二者の力を結合し昇華させる。
これぞ、かつてロイドが実父クラトスから教わった秘儀の一つ。
1+1を、3にも4にも…時には10にまで膨れ上がらせることすら不可能ではない、必殺の連係技。
かつてクラトスは、これを「ユニゾン・アタック」と言い表し、ロイドに授けた。

46 :全て集う場所で―The fated hate―18 @代理:2007/09/06(木) 18:36:50 ID:eoGmcmwD0
空間転移。
ロイドが燃やすクレスへの憎悪の念が、本来彼には不可能なはずの空間転移を可能にする。
クレスは、ロイドの姿を見失った。
そしてその頃、ロイドすでにはクレスの背後に現出し。
ピコハンによる、渾身の振り上げをクレスの臀部に突き刺した。
振り上げられたピコハンの頭が、クレスの腰を覆う革製の鎧当てを、瞬時に焼滅させる。
続けて、何か固いものが砕ける鈍い音が、クレスの体内から響いた。
直腸内を大便が逆流するような激痛が、クレスの臀部を駆け巡る。
「ひぎぃぃぃぃぁぁあぁアアアアアッ―――――!!!」
クレスは、ロイドとの戦いの中で始めて、絶叫を上げた。
クレスはその一撃で、高々と宙を舞っていた。
天頂に向け、一直線に打ち上げられるクレス。
無論クレスとてただやられるばかりではない。即座に空間転移を試み――
――ようとして、それは阻まれた。
高空で、なんと空中で仁王立ちしながら、そこにロイドが待っていたから。
ロイドはそこで、無慈悲にクレスを叩き落した。
雷神の手により振るわれる神槌のごとくに、クレスの腹部を強打するピコハン。彼は続けて、大地を目指し落下を開始。
上空にいたロイドは、自らも自由落下を始める前に、時空のヴェールをまとい。
一瞬の内にその姿を消し去った。
このままいけば、クレスは地面に叩きつけられ、ただでは済まされまい。
しかしロイドは、その程度の生温い仕打ちで許すものかとばかりに、二の矢を放っていた。
時空のヴェールがクレスの落下地点とほぼ同座標に閃き。
それと同時に殺意に瞳を光らせる大天使は、上空を睨み付けた。
ロイドは落下するクレスを迎え撃ち、再度ピコハンを渾身の力で振り上げた。
通常に倍する猛烈な落下速度に、更にロイドの腕力が追加され、クレスは再度天高く打ち上げられた。
一度目の打ち上げなど足元にも及ばぬほどの超絶速で、クレスは空に向かって舞い上がる。
霧の晴れつつある空の一点に、蒼いオーロラが生まれた。
そのオーロラを振り払い姿を現したのは。
空色の翼を打ち震わせる、赤の天使だった。
ロイドは、両の手のピコハンに、両腕の全筋力を注ぎ込み。
同時にその上体までも反らし、背筋の力さえ追加する。
「くたばりやがれ……!!」
ロイドとクレスの、遥か高空での衝突は、もうあと一瞬の未来の出来事に過ぎなかった。
蒼白のハンマーが振るわれ、空中に美しい軌跡を残し。
「この……ブタ野郎ォォォォォォォォォォォォォ―――――――ッ!!!!!」
ロイドの放ったフィニッシュブローは、これ以上ないほどに、見事にクリーンヒットする。
蒼の爆風が、この村の上空で閃いた。
空を切り裂き。
風を断ち。
もはや音速すら超えるのではないかというほどの桁外れの速度で以って、クレスは大地に急降下……否、墜落する。
計四撃放たれたロイドの連撃。
そして二度の落下により通常の2倍上乗せされた自由落下の速度。
ロイドの振るう通常の斬撃の4倍を遥かに上回る、破壊的な威力をクレスに叩きつけて、
このユニゾン・アタックは完成した。
まるで自分のすぐ隣に雷が落ちたかのような、耳を聾する信じられないほどの爆破音。
衝撃が、大地はもちろんのこと、空をも揺らし、形あるもの全てを破壊せんとばかりに伝播する。
恐ろしいほどに美しい対称性を秘め、半球状に砂塵が吹き上がる。
周囲の家屋が砂塵含みの衝撃波に呑まれ、まるで紙切れか何かのように冗談じみた勢いで吹き飛ぶ。
ロイドはそれを確認した後に、再び自由落下が始まる前に空間転移で姿を消した。

47 :全て集う場所で―The fated hate―19 @代理:2007/09/06(木) 18:42:03 ID:l/snCKsV0
それからしばらくして。
巻き起こった黄土色の爆風が晴れ渡った。
抉り取られて急造された、人の身長ほどもある崖から、時おり思い出したように石や岩が転がり落ちた。
もしこの光景を今、上空から眺めている者がいたなら。
彼もしくは彼女は、恐怖すら通り越し、畏怖という感情に、その身を震わせていたはずである。
こんな力が、たった1人の元人間に宿っているなど、信じきれようものか。
神話に語り継がれる伝説の英雄が、現代に復活したのだと説明されても、
この絶景を素直に受け入れるのは至難の業であっただろう。
クレスが落下した地点を中心として、辺りは完璧にただの焼け爛れた更地と化していた。
地表には、半径数十mに達しようかというクレーターが、見事に穿ち抜かれていた。
どんな豪傑ですら生存を諦めたくなるほどに、凄絶かつ生々しい破壊の痕跡が、再びこの地上に刻まれたのだ。

******

「複合特技『ピコ破斬』。改め……」
かく、かくとロイドは首を左右に振りながら。
ごき、ごきとその首を威圧的に鳴らせる。
「……『猛虎ピコ破斬・時空剣技風』、ってとこかな」
踏み出すロイドの足元から、一歩ごとに乾いた土砂が舞う。
彼の足跡は、このクレーターの外縁部から、真っ直ぐにそこに向かっていた。
クレーターの爆心地……すなわち、中央部に。
「てめえの敗因は、戦力計算の甘さにあったんじゃねえのか、クレス?」
ロイドは、たった今こうして作られた小規模な盆地の、一番底でその歩を止める。
ロイドはたたずむ。
風が、静かに大地の土砂を運び取る。
「だから、そうしてブザマに逃げ出す羽目になったんだろ、ええ?」
土砂のカーテンが吹き払われ、ロイドの視界に納まったクレーターの中央部。
そこには、クレスの残滓が残っていた。
このクレーターの底には、「大」の字になって地面に叩きつけられたクレスの人型が、くっきりと刻まれていた。
クレスの形に陥没した地面は、そのところどころに申し訳程度の血の染みが散っている。
ロイドは、それを見てさもつまらなげに舌打ちした。
「てめえのしぶとさはゴキブリ並みだな。往生際がわりいんだよ」
ロイドとていみじくも、世界再生の旅を最後まで成し遂げた一人の戦士。
この地面に残されたクレスの痕跡で、今のクレスの状態は大体想像がつく。
無傷ではないが、重傷でもない。
辛うじて受け身を取るのが間に合ったのか、はたまたアルベイン流には『粋護陣』のような防御技があったのか。
クレスの使った手品の種は分からないが、少なくとも先ほどの一撃は致命傷にはなってはいまい。
無論、クレスに都合の悪い方向にこの予想が外れてくれればありがたいが、それは期待しない。
地面に激突したのち、即座に空間転移で逃走できるほどに、クレスは余力を残していることは間違いないのだから。
「ここに来た時、てめえはただの赤い染みになってることを期待したけど、さすがにそいつは虫のいい話だったな」
ロイドの何十倍もの巨躯と耐久力を誇るモンスターですら、受ければ絶命必至と断言できる。
このユニゾン・アタックにはそれほどの威力があったというのに、クレスはそれの直撃を受けてすら死んでいない。
ロイドは、クレスの人型を睨みつけながら、さも忌々しげに吐き捨てた。
「確かにてめえはある意味、人間の皮を被ったモンスターだろうよ、クレス」
ロイドの手が、小気味の良い風切り音を奏でた。
楽士隊のバトン持ちに振るわれるバトンのように、ロイドの両手のピコハンはくるくると回る。
ロイドはその勢いを残したまま、ピコハンを腰のベルトに差した。


48 :全て集う場所で―The fated hate―20 @代理:2007/09/06(木) 18:43:06 ID:l/snCKsV0
念のため、精神だけは臨戦態勢をとっておく。
このようにして逃走したように見せかけ、こちらが油断した隙につけ込み不意打ちをかける……
そんな悪党のやりそうな手を警戒してのことである。
(とは言え、あんな禍々しい殺気を振りまいてちゃ、できる不意打ちもできねえだろうけどな。
あんな凄まじい殺気を消して行動できるなんて、とても俺には思えねえ。
多分、剣の訓練を積んでないグリッドですら、あの殺気は余裕で感じ取れるだろうな)
クレスの振りまく殺気を思い出すロイドは、歩き出した。
先ほど辿ってきた道を……己が刻んできた足跡の上をなぞるようにして、ロイドは再びクレーターを後にする。
クレーターの縁の辺りは傾斜が急だったが、自分の身長の数倍の高さを跳躍できるロイドの脚力なら問題はない。
一飛びで、ロイドはクレーターから脱出を果たしてみせた。
クレーターの縁で、一瞬ばかりたたずむロイド。
己の掌をそっと見やり、それを何度か開閉させる。
先ほどのあの閃きが、幻ではなかった証拠を求めようとして。
(空間転移は……今はできなくなっちまったみたいだ)
クレスにユニゾン・アタックを叩き込んだ際は、無我夢中だった。無我夢中のまま、空間転移を行っていた。
その時に掴みかけた空間転移のコツは、掴みかけたままロイドの手の中から、すり抜けていった。
念のためEXスキルを調整し、それで何度か空間転移を試みようとしたが、やはりそれも無駄だった。
もどかしい思いが半分。けれども、問題はないという考えが半分。
その時が来れば、またあのコツは思い出せる。
クレスを前にすれば、吹き上がる怒りが思い出させてくれる。
ロイドはそう確信していた。
地面に投げ出されたコレットの亡骸の元に、静かに歩み寄りながら。
ロイドは、コレットの元で一瞬だけ足を止め、そしてその場にしゃがみ込む。
ロイドの目に、激痛が走った。
痛覚神経を介さずに感じる幻の痛みとは言え、ロイドの目を震わせるには十二分の激痛が。
ロイドは、静かに、静かにコレットの体に視線を走らせる。むしろ、視線を歩かせると言った方が適切か。
チャクラムを握り締めていた手。
しょっちゅうもつれては、そのたびに自身や仲間に幸せを運んできた足。
そして、いつも愛らしく表情を変え、豊かに感情を表していた顔。
全てが全て、台無しになっていた。
コレットの体の正中線に沿って刻まれた、絶対の破壊の痕跡により。
コレットの肉体の断面からは、いまだに血がじくじくと滲み出し、その下の赤い池の面積をなお広げている。
これが、性質の悪い悪夢か何かだったら、どれほどありがたいか。
「…………ッ!!」
ロイドは、声にならない声を喉から絞り出した。


49 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 18:45:13 ID:yNYONqISO



50 :全て集う場所で―The fated hate―21 @代理:2007/09/06(木) 18:46:29 ID:l/snCKsV0
よくものの本や戯画には、敵の肉体を脳天から股間まで両断する剣士の描写がなされる。
だがこれを現実にやってのける剣士がいるなどと、誰が信じられようか。
人体を両断する際、脳天から股間までを切り裂くのは、物語ならいざ知らず、現実でははっきり言って不可能に近い。
これをなすには、指一本ほどのずれもなく正中線に完璧に垂直に刃を入れ、背に走る脊椎を縦に裂かねばならないのだ。
そしてその刃には、人間の骨すら紙のように切り裂いてしまうほどの鋭さがなければならない。
むしろ、人体を両断するという観点から見れば、脳天から股間という道筋は、最高難度と言い切ってよい。
腰から人体を輪切りにし、上半身と下半身を泣き別れにさせることすら、児戯にも等しく思えるほどの難度である。
コレットは、その神業とも言うべき悪魔の所業の犠牲となった。
左右に分かたれ、断面から肉色の脳漿がはみ出る彼女の表情からして、苦しむ間もなく逝けたのがせめてもの救いか。
ロイドの手は、震えていた。
その震える手で、ピコハンをもう一度腰から抜き放った。
ピコハンが、ロイドの手の中で瞬時に炎上する。
ロイドが懐に着ける火属性の宝石、ガーネットが妖しくきらめいた。
先ほどクレスの放った、時空剣技を複合させた『虎牙破斬』を回避する際、
ロイドは『火炎裂空』を放ち辛うじて致命傷を避けたが、今度はその『火炎裂空』の応用。
ピコハンに炎気をまとわせ、ロイドは振るった。
2本のピコハンから千切れた2つの炎。それぞれが、コレットの右半身と左半身に覆い被さる。
直撃すれば人間の肉体を焼き切るなどたやすい「火炎裂空」の炎気は、瞬時にコレットの肉体を余すところなく嘗める。
略式の……本当に最低限の体面を辛うじて保った、コレットの葬儀が始まった。
コレットの遺体をこのまま放置するのは、余りにしのびなさ過ぎる。
しかしこの村の墓場までコレットの遺体を運んでいられるほどに、ロイドは悠長にしていられない、
ロイドは、結果として、コレットをこの場で火葬する事に決めた。
本来マーテル教の教義では、死者は土葬するのが慣わしではあるが、止むを得まい。
人間の体の焼ける臭い。火力は、どうやら十分らしい。
ロイドの鼻腔は無論、人の体の焼ける臭いを、常人以上に強く捉えている。
それでも、気分が悪くなってえずいたり、嘔吐を起こしたりすることはなかった。
さすがは、死人も同然の体、とロイドは自嘲した。
どれほど悲しくても、涙を滝のように流して号泣することも出来ない。
どれほどコレットが惨たらしい殺され方をしようと、ショックの余り嘔吐することも出来ない。
では、この悲しみはどうすればいい?
コレットの輪郭が炎の中に消え行く最中、ロイドは自問した。
このまま胸の中に溜めおけば、そのまま胸が張り裂けてしまいそうなほどの悲しみはどうすればいい?
泣き疲れるまで泣くことの出来ないこの身は、どう処すればいい?
涙腺が機能を停止したロイドの瞳の奥。まるで、棘だらけの無数の鉄球が暴れまわっているような痛みが、彼を苛む。
コレットの骸から吹き上がる煙が、目にしみるわけではない。
心で感じる痛みが、ロイドの内側を突き、切り裂き、血を滲ませる。
心が潰れそうなほどにのしかかってくる哀哭は、涙として流し去ることも許されない。
ならば。
ロイドは、両手で地面を殴りつけた。全身が震える。震える。震えが、止まらない。



51 :全て集う場所で―The fated hate―22 @代理:2007/09/06(木) 18:47:03 ID:l/snCKsV0
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
ロイドは、そして天を砕かんばかりの大音声で、絶叫した。
悲しみを涙として流すことが出来ないのならば、出来ることはただ一つ。
悲しみを、焼き尽くす。
悲しみを、憤怒の炎として燃え上がらせる。
それ以外に、手はない。
すっくと、体を持ち上げるロイド。
コレットを包む葬送の炎に、顔を赤く染めるロイドは、天の頂を真っ直ぐに見上げた。
「クレェェェェェェェェェェェス!!
この俺の声が聞こえているなら……ションベンちびらせて怯えやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」
先ほどの戦いの余波で、とうとうその顔を覗かせた蒼天に、ロイドは激しい声音を叩き付ける。
「俺は……俺は絶対にてめえのことを許さねえぇぇぇぇぇ!!
てめえにだって事情はあるんだろうが……もうどんな言い訳をしようがッ!! 俺はてめえを許さねえ!!
コレットを殺したその落とし前……てめえの命でつけやがれぇぇぇぇぇ!!」
声を吐き出せば吐き出すほど、それは次なる怒りの呼び水にしかならない。
ロイドの憤激は、空の彼方にまで吹き上がる。
「俺はてめえを追いかける! 追いかけて追いかけて追いかけて!
てめえの両手両足をブッ千切ってッ!
てめえの臓物を引きずり出してッ!!
てめえの腐った頭をブチ割ってッ!!
何があろうとてめえをブチ殺す!!!
どんな手を使ってでもだ!!!」
本来ならば、宿敵であったミトスにすら哀れみをかけ、最後まで降伏を待ち続けた少年の面影は、そこにはなかった。
あったのは、神の賜いし兜の下から、鬼神のごとき怒りの形相を露にさせた1人の天使。
彼の中に眠る鬼は、こうして目覚めた。
自ら手にかけた敵を哀れみ続け、真の世界再生を成し遂げ、ついに目覚めることのなかったはずの鬼は。
「てめえは……俺が初めて一片の慈悲もかけずにブチ殺すと決めた相手だ!!
てめえに人間らしい死に方なんざ許さねえ!!
ブザマに命乞いをしながら、人間としての尊厳を完膚なきまでに踏みにじられてくたばりやがれぇぇぇぇぇぇ!!!
次に俺の顔を見た時がてめえの最期だッ!!!!
覚悟しろ!! ブタ以下の……ドブネズミ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
濁流のような憎悪を載せたその声は、ただひたすらに。
霧の晴れたこの村を見下ろす、青い青い快晴の空に吸い込まれていった。



52 :全て集う場所で―The fated hate―23 @代理:2007/09/06(木) 18:48:06 ID:l/snCKsV0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP30% TP85% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想
無痛症(痛覚神経が死滅) クレスへの激しい憎悪
所持品:ウッドブレード エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:クレスをブチ殺す……一片の慈悲もかけずに!
第二行動方針:コレットの為にミトスを倒す
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡

※なおロイドは現在痛覚が死滅しているため、自身のHPの正確な把握は不可能

【クレス=アルベイン 生存確認?】
状態:HP??%(『ピコ破斬』によるダメージ量は不明) TP55% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドを殺す
第二行動方針:終わればカイル他を殺す
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない
現在位置:不明。C3村のどこか(?)

ドロップアイテム一覧:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A

【コレット=ブルーネル 死亡】
【残り10人】


53 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/06(木) 19:04:56 ID:oLxwEimI0
すいません、ロイドの状態欄を修正です。

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP30% TP85% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想
無痛症(痛覚神経が死滅) クレスへの激しい憎悪
所持品:コレットのピコハン×2 エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:最後まで貫く
第一行動方針:クレスをブチ殺す……一片の慈悲もかけずに!
第二行動方針:コレットの為にミトスを倒す
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡

※なおロイドは現在痛覚が死滅しているため、自身のHPの正確な把握は不可能
※ウッドブレードは戦闘の最中に破壊されました

54 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/11(火) 05:07:58 ID:mf8YN3K60
感想スレどこ?

55 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/11(火) 08:30:26 ID:qGH5WE9o0
>>54
すまん、誰も彼も立てられない状況らしい。
よければ避難所に来てくれ。
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/5639/

56 :デフォルト名無し変更論議中@専用スレ:2007/09/11(火) 21:35:16 ID:mf8YN3K60
一応感想スレ貼っておきますね
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1189512040/l50

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 23:17:55 ID:P58sA3CFO
保守

58 :その果てに待っていたもの 1:2007/09/18(火) 16:33:12 ID:ssCvXnhd0
最初に「ん?」と思ったのは海岸でミトスと会った時か。
相手の攻撃に備えて氷割り草を生やそうとフォルスを込めた時に、
こう……なんつーのか、レバーがボキッって曲がった感じ…いや、少し違うな……
あー、こういう時にボキャ貧ってのは辛いよなあ本当に。
んー……あ、そうそう!こう、曲がってたことに気づいた時にはバキッって折れてた感じだ!
んで、一通り終わって気を抜いたらいきなり血を吐いた、ってな具合よ。
そーそー、段々思い出してきた。最初は気力もなんもスッカラカンなのに
無理してフォルスを使おうとしたからそんな感じになったんだと思ったんだけどさー。
森に逃げ込んでクレス下ろして、六回くらい血ィ吐いてから流石に変だと思ってよ?
色々調べなきゃいけないけど、調べようもないし、どうしたもんかって考えてた時にさ、
七回目が来てさ、それが痛いのなんのって、まあ痛みが引いた時には吐き終わってたんだけど。
で、見たら、…あったんだよ。アレは普通にドン引きしたぜ。

拒絶されるように、血溜まりの中から内蔵の欠片が出てきたんだ。

多分要らなくなったんだろうよ。変わっていく中身についていけなくなった血と共にな。
原型を留めて無かったし、切断面で僅かに“変わってた”部分もついてた。
で、そこで流石に俺でも何が起こってるのか、分かってさ。どうしたもんかって―――――――

悪い。今までの半分嘘。
何が起こってるかは最初から分かってた。こう、感覚的に。自分のことだった訳だしな。
それに、似たような目に遭った奴が仲間にいたからよ。アイツは確か全身凍傷だったかな。
だから俺はこうなったんだってイメージは楽に出来た。
でも中から“変わり損ない”が出てくるまでは憶測だったのは本当だぜ?
本当は服の袖を捲れば痛い目見て知るよりも簡単に、分かることだったんだけど、出来なかった。
……別に変わってるのを見るのが怖かった訳じゃねえよ。本当に。そういうの忘れたから。
そうだな。強いていうなら…“結論が出る”のが怖かったのかもな。

ん、まあそんなことはどうでもいいってことだよ。
分かっているのは、俺には自分が変わっていくのを止められないってこと。
その性質上、フォルスを使えばもっと早く変わっていくってこと。この二つだった。
要するに、これは自分の問題だった訳だ。
イーフォンの力?まさか、あいつには感謝しても恨みなんて一切ねえよ。そもそも恨みって何だったっけか?
まあ、確かにこれさえなければ、きっとこんな風には成らなかっただろうけどな。
だからって無ければ無いで、ろくなことにならなかっただろうし。
“碌にフォルスを使えなくなった俺がまともに戦うには、この力で無理矢理増幅するしかなかった訳だからな”。
……言われなくても分かってるっての。その結果として、闇の力はマイナスの方向にも増幅した。
だからあいつの時より速いペースでこんなことに成ってるんだから。
今は体だけだがな。もっと進めば文字通り“頭に花が咲くかもしれない”。
あー、自分で言ってて思い出した。しいなが言ってたな、似たような症状が…永続…なんだったけ?
まあいいや、あれと似てるな。でも向こうの方が絶対羨ましいよなあ。
こっちは内臓だろうがお構い無しだぜ?まあ、こっちはそれでも生きていられるだけマシとも言える…のか?
あ、何か脱線してるな。悪い悪い。時間が無いのはそっちもか。
だから、まあ、怖くは無かったけど…困りはしたな。


59 :その果てに待っていたもの 2:2007/09/18(火) 16:33:59 ID:ssCvXnhd0
おかげさまで苦労したぜ?
いや、本当に。こうやってそういう苦労を他人に悟られないようにする位に苦労してる。
俺は自分のフォルスを拳や脚に込めて格闘をするからさ、殴る蹴るじゃあっという間に終わりそうだろ?
確かに俺はそのフォルス使いだから、別に動かせなくなるって訳じゃ無ぇけどさ。
変わったからって力強く殴ったら前よりスカスカで自分の腕がバキッっと折れましたじゃ困るし。
じゃあ弓で戦うぜ!って話だけど、今までの様に闘気の矢を…
要はフォルスを直接叩き込んでたらそれこそ殴る蹴ると同じことだしよ?
だから森の中で頃合のいい枝を捜してさ、最低限のフォルスを使って、
矢に変えるって作業を延々と延々と延々と延々とやるわけだ。
最後らへんにはコツが掴め過ぎて“そこそこの太さの枝”でも矢に変えることが出来た。
いや、自慢とかじゃないって本当。だからどうしたって言われると俺がなんか哀れだし、深く突っ込むのは無しな。
花粉とかも増やして…エメラルドリングが無かったら休む余裕なんて無かったよマジで。
でも、もし指輪が無くてもやっただろうな。俺はまだ戦う力を失うわけには行かなかったから。


後悔か?あるさ。目一杯じゃ済まないぜ。十杯でも百杯でも足りるかどうか。
でもよ、一度選んじまったら、選んだ責任を持たなきゃいけないと俺は思うんだよ。
例え何処の選び方が間違っていたのかすら分からなくても、よ。
そういう、自分への義理っていうのか?こういうのは感情とか関係無く裏切れない。
ま…ついでにデミテルのおっさんへの恩も返せて一石二鳥くらいのノリでな。
…なんか、納得していない顔だな。別に信じなくても同情もしなくてもいいから、そういう顔だけは止めてくれよ。
殺すぞ?
さっきも言ったろ?別に変わっていくことは怖くない。元から俺はおっさんの人形だったわけだからな。
心に合わせて身体もストローハットになるだけだ。でも、案山子にだって意地はある。
だから俺はクレスを連れてこの村に来た。
俺は最後の瞬間まで俺を見捨てないし裏切らないし譲らない。

俺は――――


奏でられる律動は不規則で乾いていた。
既に霧は殆ど失われ、光の減衰率が大幅に上がっていたこの村に、
ようやく正常値の光量が平方メートル辺りに均等に降り注ぐ。
その中で不自然な場所に影が一つ、多分息をしていた。
生物と植物の狭間で、呼吸と光合成の狭間で、息をしている。
酸素から二酸化炭素を、二酸化炭素から酸素を、移動させているだけの、大気系に影響を及ぼさない影。
そんな影は、無くした右腕の場所を抱えて、天を見上げた。

そこに吸い込まれるように立つ鐘楼が、太陽の逆光でシルエットとして映る。
ティトレイは、にやりと、自分を含めた誰かを嘲笑う様にして云った。

「俺は、俺のやりたいようにやるだけだ」


60 :その果てに待っていたもの 3:2007/09/18(火) 16:37:41 ID:ssCvXnhd0
ヴェイグとカイルは、その場所に辿り着いた。
平凡と長閑とを1:1で混合し、固形化させれば完成するだろうこの島に一つの村。
それ故に異彩を放つ鐘楼台を前に2人の剣士は佇んでいた。
霧の晴れた空には正午の爽やかな快晴が、徐々に西日へとシフトしようとしている。
2人の足先から東側に向かって小さく伸びる。そこからは見えないが目の前の建物の影はその向こう側に伸びているだろう。
影の主達の、あらゆる色彩が混ぜ合ったようなその表情からは、とても一意的に感情を記号化することは出来ない。
「ロイドは、無事でしょうか」
カイルは窮した様に口から言の葉を搾り出す。自分でもその愚かさは承知している。
無事かどうかなど、意味が無いのだ。無事であると信じて、一刻も早く戻ることにしか意味が無い。
だからこの問い掛けは、いや、どんな問い掛けも、状況を急かす効果にしかならない。
ヴェイグは無言で、上を見上げたまま黙っている。
相当な激痛だろうと見るだけで分かるその左手を、庇う様な所作も見せずに。

カイルはヴェイグの沈黙に引き摺られた形で押し黙ったまま、
手持ち無沙汰気にその鐘楼台の扉を開けようとした。扉の金具を握る手に違和感が伝う。
「開かない?」
鍵が掛かっている、という感覚ではない。
施錠による遮断ならばそれでも隙間5o程度の空間的余裕や、金属の鳴り合う音が存在するはずである。
つまり、これは扉の固定によるシャットアウトだ。
「…閂、かな、これ…あ、当った。やっぱかませてある」
カイルは手持ちの紙を一枚千切り、扉の隙間に通して上下に動かし、中程のコツリとした感触を確かめる。
適当に紙を両手でクシャクシャにしたカイルは、その切先で紙を燃やすディムロスに聞いた。
「どう思う?」
『読めんな。一つ分かるとすれば、ここにミトスがいないことくらいだ』
この距離ならば何階にいようと掴めるだろうアトワイトの存在が無いことからそう判断するが、
ディムロスはその原理まではカイルに言おうとはしなかった。
『一つしかない出入り口を封鎖されているのだから、もうこの中への通常のアクセスは存在しない。
 妥当な考え方としては、最初からここが封鎖されていた可能性か』
「仮に使えても、これだけ目立てば怪しすぎるからなあ。アジトにも使わない?」
『まともな指揮官ならな。どこかに隠し戸があって、そこから抜け出るという手もあるが』
「頭の悪い密室トリックみたいだ」
カイルが力無く笑った。コレットとミントが人質という先入観が、カイルから柔軟な思考を微かに奪う。
移動するにせよこれらはワンセットだと、どうしても思ってしまう。
だから自分の内に去来する、名状し難いその胸騒ぎを信じ切れない。
「でも、ならミトス達はどこにいるんだろう。これでこの村は一通り回ったはずなのに」
『まだこのエリアにいる可能性も、無くは無いが。既に……』
この村から出た可能性もある、と言う所をディムロスは咄嗟に口を噤んだ。
自分の望む願望を根拠無く吐き出すのはという退廃的な行為を自重する程度には、ディムロスも品格を保っていた。
そんなことは絶対に無い。既に自分の中ではこの霧の悪意を断定している。
ただ、その断定に至るプロセスを自らの中で規定できないだけだ。
その霧が解かれたと言う事は、“状況は確実に動き出した”ことを意味する。
それがクレス達との戦闘を意味するのか、或いは全く別の意味合いを持つのか判断しかねる以上、
それを今カイル達に伝えるのは状況をさらなる混乱に導くだろうと判断したディムロスは、第三の可能性で場を濁すことに決めた。
『既にどこかで我らをやり過ごし、更なる好機を待っている可能性もあるか』
「更なる…?」
『妥当な線としては、やはりクレス=アルベインの弱体化だろう。完全にこちらと潰し合わせて、
 どちらかの組織が消え去るまで待ちに徹する。消極的だが、リスクも少ない』


61 :その果てに待っていたもの 4:2007/09/18(火) 16:38:52 ID:ssCvXnhd0
第三の可能性は、単純にロイドと散り散りになった時に語った予測を、更に頑固にしたものだ。
二度相まみえてディムロスは確信する。あの常識殺しの剣鬼は、人の手に余りすぎる。
オリジナルの自身が、ソーディアンを持って守りに徹すれば凌げるかどうかと言うところだろうとディムロスは評価する。
もし向こうも同程度の評価を下しているのなら、ミトスは漁夫の利ですらなくこちらの陣営を“クレスへの当て馬”程度にしか考えてないのかも知れない。
勝った方を倒すという次元ではなく、クレスをどれだけ削れるかという使い捨て感覚。
既にこちらの存在すら、ミトスには眼中に無いかも知れない。
そう考えれば、どこかで出会っているものの息を潜めてやり過ごした可能性も、あながちバカにはできない。
それほどにあの剣士は、この戦争の趨勢を占う鬼札なのだ。まさしく殺人鬼である。
(だが、そうだとして1つだけ違和感があるが…奴は、何故…いや、今は考える時ではないか)
ディムロスの中に残るしこりのようなものがあるが、雑念と断じてそれを棄却する。
恐らく迷いというものにカテゴリされるだろうと判断する、捩れた冷静さだった。

『結論としてこの鐘楼台の中には何もない。少なくとも、意味のあるものはな』
そう、少なくとも彼にとって忌避すべき意味を持つ“剣”は存在しない。
ディムロスは自信なさげになる発音を慎重に改訂し、そう締めくくる。
口から発した言霊から得られる無意識な安堵を、欠片も残さず逃がすまいとするように。
カイルはその言葉に微かな痛みを感じ言葉を返そうとするが、その前に気づいた事実に首を向けた。
「ヴェイグさん?」
カイルが箒を跳ばした先には、入り口のない壁を見上げるヴェイグがいた。
「どうやら、鐘楼の外には意味があるようだ」
そう言うヴェイグの見る先へ振り向くカイルは、壁の違和感に気がつく。
壁面に、不自然を憚ることもなく短い蔦が一列に生えていた。まるで山を登るように、頂点へ。
四面の中で特別この面だけが繁殖するような要素も思い当たらない。
その目は、たかが三階先とはいえ逆光で遙か天空にすら感じられる距離の先、そこにいるだろう人物を捉えていた。
「カイル」
掛けられた声に、カイルは首を向ける。銀髪でその横顔は表情が読み取れない。
「俺一人で行かせてほしい、ですか」
微かに上下するヴェイグの顎を確認して、カイルは沈黙する。
普通なら止めるべきなのだろう。だが、ヴェイグを止められる言葉をカイルは持ち合わせていない。
先程ティトレイが落としていった彼の右腕という現実を知った後では、どんな言葉も虚構に堕ちてしまう。


62 :その果てに待っていたもの 5:2007/09/18(火) 16:39:51 ID:ssCvXnhd0
単純な勝負という話なら、既にこの闘いは決着している。
ヴェイグも先程の連携の代償として、左腕に深刻な火傷を負っているがそれもティトレイと比較しては十分に有り余る。
ティトレイには右腕がもう無いのだ。
左腕の弓は残っているとはいえ、右手が無ければ矢の装填すらまともに出来ない。
射撃すら侭ならず、仮に無理を尽くして撃てても、短時間での装填が出来ないのだから一度が限度。
この時点で弓使いとして、ティトレイは既に死んでいる。
格闘家としてはもっと死んでいるのだろう。
右腕がああなってしまっているのなら、“四肢”は既に“四枝”と成り果てていても不思議な所など無い。
そう考えれば、北での消極的な戦い方も、クレスに頼り切ったような戦術も筋が通る。
もう、ティトレイは拳で戦えない。そして右手を喪った今頼りの弓もほぼ絶望的な状況。
そしてヴェイグは未だ氷剣をもう一本持ち、仮死状態になった疲労こそあれど損傷は少ない。

ティトレイ=クロウはヴェイグ=リュングベルに勝てない。

ここまで来るとそれは短距離での未来断定に近しい。
だから、戦力的な不安を理由にヴェイグを止めることは不可能だ。

カイルは、ごくりと音が聞こえる程に唾を大きく飲み込む。
(そんなんじゃない。勝てるから、確実に勝つから、だから……)
だからこそ、カイルは悩む。確実に勝てるから、ヴェイグは確実に選択を選ばなければならないのだ。
それをヴェイグに問い質すか否か、カイルは選択しなければならない。
今度は先程のような生温い決断では済まされない。
ティトレイを正気に戻す手段が失われた今、新たな手段を模索する時間は彼らにあっても
ティトレイは元より、遠く西の方で戦っているロイドにも無い。
(だけど、本当に聞いていいものなのか?)
嚥下した唾が、食道を灼くほどに強い酸の様にカイルには感じられた。

“もしも、あなたがそうやって殺すのが怖くて、相手を殺さなかったとして、

最後まで問えなかった問いをこの場で問うことは、どんな意味を持ってしまうのだろうか。

                    それで相手が他の誰かを殺したら、あなたはどうするんですか?”

時間が無い。最後通牒を問うならば今しかない。
だが、今それを問うことは逆にヴェイグから真なる答えを得る機会を永久に失ってしまうのではないだろうか。
彼も、その問いにとっくに至っているだろう。そして悩み苦しんでいるだろう。
外部から横槍を入れる資格があるのか。
自分の言葉が彼を急かすことで、内より自然に湧き立つべき解を歪めてしまう事にならないか。
それとも、自分がその問いを客観的な形にしなければ、彼は誤った答えを選ぶことにならないか。
そして、どちらも“デュナミスの性を持つ者として本当に問わなければならないことを問う機会”を永久に失ってしまうことにならないだろうか。

どちらの選択肢も、正しく思えるし、間違っているとも思えるし、やはり正しそうに聞こえる。

「ヴェイグさん」
カイルは、圧死しそうな問いの中で渾身の力を喉に込めた。
分からない。どの選択肢にも差異はあろうと優劣は無い。
だから、今ある感情の全てを殺してその一言を告げた。
「貴方を信じます。貴方の気持ちを、貴方の独善を、今までからこの瞬間までの貴方の選んできたもの全てを信じます。だから――――」
だから、どうか悔いの無い選択を。
その言葉は、カイルにはどうしても言えなかった。


63 :その果てに待っていたもの 6:2007/09/18(火) 16:41:08 ID:ssCvXnhd0
残された蔓を登り徐々に天へと登っていくヴェイグを見上げながら、カイルは呟いた。
「卑怯だな、俺。あれだけあの人のこと扱き下ろしておいて……そのくせ、俺は何も決断してない。
 信じるなんて言葉でお茶を濁して、選ぶことの責任を転嫁して」
ディムロスは、無言のままで、カイルの独白を聞いているのか聞き流しているのか判別がつかない。
「ディムロスは、多分知ってるんだろ。あの人が誰を殺したのか、母さんが誰に殺されたのか」
どれだけ積もろうと肯定の意味にしかならない沈黙。
「俺にはその裁きすら決めかねて迷ってる。それどころか、あの人の選択を見てから自分の決断をしようなんて、
 他力本願丸出しの逃げ方を考えてる。……そんな奴が、何かを選ぶ資格なんて、あるのかな」
『カイル、お前は自分の言った事をもう忘れたのか?』
沈黙を貫いていたディムロスが、重い口を開いた。
今度は逆にカイルが押し黙って、ディムロスの言葉を受け止めた。
『生きている限り自身を糺す資格がある。ヴェイグも、お前にも。
 ……霧に囚われ、未だ自分の言の葉に一片の確信も見出せぬこの私にすらだ』
ディムロスが言い終えてから、カイルはゆっくりとその言葉を咀嚼して、微笑んだ。
「ありがとう、ディムロス」
一転して、険しい表情に引き締めたカイルは、既に見えなくなったヴェイグからこの鐘楼台そのものに眼を移した。

「とりあえず周囲を哨戒しがてら…この鐘楼台の周りを飛ぼう。何か、胸騒ぎがする」


ヴェイグがその場所に辿り着いた時に、第一に思った感想は「いい天気だな」、だった。
霧は既に殆ど見当たらず、大地は何処までも広がり空は何処までも青い。
約5m四方の屋根の上から見下ろす景色は絶景と呼ぶに相応しいものだ。
平和を具象化すれば、きっとこんな世界なのだろう。
この場所が殺戮の地であることすら忘れてしまいそうな、光に溢れた空と大地。
だが、残念なことにヴェイグはその感動を人の半分以下しか網膜に刻めない。そして、
「よう。遅かったな」

鐘楼台の屋根の上。天地を眺め得るその狭間で、安寧とかけ離れた存在がヴェイグに背を向けて胡坐をかいていた。
ここが自分の住まいと嘯かれても不思議ではない、実に堂に入った寛ぎ方で泰然と一面の平和な世界を眺めている。


64 :その果てに待っていたもの 7:2007/09/18(火) 16:43:02 ID:ssCvXnhd0
「……いいのか。俺が登っている間は俺を狙うなら絶好のチャンスだったはずだ」
ヴェイグの言葉にティトレイは後ろを向いたまま、ああ、と拍手を打った。
「あー、気が付かなかった。そうだな、チャンスだったんじゃねえか。まあいいや」
心底困ったように二、三度頭を掻いてからティトレイは重たそうに立った。
「なるほど、なるほど。こりゃまた“面白い”ことになってるな」
背中越しに伝わるティトレイの笑いは、とても希薄であっさりと大気に溶けてしまう。
ヴェイグは顔を見ずとも分かる、現在進行形で変質しつつある友に、最後の勧告をした。
「諦めろ。お前の望みがなんであろうとも、もう叶わない。それはお前が一番良く知っているはずだ。
 ……頼む。これ以上、お前とは闘いたくは無いんだ」
ティトレイは眉を顰めるが、口元の笑いは維持したまま鼻で息をした。嘲っているようにも取れる。
「随分と強気だな。そいつは」
振り向いたティトレイの姿は、その緑色の長袖長ズボンの上からでは何も変わらないように見える。
だからこそ、右手の千切れた袖から覗く年輪のような断面と、
左足のズボンの破けた部分から見える人ならざる肉が、極大の差異となって否応にも意識されられてしまう。
この目の前にいる男は、既にこうなってしまったのだと。
「ああ。右腕を失ったお前に勝機は無い。ましてやその身体じゃ、もうどうしようもないはずだ」
「経験者は語るってか。ご忠告は感謝するがな、勝機が無いなんて勝手に決めてくれるなよ」
「何?」
ティトレイは両腕を大きく広げて、実に余裕たっぷりな微笑を湛えた。
右肘から先は失っているのに、それを意識させない動作にまるで右腕がそのままそこにあるように、
五指の微細な動きすら錯覚しそうな程の余裕だった。
「この身体がお前の冒されたモノと同一だって言うのなら、
 俺がこうしてどんどん木に侵食されるのは俺の中の迷いが原因ってことになるだろうが、
 なら、その迷いを取り除けば、まだ敗者復活の可能性は残っているとは思わねえか?」
ヴェイグは黙ったまま、ティトレイの状態を推定する。
滔々と語るその口は饒舌だが、それが恣意的なものか脳にまで侵食が及んでいる結果なのかは分からない。
(そうなる前に俺は止まることが出来た。……ティトレイ、お前の拳で立ち止まったんだ)
左腕の短弓には矢が一本既にセットされている。あの一本が打ち止めだろう。
「で、バカな俺には自分の悩みも皆目見当がつかない訳で、さてどうしたものかと考えたんだがな?
 この島で俺を悩ますったら、お前しか思い当たる節が無いだろ。だから、お前を殺すことにした」
淡々と淡々と、夕食の献立を決めるような軽快さで宣言するティトレイ。
ヴェイグは動揺を内側に留め、左足を半歩前に出して戦闘用の足幅を取った。
「それなら、あの時に俺を殺さなかったのは失着だったな。あの射撃はジェイではなく俺を撃つべきだった」
「んなことはねえよ。自分の病を直すために、仲間だったお前を殺すなんてどんだけ最悪だっつーのよ。
 だから、クレスにお前を俺の納得の行く形で殺して貰おうかと思ったんだが。やっぱ他力本願はだめだってことなんだろうな」
直接殺すのは駄目で、間接的なら別にいいのか、などと野暮な突っ込みを入れることも無くヴェイグは短剣に氷を纏わせていく。


65 :その果てに待っていたもの 8:2007/09/18(火) 16:43:56 ID:ssCvXnhd0
「……一つ聞く。お前は、俺を殺したとしてどうするんだ?」
「あ?どういう意味だ?」
ティトレイは不思議そうな顔をしながらも弓を顔の辺りに近づけた。
「お前の望み通り俺を殺して、仮にそのリバウンドが解消されたとして、どうするんだ?」
少し考えたような素振りを見せた後、ティトレイは左の手首を顎に当てて答えた。
「まあ、今の所考えてるのはお前を殺して俺の自殺を成す事だけだ。
 その後は……そうだな、名無しの暗殺者として、途中でリタイアしたおっさんに成り代わって精々クレスと適度に殺すさ」
無表情なその貌から一言一句、ゆっくりと紡がれる言葉に、ヴェイグは眼を瞑る。
どれだけ言おうと、ティトレイは矛を収めないだろう。
生きるために、邪魔な“ティトレイ”を殺すためにヴェイグを殺す。
二人の思いは、聖獣の力ですら癒せないほど隔たりすぎている。
ならば言葉程度でどうこうなるものではない。そう、ヴェイグは思った。
「話は終わりだ。殺らせて貰うぜ」
ティトレイは左腕を滑らせて顎との接点を手首から肘へスライドさせて、矢の末端、弦に番える“筈”の部分を弦ごと噛んで引いた。
「口で弓を撃つ気か。それが、当るとでも?」
「ふぇふぉひょひはらははりふぉうやろ?ふぁふん(零距離なら当りそうだろ?多分)」
「万が一にも、俺に勝てると思っているのか?」
「ひゅうふぁんひひっふぁいはひぇるひゃほひへはいひ、ふぉへはふぁいひょのひっかいにふるひゃもひへはいひゃろ。
 (十万に一回勝てるかも知れないし、それが最初の一回に来るかもしれないだろ)」
この期に及んで、未だその瞳はくすんだ微笑を絶やさない。まるで何かを覆い隠すように。
「直ぐに、終わらせてやる」
ヴェイグが剣を振りぬいた。氷と氷剣。相乗されてその氷刃は益々に輝くが、どこか白々しい。
ティトレイは一瞬だけその微笑を苛立ちのようなものに変えた後、ヴェイグに向かって突進した。

25uの天地の狭間で、選択の時が迫る。


66 :その果てに待っていたもの 9:2007/09/18(火) 16:44:42 ID:ssCvXnhd0
カイルは上空を見上げ、ティトレイと対峙しているであろうヴェイグに思いを馳せた。
『心配か?』
ディムロスはカイルを気遣いながら、微速前進で箒を操縦している。
カイルを正規の操縦者だとするならばセミオートに近い。
「少し、気になることがあってさ。何でヴェイグさんはアイツの心を浄化出来なかったんだろう?」
箒を片手で握りながらカイルは視線を鐘楼台の壁面に当てながら箒の先を少し上げた。
『さあな。聖獣の力とやらはおろか、ヴェイグ達が朝に行った話し合いすら聞いていない我らには推量すら困難だが。
 伝え聞くところでは元々可能性は極小だったのだろう?悔やむのは分かるが、想定できない話ではない』
「でも、ヴェイグさんは少なくともデミテルの魔術みたいなものは解除できてた……んだよな……、
 それって、やっぱりおかしくないかな。効果はあったのに、ティトレイには何も効いてない。
 フォルスってのがどんな力なのかはよく分からないけど、あれだけヴェイグさんが“治したい”って
 願った感情を叩き込まれたのに、ティトレイには届かない…というより変化が見当たらない。……普通に考えて理不尽だろ?」
不満そうな顔ではあるが、口を尖らせるような子供っぽい仕草はせずに唸るカイルに、ディムロスは相槌を打った。
『それがそこまで不思議なものか?第一、私達はヴェイグならともかくティトレイのことを殆ど知らぬといっていい。
 心情的にヴェイグに肩入れをしたくなるのは分かるが、過ぎたことを言っても仕方あるまい。だからこその決断だ』
二階部分の壁を回りながら、カイルはディムロスの言葉に「そりゃそうだけどさ」と前置きした後で、愚痴っぽく言った。
「でも、知らないから逆におかしいんじゃないか。ディムロスはティトレイとヴェイグさんの実力差をどう見る?」
ディムロスはそれが何の意味を持つか理解出来なかったが、陰鬱な沈黙が空間を満たすよりはマシと判断し、思考しながら語った。
『そうだな…ティトレイに関しては突き飛ばされた瞬間しか私は知らぬが…
 この島に来てから得た武装・経験、そして計測時点での疲労を除外して、
 単純に最大のポテンシャルだけで考えれば…大雑把に割り切っても五分五分だろう」
「だろ?俺もそんなティトレイとヴェイグさんにそんな差はないと思う。実力でそうなら、多分フォルスって奴の力量差もないんじゃないかな。
 “それでも全く効かない”ってのはおかしいと思うんだ」
忌憚無いカイルの意見にディムロスは成程、と思った。
こういう因縁じみた話は部外者には理解できないし、勝手に理解しないほうが良いと思っていたが、
部外者は部外者なりに、内側からは分からぬ純粋な違和感を理解できる。
デミテルの呪術がどれほどの補正を与えているかは分からぬが、
それにヴェイグの浄化に効果があった以上ティトレイの負の感情が如何ほどだろうと、
五分五分の勝負なら単純計算で、半分程度は効果があっても不思議ではないだ。
ヴェイグが駄目だと判断した場の空気に流されてしまったが、
全く効いていないというのもそれはそれで“ティトレイにとって都合の良過ぎる解釈”ではないだろうか。
『つまり、ティトレイにはヴェイグの干渉が届いてはいるが、それを隠しているとでも?』
「……そういう訳じゃないけど。何て言ったらいいか、
 ヴェイグさんの力不足とティトレイの負の感情の強化ってだけじゃ、さっきの負けに説明が付かない気がして。
 そう考えたら俺達はもっと何かを知るべきだったんじゃ……って――――あれ?」


67 :その果てに待っていたもの 10:2007/09/18(火) 16:45:52 ID:ssCvXnhd0
部外者故の疎外感か、今までの後悔か、無知への嫌悪を示すカイルがふとその違和感を発見した。
「ディムロス。ちょっと1mほどバックして」
カイルのオーダーにディムロスを介して箒が動く。
完全なバックは箒では不可能なので、機首を180度反転して1m前進する。
カイルはその壁面を凝視しながらそれを改めて錯覚じゃないと確認する。
「ストップ。…なんだ、これ…穴……っていうか、亀裂?」
黒っぽい色に塗装された木目で非常に分かりにくかったが、
鐘楼台全体を考えれば損傷ですらない微かな亀裂が壁面に走っていた。
カイルは、当然の行為として…その“穴”を覗く。

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ」

そのカイルの急激な感情の変動に曝されたソーディアンは、暫く何が起こったのか分からなかった。

知るべきことを知る前に、事態だけが勝手に進行する。


彼らがここに至るまでの全てを賭した交錯は15秒足らずで終わった。
その一連の行程には、とても闘いと呼べる様な高尚さは一欠けらも見当たらない。
屋根の傾斜は緩く、足場の不安定さを必要以上に嘆く必要も互いに無かった。
ティトレイのスライディングをヴェイグは軽く跳んで避け、流れるように撃たれた回し蹴りを火傷した左腕でガードする。
肘を銜えたような窮屈な体勢から撃たれたにも関わらず、ティトレイの疾空波は速度的には変わらないが、
威力は桁違いに落ちていた。相手が軸ごと吹き飛ぶはずの回し蹴りもヴェイグを僅かにずらしただけだった。
ティトレイの方がズレた分の数コンマ早く着地し、殆ど無い距離を駆けながら口で銜えた矢を引いた。


68 :その果てに待っていたもの 11:2007/09/18(火) 16:55:39 ID:tqW1nG3K0
最後の弾丸が発射される。狙いは心臓に。胸甲既に無く一直線。
ヴェイグの衣服に鏃が触れた。鈍い金属音が鐘の様に響く。
貫かれた衣服の向こうに、赤黒くくすんだ何かがある。
砕けた刃が氷の破片と混じって砕け散る。
零距離とはいえ、低い命中精度を少しでも高めるならば、狙うのは直撃を外しても重傷を期待できる心臓しかない。
その懐に忍んでいた刀は文字通り忍刀桔梗。氷を以って胸に固定したそれは、ヴェイグの最後の伏せ札。
半ば反射的にスウェイするティトレイ。
ヴェイグが自らの頭上に氷剣を振りかぶり、一息に唐竹を割った。
ティトレイの身体が見事真一文字に両断された、刀身が一秒前の刃渡りだったならば。
両断されるべき肉体の変わりに、纏う氷が排除された本来の短剣の刀身が斬ったのは、
ティトレイの左腕、化学繊維の弦だった。
斬られる衝撃に備えていた力は行き場を失いよろめくティトレイ。
ヴェイグが足でその不安定な足先を掬う。
横転して、屋根の傾斜を二、三度回り、頭から左肩にかけて屋根の縁を越えた辺りでようやく止まる。
遠心力で大きく振られた左腕が縁を越えて空を舞い、肩を支点に宙をぶらぶらと泳いだ。
あと50cm上半身が奥に進めば、慣性モーメントは更に小さくなり、
ティトレイの身体は縁を中心としてグルリと回り、三階以上の高さより頭から地表に激突するだろう。
ティトレイの右足を跨ぐ様にヴェイグが立ち、改めて伸ばした氷剣がティトレイの眉間に突きつけられる。
所要約15秒。ヴェイグの圧勝であった。

首筋に血管以外の管を浮かび上がらせながら、ティトレイが哂って一言だけ呟いた。
「負けた。好きにしな」
その細められたティトレイの瞳は、差し伸べられる手と言葉を差し伸べる前に振り払っていた。
ヴェイグの剣が、眉間から離れていく。
そして、首を貫くのに十分な距離を取って静止する。

ヴェイグは、決断する。その剣で――――――――――――――

select
ニア「ティトレイを殺す」
  「ティトレイを殺さない」


69 :その果てに待っていたもの 12:2007/09/18(火) 16:57:57 ID:tqW1nG3K0
  「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」

ニア「ティトレイを殺す」
  「ティトレイを殺さない」

  「ティトレイを殺す」
ニア「ティトレイを殺さない」

ニア「ティトレイを殺す」
  「ティトレイを殺さない」



                                 ニア「ティトレイを殺す」
  ニア「ティトレイを殺さない」

           ニア「ティトレイを殺す」
  ニア「ティトレイを殺す」
ミシ
ニア「ティトレイを殺さない」
                  ニア「ティトレイを殺さない」

                 ニア「ティトレイを殺す」
                                      ニア「ティトレイを殺さない」               ミシ

ニア「ティトレイを殺さない」
                       バキッ                 ニア「ティトレイを殺す」
              ニア「を殺さない」
                                        ニア「を殺す」
            ミシ ミチ
                  ニア「殺せ?」
        ミントさん!                        ニア「殺せない?」
                                              ギシッ

ニア「殺す」ニア「殺す」 ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」 ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」ニア「殺す」
ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」 ニア「殺さない」ニア「殺さない」ニア「殺さない」ギリ「殺さない」
ニア「殺す」ニア「殺さない」ギシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」
ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ミシ「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」ニア「殺さない」ニア「殺す」


ニア「          」


70 :その果てに待っていたもの 13:2007/09/18(火) 17:00:01 ID:tqW1nG3K0
カイルは、“彼女”の名前を懸命に叫んだ。自分の過失にて零れ落ちたその人の名前を。
亀裂の向こうに見えるのは、その暗闇の中でもはっきりと分かる白の布地。
それだけで彼が彼女を断定するのに十分だった。
呼べども呼べどもピクリとしか動かない彼女を見て焦り、この壁をブチ破ることを決めるのに然程時間を要さなかった。
剣を掲げ、最下級の晶術を詠唱する。
その剣から発せられる言葉は、耳に入るが脳内で言語に変換されず音のゴミとして処理される。
「フレイムドライブ!!」
言葉と言葉の合間に剣から放たれた数個の火の玉が木の壁を吹き飛ばす。
が、その先に見えたのは彼女ではなく、所々破損しながらも無骨に積み上げられた家具の山だった。
カイルは何度も何度も詠唱を行う。もっと強い炎ならば一気に済ませられるだろうが、それでは彼女が危うい。
じっくりと確実に炭になっていく木材達。
そして、最後の家具が燃やされた。

カイルの心は本来先に来るべき理屈を一足飛びして、炎の向こうに最後に見た彼女の無事な姿を夢想してしまう。
その胸の高鳴りは、その再会の喜びは幻であろうということなど構い無しに。
何故家具類が積み立っているのに、この壁には亀裂があったのかも考えることも無しに。

炎は燃え尽き、カイルはその向こうに彼女を見る。
カイルの記憶にある彼女だったモノを見る。
音と熱だけを頼りにこちらを向くモノを見る。
生きているだけのモノを見る。
カイルは、ただ絶句した。
何も考えられない頭が、必死にもう一度彼女の名前を叫ぼうとする。
枯渇した井戸から微かな水を汲み上げるように出でた言葉は、

「ミン『カイル!“避けろ!!”』

剣の言葉と、理不尽に進行する事態に蹂躙された。


71 :その果てに待っていたもの 14:2007/09/18(火) 17:01:46 ID:tqW1nG3K0
「選べない……」

岩から水が染み出すようにして、その言葉は陽光の注ぐ大気の中に放たれた。
言葉と共に、剣に纏う氷が砂のように消えていく。短剣を握る手がだらりと垂れた。
「選べるものか……」
それは青年には似つかわしくないほどに弱々しい言葉だったが、
それでも青年に似つかわしいほどに切実な言葉だった。
苦悶する青年の脳裏に浮かぶのはまだ幼いと言っていいだろう少年が自らの手で串刺しになった姿。
ただ、親友を助けたかっただけだ。その一念で放った刃が、人を殺した。
この場所は、願うだけでも罪となる。
助けたいと思うだけでも、それは何かを失わせる。
それは解っている。
どれほどの矛盾を抱えているか身が軋むほどに解っている。
それでも、その本心だけは裏切れない。
「俺には、選べない……」
だからその言葉は、赦しを乞い願うような祈りだった。
誰に乞うたかは解らないが、ただこの本物の弱さを、どうか赦してくれと。

「……仕方無ぇな、お前って奴は」

目の前から、溜息と共に親友が笑う。葉脈らしき筋が既に顎にまで走っていた。
起き上がることもなく顎を上げて、親友は天地を逆さに眺める。
「それもまた、1つの選択だろ。誰も責めねえよ」
景色から自分の座標を確認しながら語るその言葉はとても淡泊だったが、言いようのない何かに満たされていた。
引き絞る音がする。
死角でぶら下がっていた親友の左腕が少しだけ持ち上がり、青年の目にも写った。
既に矢も尽き、弦も切れた左腕を。
青年の瞳が見開く。

筋肉の一本一本が蔓と成り、弦となって力を蓄える。

「だから、ただ黙って受け入れろ」

指先から肘に至る全ての骨が束ねられた一枝と成り、一矢となって力を受ける。

「これがお前の選択の果てに、待ってたもんだ」

そこに在るは残骸を喰らい力を以て編み上げられた、左腕という名の巨大弓。

「蒼破、連天脚」

左腕が吹き飛ぶ。
過去の筋肉が反動で引き千切られる激痛の中で、ブーメランのように旋回しながら計算通り飛ぶ骨の矢を見届けながら、
親友は、ティトレイはどこか悲しそうに笑った。


72 :その果てに待っていたもの 15:2007/09/18(火) 17:03:26 ID:tqW1nG3K0
ミント=アドネードは暗闇の中にいた。
位置の認識は既に無く、今の弱まった自身を押し潰すかのように感じられる重力がかろうじて上下の区別を教えてくれる。
その区別の付く、上からコツコツと音がした。
ミントはビクリと身を震わせようとするが、衰弱しきったその身体では傍目からでは痙攣しているかどうかも解りづらい。
ここが何処かすら解らないが、恐らくは階段を一歩一歩降りる音。
その音が止み、静寂が訪れる。
しかし光を失って約半日経ったミントの感覚は、そのに息づく今までとはミトス達とは別種の“存在”を確信していた。
存在が在るようで、自然に溶け込んでそれを感じさせない。まるで、一本の樹のような存在を。
僅かな静寂を破り、暗闇が語る。
「……ここだと、思ったんだがな……やっぱ気のせいか?」
闇らしからぬ軽快な声色だった。「ん?」と自身へ意識がシフトするのを感じる。
「もしかしてあんたか?……おーい、聞いてますかーって、ありゃ…ちょい失礼」
闇の癖に律儀に断りを入れてから、暗闇の存在はミントの瞼に指を当てて動かす。
どうやら瞼を開いたようだが、今の彼女にはそれを確認する光が入ってこない為、闇の色彩に変化はない。
次に頬を摘まれた。暫くした後闇は吐き捨てるように舌打ちし、直ぐに元の軽快さで語り出した。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に。
 ま、違うならいいや。あんたがここにいるってことは……ここがミトスのアジトか」
そういって、ミントは闇が少し遠ざかるのを感じた。
歩き回って、周囲を見回しているように思う。
そして闇は立ち止まった後、彼女にとって重要なことを何気なく言った。
「……あーあ。クレスの所と南か。予想外しまくりだなオイ」
ミントの身体がこれまでで一番大きく跳ね上がる。それでも常人以下だったが、微かな音は闇を引きつけるのに十分だった。
闇は、暫く考えて、そういうことかとばかりに手を打った。
そして思案するような間を空けた後、彼女に告げる。
「あんたの目が見えなくなったのは、考えようによっちゃラッキーだったかもな。
 クレスとあんたの関係は知らないが……今のあんたには、現実は目の毒だ」
闇は、淡々と淡々と、哀れむことも嘲ることもせずに感想だけを語る。
ミトスが悪意を以て語った情報が、第三者の客観的な言葉で裏打ちされる。
ミントにとっては、それだけで最後に縋っていた一本の糸を離してしまいそうになるほどの衝撃だった。
もしも、闇の語る言葉がミントの感情にまで踏み込んでいたならば、最後の糸も今ここで千切れてしまっていただろう。
虚ろな彼女の瞳から、唯涙が溢れている。既に闇が何者であるかは、彼女にはどうでも良かった。
闇が、再び彼女に声をかける。
「悪いな。殺した方が多分幸せなんだろうが……誰か代わりを見つけてくれ」
それは、とてつもなく傲慢な言葉だったが、闇から漂う一抹の悲しさのようなものを感じた彼女には悔しさも嘆きも無かった。
そんな感情があるとすれば、それはこの闇こそが抱くべきものだと思ったから。


73 :その果てに待っていたもの 16:2007/09/18(火) 17:04:26 ID:tqW1nG3K0
ミントは自分の舌の有様すら忘れ、その闇に言葉をかけようとしたが、突如闇から発せられた警戒の意識にそれを遮られる。
「――――――――来たかヴェイグ。多分カイルも一緒だな」
闇から放たれた言葉に、ミントは驚くよりも先に、残された聴覚に意識を集中させる。
間違いない。このあどけない少年の声は、紛れもなく昨夜まで慣れ親しんできた彼女の記憶そのものだった。
しかし、そこに去来する感情は歓喜ではなく、カイルをミトスの罠に巻き込んでしまったという後悔だけ。
「……もしかして知り合いか?まあ、そうじゃなくてもこの村に来た時点であんたを助ける腹積もりだわな」
ミントの心中を余所にしばし黙考した後、闇は突如別の方に向かって歩いた。
直ぐに足音が止む。そこで壁なのだろう。
そう彼女が思った瞬間、何か斧のような刃物の振り抜かれる音の後バキンと硝子や木が割れる音がした。
小さな破片が彼女の頬に当たる。闇が、無造作に得物を放り投げた。
「えーっと、あんたの位置がそこだから、見えるようにするなら…ここか」
闇が、ひゅんと足先で、破壊した家具の奥に露出した壁に微かな亀裂を走らせる。
ビリビリと布の破ける音が、闇の衣服を破れたことを伝える。
差し込んだ光が、腰の辺りを少しだけ暖められるのを彼女は感じた。
「……もう、蹴りも満足に撃てないと来たか。だからこそあいつらに気づかれずに壊せるってのも皮肉だな」
自嘲する闇は、彼女に近づき、吐息がかかるほどの距離で囁く。
「済まねえ。謝って済むことじゃねえけど、済まねえ。
 あんたの境遇は何となく察している。だけど俺も時間が無ぇ。
 あんたを俺の自己満足に利用させてもらう。自分でも最悪だとは思う。
 だけど、俺は最後の最後まで諦めたくはないんだ。自分の願いを貫かせて貰う。俺を許さなくて良い。
 だから、先に言っておく。―――――クレス共々、下らないエゴに巻き込んで済まなかった」
闇は、すうっと彼女の前から離れ、自分が降り立った場所へ戻っていく。
「あんたは、神官かなんかか?……まあ、あんたは保険だ。全部丸く収まれば死人は1人で済む。だから、せめて神にでも祈っててくれ」
そういって、闇は去っていった。
後に残されたのは、無味乾燥な黒色と、噎び泣く彼女の涙だけだった。



74 :その果てに待っていたもの 17:2007/09/18(火) 17:05:48 ID:tqW1nG3K0
カイルは後ろを振り向く。
壮絶な回転数で放たれた曲撃ちは、打ち落とすにはあまりにも奇襲的だった。
ディムロスは避けろと必死に叫ぶ。
今なら、マニュアル操作でフルスロットルで走らせれば、まだ回避が可能だ。

「ゴメン、ディムロス」

一言悔しそうにその弾丸を見つめると、カイルは徐に懐から帽子を取り出し、部屋の中に投げ入れた。
(血で汚れちゃったら、マズいよなやっぱ)
そして直ぐに抱きかかえるように両手をお腹に乗せた。
矢と言うにはあまりに太いそれが、掌も貫通してカイルの腹部に大穴を空ける。
「参ったな……ダサ〜」
カイルは推進力をほとんど失って落ちる矢とこちらを向く彼女を見て、微かに微笑んだ。

(避けたら当たってただろうし、仕方ない。無事で良かった)

力を失った箒と共に、カイルが地表に墜ちる。
ヴェイグの絶叫とカイルの鮮血が、太陽の光と共に天より地へと降り注ぐ。

それでも空は、とても青かった。


75 :その果てに待っていたもの 18:2007/09/18(火) 17:06:29 ID:tqW1nG3K0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP10% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 左腕重度火傷 極大の衝撃
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:アイスコフィン ミトスの手紙 メンタルバングル
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP??% TP15% 処置済両足粉砕骨折 両睾丸破裂 腹部に大穴 大量出血
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
    蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ 
    S・D(激しい後悔) 魔玩ビシャスコア ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:UNKNOWN
SD基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前

【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP15% TP10% 感情希薄? 放送をまともに聞いていない
   リバウンド進行中 肘から下にかけて両腕欠損
所持品:フィートシンボル バトルブック(半分燃焼)エメラルドリング クローナシンボル
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村東地区・鐘楼台屋根上

【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP20% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷 複雑な悲しみ
   舌を切除された 絶望と恐怖 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷   
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル 
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
現在位置:C3村・鐘楼台二階


notice:二階の壁に大穴が開通。二階にオーガアクス、ミントの帽子放置。

76 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―1:2007/09/20(木) 14:55:51 ID:NwdQBxkh0
金髪の少女は、その可憐な容貌には似合わぬ曲刀を腰に、霧の村を駆けていた。
豊かな金髪。
白を基調とし裾には水色のラインをあしらった神子の衣。
今や無機なる天使の忌まわしい呪縛を解かれ、あるべき色彩を取り戻した、青く澄んだ瞳。
その姿は、紛れもなくコレット・ブルーネルと呼ばれる1人の少女の姿であった。
その肉体に宿る心は、今や別の人格を宿らせている事を除けば、彼女は完璧にコレット・ブルーネルであった。
(この剣戟の音……間違いない、こっちだわ)
一歩ごとに、それまでこの村を重く鈍く包み込んでいた霧はほぐれ去り、午後の太陽の光は白い闇を切り裂く。
そして疲労を知らぬ少女のたおやかな体は、その足の一歩一歩ごとに、ささやかに霧をかき回す。
コレットの……
否、コレットの肉体を借り受けるアトワイトのその走りは、疾走というよりは跳躍の連続と言った方が正しい。
たとえ天使の翼は、この島の因果律により空への飛翔を禁じられようと、跳躍の距離を伸ばすにはなお有用。
そして、これが移動速度と隠密性を秤にかけ、見つけ出した妥協点であった。
(向こうに見つからなければいいのだけれど……)
アトワイトは、同じく戦友として天地戦争を戦った剣士ディムロス・ティンバーの教えてくれたことは忘れていない。
よしんば彼自身との思い出を、忘れることはあろうとも。
すなわち、一流以上の剣士は五感が……
特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭いという事実は、極めて重要である。
この村の中でばたばたと走り回れば、無論その際足音は響く。
隠密兵としての訓練を受けていないアトワイトでは、静粛性を保ったままの疾駆は出来ない。
同じくコレットにも忍びの心得はなく、よって彼女の記憶から強引に技術を引き出して用いることも出来ない。
ならば、足が地面を叩く回数も少なく、かつ着地音も弱められる、飛行能力を併用した跳躍に次ぐ跳躍が、
妥当かつ有用な選択肢であるとはじき出したがゆえの、この移動方法である。
霧の向こうから聞こえてくる剣の響きからして、今双方は全力で戦っていることだろう。
まさかそんな死闘を演じている際に、ロイドもクレスも他に注意を回せるほどに精神に余裕があるとは思えないが、
万一足音で己の存在を気取られたなら、こちらから討つつもりの不意を、逆に相手に討ち返される危険も皆無ではない。
そんな馬鹿な、と思う手合いもあろう。
しかし、アトワイトは知っている。
ディムロスの剣士としての鍛錬と、彼自身の桁外れとも言える生と勝利への執着は、
天地戦争の際天上軍から放たれた山のような暗殺者を、ことごとく返り討ちにしたという事実として結実したことを。
それを思い出すアトワイトは、しかしながら己の依り代たるコレットの顔を不快そうに歪めさせた。
(けれども、所詮ディムロスはカイル君の言う通り、ただの腰抜けに過ぎなかったわ)
昨夜、せっかく出会うことの出来た彼に対し送った救難要請の声は、届かなかった。
リアラは死に、ミントは壊れた。
そして、そのまま行方は杳として知れない。
そんな腰抜けの愚か者が、かつての戦友だったなど、可能であれば今すぐにでも記憶から抹消したい事実。
本当に、思い出を忘れることが出来れば、どれほど心が静まるだろう。
コアクリスタル内部に保存されるメモリーとして刻まれるアトワイトの記憶は、もはや記憶の消去などかなわぬ話だが。
(今の私の上官はあなたじゃないわ、ディムロス)
アトワイトは、「彼」が事前に掘った槍ぶすまだらけの落とし穴の直前で、その右足を踏み切った。
(ミトス・ユグドラシル。それが、今の私の上官の名よ)
アトワイトに使われるコレットの肉体の織り成すマナの翼は、その落とし穴を飛び越えるに十二分の浮力を与えた。

******

晶力によるいましめを解かれた白昼の霧は、たゆたった。
自ら晴れ渡ろうとして徐々にその手を虚空から手放しつつある白霧は、しかし。
突如吹き荒れた一陣の烈風により、無理やりにその腕をほどかされる羽目になる。
どれほど練達の野伏り達ですら、一刻先の風向きすら読めぬこの島の気まぐれな風。
だが、この烈風は、その風がどれほどの気まぐれを起こしたとしても、まず自然に吹き荒れることはあるまい。
霊的な力を孕んだ非実体の風は、この一陣に終わらない。
二陣、三陣、四陣、五陣。
それが十陣となり、五十陣となり、やがては百陣に達する。
もはやこの闘気の風は、風などという言葉では不適切なほどの激烈な濃度で霧のヴェールを微塵に引き裂く。
高山を流れる川が決壊し、その先にあるもの全てを破壊する鉄砲水のごとき威力を以ってして、闘気の波濤は砕けた。

77 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―2:2007/09/20(木) 14:56:30 ID:NwdQBxkh0
この島の一角の、村の通りで。
牙! 牙! 牙! 牙! 牙! 牙!
打! 打! 打! 打! 打! 打!
激! 激! 激!
閃ッ!!
「ぬごうるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びからは、もはや人間が本来備えるべき理性の光など、かけらほどにも感じられなかった。
ここにいるのは、獣。
それも、飼いならされた羊のそれではなく、野獣、猛獣、魔獣の類の。
蒼い炎をまとった鳳凰。
激流と化した銀の白虎。
互いの喉笛を、急所を、ただそれだけを噛み裂き食い破ることのみを求め、竜虎相打つかのごとくに二者は荒れ狂う。
地上に降臨した、2つの嵐として。
俗に、剣豪と剣豪の決闘の際、
双方に乱れ飛ぶ丁々発止の太刀の音は、さながら絶妙な調和のもとに奏でられる音楽のように軽妙であり、
両者の一挙手一投足は、さながら2人の手により舞われる演舞のごとく、華麗とも言われる。
しかし、今この場で決闘に身をやつす二者の死の剣舞は、その境地すら超越している。
凡人の動体視力しか持たぬ者では、
彼らの決闘をその目で見ていたとしても、ただ複数の残像が乱れ飛んでいるようにしか見えないだろう。
凡人のそれの聴覚では、
一呼吸のうちに交わされる数十数百の撃剣の音が、一つの音の津波と化しているかのようにしか聞こえないだろう。
心が人間を辞めてしまった1人の剣鬼と。
体が人間を辞めてしまった1人の天使と。
観客にしてみれば値千金の彼らの剣舞はしかし、突如終わりを迎えることとなる。
ガドォン!!!
まるで大地が引き裂かれ、爆裂したかのごとき轟音が空気を叩く。
赤と銀の剣舞の渦から、ただ赤のみが弾き出された。
赤い流星はそのまま地面すれすれを這うかのような低軌道で打ち出され。
そしてこの霧の村の西区画では、三つの噴煙が上がった。
赤の流星は家一軒を粉微塵に粉砕し、続く二軒目の空き家の漆喰をぶち抜き。
そして三軒目の家の壁を冗談か何かのように破砕して、ようやくそこで動きを止めた。
破壊された家から吹き上がる粉塵が、やがては霧の中に溶け込む。
固い物が崩れ落ちる、乾いた音がやがて鳴り止んだ。
かすかにそよぐ風が、この場にいる者の耳を静かに撫でる。
その風に撫でられる大地には、もはや一片たりとて原形を留める箇所などない。
地面に敷かれた石畳は一枚残らず吹き飛び、むき出しの地面も無残に抉れ。
その剣舞の嵐の中心に、静かに。しかし苛烈にたたずむは。
中段蹴りを叩き込んだ体勢のまま、髪の毛一本分の幅ほども体をぶれさせずに片足で立つ、銀の鎧の剣鬼。
すなわち、クレス・アルベインだった。
「……一つ聞いておく」
クレスは宙に放り出したままの足を引き。
体の平衡を維持するために後方に引いていた時の魔剣を引き戻し。
そして。
その切っ先を、むき出しの地面に突き立たせ、冷酷に言い放っていた。
「まさか、剣士が体術を挑んでくるとは思わずに、蹴りによる攻撃の可能性を失念していた……
なんて、情けない言い訳はしないな?」
大黒柱を折られぺしゃんこになった家と、その先にある、人型に穴をぶち抜かれた二軒目の家と……
その人型にぶち抜かれた穴の向こう側に、クレスは声を投げかける。
その穴の向こう側に存在するは、先ほどクレスが中段蹴りで跳ね飛ばした、赤の天使。
ロイド・アーヴィングは粉々になった空き家の壁の中に、半ばうずまる形で、その動きを止めていた。

78 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―3:2007/09/20(木) 14:57:22 ID:NwdQBxkh0
「…………ッ!!」
ロイドの口元からは、一筋申し訳程度の量の血の流れが、つうと伝う。
これほどの攻撃を受けたにしては、明らかに少な過ぎる出血量。
彼は瓦礫から、無理やりにその身を引き剥がした。
ばらばらと、小さな漆喰のかけらと、そしてそれ以上に微小な粉塵がロイドの体から落ちた。
家の壁を二軒貫くだけの威力の蹴りを受けても、それでもロイドは無事だった。
重心が定まらぬかのように、ロイドの体は揺れる。
ロイドは二刀流の木刀を杖に、ようやくクレスの顔を真っ直ぐに睨みつけた。
無論、破壊された空き家二軒越しに。
(多分……内臓が数箇所イッた。肋骨も下3本へし折れた。ただ……まだ両手両足は動く!)
クレスの凶眼を睨みつけながらも、ロイドは己の体の状況をそう推測する。
これほどの怪我を負いながらも、ロイドはそれでも、ひとかけらほどの痛みも体に覚えずにいた。
もはや、ロイドの肉体は腐敗が起こらないという点と、辛うじて治癒術を受け入れる点以外で、死体も同然。
よって、痛みを覚えるための器官である神経もまた、すでに活動を停止しているのだ。
正常な天使化――無論そんなものがあるかどうかは大いに疑問だが――を起こしていれば、
それでも痛覚は生き残っているはずなのに、である。
痛覚とは、本来自分の肉体の状態を把握するための重要な情報。
これがあるからこそ、剣士は自分の肉体と相談し、現状と己の限界をすり合わせ、適切な戦法を組み立てられるのだ。
けれども、ロイドは、シャーリィに心臓を貫かれたときの痛みを最後に、もはやあらゆる痛みを感じない。
ロイド自身にも、限界がいつ訪れるのか、それはその瞬間まで分からないのだ。
「……は」
ロイドは己には似合わないことを百も承知で、
それでもあえて不敵な笑みを浮かべながらも、口に溜まった唾液混じりの血液を、ぺっと吐き捨てた。
「家二軒をぶっ壊す蹴りは打てても、人間1人をぶっ壊す蹴りは打てないんだな、あんたは」
ロイドの挑発じみた言質を耳に受け、クレスの表情は一瞬だけ歪む。
ロイドの持つ天使の瞳の視力は、それを間違いなく捉えていた。
クレスに走った表情は、挑発によって引き起こされた憤怒か……
はたまたロイドの挑発を、単に愚かさの発露ととり、それを哀れむために浮かべた憫笑か……
そこまではさすがに、ロイドの視力を以ってしても、分かりかねたのではあるが。
「こんなもんで俺を倒せるだなんて勘違いするなよ……クレス!」
吼えるロイド。
だがその言葉とは裏腹に、今の一撃が直撃だったなら、自身は軽く瞬殺されていたことも、頭の片隅では認識している。
受け身と翼による速度の減殺、そしてEXスキルの組み換えによる防御特化カスタマイズ、
いずれか一つが一瞬でも遅かったなら、ロイドは軽く挽き肉にされていた事は間違いない。
ロイドも内心では、その事実は十分過ぎるほどに認識している。
(俺の体の重心を、指一本ほどのずれもなく狙って蹴り込める精度……
本能と直感だけで完璧になされた筋肉の動きと重心移動の計算……
そしてあれだけの威力を出すための闘気の練り込みと純粋な脚力……
多分リーガルが話してくれた、『発勁』ってやつだな!)
ロイドは改めて、家二軒向こう側にたたずむ剣士の実力を思い知らされた。
クレスの体得する技術は、ただ純粋な剣術だけではない。
その気になれば、今日からでも超一流の格闘家になれるほどの練気術と体術さえ、彼は身に着けているのだ。
無論純然たる格闘家の中でも、これほどの破壊力を秘めた発勁を打てる者は、世界に数名と存在するまい。
そんな理不尽なまでの力を前にしても、しかし今だロイドの闘志の炎は消えぬ。
右手を八相に、左手を下段に。
ロイドは二刀を、もう一度構え直し、みなぎる戦意をクレスにアピールする。
クレスは再び、顔面の筋肉をいびつに歪めて、肉欲に溺れるかのごとき歓喜を表す。
「そう、その言葉を聞いて安心したよ」
刹那、時空のエネルギーをその身にまといながら、クレスは途端にその肉体を希薄なものとする。
「やっぱり獲物は、喰っても腹の中で暴れ続けるくらい活きのいい方が、喰い甲斐があるからね」
消失。
クレスは、霧の中に消えるようにして、その身を転移させた。
「空間! 翔転移!!」
「あめぇ!」
そして転移の先は、ロイドの頭上。

79 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―4:2007/09/20(木) 14:58:31 ID:NwdQBxkh0
ロイドが立っていた辺りに、再び黄土色の粉塵が舞い上がった。
直撃ならば、軽く人間のひらきが作れる死の刃を、しかし。
ロイドは粉塵の煙を体で切り裂き、紙一重ほどの間合いでかわしていた。
(空間翔転移の弱点は、ここだ!)
空間翔転移は、時空のエネルギーをまといながら敵の頭上に転移し、頭上からの奇襲を行う時空剣技。
だがその際の転移先の座標は、あくまでも使用者の視覚からの情報によって確定される。
ゆえに一度完全に転移を行ってしまえば、その瞬間から目標の追尾は出来なくなるのだ。
(転移が完了した瞬間、即座にバックステップを踏めばこの技は食らわねえ!)
そして着地するまでの間、使用者は完全に無防備!
ロイドは一度踏んだバックステップを即座に踏み返し、後退の動作を即座に前進運動に切り替える。
EXスキル『ワンモア』、発動。
「おおおおおおぉっ! 虎牙破斬!!」
獲物を噛み砕く猛虎の牙のごとくに、ロイドの双刀は振るわれる。
上段への切り上げ。下段への切り下ろしの二連撃。
無論、ロイドとてこの一撃が防がれるであろうことは、重々承知の上。
『虎牙破斬』は、あくまで間合いを詰めるための布石に過ぎない。
そしてクレスはロイドの予想に違わず、空中でエターナルソードを引き戻し、即座にその刀身を盾に斬撃を弾き返す。
EXスキルもなしで空中での防御を平然と行うクレスの実力は、推して知るべし。
そしてロイドの二の矢。『ワンモア』による『散沙雨』の刺突の雨が、更にクレスを守るエターナルソードを乱打する。
青白い閃光が空中でいくつも弾け散り、最後にはやがて。
「!!」
甲高い金属音が鳴り、エターナルソードは大きくクレスの前から弾かれた。
「そこだぜっ!!」
クレスのエターナルソードという盾は、今砕かれた。
これでクレスの身を守る剣は、存在しない。絶好の機!
ロイドはもう一度左手のEXスキルを組み替え、フィニッシュブローに備え『スカイキャンセル』を発動。
己の腰を軸にした空中前転。竜巻のごとき大回転を見舞う。
「ブッ飛びやがれ! 真空裂斬ぁぁぁぁぁん!!」
旋風が、大地を駆け上がった。
この一撃が決まれば、クレスは高々と宙に放り出され、無防備な姿を晒すはず。
そこに『鳳凰天駆』でフィニッシュブロー。クレスを、焼き尽くす!
ロイドの手にしたウッドブレードに、蒼い光が燃え伝わる。
時空のエネルギーが煮えたぎり、クレスのがら空きの腹部を強襲!
閃光が、一層眩しくあたりに広がった。
甲高い、金属の音を鳴り響かせて。
ロイドの手に伝わるはずの、クレスの肉を裂く生々しい感覚は、痺れるような衝撃に過ぎなかった。
「…その程度で、僕の守りを突き崩した気になっていたのか?」
「!!?」
ロイドは、驚愕にその表情を引きつらせた。
ありえない。
この一撃は、『散沙雨』でこじ開けた守りの、その中でも特に防御が難しい角度から放たれたはずなのに。
「馬鹿な!? あの体勢から、エターナルソードでこの一撃を弾けるはずが……!?」
背の翼を震わせ、後方宙返りで間合いを取り直すロイド。
『空間翔転移』の体勢から着地し、左手に時の魔剣を構え直すクレス。
クレスは、ロイドのそれに倍するほどの不敵さを漂わせ、宣告する。
「エターナルソードで防げなければ、エターナルソード以外で防げばいいだけの話さ」
そう言い、クレスは右手を掲げる。時空のエネルギーをまとわせた、その右手を。
右手から蒼の光がほぐれ、虚空に消えた。
「……ちくしょう! 篭手で弾きやがったのか!!」
一筋の切り傷が刻まれたクレスの右手の篭手にその視線が吸い込まれ、ロイドは思わず悪態を吐き捨てる。
「剣で受け切れず、盾で防げず、避けることさえできなくても、とっさに体を捻り鎧の固い部分で攻撃を弾く。
――これくらい、重戦士の基本中の基本の戦術だ」
クレスの言う言葉は、確かに正論。正論ゆえに反論を許されぬもどかしさに、ロイドは歯を軋らせた。
およそ戦士と呼ばれる人種は、大別すれば二通りに分かれる。
すなわち重厚な武器と鎧を身にまとい、攻撃力と防御力に特化された戦い方をする重戦士。
そして、あえて防具を殆ど……時には全く着けないことで許される高速機動で、敵を翻弄する軽戦士。
クレスやヴェイグ、そして亡きスタンは前者に分類され……
またロイドやカイル、そして同じく故人となったリッドは後者に分類される。

80 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―5:2007/09/20(木) 14:59:32 ID:NwdQBxkh0
クレスはたった今、その重戦士である己の特質を活かし切り、ロイドの必殺と思われた一撃を防ぎ切ってみせたのだ。
そして鎧の固い部分を間に合わせの盾に用いるという手を、軽戦士であるロイドが見落としたのもまたむべなるかな。
「そもそも、君の放った『散沙雨』……出来損ないの『秋沙雨』みたいな技だったっけか?
あの最後の一撃の際、あえて僕は自分から防御の構えを崩したのに、君は気付けていたかな?」
「!?」
まさか、あの連撃の狙いすら、クレスはあっさりと見切ってしまっていたのか。
「ああいう力押しで防御を突き崩そうとする攻め手には、無理に剛剣で対応しない方が上策さ。
剛よく柔を断つ。けれども逆もまた然――」
「ええい、ごちゃごちゃうるせえんだよ!!」
クレスの講釈で苛立ちが頂点に達したのだろうか、ロイドはクレスの言葉を遮り、再び躍りかかる。
疾走と共に繰り出すは『瞬迅剣』。無論、時空のエネルギーをまとわせる事は忘れなどせず……
びつん。
(!?)
ロイドは、瞠目した。
突如、ウッドブレードはその動きを止めた。
この手応え。金属製の何かで受けられた時のものではない。
もっと、柔らかい何か……そう、例えば……
肉。
ロイドの突き出したウッドブレードの切っ先は、そこでぴたりと止まっていた。
ピンと伸ばされ、隙間なく揃えられたクレスの人差し指と中指の、その間で。
ロイドは、もう一度瞠目した。
「受け止めた……だって!?」
ロイドの放った『瞬迅剣』を、クレスは蒼くきらめく右手で受け止めていた。
白羽取り。しかも、指二本での。
「――温いな」
そしてクレスには、その圧倒的技量を誇るような傲岸さは微塵もなかった。
こんなこと、出来て当たり前。出来て当たり前のことを自慢するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある、とでも言いたげに。
無論クレスのその感覚は、もはや異常などというレベルすら通り越している。
そもそも、白羽取りは本来実戦に不向きとされる、一種の芸のようなものである。
それを実戦で、ましてや両手どころか指二本でやってのけるなど、どれほど論外な話かは言うに及ばない。
絶対的に超えられないほどの技量差がなければ……それこそ剣聖と三流剣士ほどの実力差がなければ、なしえまい。
それをたった今、クレスはやってのけたのだ。
ロイドの繰り出した左手のウッドブレード内部から、木の砕ける破砕音。
クレスはほんの少し、ウッドブレードを受け止めた右手を動かしただけのように見えた。
だがそのわずかな動きだけでも、ロイドの持つ得物に絶対的破壊をもたらすには、余りにも十分過ぎた。
クレスの触れる切っ先から、ウッドブレードに裂け目が走り。
そしてその一刹那のちの未来には、ロイドのウッドブレードは粉微塵の木屑と化して宙を舞った。
戦慄が、ロイドの体内を駆け巡った。
「次元――」
その戦慄が体内を駆け巡り切る前に、クレスは先ほどから持て余していた左手で、時の魔剣を振り上げた。
「――斬!」
蒼白の……余りにも長大過ぎる純エネルギー体の巨剣は、半球状の衝撃波を巻き起こし、辺りのものを跳ね飛ばした。
瓦礫も、地面の石畳も、そしてロイドの体も無差別に。
「があああぁぁぁぁぁっ!!!」
苦痛ゆえではなく、怨嗟ゆえの煩悶の声は尾を引き、やがて地面に叩きつけられて止まった。
体のどこかの骨が、ごりゃ、という音を立てるのを、ロイドはただ静聴する以外になかった。
大の字になって、ロイドは仰向けに地面に叩きつけられていた。
ロイドは呻きながら、またも余りに少な過ぎる血反吐を吐き散らす。
その呻き声を、さもうるさげな様子でクレスは聞き流し、最後に嘆息する。
「……やれやれ、どうしてオリジンはこんな青二才の雑魚なんかを、時空剣士として認めたのか、理解に苦しむね」
しつこいくらいに地面から吹き上がる粉塵。
クレスはその中に声を届けようとしたのか、はたまた1人ごちただけなのか、それはまるで判断がつきかねた。
「誰が……ッ!」
すでに何本か折られた歯を食い縛り、ロイドはそれでも地面から身を引き剥がす。
もう二度と痛みを覚えることの出来ない……いつ限界が来るのか、正確な把握も出来ない体を起こしつつ。
「誰が……誰が青二才の雑魚だ!? クレェスッ!!」
口内で折れた歯が、舌の上に転がるのを感じつつも、それでもロイドは怒髪天を突かんばかりに気を吐く。
対するクレスは、そんなロイドにただ、感情の乗らぬ声で答えてみせる。
「――君が、だ」
強いて言うなら、その声にこもった感情は「落胆」に近いだろうか。ふて腐れたような色彩も、かすかにある。

81 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―6:2007/09/20(木) 15:00:41 ID:NwdQBxkh0
クレスは、エターナルソードをその肩に担ぎ、さもつまらなげに呟く。
「もう一つ一つ、一応君に質問だ。
まさか、これで僕が本気で戦っているだなんて勘違いは、しちゃいないだろうね?」
「!!」
今度はロイドの表情が、いびつに歪む番だった。
クレスは、そして落胆を隠し切れない様子で、ロイドの顔を静かに見据える。
「やれやれ、昨日は同じくオリジンに時空剣士として選ばれた君を見つけて、
意気揚々と手合わせしてみれば、何のことはない。あの金髪の剣士と同程度かそこら、だ」
金髪の剣士を……すなわちスタンを侮蔑するクレスに反駁する言葉を、ロイドは持ち合わせてはいなかった。
無念の余りに、ロイドは眉間に急峻な皺を寄せ、怒りを堪える。
対するクレスは、そしてどこまでもそのロイドの怒りを無視するかのごとくに続ける。
「ま、戦いながらの成長を期待して、実力の三割程度で遊んでいてやったら、結果として君を殺りそこねた。
その事については後悔したけれど、君が雪辱戦に向け、更に喰い甲斐のある獲物に成長してくれれば、
それもまたよし、と割り切ることにしたんだ。
けど、結果はこれ。
実につまらないね。君はやっぱり雑魚のままじゃないか。
僕が本気を出したら、君なんて秒殺を通り越して瞬殺してしまうよ」
「瞬殺だと……!?」
ロイドの堪忍袋の緒は、そこで引き千切れた。
「嘗めた口を叩くのも大概にしろよ……今までさんざんに人を殺してきた分際でッ!!!」
義父ダイクがこの場にいたら、即座にロイドを張り倒していたであろう程の、下劣で野蛮な言葉が口をついて出る。
母アンナを殺したクヴァルや、ジーニアスを傷付けようとしたミトスにすらぶつけなかったほどの、激しい罵詈雑言。
「まず、君の練る時空のエネルギーはね……」
だがそれをただ無視するかのようにして、クレスはエターナルソードの腹でトントンと己の肩を叩いた。
そして静かに告げる。彼我を隔てる、絶対の格差の何たるかを。
「……薄いんだ。まるで綿のようにね」
クレスは、再び己の右手を掲げ、そこに時空の波動をもう一度宿らせる。
ロイドのそれほど鮮やかではなくとも、あたかも実体を持っているかのような、密な蒼の光を。
「なるほど、木刀の表面に時空のエネルギーをコーティングして、それを循環させることで持続性と
安定性を両立させ、同時に絶対的に不足している武器の破壊力を補うという考えまではいい。
君ならたとえその木刀でも、甲冑をまとった騎士の体を、その甲冑ごと輪切りにするくらい、
やってやれなくはないだろうさ。
でもね……」
今度はエターナルソードを再び地面に突き立て、開いた左手でそれを指差す。
先ほどロイドの攻撃を二度まで防いだ、己の右手を。
「君の練るエネルギーは、あくまで『綿』に過ぎない。そこに『鋼』の密度はないんだ。
結果として、僕なら素手でも受け止められるほど、君の攻撃はナマクラなままさ。
本来気を練る練習さえやっておけば、その時体得した練気術のコツで、僕くらいの密度なんて軽く達成できる」
「…………ッ!!」
これもまた、ロイドには反論しきれない正論。
確かにロイドは、我流で覚えた剣術ゆえに、無形ではあるがその本質は脆弱である。
ある程度以上洗練された流派であれば、剣術と共に教えられるはずの練気術を、ロイドはまるで知らない。
「魔神剣」のような闘気主体の攻撃も、ほとんど感覚的に闘気を練り上げているだけに過ぎない。
たとえるならロイドの練る気による攻撃は、限界まで弦を引き絞らずに放たれる矢のようなもの。
限界まで弦を引けば得られたはずの本来の破壊力を、最初から放棄しているようなものなのだ。
対するクレス。彼の修めるアルベイン流には、体内の闘気を操作する技も複数存在する。
気を練る術をきちんと知る者と知らぬ者。この差は、余りにも歴然としていた。
「まあ、これなら時空剣技のみで戦った場合、君とは五分の勝負ってところだね。
けれども僕は、ここからまだ二段階レベルを引き上げられる。
時空剣技に次いで、僕の元々修めていた剣術を解禁してまず一段階。
そして、更にそこからもう一段階レベルを引き上げて、僕はようやく本気。
……これが何を意味するか、君には分かるね?」
「…………」
勝てない。
ロイドは、クレスに勝つことは出来ない。
無論、ロイドはその事実など、この戦いの始まる前から分かりきっていた。
けれども、彼我を隔てる技量差が、ここまで圧倒的だったとは。
万丈の山よりも高く、千尋の谷よりも深い。
もはやいかなる奇跡ですら、埋められない差。

82 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―7:2007/09/20(木) 15:02:07 ID:NwdQBxkh0
どれほど剛毅な剣士ですら、絶望の余り涙を流すであろうほどに、隔絶された勝利への道。
(……でもな……まだ俺にも勝てる可能性は残されているんだぜ?)
だが、ロイドは違う。
まだそこに奇跡は残されている。
剃刀の刃一枚さえ通らないほどの、細過ぎる勝利への道は。
真の闇の中に一筋だけ存在する光は、そこにある。
ロイドは、再び似合わないとは知りつつも、不敵な笑みを浮かべてみせる。
絶望に負けない強靭な意志が、笑みから垣間見える。
「……さあな、俺にはさっぱり分からないぜ?
俺、イセリアの学校の成績は、図工と体育以外いつもドンケツだったバカだからな」
この島で血みどろの死闘、暗過ぎる人間の闇を味わい続けたロイドは、
もはやその事実をわざわざ本人に告げてやるほどには、愚劣ではなかった。
(お前の弱点は、例のデミテルの呪術……あれによる発作だ!)
ロイドが選び取っていた戦術は、この朝ヴェイグにより提案され、キールと自身で否定したはずのあの手。
すなわち、消耗戦に持ち込むことであった。
デミテルの呪術による発作……真実を知る者の言うところの、麻薬の禁断症状。
クレスの例の発作が、戦闘の最中に発生するというわずかな可能性に、勝利への道を求める。
そもそも、ロイド自身が朝方、消耗戦に持ち込むことを否定した理由は、それに他ならない。
クレスに上回られているスタミナ。消耗戦に持ち込まれれば、先に音を上げるのは自身だと分かり切っていた。
だが、朝から状況は大きく変わった。シャーリィとの交戦により。
シャーリィが与えたフェアリィリング。
シャーリィが奪ったロイドの心臓。
今やほぼ完璧に死体も同然と化したこの肉体は、疲労を覚えない。
肉体自体の物理的限界が訪れるその瞬間まで、ロイドは全力全開で戦うことを許されたのだ。
そして、精神力や闘気の損耗を半減させるフェアリィリングは、実質的にロイドの持続力を倍化させる。
これらの力を以ってすれば、あるいは消耗戦の中にクレス撃破の糸口が見つかるやも分からない。
無論、一応とは言え見切っている時空剣技が直撃し、それによる完全な死を受け取る可能性は見越してはいる。
だがそれによる死など、もはや計算に入れたところで大差はない。
どの道「死ぬ」という運命が確定的なら、「死ぬかもしれない」という程度の危険など、顧みる価値はあろうものか。
それに、今のロイドには守らねばならない急所はわずか二箇所。
一箇所は脳。
それも脳の深部まで破壊されねば、死は訪れない。
脳の外側を破壊されただけであれば、天使は理性を失い狂戦士(バーサーカー)と化す。
それでも、天使は戦闘継続が可能なのだ。
もう一箇所は言わずもがなのエクスフィア。エクスフィアの破壊により天使化を維持できなくなれば、その結果は明白。
けれども、この二箇所さえ攻撃されねば、ロイドは死なない。
痛覚神経の死滅した肉体に、激痛によるショック死はありえない。
通常の生命活動を終了させた肉体に、大出血によるショック症状や、内臓破裂のような損傷は意味を成さない。
たとえ内臓を一つ残さず抉り取られたとしても、筋肉と骨さえ無事なら、戦闘にはほぼ支障はないのだ。
不死者の肉体と、同じように。
ある意味自暴自棄のニュアンスさえ漂わせ、クレスに挑発的な言葉を投げかけるロイド。
そのロイドに、哀れみとも遣る瀬無さとも取れる視線を浴びせるクレス。
沈黙は、突如として後者の手により破られた。
「……僕には分からないね。
君は不撓不屈の勇気を胸に秘めた真の勇者なのか……
はたまた、本当に救いようのない底無しの馬鹿なのか。
その目は、強がりやハッタリではなく、本当に恐怖を覚えていない人間の目だ」
かちゃり。
クレスは大剣に分類されるであろうはずのエターナルソードを、軽々と一回転させながら正眼に構え直した。
構えた腕の隙間から、口元が狂気に歪むのが覗けた。
「僕は凄く興味があるね。君が本当に恐怖を覚えずにいられるのか」
ロイドはその問いかけに、心の中でイエスと答えた。
本来恐怖という感情は、生物がその個体を維持するために元来持ち合わせている感情。
そして恐怖は大体の場合、精神的、肉体的苦痛から引き起こされる。
肉体的苦痛をすでに覚えなくなっているロイドには、もはや恐怖という感情は縁遠いものなのだ。
それはまた、生物としての枠からもすでに、縁遠い存在になりつつある証左でもあるのだが。
「本当に君が恐怖を覚えずにいられるかどうか、試してみたいな。
ちょっと気が変わったよ。
僕はこれから、一瞬だけ本気を出してあげよう。さっき言っていたレベルを、一気に二段階引き上げる」

83 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―8:2007/09/20(木) 15:02:47 ID:NwdQBxkh0
刹那、クレスの周囲の空気が、その流れを止めた。厳密に言えば、クレスの鬼気により「止められた」。
「けれども、君を瞬殺してしまっては面白くない。
そうだな、スピードを二拍子か三拍子ぐらい遅らせて、やってみようか」
高まる闘気。空気がその強烈な圧力に耐え切れず、無数の紫電をクレスの周囲でスパークさせる。
下級の魔物ならば、触れるだけでも即死できるほどに、闘気の爆圧は加速度的に膨れ上がっていく。
「さて――この技の正体に気が付いても、君は恐怖を覚えずにいられるのかな?」
クレスの姿が、かき消えた。
づぐん、となくなったはずの心臓が、風穴の開いたロイドの左胸で跳ねたような錯覚。
世界は、一瞬にして色彩を失っていた。
まさか、クレスは『タイムストップ』を用いたのか、とも一瞬思ったが、違う。
これは、命を失うかもしれないという危機感が極限まで高まった際起こる、時流が鈍化したかのような錯覚――。
ロイドにはそれ以上の思考を行う余力などなかった。
密林を流れる泥流のように遅くなった時の流れの中、
ロイドは己の本能だけで、残された右手のウッドブレードを構え、自らの身を守った。
ほんの一瞬前まで、距離にして二十歩近くあったクレスとの間合いは、すでに剣の間合いだった。
ずお、と破壊の刃がロイドの下段から迫る。
灰色の世界の中、クレスの振るうエターナルソードの蒼色だけが、唯一色彩を帯びてぎらぎらと光っていた。
この動きは、『次元斬』ではない。
ロイドはそんな思考を行う時間も惜しいとばかりに、反射的にウッドブレードで守りの構えを作る。
ロイドの構えたウッドブレードは、蒼の噴炎に接触した瞬間。
両断でも焼失でも粉砕でもなく。
消滅していた。
ウッドブレードを構成する木の繊維一本一本まで、この世界から存在を消去される。
しかしロイドはそれすらも確認できずに、反射的にその背を反らせ、「死」ではなく「滅」を湛えた蒼刃から逃れる。
紙一重。
ウッドブレードによるエターナルソードの減速をかけた上で、あと一瞬でも緊急回避が遅れていたなら、
ロイドの顔面は真っ二つにかち割られ、下手をすれば脳にまで刃が到達していたかも知れない。
後方にのけぞる勢いのまま、ロイドは後方宙返りの構え。
このまま尻餅を突くに任せていたら、そこからの体勢の立て直しが間に合わない。
のけ反りながら両腕を頭上に投げ出し、背から地面に倒れ込むロイド。
そのまま、逆立ちの体勢に入る。
霧が晴れ、徐々に青みを増してきた空がロイドの視界に入ってきた頃。
ロイドの全身の毛が、一気に逆立った。
自分の前方にいるはずのクレスの殺気が、「ない」。
クレスが滅心の法で殺気を消したとしても、余りにも唐突な消失。
ということは、クレスがたった今行った行為は――
(まさか!?)
ロイドは己の剣士の勘に、ひたすらに忠実に従った。
後方宙返りをこのまま続けていたら、クレスに次の瞬間両断される!
理由は分からないが、ロイドはとっさにそう判断し、背の翼を全力で振るった。
この状態、次に足が地面に着くまで回避行動を待っていたら、足どころか全身が地面に着いている。斃されて。
ならば、緊急回避の手段は。
(これしかないッ!!)
手段を選び取ったロイドは、実行に一瞬の遅滞もなかった。
幸い発動させたままのEXスキル「スカイキャンセル」を活かしての、空中での剣技の使用。
(間に合ってくれ! 火炎裂空!!)
あえて打つのは、ガーネットによる炎気を秘めた『裂空斬』、すなわち『火炎裂空』。
攻撃の回避を目的として剣技を放つのなら、その隙は少ない方がいい。
この状態で上位技の『真空裂斬』を放っていたら、余りにも隙が大き過ぎる。
ロイドは逆立ちの状態から『火炎裂空』を放ち。
そして再び前方への移動を開始したのと、それはほぼ同時だった。
背中の肉を一直線に裂かれ、骨が軋むその手応え。
そこに一切激痛は走らないのは、ある意味不気味とすら言える。
それでも。
「ぐあああああああっ!!!」
ロイドは口から迸る悲鳴を、抑えることは出来なかった。

******

その光景を目にしたアトワイトは、阿呆のように開いた口が塞がらなかった。

84 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―9:2007/09/20(木) 15:03:36 ID:NwdQBxkh0
(これが……)
これが、本当に人間同士の決闘だとでも言うのか。
辺りは、まるで地殻破壊兵器ベルクラントを撃ち込まれたのかと勘違いしたくなるような、
廃墟も同然の惨状を呈していた。
石畳は破壊され、むき出しの地面は農耕を行うにしても過剰なほどズタズタに掘り返され、
周囲の空き家は巻き起こる剣風で漆喰や瓦が剥げ落ち、あまつさえその内数軒は、木っ端微塵の瓦礫になっている。
大地震と大嵐が一度に襲ってきたら、こんな光景を再現できるだろうか。
天地戦争を戦い抜いたアトワイトすら、ここまで激しい破壊の爪跡を見たことは稀である。
この光景を見るアトワイトに、次に去来した感情。
それは脅威、もしくは恐怖。
この力、余りにも強大過ぎる。余りにも危険過ぎる。
クレス・アルベイン、そしてロイド・アーヴィングが持つ力、よもやこれ程とは。
先ほどから聞こえていた破壊音の数々は、幻聴ではなかったことを、アトワイトは思い知った。
(果たしてこれほどの戦闘力を持つ二者のうちのどちらかを……私の力で確保できるかしら?)
わざわざ自らに問うような手間をかけるまでもない。
不可能。
粉塵で黄土色がかった霧の向こう側で斬り合う二者の、超絶の剣舞を見るだけで判断できる。
あの中に飛び込んで、この器が完全に壊れる前にどちらかを生け捕りにするなど、無謀にも程がある。
あの剣舞の中に飛び込んだなら、巻き添えを食ってなます切りにされる以外の運命など、思いもつかない。
そもそも、こうして家屋の影に隠れていることすら、勇気と蛮勇の境に位置するほどの危険な行為なのだ。
ならば、今打てる手は一つきり。
(このまま2人に発見されないように待機し、どちらかが倒れるまで粘る。
そのあと弱った片方を生け捕りにする、というところかしらね)
要するに、漁夫の利狙い。
アトワイトに今できることは、現在戦闘中の二者が限りなく五分五分に近い戦闘を演じ、
そして刺し違え……すなわち双方共倒れ以外の終結を迎えてくれることを祈るのみ。
限りなく五分五分に近い。しかし完全に五分五分であってはならない。
ある種矛盾した祈りを、アトワイトは静かに捧げた。
祈りを捧げてすぐに、それは詮無いものであると気付くに至るのだが。
これほどまでの、地獄を地上に再現せんばかりの死の乱舞の中、まだ白銀の剣士クレスには、余裕がある。
凡庸な剣士なら一撃で問答無用に葬り去られるであろうロイドの太刀筋を、クレスは紙一重でかわし続けている。
無論、クレスの「紙一重」とは余裕の紙一重。
太刀筋をほぼ完璧に見切っているからこそできる、疲労と隙を最小限に抑えた回避行動。
対するロイドもまた、同じくクレスの攻撃を紙一重でさばいている。
しかしロイドの「紙一重」はクレスとは正反対。辛うじての紙一重。
余りにも速く鋭く重いクレスの太刀がクリーンヒットするのを、何とか防いでいるに過ぎない。
肉体が天使化していなければ、ロイドはとっくに疲労のもたらす隙で致命打を被っているだろう。
アトワイトはミトスに授けられた天使という存在についての知識と、ロイドの背の光翼を結び付け、その知見を導く。
(それにしても……)
天使化していないロイドなら、すでに何十回と殺されているであろうクレスの剣技に、アトワイトは怯えを隠せない。
この剣のレベル、全盛期のディムロスのそれすら確実に数段以上……下手をすれば十段近く凌駕しているかも知れない。
もし万一、己が上官たるミトスがクレスと直接対決するような事態にでもなったら、互角の勝負すら挑めるかどうか。
今のミトスにはミスティシンボルがある。
接近戦の間合いでも、剣を交えながら上級魔術の詠唱が可能という、ある種反則じみた能力を秘めている。
だがその反則技を以ってしても、ミトスはクレスと同じ土俵に入れるかどうか。
それ以前に、この島の異常な晶力下では、広範囲に作用する魔術は敵味方無差別に巻き込むことは周知の事実。
剣の間合いでは、下手に魔術を行使すれば、最悪術者が自身の魔術に巻き込まれ、自滅する危険すらあるのだ。
そしてクレスを相手に、ミトスは魔術の間合いを取れるように立ち回ることは出来るのか。
それを思えば、ミトスですらクレス相手には、劣勢の戦いを強いられる可能性は高い。
こうなっては、アトワイトの詮無い祈りは、ますます切ないものとなる。
こうなってはもう片方の剣士……ロイドが一発逆転を可能とする切り札を、隠し持っていることを期待するほかない。
そう、あの赤の服を着た少年が……。
けれども、その願いは結局届かぬままに終わった。
ロイドはそのまま、地面に叩き伏せられた。

85 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―10:2007/09/20(木) 15:05:04 ID:NwdQBxkh0
対するクレスは、底無しのスタミナを誇る天使を相手にしてすら、まるで疲労している様子がない。
クレスの動きは、アトワイトをしてアクアヴェイルの山奥に住まう、拳法の老師を思い出さしめていた。
まるで、その動きに無駄がない。
かわさねば死ぬ攻撃は、最小限の動きのみでかわす。
筋肉の余計な緊張は皆無と言い切っていいほどに滑らかで軽やかな動きは、さながら風に舞う鳥の羽毛の如し。
そして繰り出されるどの一撃にも、あっさりと人を殺める重さと鋭さが兼ね備わっている。
とうとうロイドは、地面に横たわったまま、動けなくなった。
クレスは、地面に這いつくばったロイドを睨んだまま、何事か呟いている。
その呟きの声は、彼らの背後で崩落する家の破壊音に阻まれ、聞こえなかった。
青ざめたクレスの凶刃が、大上段に振り上げられた。
そのまま落ちた。
地面を割り裂く音と共に、ロイドの姿はもうもうたる土煙にかき消された。
アトワイトは、それを見てこの戦域からの離脱を決意した。
ロイドが撃破されたのならば、自身のみによるクレスの捕縛は不可能。よって、ここにいる意味はない。
クレス・アルベインの……彼の脅威的戦闘力を観察できただけでも、もっけの幸いと考えるべきであろう。
むしろ、クレスのこれほどまでの戦闘力について、直ちに報告しなければミトスの作戦すら危うい。
確かにミトスはクレスの戦闘力を侮ってはいない。だが、これほどのものとも想定はしていないのだ。
彼らの戦いの輪があった処から、アトワイトは背を向け去った。
背の天使の翼で、ここに来た時と同じくして、跳躍を試みるアトワイト。
悲劇は、そこにあった。
地面を踏み切ろうと、前に投げ出されたアトワイトの右足は、小石ほどの大きさの瓦礫を踏みつけ――。
アトワイトの心を宿したコレットの肉体は、盛大な音を立てて転倒した。

******

ロイドは、力なく地面に横たわっていた。
今度は、すでに自力で立ち上がる力を失ってしまったかのように、その身じろぎすらも緩慢だった。
しかし、ロイドは地面との口付けをそれ以上許されなかった。
がし、という音がロイドの上から、響いた。
ロイドの逆立った鳶色の髪は、クレスの手により強引に掴み上げられていた。
ロイドの両目は、そこにいる男の顔を嫌でも捉える羽目になった。
剣鬼クレス・アルベインの顔を。
「どうだったかな? 僕の『本気』の味は?」
クレスにもし正常な判断力があったとしたら、こんな問いかけなどわざわざするにも足るまい。
ロイドの生気を失った、その両目を見れば。
絶望。ブラックソディよりも苦い、絶望。
(こんな……こんな化け物に勝てって言うのかよ……?)
ロイドはこの時ばかりは、オリジンとの契約により手に入れた時空剣士の力を憎んだ。
クレスが先ほど仕掛けた攻撃の正体は、ロイドには分かっていた。
理論だの直感だの、そんな回りくどい道筋をすっ飛ばして、即座に理解にまで達してしまった。
(あんな技……アビシオンや……ミトスすら不可能だったんだぞ……!?)
先ほど起こった事態は、大まかに言えば次の順になる。
まずクレスは空間転移を行い、離れていたはずのロイドとの間合いを、一気に剣の間合いに詰めた。
そして、時空エネルギーをまとう下段からの切り上げ。
それを辛うじて回避したなら、息つく間もなくロイドは後方からの切り下ろしを背に受け。
そして、ロイドはこうして地面に倒れ込んだ。
ロイドにとって、その事実を導き出すにはこれだけパズルのピースが揃っていれば十分過ぎた。
クレスは、『虎牙破斬』を放ったのだ。
まず空間転移で一気に間合いを剣のそれにまで詰め、『虎牙破斬』の一撃目の切り上げ。
そして『虎牙破斬』の切り上げが終わった瞬間、即座にもう一度空間転移。
そしてロイドの背後に出現し、『虎牙破斬』の二撃目の切り下ろしをロイドの背中に見舞った。
クレスは『虎牙破斬』の動作に、空間転移を組み込み放ったのだ。
名付けるならば『転移蒼破斬』ならぬ、『転移双破斬』とでも言うべきか。
あまつさえ、クレスはロイドと同じく時空エネルギーを刀身にコーティングし、
刃の破壊力・切断力を飛躍的に上昇させていた。
ロイドの専売特許かと思われていた、刀身への時空エネルギーの持続的コーティングすら、クレスは可能としていたのだ。
クレスのレベルの第三段階の正体……
それは、アルベイン流と時空剣技を複合させた、壮絶無比の超剣技だったのだ。

86 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―11:2007/09/20(木) 15:06:18 ID:NwdQBxkh0
すなわち、『次元斬』により生み出される時空の蒼刃を常時維持したまま、
超高速で行われる『空間翔転移』で敵を翻弄し、四方八方からアルベイン流の剣技を見舞い、
そして自身は『虚空蒼破斬』の攻防一体の結界で守りを固める。
まさに八面六臂、絶対無敵の闘神の構え。
(ちきしょう……どれだけ無茶苦茶な修業をすりゃ、こんなふざけた力を持てるっていうんだよ……!?)
ロイドの目に、もはやクレスに向けるべき赫々たる敵意の炎はなかった。
クレスの濁った眼光は、もはやロイドの怒りを毛ほどにも煽らなかった。
(本来空間転移は……剣技に組み込めるほどの短時間で、できるようなもんじゃねえんだぞ……
転移を開始してから終わるまで……どんなに早くても数秒は……)
今度は、がご、という音がロイドの下顎から聞こえた。
クレスのトーキックで顎を蹴り上げられたという事実は、もはやロイドに何の感傷も与えなかった。
ロイドの後頭部は、後ろに立っていた家の外壁に叩きつけられていた。
(しかも……こいつは完全に本気を出したら、今のよりも速く、空間転移ができるんだろ……?)
クレスの言質を虚勢かも知れぬと勘繰る事すら、すでに出来ずにいるロイド。
そんなロイドの視界が、突然締め付けられるような痛みと共に暗転する。
クレスはロイドの顔面にアイアンクローを放ち。
そして、ロイドを宙に持ち上げた。
人間1人を片手で持ち上げるクレスの怪力のほどは、もはや推して知るべし。
「どうやら、さっきのサービスは少し刺激が強かったみたいだね?
どうだい? さっきまでの強がり、吐いてごらんよ?」
ロイドの手から、砕けて刀身のなくなったウッドブレードの柄が、力なく落とされた。
ロイドの全身から、急激に力が失われてゆく。
ロイド自身の全身を覆えるほどの光の巨翼も、見るも無残に萎え縮んでいた。
(勝てねえ……
カイルも……ヴェイグも……
みんなの力を合わせても……こいつには……)
ごり。
ロイドの頭蓋骨が、不吉な音と共に軋んだ。
「吐いてみろっつってんだよ、この身の程知らずの青二才が」
クレスは、全身を用いてロイドを投げ飛ばした。
ロイドは、なす術もなく家屋の壁に叩きつけられた。
意志の力が消失した肉体を、辛うじて本能だけが守る。
全身の筋肉が緊張し、両手で迫り来る壁を叩き、受け身を取る。
世界再生の旅の中、鍛えに鍛えられた戦士の本能が、これほど煩わしいと感じられたことはなかった。
クレスはあの神速の空間転移を以ってして、即座に半壊した家屋の壁にへばりついたロイドに肉薄し、回し蹴りを放つ。
ロイドの体は「く」の字に折れ曲がり、宙を舞った。
その際腹筋が固まり、クレスの回し蹴りのダメージを最小限に抑える。
そんなこと、もう無駄なあがきに過ぎないのに。
痛みも感じず、疲労もない、半死人の体があっても。
エクスフィアという、母の命の力があっても。
父に世界再生の旅の中教わった、剣技があっても。
ヴェイグやカイルという、友の力があっても。
この化け物の前では、どんな力も小細工も意味を成さない。
黒死病を前に枕を並べて倒れ去る人間のように、刈り取られるだけだ。
何もかも。
エターナルソードという名の、死神の大鎌によって。
石畳の上に不時着したロイドは、そのまま歩幅にして約百歩ほどの距離を滑走し、転がり、停止した。
痛みは感じずとも、それでもロイドの体を突き抜ける衝撃は、天使の唯一の弱点である脳を揺さぶり、視界を霞ませる。
力なく体を地面に投げ出したロイドは、今度はその胸を無理やりに持ち上げられる。
もう一度地面に叩き付けられたロイドは、次にクレスの手により胸倉を掴み上げられた。
(これじゃあ……クレスが発作を起こすより先に……間違いなく俺達の方が先に皆殺しにされちまう……!)
異常なほどに速い……人間の肉体には本来不可能なほどの速度でクレスが開いた間合いを詰めようとも、
それはもはやロイドに何の感傷も与えなかった。
次にロイドが喰らったのは、クレスの上半身の筋力がフルに乗せられた、頭突き。
額の皮膚が破れ、出血する。
普段ならばここは派手に出血する部位なのに、さすがは死体同然の体。ほんの少ししか血が滲まない。
どうせなら額だけじゃなくて、脳味噌までブチ割ってくれ、とロイドはかすかに願った。
脳の深部までを破壊されるか、左手を切り落とすかされれば迅速に訪れるはずの死が、いやに遠い。
ロイドの戦士の本能が、無意識の内にクレスの暴行を、致命打にならぬように避けているのだ。

87 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―12:2007/09/20(木) 15:07:36 ID:NwdQBxkh0
殴られ。
蹴飛ばされ。
時には地面に投げ飛ばされ。
頭突きを喰らい。
もうクレスから覚えきれなくなるほど拳をもらい。
足蹴にされても。
それでも、ロイドの本能だけは、頑なに死を拒み続けていた。
疲労を覚えぬこの体が、延々と死を拒み続けることを許していたから。
ロイドの顔面は、原型を留めぬほどに腫れ上がっていた。
全身の骨ももう何箇所も骨折しているだろう。
内臓だって、すでに無事で残っている箇所の方が少ないかもしれない。
脳を揺さぶられるごとに薄れる意識の中、ロイドは悟った。
クレスは、もはや剣鬼ですら……「鬼」ですらない。
剣神とでも……「神」とでも評さねば、この力を言葉にして言い表すことは出来まい。
さもなくば「魔人」。
「人」の身でありながら神を屠った……「人」の領域から「魔」の領域に、その存在をはみ出させてしまった修羅か。
ロイドは、得心した。
得心してしまった。
(そうだよな……天使が、神様になんて敵うわけ、ないじゃないか)
無論、ロイドとてミトス・ユグドラシルを倒し去った世界再生の大天使である。
しかし、ミトスは所詮「神」たらんことを目論んだ傲岸なる天使……神の紛い物に過ぎなかった。
イセリア教の聖典にあった神話にいわく、神に次ぐ実力者であった天界第一の熾天使すら神には匹敵しえず、
そのまま神罰を受け魔界にその身を投げ込まれたという。
今ロイドがやろうとしていることは、ある意味それの再現と言えよう。
一度は否定した天使の力に手を付けて、己に課した禁忌を破り。
心臓を貫かれてもなお死なぬ事により、まっとうな生物としての死を否定し。
屈辱に満ちた虚偽の生に執着し続けて、人間としての尊厳を捨て。
これほどまでの犠牲と代償を己に課してすら、なおクレスは届かぬ高みにいる。
クレスという名の神は、ロイドという名の天使に今、神に匹敵せんと目論んだその不遜の罰を下そうとしているのだ。
叩きのめされ。
打ち伏せられ。
そろそろロイドもただの肉塊になるめどがつきそうになってきた頃。
クレスの暴行は、突如として止んだ。
先ほどまで腰に差し続けていたエターナルソードの柄に、手がかかっていた。
「ふん、止めだ。やっぱり君は、青二才の雑魚だな」
(そうさ。お前にかかれば、人間や天使が相手になる限り、どんな奴でも青二才の雑魚だろうさ)
ロイドは、断末魔の痙攣のように、かすかに体を震わせた。
「あの一撃だけで腑抜けになるなんて、まさか僕も思いもよらなかったよ。
オリジンの人を選ぶ目は、どうやら腐りきっていたらしいね」
(世界を救っておきながら、仲間を救うことが出来なかった、俺を選ぶくらいだからな)
クレスの口ぶりは、心底残念そうに響いた。
「君みたいな奴が、僕と同じ時空剣士だなんて、正直信じられないな。
悪いが、時空剣士の名を貶めるためだけに時空剣士になったのなら、とっとと死ね。これは僕からの命令だ」
(……そうだな。そうだよな……)
ロイドの意識は死を望みながらも、けれども本能が死を許してくれない。
「君がこの島の中じゃ、一番喰い甲斐のある獲物かと思ったら、残念だよ。
雑魚以下の屑しか残っていないんじゃ、どれだけ戦っても僕は満たされないな」
(……多分ミトスですら、お前相手じゃ手も足も出せずに敗北する。
おそらくもう、この島にお前が満足できる程強い奴はいない)
クレスは、とうとうエターナルソードを抜き放った。
「さてと。さっさとこんなクソ不味い残飯は処理させてもらおうか」
そして、上段すら通り越し、大上段にまで時の魔剣を持ち上げる。
時の魔剣の表面で、蒼い光が燃え上がった。
あとは、振り下ろすだけ。
それで地面に仰向けに倒れるロイドの右半身と左半身は、そのまま泣き別れになる。
たとえ天使の肉体を持つ者でも、肉体を縦に両断されれば、そこに待つは不可避の死。
だが、痛覚と共に恐怖を忘れようとしているロイドは、その蒼色の死を見ても、一片の恐怖も浮かばなかった。
ただ、ロイドを打ち据えたのは、絶望。純粋無垢な絶望だった。

88 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―13:2007/09/20(木) 15:08:27 ID:NwdQBxkh0
(さあ、さっさと振り下ろせよ、クレス)
ミズホの戦士「サムライ」ですら驚嘆するであろう程に、死を前にしたロイドの心は静かだった。
まともな命を体に秘めた者では、どれほど修養を積もうと達せぬほどの、諦観という名の寂滅の境地だった。
「せいぜい次は、もっと強い剣士に生まれ変わって来るんだね」
クレスは、言った。
魔剣が、動いた。大地に向かい、落下を始めた。
常人に分かりやすい感覚で言えば、あと心臓が一回鼓動するまでの時間もあれば、ロイドは命を刈り取られるだろう。
やがて魔剣が空を裂く音が響き――
――大地を割り裂く炸裂音が、激しい土煙と共に上がった。

******

ロイドは、黄土色一色の視界を眺めていた。
――ああ、これがあの世の風景なのか。
ジーニアスはいるだろうか。
しいなはあの世でも元気にしているだろうか。
ゼロスは相変わらずあの世でも女の人を追いかけ回しているだろうか。
父さんに出会ったら、何と言われるだろうか。叱られて、頬をひっぱたかれるだろうか。
死は恐ろしくて苦痛に満ちたもののはずなのに、恐怖も苦痛もなかった。
そしてロイドは今更のように、自分は恐怖も苦痛も感じない体になっていた事を思い出して苦笑いを浮かべた。
――そうだよな。もう俺は、死だって怖くないんだ。
――もう俺は、何も怖がれないんだ。
それにしても、あの世という場所は想像していたよりも存外小汚い場所だな、とロイドは思った。
きっと天国は空の上にあるから、空の青や雲の白でいっぱいと思っていたら、黄土色一色の世界だったのだから。
その黄土色一色の世界の向こうから、人影がおぼろに浮かぶ。
あの世で最初に待っているのは、長い付き合いのジーニアスだろうか。
自分といると何だかいつも落ちつかなそうにしていた、年の近いしいなだろうか。
出会ったのが男と知って、大げさに落胆するゼロスの姿も簡単に想像できる。
もしも父だったら……ロイドはその可能性が浮かんだとき、少し眉間に皺を寄せた。
黄土色一色の世界は、やがて晴れ渡った。
答えは、そのどれでもなかった。
振りかざした魔剣から、時おり溢れんばかりの魔力が紫電として弾ける。
大上段からの全力の斬り下ろしは、ロイドのすぐ左隣に新たな断層を作っていた。
風が、一陣舞った。
土煙のヴェールの向こうにいたのは、ロイドを殺し去っていたはずの魔人。
クレス・アルベインその人であった。
「…………」
クレスはそう言い、叩き下ろしたエターナルソードを引き上げた。
エターナルソードの刀身から、細かな土砂がボロボロと落ちるのを見ていたロイドは、困惑した。
自分は、まだ死んでいない??
自分は、まだ死んでいない!?
自分は、まだ死んでいない!!
ロイドが一拍遅れで、自分がまだこの世界の住人であることを悟る頃には、
しかしクレスは血糊を払うようにエターナルソードを振るい、そして鞘代わりの皮袋に魔剣を収め終わっていた。
「……どうして……?」
魔剣を収めたクレスの無防備な背中を見ても、その隙に斬りかかろうとなどとは、ロイドには考えもつかなかった。
代わりに出てきたのは、殆ど反射的に口をついて出る疑問符。
「……生きて……いるんだ……? 俺は……」
黄土色の粉塵と、白色の霧の向こうから覗ける空の青さが、いやに眩しい。
白銀の魔人は、答えずに歩み出す。
彼の口元から、言葉が漏れた。
「……地べたを這いつくばる羽虫一匹を踏み潰して――」
かしゃり、かしゃりとクレスのまとう鉄靴(グリーブ)が鳴る。
ロイドは、クレスがこのまま去ろうとしているのだと、何となく悟った。
「――君は何かしらの感傷や感慨が湧くのかい?」
湧かないだろう、とロイドは思った。
そして、クレスの言うところの「羽虫」とは、自分のことなのだとロイドは察した。
クレスは歩む。彼の言うところの「地べたに這いつくばった羽虫」に、背を向ける。
「最期まで必死で抵抗するか……せめて無様に命乞いでもしていれば、殺してやるだけの価値はあった」

89 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―14:2007/09/20(木) 15:09:47 ID:NwdQBxkh0
クレスの鎧の鳴り響く音が、徐々にロイドの耳元から遠ざかっていく。
負けたのだ。
けれども、ロイドにはその事実がまるで、他人事のように感じられてしまうのもまた真実だった。
「けれども君みたいな木偶の坊は、もはや死にすら値しない。精々、後は勝手に野垂れ死ね」
空気が揺れる音。かすかな閃光。
天頂を眺めるロイドは、けれどもそれだけでクレスの空間転移を悟った。
閃光が消え、音が遠のき。
そして辺りは、本当に死者の国に来てしまったかのような不気味な沈黙に包まれた。
ロイドは右手前腕部を動かし、ひどくとってつけたように、その目元を覆った。
その動作は、抑えきれない涙を必死で隠しおおせんとしているようにも、見えないことはない。
だがその解釈は、今のロイドに限って言えば誤りであった。
この体は、すでに死んだ。
どれほど悲しかろうと、どれほど悔しかろうと、それでももう涙腺が緩むことは二度とない。
涙を流すための器官は、もう二度と機能しないのだ。
それ以前に。
ロイドの心はもう、がらんどうだった。
ロイドの意志はもう、燃え尽きていた。
未だ働くことを許されている知性だけが、静かにロイドのうちで働いていた。
ああ、そうか。
ロイドはクレスの気持ちが今、何となく察せた。察せてしまった。
クレスは今、失望のどん底にいるのだ。
クレスは今、自身のあまりの弱さに憤慨しているのだ。
ロイドは、それもまた致し方ないとあっさり納得してしまえた。
(俺ってば、こんな腑抜けになっちまったもんな)
ロイドは、己が腑抜けと化したことを厳然たる事実として受け止めていた。
腑抜けた己を恥じる気持ちも、己を奮起させようという意志も、もうこれっぽっちも湧いてはこなかった。
ロイドは、今なら分かる気がした。
ディザイアンの人間牧場で、ディザイアンに虐待されるに任せ、死んだ魚のような目をしていた囚人らの気持ちが。
この島で、無力感に打ちひしがれて、空っぽになってしまったヴェイグの友人、ティトレイの気持ちが。
絶対の力。
絶対の絶望。
絶対の敗北感。
己に課した禁忌を破り、人間としてのまっとうな生と、そして尊厳を犠牲にしても。
それを代償に天使の力を得ても、クレスの力はなおその十歩も百歩も先を行っている。
いかなる努力も、いかなる意志も、いかなる犠牲も、無駄にしか思えぬ無力感。
どれほどの代償を支払っても、受け取るのは苦い敗北の味なのだ。
ならば全て諦め、なされるがままにされてしまった方がどれほど楽だろうか。どれほど賢いだろうか。
確かに、クレスの首には未だデミテルのかけた枷がある。呪術による発作が残されている。
だがそれがどうしたというのか。
限りある神の力でも、その限られた時間までに行使を終えてしまえば、それは完全無欠の力であることに変わりはない。
クレスの身を発作が襲うまでに、クレスが残りの参加者を皆殺しにしてしまえば……
クレスは残る生存者達にとっては、絶対の存在であることに変わりはないのだ。
そもそも、あんな化け物がデミテルごときのかけた猪口才な枷ごときに、その身を縛られたままなのか?
実は発作に苦しむような素振りは、自分達にあだ花の希望を持たせるための演技だったのではないか?
そうだ。
きっとそうだ。
ロイドは考え、目の前にかかった右手を、左手甲にまで這わせた。
体内に残った魔力は、もうわずか。
フェアリィリングとEXスキル『リラックス』を併用すれば、何とか天使化を維持するだけの魔力はまかなえよう。
しかし、この満身創痍の体で何ができると言うのだ?
接合しかかったまま再度砕けているであろう右手の指を、左手のエクスフィアにかけるロイド。
あとは、右手の指をほんの僅かに動かし、天使化の解除を止めてしまえばロイドの降伏は完了する。
心臓を失った今、天使化を解除すれば、ロイドの身には今度こそ速やかな死が訪れる。
「死ぬな」?
「死ぬ前にやれる事があるだろう」?
「今お前が生きているその命は、誰かが生きたくても生きられなかった命なんだぞ」?
そんな言葉が吐けるのは、本当の絶望を知らぬ愚か者だ。
あいつを前にして、そんな寝言が吐けるのは嘘つきか底抜けの馬鹿かの二択に他なるまい。
どんな小細工も問答無用に粉砕する、絶対の暴力の味を知らぬからこそ、そんな能天気なたわ言をほざけるのだ。
小国の軍隊なら1人で殲滅出来かねない程の、強大絶大無限大の力をその身に秘めた、怪物と体面したことがないから。

90 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―15:2007/09/20(木) 15:10:37 ID:NwdQBxkh0
(あいつには、負けたってしょうがない……。どうにも……出来ないだろう……?)
天使ですら敵わない。
ましてや、人間ではもっと敵わない。
クレスは、間違いなく神の領域に到達した闇の剣神なのだ。
エクスフィアにかかった右手の指を、ロイドはそのまま要の紋に嵌まったEXジェムにまで動かした。
あとは、この手を動かしさえすれば――。
ぴくり、とロイドの指が動いた。
かちり、という音がロイドの左手から響いた。
彼の背の光翼は、大きく震えた。

******

(しまった……!)
転倒した身を起こしながら、内心アトワイトは慌てた。
まさか踏み切ろうとしたその足の下に、小石が転がっていたとは。
かつての仲間に見られていれば、思わず苦笑を浮かべていたであろうコレットの転倒。
しかし、コレットの肉体の宿主であるアトワイトにしてみれば、苦笑どころの話ではない。
急いで撤退しなければ、クレスに気配を気付かれるやも分からない。
そうなる前に、直ちに撤退せねば。
そう思考するアトワイトが、地面に両手を突き腰を持ち上げようとした瞬間。
空気が、揺れた。
時空が歪んだかのごとき、不可解な音。
否、これは実際に、時空が歪んでいる。
青白い閃光が、コレットの目を焼いた。
アトワイトは、全身の毛が逆立ったかのような錯覚に襲われた。
恐怖を通り越して、この感情はもはや畏怖としか呼べまい。
人知を凌駕した、超絶の存在がそこに立っていたから。
剣鬼を超越した剣鬼、白銀の魔人が彼女を睥睨していた。
赤い鉢巻が、妙に空々しく風になびいた。
彼の手によって屠られた犠牲者の返り血で、ぼそぼそに固まった金髪が揺れる。
アトワイトは蛇に睨まれた蛙のごとくに、魔人の鬼気だけでその動きを戒められる。
下世話な話だが、もしこの体が常人のそれだったら、確実に失禁していたという確信があった。
クレス・アルベインはただ静かに。
四つん這いのまま肉体を金縛りにされた彼女を見ていた。
巻き起こる砂塵の、そのカーテン越しに。
「さっきから、僕達のことをじろじろと見ていたみたいだな」
アトワイトは、「気付いていたのか」などとも言えずに茫然とたたずんでいた。
繰り返す。
一流以上の剣士は五感が……特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭い。
クレスはあの激闘の中、アトワイトの気配に気付いていたのだ。
野の獣をも越えるほどの鋭敏な感覚は、クレスをしてアトワイトを気付かしめていたのだ。
「あ…………ぁ……!」
喉が麻痺してしまったように、アトワイトはすでに意味ある言葉を紡げない。
体を必死で彼から遠ざけようとするが、上体のみが泳ぐ。足に鉛の枷が嵌まっているような錯覚が、アトワイトを襲う。
そのままアトワイトはぺたんとあひる座りの体勢になり、臀部を地面に落ち着かせるのが限界だった。
「僕は今、最高に機嫌が悪い」
クレスは、腰の皮袋に手をやりながら、アトワイトに告げた。
目の前の少女をどこかで見た気もしたが、クレスはそれを気のせいと思うことにし、皮袋の中でそれを掴む。
「だから死ね――」
アトワイトは、何が起きたのかまるで分からなかった。
クレスの右手が消滅し、次の瞬間には上段の位置にあった。
それからばつぉん、という間抜けな音がして、赤い霧がアトワイトの胸元から吹き上がった。
その動きはアクアヴェイルの剣法、「居合道」の代表的剣技である「居合い抜き」だと、
平静を保っていた彼女なら分析出来ていただろう。
無論、もしもの話など、この場では空しいだけだが。
「――たっぷり僕の手に、肉を切り裂く手応えを残してね」
クレスはその言葉通りに、あえて時空の蒼刃をまとわせずにエターナルソードを横薙ぎに振るった。
時空の蒼刃をまとわせた魔剣なら、人体などまるで豆腐のようにあっけなく両断できるが、
クレスはあえてそれをせずにただ魔剣を振るったのだ。

91 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―16 @代理:2007/09/20(木) 15:16:35 ID:/Odhq+AK0
霧が、この村から消え去った。
午後の太陽が、村に静かに陽光を降り注がせる。
その最中で。
柔らかくて湿った物を叩き斬る、生理的不快感を催す音が響いた。
空の太陽に向け、血風が吹き上がった。
それでも、太陽はただ眩しかった。

92 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―17 @代理:2007/09/20(木) 15:18:22 ID:/Odhq+AK0
【ロイド=アーヴィング 生存確認?】
状態:天使化 HP5% TP5% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想
   無痛症(痛覚神経が死滅) 戦意喪失 本能は死を拒絶
所持品:エターナルリング ガーネット 忍刀・紫電 イクストリーム ジェットブーツ
    漆黒の翼のバッジ×5 フェアリィリング
基本行動方針:特になし。戦意喪失で無気力化
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡前

※なおロイドは現在痛覚が死滅しているため、自身のHPの正確な把握は不可能
※ウッドブレードはクレスの手により両方とも破壊された

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP55% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
   ロイドの弱さに憤慨・失望 最高に機嫌が悪い
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:ロイドが弱くてむしゃくしゃするので、何かに八つ当たりしたい
第二行動方針:ロイドは野垂れ死ぬに任せる
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認?】
状態:HP40% TP40% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄 クレスに対する絶対の恐怖
   胸部に大裂傷
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:エターナルソード・時空剣士の確保
第二行動方針:ミトスの指示に従う
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ

93 :墓標は静かに泣く 1:2007/09/23(日) 10:57:33 ID:48/iuOtRO
少年が気付いた時、既に自分の体は地面に落下した後だった。
『カイル!おい、カイル!?しっかりしろ、カイル!』
自分の体と共に落ちた炎の大剣が、コアクリスタルを輝かせ必死に少年に応答を求めている。

…ディムロスが呼んでる。応えなきゃ。

「ディムロ……ゲホッ!?」

少年は剣を手探りで探し当て、握り締め応答を試みたが、それは口から溢れた血によって未完成なまま空を舞った。

『カイ…!』

炎の大剣は、悟った。…いや、「手」が少年に貫通した瞬間から頭では理解していたが、認めたくなかった。だが軍人である以上は、嫌でも分かってしまう。
(この怪我では、もう、助からない)
その事実を、目の前の少年の口から鮮血が吹き出るまで理解したくなかった。
軍人としてではなく、ディムロス個人として。
そして彼は痛感した。まんまと罠に嵌まってしまった自分の愚かさを、この状況で何も出来ない自分の無力さを。
「ディム…ロス。ゲホ!ごめん…ゴホッ!」
炎の大剣は、その謝罪をただ黙って聞く事しか出来なかった。
現実は、大剣に絶望を突き付けても尚、留まる事を知らずに。
冷静さを奪い尽くし。
微かな希望をも喰い散らかし。
後悔する隙を微塵も与えず。
それでも、猛スピードで駆け抜けていた。
紛れも無く、向かう先は「少年の死」そのものだった。


*******

94 :墓標は静かに泣く 2:2007/09/23(日) 11:04:05 ID:48/iuOtRO
「カイル…?カイル!…カイルーーッ!!」
氷の力を操る青年は、樹の力を持つ親友が放った「手」が少年に突き刺さり、地面へ墜ちるのを目視すると、親友の元を全速力で離れて少年の元へ駆け出した。
おそらく今のティトレイはもう殆ど動けない、そう判断したから、いや、そう言い訳を付けてカイルの元へ行く為に。
青年は氷で壁に足場を作り、少年の元へと急ぐ。

…地面までの距離が、永遠に感じた。自ら頭の中を真っ白にしていた。何かを考えると、駄目というな気がしたからだ。
「カイルの元へ行く」。この9文字だけを頭に描き、ただ実行する。しかし青年はそう思いたかっただけであり、頭の隅で考えてしまっていた。

カイルの母の事ジェイの事ティトレイの事カイルが貫かれた事それは誰のせいかという事自分のせいである事カイルを手に掛けたのはティトレイじゃなく自分だという事なぜティトレイを殺さなかったのかという事
だが殺さなくてよかったと思う自分も居る事カイルが死ぬという事いや死なないかもしれないという事だが腹部を貫通したら死ぬに決まっているという事これからどうするかという事それから、それから…

…気付いた時、青年は少年の前で肩で息をしながら立ち尽くしていた。

「…っ!」

状況は、一言で言うと、最悪。
本人は気付いてないだろうが、内蔵は飛び出て、辺り一面に血と排泄物が飛び散り、足の踏み場もない程だった。
応急処置?
傷を凍らせる?
グミ?
ホーリィリング?
回復魔法?
ライフボトル?
…そんなもの、いくらあっても全て役に立たない。
保ってあと数分、そんな所だろう。
絶望的状況。青年は、今度こそ、本当の意味で、頭が真っ白になった。


95 :墓標は静かに泣く 3:2007/09/23(日) 11:10:27 ID:48/iuOtRO
「カイル…」

青年は呟いて片膝を地に着き、ホーリィリングを少年の指に付け、腹部を凍らせる。それがもしかすれば延命処置になるかどうかという状況だったが、それでもひとかけらの可能性にかけて、藁にでも縋る気持ちで。

「ヴェイ…ゴホッ!」

少年が青年の名を言いかけるが、血液が言葉を完成させまいとする。
「カイル!?喋るな!」
自分で話しかけておいて何て言い種だ、と青年は思う。
と、同時に真っ白だった脳の中心に一つの黒点が浮かび上がる。
…そうだ。あの事を言わないと。

「カイル。…落ち着いて、返事はしなくていいから…聞いて欲しい事がある。
 お前の、お前の…母親の事だ」

言ってどうするつもりなのかは分からない。それに、少年の体への負担になるような事実はどう考えても今言うべき事ではない。
ただ、真っ白になった脳の中でこの事だけ浮き上がった今、余計な事を考えられない今、言っておかないと二度と言えない気がした。

目の前の少年は、頷いたように見えた。

「お前の母親を殺したのは、」

言ってどうするのだろう。再び思う。
許しを乞うのか?許される訳が無い。なのに。

「…殺したのは…」

(俺だ。)この2文字を、口が紡いでくれない。何故だ。怖い?何が?いや、怖くはない。じゃあ何故?

「…わかって、ましたよ。」
な、という文字が青年の口から出る。青年は、呆気に取られた。
少年は苦しそうに笑う。

「恨んで、ますよ。母さんを…ゲホッ!…殺した、あなた、を。」

青年は、罰を求めていた。
罰とは、自分で自分に与えるものではないのに、勝手に与えて自己満足していた。
『カイルを、守る事。』
無論、それで罪を償える訳ではないが、他人に罰を与えられるよりマシだった。他人に罰を与えられるのが、怖かった。

96 :墓標は静かに泣く 4:2007/09/23(日) 11:16:07 ID:48/iuOtRO
…否。
罰は、与えて欲しかった。「死ね」と言われたら、容易く死ねるだけの覚悟はあった。文句を言える立場ではないことは、理解していたから。
だが、言い出せなかった。
少年に自らの罪を言い出すのが、怖かった。
一握りの勇気が、無かった。
「なら…」
「俺は、…俺は…ゲホッ!…あなたに、何もしない。何も、求めない。」

?何を言っているんだ?
早く、俺に、罰を与えてくれ。
俺は、どうしたらいい?
どうしたら、罪を償える?
教えてくれ、カイル。…頼む…教えてくれ…。
青年の表情に出ていたのか、少年は続ける。
「その代わり、ゲホッ!あなたの…これから…に、俺は全てを捧げる。
 あなたを…ゲホ!ずっと、見続け…ます」
やめてくれ。
奪われるならまだしも、与えられる?
教えてくれカイル!俺はどうすればいい!?
何故そんな事を言うんだ?

こんな、こんな事は予想していなかった。
責められて当然だと思っていた。

「だから、ゴボッ!まあ、いいや…。…なあ、ヴェイグ、俺、ゲホ!最後に、雪が…見たいな。だめ、かな。」

「…雪?」

残酷に照らす光の滝の元で、少年の口は何かを言いかけて、そして自ら最後という言葉を紡いだ。

残酷に広がる鮮血の湧く泉の上で、青年は少年に答えを求めようとしたが、唐突な少年の願いの前に、それはついに求められる事はなかった。

97 :墓標は静かに泣く 5:2007/09/23(日) 11:20:57 ID:48/iuOtRO

当然、カイルは分かっていた。自分はもう、助からない。だから「最後」と言う。
腹部の痛みは次第に和らぎ、…いや、痛みを感じなくなってゆき、そして視界もまた次第に狭く、暗く、光を失っていく。カイルはそんな自分の体を、死を受け入れた。

これでよかったんだ。これで…。俺は間違ってなかった。ミントさんを守るのが正しかった。そう信じたい。いや、信じる。俺は俺の選んだ道を、信じる。後悔しない。絶対に。やっと誰かを守れたんだ。守る側になれた。

…ヴェイグ。あなたの行く末を見れないのは少し残念だ。もう少しだけ、あなたの選ぶ道を見たかった。
…そんな顔しないで。俺は、俺のこの状況については、あなたを恨んでない。あなたがティトレイを殺さなかった事も、全く恨んでない。
だって俺はあの時「手」を避けてミントさんを見殺しにする事だって出来たんだ。だけど俺はそうしなかった。
これは俺の選択。

…だから、次は貴方が選択する役だ。

多分人は、いつか嫌でも選択を強いられる状況に陥る。俺の場合さっきのそれだ。
あなたも、いつか、きっと。

…俺は、あなたの選択を受け入れたい。そうする事で、あなたを許したい。
でもあなたは後悔する人だ。きっと、また後悔するんだろう。
誰かが言っていた。
「後悔する人は、どんな選択をしても後悔するんだ。だから、選択せずに済む方法を頼るんだ」
…だめだ。こんな哲学みたいな話は俺には似合わないな。はは。

…ヴェイグ。ごめん。
母さんの事は、実はもう殆ど恨んでないんだ。なんでだろう。自分でも分かんないや。この状況になってそう思えるんだ。俺、馬鹿だから。

98 :墓標は静かに泣く 6:2007/09/23(日) 11:25:20 ID:48/iuOtRO
ディムロス、ごめん。
あなたは軍人だから、きっと俺にあれを避けて欲しかったんでしょうね。あなたの事だから、戦える人間は残しておくべきだと考えたんでしょう?
でも、俺は馬鹿ですから。あの時選択を迫られて、俺は守る側になりたくて。…もちろん、頭の隅では「生きたい」と思う自分も居ました。
でもそれ以上に彼女を守りたかった。人の役に立ちたかった。だからこれはただの俺の自己満足です。
…それでこんな間抜けな姿になってます。
ごめんなさい。

カイルの脳は不思議と死への恐怖を感じず、ヴェイグやディムロスの事を考えられる程冷静でいた。
そして彼の脳内では今までの人生の出来事が走馬灯の如く再生される。
その中でも色濃く残された記憶、ハイデルベルグでの事が彼の脳内で鮮明に再生された。

それは、リアラとのデート。

こんな時にこんな事思い出して俺って本当どうしようもなく馬鹿だな、とカイルは心の中で自分に嘲笑する。
そして同時に、無意識のうちに先程の言葉が自分の口から発せられていたのだ。
カイルはもう一度だけ、消え入りそうな声で真っ青な空を仰ぎ、言った。
太陽が、眩しかった。

「雪が、見たいんだ…。お願いだ、ヴェイグ。」

まだ自分の目に光が写っているうちに、雪が見たい。
雪に囲まれて、逝きたい。
父さんや母さん、ハロルドやジューダス、ロニ、クラトスさん。
そして、リアラの元へ。

「わかった…」

目の前の…目の前に居ると思われる青年が、一言呟いた。その声は重く、暗く、そしてどこか哀愁を帯びていた。


99 :墓標は静かに泣く 7:2007/09/23(日) 11:30:27 ID:48/iuOtRO
少し間が空いた後、カイルは視覚が失われる中、自分の頬に粒が数滴落ちるのを感じた。
しかしカイルは自分の感覚に違和感を感じる。

…「数滴」?
雪じゃない?
何かが違う。雪にしては、重い。そして、冷たくない。
雨?いや、雨はもっと冷たい。
まさか血?いや、違う。ヴェイグなら自分の傷を放置しとおくような馬鹿な真似はしないはずだ。氷という止血方法を持っているのだから。

「…ヴェイ…グ?」

金髪の少年は絞り出した声を青年に向け、放つ。
青年は三秒ほど間を置き、低い声で呟く。

「すまない…。俺は、俺は…。
 すまない。本当に、すまない…」

青年の声は震えていた。そして少年は感じた。
この一言の重さを。青年がどんなことを、どれだけの時間をかけて悩み、どれだけ後悔し、そしてどれほど恐怖したか。数え切れない程の決断に迫られ、どれほど押し潰されそうになっているか。

少年にはそれだけで十分過ぎた。
全てを理解し、心から青年の全てを許し、小さな声でそれを呟いた。


「ありがとう」


それから刹那、今度は先程の「水滴」ではなく、雪が降り出した。少年は肌をしてそれを感じる。
皮肉にも彼の目は、既に光を失っていた。

…あーあ、結局見れなかったな。雪。
なんかすっごい疲れたよ。眠いんだ。…なあ、もう、寝ていいよな?

回答者を待つ訳でも無く、薄れゆく思考の中で誰かに疑問を投げ掛ける。それは半ば自問自答に近かった。

少年は、静かに目を閉じた。


100 :墓標は静かに泣く 8:2007/09/23(日) 11:33:47 ID:48/iuOtRO
*****

「フン、やっと来たか。随分待ったんだぞ?お前がいないと何処かの過保護が五月蠅くて仕方無いからな。」
見慣れた骨の仮面を付けた少年が正面から現れ、少しばかり顔を斜め上へ向けて語りかけてくる。
「過保護で悪かったな! …あー、カイル!…まあ、こいつの言う通り随分待ったんだぜ?」
銀髪の青年が右方向から現れて自分の頭をくしゃくしゃ、と撫でる。
「相変わらずアンタ、馬鹿ね。その体であんな無茶して。ま、アンタらしい最後って言えばアンタらしいか。こーゆー考えは非科学的だけど。」
ボサボサの頭をした童顔の女性が、左方向から現れて喋る。

「…カイル」

あの聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
名を呼ばれた少年は半ば反射的に振り返る。

「カイル」

ピンク色の服。
赤い靴。
黒い髪。
華奢な体。
か細い声。
茶色の瞳。
首には丸いペンダント。
そこにはあの少女がいた。
少女の名は…


*****


青年は拳を握り締め、答えを求めるかのような目で少年を見つめていた。
少年は、そんな青年の思いを知ってか知らずか、彼の父と同じように。
…気持ち良さそうに眠っているかのような笑顔で、死んだ人間のそれとは思えない表情を作っていた。

雪は、彼等の周りへ降り続ける。少年の命の灯が消える前と後でも何も変わらず、全く動じず、ただただ降り続ける。青年はそれを見て、最初から少年の運命を知っていたのではないかと疑った。

少年の手に握り締められた炎の大剣のコアクリスタルに一際大きな雪の結晶が、舞い降りた。
コアクリスタルに舞い降りた幾何学紋様の氷の結晶は瞬く間に溶け、重力はその雫に一筋の道をなぞらせ、更にそれを刀身の切っ先へと導かせ、そしてそれは地面へと消えた。


その様は、まるで涙を零す瞳のようだった。


101 :墓標は静かに泣く 9:2007/09/23(日) 11:37:42 ID:48/iuOtRO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP10% 深い絶望 リオンのサック所持 左腕重度火傷 選択への恐怖
   両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:アイスコフィン ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング ※カイルの荷物をドロップ
基本行動方針:不明
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 深い悲しみ
基本行動方針:不明


【カイル=デュナミス 死亡】
【残り10人】

102 :墓標は静かに泣く 1@修正版:2007/09/23(日) 21:39:36 ID:48/iuOtRO
少年が気付いた時、既に自分の体は地面に落下した後だった。
『カイル!おい、カイル!?しっかりしろ、カイル!』
自分の体と共に落ちた炎の大剣が、コアクリスタルを輝かせ必死に少年に応答を求めている。

…ディムロスが呼んでる。応えなきゃ。

「ディムロ……ゲホッ!?」

少年は、痛みを堪え、最早手の原形を止めてすらいない手の名前をした部分で剣を手探りで探し当て、自分の方へ寄せつつ応答を試みたが、応答は口から溢れた血によって未完成なまま空を舞った。

『カイ…!』

炎の大剣は、悟った。…いや、「手」が少年に貫通した瞬間から頭では理解していたが、認めたくなかった。だが自分が多くの戦場を潜り抜けてきた軍人である以上は、嫌でも分かってしまう。
(この怪我では、もう、助からない)
その事実を、目の前の少年の口から鮮血が吹き出るまで理解したくなかった。
一軍人としてではなく、ディムロス個人として。
そして彼は痛感した。まんまと罠に嵌まってしまった自分の愚かさを、この状況で何も出来ない自分の無力さを。

「ディム…ロス。ゲホ!ごめん…ゴホッ!」

炎の大剣は、その謝罪をただ黙って聞く事しか出来なかった。
現実は、炎の大剣に絶望を突き付けても尚、留まる事を知らずに。
冷静さを奪い尽くし。
微かな希望をも喰い散らかし。
後悔する暇すら微塵も与えず。
それでも、猛スピードで駆け抜けていた。
紛れも無く、向かう先は「少年の死」そのものだった。


******

103 :墓標は静かに泣く 2@修正版:2007/09/23(日) 21:44:48 ID:48/iuOtRO
「カイル…?カイル!…カイルーーッ!!」

氷の力を操る青年は、樹の力を持つ親友が放った「手」が少年に突き刺さり、地面へ墜ちるのを目視すると、無意識のうちに手に持っていた剣を投げ捨て、親友の元を離れて少年の元へ全速力で駆け出した。
おそらく今のティトレイはもう殆ど動けない、そう判断したから、いや、そう言い訳を付けてカイルの元へ行く為に。
青年は氷で壁に足場を作り、少年の元へと急ぐ。

…地面までの距離が、永遠に感じた。自ら頭の中を真っ白にしていた。何かを考えると、駄目な気がしたからだ。
「カイルの元へ行く」。この9文字だけを頭に描き、ただ実行する。しかし青年はそう思いたかっただけであり、実際は頭の隅で考えてしまっていた。

カイルの母の事ジェイの事ティトレイの事目の前の事カイルが貫かれた事それは誰のせいかという事自分のせいである事カイルを手に掛けたのはティトレイじゃなく自分だという事なぜティトレイを殺さなかったのかという事
だが殺さなくてよかったと思う自分も居る事カイルが死ぬという事いや死なないかもしれないという事だが腹部を貫通したら死ぬに決まっているという事これからどうするかという事それから、それから…

…膨大な情報と様々な感情にパンクしてしまいそうな、何色とも言えない色彩で埋め尽くされたドロドロの脳を、真っ白だと思い込んでいた。
そう思い込まなければ、

青年は、きっと。


…気付いた時、青年は少年の前で肩で息をしながら立ち尽くしていた。



104 :墓標は静かに泣く 3@修正版:2007/09/23(日) 21:51:21 ID:48/iuOtRO
「…っ!」

状況は、一言で言うと、最悪。
本人は気付いてないだろうが、内蔵は四方に飛び出し、辺り一面に血と排泄物が飛び散り、足の踏み場もない程だった。
グミ?
ホーリィリング?
ライフボトル?
…そんなもの、いくらあっても全て役に立たない。
回復魔法?
応急処置?
傷を凍らせる?
…そんな行為は、全く無意味だ。
保ってあと数分、そんな所だろう。
絶望的状況。青年は、今度こそ、本当の意味で、頭が真っ白になった。

「カイル…」

青年は呟いて片膝を地に着き、ホーリィリングを少年の指に付け…ようとしたが、少年には指が無かった。あるのは剥き出しになった骨と肉。
ホーリィリングは諦め、とりあえず腹部を凍らせる。それが延命処置にすらなるかどうかという状況だったが、それでもひとかけらの可能性にかけて、藁にでも縋る気持ちで。

「ヴェイ…ゴホッ!」

少年が青年の名を言いかけるが、血液が言葉を完成させまいとする。
「カイル!?喋るな!」
自分で話しかけておいて何て言い種だ、と青年は思う。
と、同時に真っ白だった頭の中心に一つの黒点が浮かび上がる。
…そうだ。あの事を言わないと。

「カイル。…落ち着いて、返事はしなくていいから…聞いて欲しい事がある。
 お前、お前の…母親の事だ」

言ってどうするつもりなのかは分からない。それに、少年の体への負担になるような事実はどう考えても今言うべき事ではない。
ただ、真っ白になった脳の中でこの事だけ浮き上がった今、余計な事を考えられない今、言っておかないと二度と言えない気がした。
いや、どの道言うしか無いのだ。二度と言えないのではなく、二度と聞いて貰えなくなる一歩手前まで状況は進行してしまった。

目の前の少年は、頷いたように見えた。


105 :墓標は静かに泣く 4@修正版:2007/09/23(日) 21:55:05 ID:48/iuOtRO
「お前の母親を殺したのは、」
…言ってどうするのだろう。再び青年は思う。
許しを乞うのか?許される訳が無い。なのに。
「…殺したのは…」
(俺だ。)この二文字を、口が紡いでくれない。何故だ。怖い?何が?何故?
たった、たった三回。そう。たった三回口を動かすだけだ。何故それが出来ない。
言わなければ、いけないのに。

「…わかって、ましたよ。」
な、という文字が青年の口から出る。青年は、呆気に取られた。
少年は苦しそうに笑う。

「恨んで、ますよ。母さんを…ゲホッ!…殺した、あなた、を。」

青年は、罰を求めていた。
罰とは、自分で自分に与えるものではないのに、勝手に与えて自己満足していた。
『カイルを、守る事。』
無論、それで罪を償える訳ではないが、他人に罰を与えられるよりマシだった。他人に罰を与えられるのが、怖かった。
否。
罰は、与えて欲しかった。「死ね」と言われたら、容易く自害出来るだけの覚悟はあった。文句を言える立場ではないことは、理解していた。
だが、言い出せなかった。
少年に自らの罪を言い出すのが、怖かった。その先に待っているものが、怖かった。
青年には自らの罪を告白する一握りの勇気が、足りなかった。

「なら…」
“俺は、どうすればいい?”そう続けるつもりだったが、その言葉は少年の声により喉に詰まったままとなった。

「俺は、…俺は…ゲホッ!…あなたに、何もしない。何も、求めない。」

?何を言っているんだ?
早く、俺に、罰を与えてくれ。
俺は、どうしたらいいんだ?
どうしたら、罪を償える?
教えてくれ、カイル。…頼む…教えてくれ…。
青年の表情に出ていたのか、少年は続ける。

「その代わり、ゲホッ!あなたの…これから…に、俺は全てを捧げる。
 あなたを…ゲホ!ずっと、見続け…ます」


106 :墓標は静かに泣く 5@修正版:2007/09/23(日) 22:00:43 ID:48/iuOtRO
やめてくれ。
奪われるならまだしも、与えられる?
教えてくれカイル!俺はどうすればいい!?
何故そんな事を言うんだ!?いっそ、蔑むような目で、罵倒してくれ!
そうじゃないと俺は、俺は…!

…こんな、こんな事は予想していなかった。
責められて当然だと思っていた。
少年の気が済む方法で、罪を償いたかった。

「だから、ゴボッ!まあ、いいや…。…なあ、ヴェイグ、俺、ゲホ!最後に、雪が…見たいな。だめ、かな。」

残酷に照らす光の滝の下で、少年の口は何かを言いかけて、そして自ら最後という言葉を紡いだ。

残酷に広がる鮮血の泉の上で、青年は少年に答えを求めようとしたが、唐突な少年の願いの前にそれはついに求められる事はなかった。

******

当然、カイルは分かっていた。自分はもう、助からない。だから「最後」と言う。
腹部と両手の痛みは次第に和らぎ、…いや、痛みを感じなくなってゆき、そして視界もまた次第に狭く、暗く、光を失っていく。カイルはそんな自分の朽ちて行く体を、死を受け入れた。

これでよかったんだ。これで…。俺は間違ってなかった。ミントさんを守るのが正しかった。そう信じたい。いや、信じるんだ。俺は俺の選んだ道を、信じる。後悔しない。絶対に。やっと誰かを守れたんだ。守る側になれた。

…ヴェイグ。あなたの行く末を見れないのは少し残念です。もう少しだけ、あなたの選ぶ道を見たかった。
…そんな顔しないで。俺のこの状況は、あなたのせいじゃない。だからあなたを恨んでない。あなたがティトレイを殺さなかった事も、全く恨んでない。
だって俺はあの時「手」を避けてミントさんを見殺しにする事だって出来たんだ。だけど俺はそうしなかった。
この結果を招いたのは俺の選択。


107 :墓標は静かに泣く 6@修正版:2007/09/23(日) 22:08:15 ID:48/iuOtRO

…だから、次は貴方が選択する役だ。
多分、人はいつか、嫌でも選択を強いられる状況に陥る。俺の場合さっきのそれだ。

あなたも、いつか、きっと。

…俺は、あなたの選択を受け入れたい。そうする事で、あなたを許したい。
でもあなたは後悔する人だ。きっと、また後悔するんだろう。
誰かが言っていた。
“後悔する人は、どんな選択をしても後悔するんだ。だから、選択せずに済む方法を頼るんだ”
…だめだ。こんな哲学みたいな話は俺には似合わないな。はは。

…ヴェイグ。ごめん。
あなたに言いたかった事は沢山あったけど、もう伝えられませんね。
あと、母さんの事は、実はもう殆ど恨んでないんだ。なんでだろう。自分でも分かんないや。俺、馬鹿だから。この状況になってみて始めて、そう思えるんだ。そして、自分の気持ちに気付けた。
俺は、あなたを、裁きたかったんじゃない。

俺は、あなたを、許したかった。

ただ、その気持ちに気付きたくなかっただけ。母さんの死が、無意味になる気がして。
…最後に、さっき言いかけてやめた事。

「生きて下さい」

この言葉は、あなたには残酷過ぎますよね。ごめんなさい。でも、それでも、俺はあなたに生きて欲しい。
だから、どうか、嘆かないで。

…ディムロス、ごめん。
あなたは軍人だから、きっと俺にあの「手」を避けて欲しかったんでしょうね。あなたの事だから、戦える人間を残しておくべきだと考えたんでしょう?
でも、俺は馬鹿ですから。あの時選択を迫られて、俺は守る側になりたくて。…もちろん、頭の隅では「生きたい」と思う自分も居ました。
でもそれ以上に彼女を守りたかった。人の役に立ちたかった。だからこれはただの俺の我儘。自己満足です。あなたが後悔する必要は、これっぽっちもない。
…それで、俺はこんな間抜けな姿になってます。
ごめんなさい。


108 :墓標は静かに泣く 7@修正版:2007/09/23(日) 22:13:32 ID:48/iuOtRO

カイルの脳は不思議と死への恐怖を感じず、ヴェイグやディムロスの事を考えられる程冷静でいた。
そして彼の脳内では今までの人生の出来事が走馬灯の如く再生される。
その中でも色濃く残された記憶、ハイデルベルグでの事が彼の脳内で鮮明に蘇った。

それは、リアラとのデート。

こんな時にこんな事思い出して俺って本当どうしようもなく馬鹿だな、とカイルは心の中で自分に嘲笑する。
そして同時に、無意識のうちに先程の言葉が自分の口から発せられていたのだ。
カイルはもう一度だけ、消え入りそうな声で真っ青な空を仰ぎ、言った。
太陽が、眩しかった。

「雪が、見たいんだ…。お願いだ、ヴェイグ。」

まだ自分の目に光が写っているうちに、雪が見たい。
雪に囲まれて、逝きたい。
俺の憬れる父さんや、なんだかんだでいつも俺の事を心配してくれていた母さん、おっかないけど面白いハロルドや、いつも一言多いけど憎めないジューダス、一番の親友、ロニ、…父の面影を持ったクラトスさん。
そして、一番大切な、リアラの元へ。

「わかった…」

目の前の…目の前に居ると思われる青年が、一言呟いた。その声は重く、暗く、そしてどこか哀愁を帯びていた。
少し間が空いた後、カイルは視覚が失われる最中、自分の頬に粒が数滴落ちるのを感じた。
しかしカイルは自分の感覚に違和感を感じる。
…「数滴」?
雪じゃない?
何かが違う。雪にしては、重い。そして、冷たくない。
雨?いや、雨はもっと冷たい。
まさか血?いや、違う。ヴェイグなら自分の傷を放置しておくような馬鹿な真似はしないはずだ。氷という止血方法を知っているのだから。


109 :墓標は静かに泣く 8@修正版:2007/09/23(日) 22:19:04 ID:48/iuOtRO

「…ヴェイ…グ?」

金髪の少年は絞り出した声を青年に向け、放つ。
青年は三秒ほど間を置き、低い声で呟く。
「すまない…。俺は、俺は…。
 すまない。本当に、すまない…」
青年の声は震えていた。そして少年は感じた。
この一言の重さを。青年がどんなことを、どれだけの時間をかけて悩み、どれだけ後悔し、そしてどれほど恐怖したか。数え切れない程の決断に迫られ、どれほど押し潰されそうになっているか。

少年にはそれだけで十分過ぎた。
全てを理解し、心から青年の全てを許し、小さな声でそれを呟いた。



「ありがとう」



それから刹那、今度は先程の「水滴」ではなく、雪が降り出した。少年は肌をしてそれを感じる。
皮肉にも彼の目は、既に光を失っていた。

…あーあ、結局見れなかったな。雪。最後に見たものは、なんだっけ?ああ、太陽か。眩しかったな。
少し、眩し過ぎた。
…なんかすっごい疲れたよ。いろんな事があり過ぎた。
そういえば最近大して寝て無い気がする。そのせいかな?さっきからすごく眠いんだ。

…なあ、もう、寝ていいよな?

回答者を待つ訳でも無く、薄れゆく思考の中で誰かに疑問を投げ掛ける。それは半ば自問自答に近かった。


少年は、静かに目を閉じた。


110 :墓標は静かに泣く 9@修正版:2007/09/23(日) 22:23:33 ID:48/iuOtRO
******

「フン、やっと来たか。随分待ったんだぞ?お前がいないと何処かの過保護が五月蠅くて仕方無いからな。」
見慣れた骨の仮面を付けた少年が正面から現れ、少しばかり顔を斜め上へ向けて語りかけてくる。
「過保護で悪かったな!
 …あー、カイル!…まあ、こいつの言う通り随分待ったんだぜ?」
銀髪の青年が右方向から現れて自分の頭をくしゃくしゃ、と撫でる。
「相変わらずアンタ、馬鹿ね。その体であんな無茶して。ま、アンタらしい最後って言えばアンタらしいか。こーゆー考えは非科学的だけど。」
ボサボサの頭をした童顔の女性が、左方向から現れて喋る。

「…カイル」

あの聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
名を呼ばれた少年は半ば反射的に振り返る。

「カイル」

ピンク色の服。
赤い靴。
黒い髪。
華奢な体。
か細い声。
茶色の瞳。
首には丸いペンダント。
そこにはあの少女がいた。
少女の名は…

******

青年は拳を握り締め、答えを求めるかのような目で少年を見つめていた。
青年には、真っ白になった頭に戻りつつある、様々な感情に耐えきれる自信が無かった。
少年は、そんな青年の思いを知ってか知らずか、彼の父と同じように。
…気持ち良さそうに眠っているかのような、安らかな表情で、とても死んだ人間のそれとは思えない顔だった。
雪は、彼等の周りへ降り続ける。少年の命の灯が消える前と後でも何も変わらず、全く動じず、ただただ降り続ける。青年はそれを見て、最初から少年の運命を知っていたのではないかと疑った。

少年の体に寄り掛かっている炎の大剣のコアクリスタルに一際大きな雪の結晶が、舞い降りた。
コアクリスタルに舞い降りた幾何学紋様の結晶は瞬く間に溶け、重力はその雫に一筋の道をなぞらせ、更に刀身の切っ先へと導かせ、そしてそれは地面へと消えた。


その様はまるで、涙を零す瞳のようだった。

111 :墓標は静かに泣く 10@修正版:2007/09/23(日) 22:28:14 ID:48/iuOtRO
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP25% TP10% リオンのサック所持 左腕重度火傷 激しい後悔 絶望 深い悲しみ
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル 45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング ※カイルの荷物をドロップ
基本行動方針:不明
現在位置:C3村東地区・鐘楼台前

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 深い悲しみ
基本行動方針:不明

notice:アイスコフィンはC3村東地区・鐘楼台の上に放置

【カイル=デュナミス 死亡】
【残り10人】

112 :魔氷の射手 1:2007/09/24(月) 21:33:25 ID:iNi2FmWq0
彼女はぼうっと空を見上げた。
後ろに回した両手を地面につけて上半身を支える。
形の整ったお尻は下半身を支えずに気楽なままで。
先程まで折っていた膝は既に伸び、足は自然な形でまっすぐと。
こんなに綺麗な空ならば、どこか綺麗な高原で誰かと一緒にだらだら出来たら楽しそうだ。
そんなことを、考えた。そんな下らないことを、考えた。

それが仮定法でしかないのは、そんな彼女の傍に並ぶ誰かは既に存在せず、それに―――
「無い、無い、無い。何で無いんだ」
だらしなく広げた足の間に一本の魔剣が深々と突き刺さる。
それに、この彼女の瞳から映る空の半分は、“目の前の殺人鬼が覆ってしまっている”のだから。
前髪が眼に掛からないようにする為のバンダナを失ったその顔は、かかってしまった血と髪でその双眸を隠している。
ただその卑しげな口元が、表情の分からぬ男の中から狂気だけを抽出し、呼吸とともに排出していた。
一向に太陽の見えない空に飽きたのか、彼女は眼を下ろし自分の宿主の有様を観察した。
その白い服には斜めに大きく赤い線が刻まれている。
切れ目から見える肌も真っ赤に染まり、良く眼を凝らせば内側の肉も覗けるかも知れない。
緊急を要する外傷は、それ一つ。だが問題は「足りない」スバシュ。

彼女の肩を風が通り過ぎる。
ジワリと滲む血液、切り離れる肉と皮膚を無視したまま、彼女は殺人鬼の剣だけを見ている。
地面に突き刺さっていたはずの大剣が何時の間にか彼の右手に納まっているのを、見ている。
一体どの段階で斬られたのかさえ分からない、研ぎ澄まされた剣撃。
その技に因って仮初の肉体に刻まれた傷は十余に及んでいる。
もう既に10回以上観察しているのに、分かるのは精々が抜く瞬間のみという出鱈目振りにアトワイトは唯々感心する。
成程これはどうしようもない。
こいつは、この強さは、剣に愛されているのでもなく剣を愛するのでも未だ足りない。
愛し過ぎて愛され過ぎて、遂に剣と一つになってしまったかのような強さだ。
担い手は力を欲して欲してまだ欲して、剣は対価として命を欲して欲してまだ欲する。
飽くなき循環が希求と技巧を煮詰め、泥のような殺意を蓄えていく。
しかも一番性質が悪いのは、妖刀などの剣に操られているとの類ではなく、
ただ剣としての存在理念に従っているだけという点だ。
道具は道具である以上、用途というものが必ず付随する。
彼らソーディアンに、兵器としての用途があるように。神の眼を破壊するという運命があるように。
だが目の前の男が一つと成った道具の用途は、ソーディアンのような複雑なものも大層な理念もない。

「剣」は唯、人を斬る為にそこにある。故に殺す。“そこに理由は無い”。
この殺人鬼はそんな理由で殺せる人間なのだ。


113 :魔氷の射手 2:2007/09/24(月) 21:34:22 ID:iNi2FmWq0

問題なのは「アレは僕を」ガシュ。
何で私は「ここまで満たしてくれたのに」ザシュ。
このバケモノを「まだ足りない」ヒュパ。
理解「足りないのに」ビリッ。
しようとしてい「お前で満たしたいのに」ビュォ。
る?「何が足りない?」ジィン。


クレス=アルベインの左手がぬぅっと顔面を塞いだと思いきや、彼女の身体が頸を支点として宙に浮く。
小柄な少女の肉体とはいえ、それを片手一本で支える左手は表情の涼しさとは裏腹に血管を浮かび上がらせていた。
そのままクレスは左手を引き彼女の顔を間近に近づける。
クレスの呼吸は静かなものだが、その息で彼女の金髪が揺らいだ。
「お前を穢したい」
そうクレスは口火を切って、言葉を続けた。まるで彼の口が勝手に喋っているかのような流暢さで。
「髪の毛一本から足の爪の先まで、全身を犯す。
 指を侵して肺を嬲り肝臓を弄び紛いの瞳を穢して血液を晒し肩甲骨を舐る。
 腿を磨り潰して内耳まで挿入し歯を愛撫して、その肉の一筋から恥辱に染め上げる。
 汚辱に悶える音を聞きながら虐めてまだ虐めて更に虐めて虐め抜いてしまいたい」
言葉を切って、空いたクレスの右手は剣を靡かせる。
「確信だ、これは。そうすることで俺は満たされる。
 足りないものを満たせるのに、何故だ。何故“僕の中にはお前を殺す武器が無い”?」
心底不思議そうに語る殺人鬼の言葉は、アトワイトには理解の外だった。
ただ、クレスとは真逆の確信だけがある。
このままなら彼女は今から死ぬよりも惨めなことになる。


「あの男は確かに強かった。実際の所は、一撃貰えば消し飛ぶような紙一重の勝負だった」
恐い。怖い。こわい。恐怖が身体を支配し続ける。
「あそこで彼が折れなかったら『零距離』を抜くしかなかった位に。アレを殺す為の秘蔵の一刀を」
ギリギリと頸を絞める力が強まっていく中、魔剣の剣先が彼女の顔に近づく。
「それほどまでにあの瞬間までの僕は満たされ、最後の所まで行けそうだったのに。
 最後の最後であの腑抜けでは詰まらなさ過ぎる。僕の願いをどうしてくれる?」
誰か、誰か、私を助けて。ディムロス。ディムロス……

(無理だよ。そう希っても叶わなかったから、アトワイトはこうして此処にいるんでしょ?)

彼女の瞳に、微細な変化が走る。同時に、クレスの切っ先がブレた。
もし自分のオリジナルの肉体だったなら、泣いていたかも知れないとアトワイトは思う。
自分でも明瞭に認識できるほど、リアラを見殺しにした自分を棄てた記憶が蘇ってくる。
無論、これは唯の感傷だとアトワイトは明瞭に自覚していた。
ディムロスに非は無いし、ましてや決して腰抜けでもない。
それは自分の方だ。無能なのはミトスを止められなかった自分の方だったのだ。
あの状況では助けに来る筈が無いことを分かっていたのに、奇跡など起こらないことを知っているのに。
それでも何処かで期待してしまった自分の愚かさなのだ。


114 :魔氷の射手 3:2007/09/24(月) 21:36:02 ID:iNi2FmWq0

『大気中の水分子、固定。晶力起動。エンジェルロアを晶術運用に併用して運転開始』
アトワイトは彼女を詠唱装置として起動させた。
エクスフィア内部のEXジェムをなけなしの増幅器として詠唱速度を最大限加速する。
最初からありもしない希望に裏切られて、意識をズダズタにされながら願った。
届かない祈りなら、伝わらない想いなら、傷付くだけの愛情なら、“いっそ棄ててしまえ”と。
『神は……いないわ。だからこそ私は彼に縋った。希望を持たずただ理想のみを追求する彼を哀れみ、同時に羨望した』
アトワイトに寄生するエクスフィアが、飛び上がるかのように一際強く輝いた。
擬似人格である彼女に湧き上がる負の感情を恐怖すら含めて喰らい上げる。
発狂など最初からしない。そうなる前に痛みも苦しみも恐怖も石の餌だ。
だからこそ、恐怖を侍らせながらも発狂を飽和することなくクレスを観察することが出来る。
これこそが、苦しむ彼女があの場所で得た力。絶望を抱いても耐えられる虚ろなる心と自身の無能を許容する天使の身体。
立場も、建前も、嘘も無い。姉の復活というその歪んだ愛だけに全てを捧げるマスターの生き方を、欲しいと思ったのだ。
私を絶対に愛さないソーディアンマスターこそが、堕ちた私には相応しい。
『準備完了。発動まで待機。目標は目視でロック。貴方は、神なんかじゃない。唯の気狂いの殺人狂。
 いえ、例え神だろうとも私の仕事の邪魔になるなら蹂躙します』
彼女の瞳が紫を含んだ偽物の青を失い、本当の真紅に染まる。
無機物にエクスフィアが寄生した場合、その無機物は動力として能力として更なる力を得る。
その対価として、いずれ機能はエクスフィアに侵食されて崩壊を迎える。
だが無機物に心があるのならば、きっと思うだろう。
道具としての用途を突き詰めるこの力が得られるのならば、代償としていずれ来る終末など恐怖に値しないと。

「……どうして……」
目の前の力の奔流を見ながらも、金縛りに有ったように動かないクレスは呟く。
その手の魔剣が、だらりと垂れた。
一瞬の隙を確認したアトワイトは、それが求められた答えになるかどうかは考えずに返答内容を決める。
自嘲気味に笑みを彼女に浮かべたアトワイトは、殺人鬼に答えながらその指を弾いた。
『それが、今の私の唯一の拠り所……任務だからよ。アイスニードル、一斉掃射』
号令に因ってクレスの周囲に大気から凍結・出現したアイスニードルはその数32本。
その全てが一つの意思の下に、殺人鬼を串刺しにすべく降り注いだ。


アトワイトが彼女の頸を絞められる心理的な不快感から解き放たれたのと同時に、
彼女の目の前で槍衾がススキの草原の様に出来上がっていた。
膝の高さ程の氷の草原越しに、クレス=アルベインが転移で出現する。
『神でも傷は付くし血は流れるのね。なら別にいいわ、神でも魔王でも』
アトワイトは、クレスの肩に刺さった一本の氷針を見て彼女をにやりと笑わせた。
恐怖を克服したわけではない。今も彼女の奥歯を割れそうなほどに噛み締めている。
蛇口を勢い良く捻り出したように恐怖がどんどん湧き出てくる。
だが、今のアトワイトは恐怖しながらも任務遂行の為の判断を出来る刃外の存在なのだ。
命を惜しむのは道具の役目ではない。どうやってその役割を完遂するか、その一点のみ。

115 :魔氷の射手 4:2007/09/24(月) 21:36:36 ID:iNi2FmWq0


クレスが肩に刺さったニードルを引き抜く。
その浅い刺さりから見て骨には到達していないだろうが、開いた傷からジワリと湧く血が確かなダメージを認識させる。
殺人鬼の手が自分の血が付いた氷を握って砕く。顔の上半分は依然として不明だが、
あの饒舌な舌と、品格の無い下種の笑みが、スイッチの切り替わったように止まった。

そのスイッチは世界を止めるスイッチなのだろうか。そうアトワイトは思った。
空も、大地も、そこの民家も、一切合財の全てが、押し黙ったかのような静謐の中で、
クレスの魔剣がカチャリと鳴って、

「“返せ”」

彼女の周りを取り巻くアトワイト以外の全ての世界が、狂を発した。
少なくともそれに足る殺意が、彼女の目の前に現実として存在を許されていた。

殺意を漲らせたクレスが恐るべき速度で、突進してくる。
『アイスウォール、三重防壁』
クレスの最高速度は先程の戦いで既に見積もっていたアトワイトは、恐怖しつつも冷静に最短行程で術を展開する。
彼女の目の前に3つの氷壁が30cmほどの間隔で出現しクレスの剣とぶつかる。
見くびっているのだろうか、次元斬を纏わせていないその一撃はそれでも易々と一枚目を紙のように切断し、
二枚目を無理矢理圧し折る。そして三枚目を切り捨てようとする直前。
『バリアー、防壁強化』
防御補助を付加された三枚目の中程でようやく動きを止めた。
クレスが剣を仕方なさ気に引き抜く暇に、アトワイトはバックステップで距離を大きく取りつつ戦略を練る。
メイルシュトロームかタイダルウェーブで薙ぎ払う。不可。目立ち過ぎるし、大技では奴を見失う可能性がある。
ならば初級中級の氷系晶術で何とかするしかないが、術だけでは遠からず詠唱中に斬られるだろう。
その尋常ならざる殺気とは裏腹にあくまで次元斬を纏わせないまま、クレスは腰溜めに剣を構えた。
『だったら彼女を使わせてもらうわ』
アトワイトが自らを振ると同時に、彼女が詠唱の輝きを纏う。
先程のような奇襲を警戒してかクレスの肉体が一瞬強張ったが、殺人鬼の周りには氷が出現する気配が一向にない。
その数秒の硬直に、アトワイトは素早く術を構築した動体相手ではなく目標地点指定ならば少しは計算が楽だ。
ましてや、それが自分に近ければ尚更のことに。
『アイシクル、氷柱凍結』
彼女の脇に勢い良く氷の塊が出現するが、それはいつもの無骨な氷塊ではなく直径は80p程、高さは2m程の氷柱だった。
普通の相手ならば“何で敵にも当てずにそんな氷を?”と思うだろう時間に、
彼女はクレスを見定めたまま、躊躇い無く自分の右手を氷柱の中に捻じ込む。
亀裂を走らせながらも、確実に中程にまで進入する指と掌。
そして普通なら“え、何で指が入るの、それどんなマジック?というより手を突っ込んで何を?”
と疑問をシフトするだろう僅かな時間に、更にアトワイトは詠唱を紡ぐ。
『シャープネス、筋力強化』
そう言い終わったが早いか、氷に突き刺したままの右腕を彼女はそのまま振る。
バキン、と氷特有の割れる音を響かせて、氷の柱は折られた。
自らの重さに従い、折れて1m半程になった柱は地面に落ちようとするが接地の瞬間にピタリと止まる。
地面に付きそうになった柱のその逆の端で彼女の右手と左手が柱を、彼女の武器と化した氷柱を掴んでいる。
クレスが再度、攻撃を仕掛ける。有効射程で切り捨てる為に間合いを詰めようとして漸近する。
『速さは足りないけど、このリーチなら…スナイプエア!』
しかしその倍はある彼女の一撃が、彼にその射程まで近づかせない。
体躯に見合わないその氷柱を掴んだまま、彼女は飛翔し、落下と同時にクレスに柱による突きを打ち込む。
本来の使い手の技と理念とは大きくかけ離れているが、その名を借りたこの突撃はそれを補う力と射程があった。
大きすぎて避けきらないと判断したのか、クレスは魔剣を盾にして凌ごうとするが、
鈍い音と共にその身体を大きく吹き飛ばされる
彼女の元の膂力に強化を施せば、術であるゆえ剣技と掛け合わせなければ応用性に欠けるその氷系晶術も
氷というだけでそれは恐るべき武器と化す。
それは正に、彼女がまだコレットだった時に握っていた得物を振るう様と酷似していた。


116 :魔氷の射手 5:2007/09/24(月) 21:37:19 ID:iNi2FmWq0


しかし、それでも勝てないこともアトワイトは良く理解していた。
武器で勝負すれば、否、どんな勝負だろうと自身はこの殺人鬼には勝てない。
「得物から殺す」
受身を取って着地した後、不機嫌の極みのように言葉を吐き棄てた瞬間に、
クレスの剣が次元斬の代わりとばかりの膨大な殺意を乗せて、閃いた。
突撃に合わせ彼女がクレスを近づかせまいと柱を再度振りぬくが、交差の瞬間に殺人鬼の魔神剣が膨張する。
魔剣から次元斬とは別種の気が噴出し、術で出現させたとはいえ榴弾砲よりも遥かに脆い氷柱を粉砕した。
魔神剣を終えてもクレスの殺意は止まらない。
「魔神、閃空破」
『アイストーネード、縮小回転!』
切り上げと同時に、紅い殺意が昇る。
使っていない彼女の部分で練り上げた極小の高密度竜巻がぶつかり合う。
「返せ、返せ!返せ!!それを返せ!!!」
しかし、無尽蔵の如き殺意は止まることを知らず容赦なく竜巻を削り殺していく。
『…………アイストーネード、“環状収束”!!』
竜巻が消失し、最後の守りが吹き飛ぶ。
大きく彼女の体が後ろに傾く中、切り上げたクレスの剣が締めの一撃を繰り出そうと腰を貯める。
闘気を乗せた閃空裂破が仕返しとばかりに彼女に突き立たろうとする。
最後の瞬間、彼女が苦し紛れに何かを投げた。この程度の攻撃、殺人鬼相手には如何ほどの効果も
「……………ト……ッ!」
斬撃が鈍る。白い何かが殺人鬼の顔を掠める。
尻餅を付く彼女の上を通り過ぎる凶器。
ぼたり、と彼女の靴に赤い斑点が浮かぶ。真っ赤な雫がぼたり、ぼたぼたと。
切れた髪の毛がはらりと落ちていく中、クレスの空いた髪の向こうから瞳が現れる。
それを切った白い何かは、遠くの方で地面に突き刺さる。
切った瞼から滝のように流れる血は、まるで涙のように彼の右目を覆い隠した。
氷の旋より生み出された白銀のチャクラムは、その血に良く映えていた。
ここが限界。そう判断したアトワイトは素早く、今までと同質の霧を周囲に沸き立たせた。
殺人鬼が半ば反射的にその場所に剣を突き立てる。
霧はすぐ晴れた。そこに残っていたのは、地面を抉る手応えだけだった。

殺人鬼の声が周囲に木霊する。狂った世界の中で、悲しむように憤るように、祝うように。



117 :魔氷の射手 6:2007/09/24(月) 21:38:03 ID:iNi2FmWq0

『ハアッ…ハアッ、ファーストエイド、等間隔連続……』
彼女の胸から流れ落ちる血が、まともではない速度で止まっていく中、
アトワイトは家々に隠れるようにして彼女に回復魔法を、間隔を空けつつ掛け続けていた。
恐るべきは天使の能力。代謝に意味はないため、それなりの傷だと言うのにこの程度の処置でも血はほとんど流れない。
血の痕を辿られて見つかるような、下らない死に方だけはしなくて済みそうだ。
『……まあ、血とか関係なく、狙われているんだから、関係ないわね。
 足音が近づいている……偶然、というのは虫が良すぎるか。神じゃ無くとも化け物であることは認めるわ』
彼女の強化された耳から聞こえる音。
ゆっくりとしかし着実に、砂利を丁寧に踏みつぶすような力強さの足音は、多少の揺らぎを見せながらも確実に彼女へ近づいていた。
『本当に、この体は……凄い。ルーティとは少し系統が違うけど、私を十分に生かせるわ』
特に、その圧倒的な“力”は天使の能力を差し引いても目を見張る物がある。
氷を直接使うことによって詠唱の負担を縮めることが可能だというのは、この任務を単独で遂行するに当たっては強力な利点である。
多少脆く、すぐに消えるとはいえチャクラム精製すら可能となれば、力だけではなく彼女の技を最大限運用することも可能だ。
『でも、これで確定ね。生け捕り前提じゃクレスは私1人じゃ手に負えないわ。
 さっきのような時空剣技を使ってこない状態でやっと4分6分ってところかしら』
はち切れんばかりの恐怖を限界まで制御しつつ、慎重に慎重に自分と標的の彼我戦力差を見極める。
差し違えも出来るかどうか、とまで考えた辺りで、アトワイトは彼女の首を振らせた。
『……見失うな。あくまで任務はどちらかの生け捕りと魔剣の確保。そして器の安全確保。
 クレスへの攻撃は手段の1つ。確保した標的を、ミトスの所まで輸送するのであればここで死ぬのは論外よ』
しかし、アトワイトの手札はほとんどクレスに曝してしまった。
多少器に傷を付けた所で回復のエキスパートである自分なので、多少の無茶は叶う。
しかし本来は支援用のソーディアンであるアトワイトでは単体で運用しても効果が半減してしまう。
ましてやあの驚異的な技巧吸収能力相手では、次は通用するかどうかも怪しい。
『でもこれ以上のカードとなると、もう天使術しか無いけど…』
それにはコレットの完全屈服が絶対条件となる。しかも、それがクレスにとって有効打足り得るのかさえ分からない。
ありもしない天使術含めても、もう一枚決め手が要る。それがクレス攻略の絶対条件。
自分を、アトワイトを完全に生かせる、とびきりの前衛が。
『そうか……その手があった』
アトワイトの中に、天啓を得たような閃きが奔る。
アトワイトは彼女の聴覚を最大限に研ぎ澄ます。クレスの足音の中にノイズの様に混じる、筋肉と骨の軋み。
『この様子じゃまだ動けないのね。丁度良いわ』
使えない天使術と、死にかけの剣士。二つを組み合わせてアトワイトの中に計略が巡らされる。
彼女はニヤリと笑い、そして再び歩を進めた。


118 :魔氷の射手 7:2007/09/24(月) 21:39:44 ID:iNi2FmWq0


殺風景な空と無機質な粘性を帯びた海。
モノクロームな彼女の内的空間で、再び二人の女性が邂逅する。
「……そうやって、目を閉じて耳を塞ぐのもさぞや楽なのでしょうね」
大人の女性が、その経験の差を誇示するようにまだ年端もない少女を嘲った。
「最後に聞くわ。素直に私に全てを明け渡す気は、無い?」
少女は膝を折って顔を埋めたまま、何も反応しない。
沈黙が、波紋を広げていく。
その波紋が広がりきって、再び静寂が訪れた時、女性は少しだけ眉を顰めた後、指を弾いた。
「聞かせてあげる。見せてあげる。貴方の耳で、貴方の目で、克明に記された私の記憶を」
何もない空間に1人の少年が映し出される。
紅い服を、さらに血で染め上げ、骨が折れても内臓が潰れてもまだ足掻く少年の姿が。
慟哭を、それでも尚、絶対的な暴力の前に涙しながら、崩れ堕ちるその叫喚を。
「……どうして……」
少女が膝を抱えたまま、それだけを心の中から搾り出す。女性はその様を冷静に観察して、言葉で責める。
「哀しいでしょう。悔しいでしょう。貴方を助ける前に彼は崩れ落ちた。無様に無様に、あの人の様に」
少女の肩が、小動物の痙攣の様に震える。悔しさに、しかしどうしようもない自分自身に。
女性は、まるで聖母の様な慈愛の手つきで、その震える肩を撫でた。
そして、ゆっくりと子供をあやすように、耳元で声をかける。

「彼はまだ舞台を降りるには早すぎる……手を貸してあげましょうか?」
計略といっても、彼女は軍師でも指揮官でもない。
「これは契約よ。彼を助けてあげる。貴方に“彼女を殺した罪をやり直すチャンスをあげる”」
自分に出来もしないことを自発的に行うほど、彼女は自分の能力に酔ってはいない。これは唯の取引だ。
「賢い貴方なら分かるでしょう。彼を取り巻く状況を打破する為にはあの天使術が必要な事を。
 そして、今の支配差では貴方一人でそれを使えないことも」
少女がゆっくりと顔を上げる。その顔は、心の中であっても、まるで人形のようだった。
初めて自分の言葉に対応した少女を見て、彼女は聖母とは真逆の、人を棄てた軍人としての冷酷な言葉を放つ。

「彼を助けてあげましょう。その対価として、貴方の精神の死を以って今度こそ完全にその器をミトスに捧げなさい」

まるで、自分の中に湧き上がる、これからの彼女への同情を堪えるかのように。


119 :魔氷の射手 8:2007/09/24(月) 21:40:34 ID:iNi2FmWq0

【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP45% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 ??? 右の瞼に切傷・流血中
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 憤慨・失望 バンダナ喪失
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:彼女を追う
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP25% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 
   思考を放棄したい クレスに対する恐怖 胸部に大裂傷(処置済)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ロイドを舞台に引き戻す
第二行動方針:エターナルソード・時空剣士の確保
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:アトワイトの契約を受けるかを選ぶ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ


120 :全て集う場所で―Who can defeat The God?―15(修正版):2007/09/24(月) 23:27:05 ID:UnI1oVvx0
(あいつには、負けたってしょうがない……。どうにも……出来ないだろう……?)
天使ですら敵わない。
ましてや、人間ではもっと敵わない。
クレスは、間違いなく神の領域に到達した闇の剣神なのだ。
エクスフィアにかかった右手の指を、ロイドはそのまま要の紋に嵌まったEXジェムにまで動かした。
あとは、この手を動かしさえすれば――。
ぴくり、とロイドの指が動いた。
かちり、という音がロイドの左手から響いた。
彼の背の光翼は、大きく震えた。

******

(しまった……!)
転倒した身を起こしながら、内心アトワイトは慌てた。
まさか踏み切ろうとしたその足の下に、小石が転がっていたとは。
かつての仲間に見られていれば、思わず苦笑を浮かべていたであろうコレットの転倒。
しかし、コレットの肉体の宿主であるアトワイトにしてみれば、苦笑どころの話ではない。
急いで撤退しなければ、クレスに気配を気付かれるやも分からない。
そうなる前に、直ちに撤退せねば。
そう思考するアトワイトが、地面に両手を突き腰を持ち上げようとした瞬間。
空気が、揺れた。
時空が歪んだかのごとき、不可解な音。
否、これは実際に、時空が歪んでいる。
青白い閃光が、コレットの目を焼いた。
アトワイトは、全身の毛が逆立ったかのような錯覚に襲われた。
恐怖を通り越して、この感情はもはや畏怖としか呼べまい。
人知を凌駕した、超絶の存在がそこに立っていたから。
剣鬼を超越した剣鬼、白銀の魔人が彼女を睥睨していた。
彼の手によって屠られた犠牲者の返り血で、ぼそぼそに固まった金髪が揺れる。
アトワイトは蛇に睨まれた蛙のごとくに、魔人の鬼気だけでその動きを戒められる。
下世話な話だが、もしこの体が常人のそれだったら、確実に失禁していたという確信があった。
クレス・アルベインはただ静かに。
四つん這いのまま肉体を金縛りにされた彼女を見ていた。
巻き起こる砂塵の、そのカーテン越しに。
「さっきから、僕達のことをじろじろと見ていたみたいだな」
アトワイトは、「気付いていたのか」などとも言えずに茫然とたたずんでいた。
繰り返す。
一流以上の剣士は五感が……特に殺気を感知するための第六感は異常なほどに鋭い。
クレスはあの激闘の中、アトワイトの気配に気付いていたのだ。
野の獣をも越えるほどの鋭敏な感覚は、クレスをしてアトワイトを気付かしめていたのだ。
「あ…………ぁ……!」
喉が麻痺してしまったように、アトワイトはすでに意味ある言葉を紡げない。
体を必死で彼から遠ざけようとするが、上体のみが泳ぐ。足に鉛の枷が嵌まっているような錯覚が、アトワイトを襲う。
そのままアトワイトはぺたんとあひる座りの体勢になり、臀部を地面に落ち着かせるのが限界だった。
「僕は今、最高に機嫌が悪い」
クレスは、腰の皮袋に手をやりながら、アトワイトに告げた。
目の前の少女をどこかで見た気もしたが、クレスはそれを気のせいと思うことにし、皮袋の中でそれを掴む。
「だから死ね――」
アトワイトは、何が起きたのかまるで分からなかった。
クレスの右手が消滅し、次の瞬間には上段の位置にあった。
それからばつぉん、という間抜けな音がして、赤い霧がアトワイトの胸元から吹き上がった。
その動きはアクアヴェイルの剣法、「居合道」の代表的剣技である「居合い抜き」だと、
平静を保っていた彼女なら分析出来ていただろう。
無論、もしもの話など、この場では空しいだけだが。
「――たっぷり僕の手に、肉を切り裂く手応えを残してね」
クレスはその言葉通りに、あえて時空の蒼刃をまとわせずにエターナルソードを横薙ぎに振るった。
時空の蒼刃をまとわせた魔剣なら、人体などまるで豆腐のようにあっけなく両断できるが、
クレスはあえてそれをせずにただ魔剣を振るったのだ。

121 :魔氷の射手 修正:2007/09/25(火) 00:04:47 ID:3hfpPgq30
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:TP45% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒 ??? 右の瞼に切傷・流血中
   戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 左肩に傷・出血中 バンダナ喪失
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:力が欲しい
第一行動方針:彼女を追う
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近


122 :Warning: No fake 0:2007/09/25(火) 00:16:05 ID:5z/npD4s0
Notice:
怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
長く深淵を覗く者を、深淵もまた等しく見返す。

123 :Warning: No fake 1:2007/09/25(火) 00:17:01 ID:5z/npD4s0
キール、メルディ、グリッドの3人がシースリ村に到着した時にはまだ霧は深く、その異様さに一行は息を呑むこととなった。
尤もグリッドは激走による酸素の不足で絶えず荒い呼吸を繰り返しており、メルディは目を瞠る程度で
大した感動も見せなかったため、正式に息を呑んだのはキールだけと言える。
一行が着いた南地区は比較的田畑が多いのどかな地域であるため、視界が開けている分、
逆にぼんやりとしか景観を把握できない。
その田畑も何か作物が育っている様子もなく、背丈の低い雑草が何本かぽつぽつと生えているだけである。ミクトランによる配慮だろうか。
真っ白な世界に人影はない。ロイドもヴェイグもカイルもこの奥に行ってしまったようだった。
「この霧……さしずめ、入ってきた奴らを闇討ちでまとめて葬ろうって魂胆か」
キールが呟いた。グリッドは何か言葉を返そうとしたが、まだ息が弾み単語を紡ぐことすらできない。
メルディはキールに寄り添っているだけで何か物申す様子は見受けられなかった。
不可視の白亜の世界で呼吸音だけが反響し、その速い等間隔の吐息が頭の隙間を埋めるかのように心に迫る。
それだけで、この霧が頭に詰め込まれたように真っ白になりかける。
「2人ともロイドやミントを発見できていればいいんだが」
キールの言葉はほぼ希望的観測で、無意味に近かった。
やっとグリッドの呼吸が落ち着いてきた。その代わりに聞こえてくるのは、遠方での剣戟音だ。
尤も、甲高い金属同士のぶつかり合いではなく、斧を気に打ち付けた時のような鈍磨したもの。
少なくとも、戦っている内の1人を判別するのは容易だった。
「どっちにせよ1歩遅かった、か」
彼の声は無感情なものだった。
「そんなこと、言う暇、あったら、早く、応援に」
言葉は発せても未だ絶え絶えな呼吸の中、グリッドは言う。
その意見は最もだったが、キールは沈思黙考でもしている風に、一寸も動こうとしない。
現在のチームのブレーンがキールである以上、彼の判断を伺わずに動くのは不味いものがある。
ましてや独断専行を許したロイドのせいでこのような状況に陥っているのだから、
先行という行為に対して、戦術的にもキールに対しても忌避感がある。
動き出そうとは思っても、キールを見ると自然と足に震えが走り、動こうという意思すら踏みにじられてしまう。
結局、切らした息を整えるのにグリッドは時間を使う羽目になるのである。
それでもキールは一向に何も語らない。
霧が薄らいできたのか、ぼうっとしか見えなかった建物の輪郭が少しずつ浮かび上がり、明瞭になっていく。
すると、キールの少し奥の地面に、黒いものがぼおっと浮かび上がってきた。
目を凝らすと、それは地面に掘られた穴――すなわち落とし穴であることが分かった。
後ろ姿のキールはやや俯きがちだ。先程からその穴を見ていたのだろう。
この位置からでは霧のせいで詳しくは見えないが、落とし穴を設置しただろう人物、そして引っ掛かった人物の予想は簡単にできた。
再び、視界が白く染まり始める。
晴れ間に霧ができるという異常現象のせいで、差し込んできた陽の光は大気中の細かい水滴に反射し、
霧とはまた違う薄明るく眩しい白さが視界を覆っていた。建物の影もすぐに光に隠されてしまっていた。
グリッドは手を翳し、光から目を守る。
ちょうど、田畑が終わり建造物が現れ始めた辺りだろうか。
民家と民家の間に淡い影が1つ――いや――あれは影と呼んでいいのか、むしろ白い光の中にも光が――七色の――――

124 :Warning: No fake 2:2007/09/25(火) 00:17:54 ID:5z/npD4s0
「伏せろ!!」
“良くない”。直感だ。
唐突な叫びに驚いたのか、キールは一拍遅れてメルディを抱えて地に伏せる。
丁度2人の頭があった位置に、一筋の光線が通り過ぎる。途中で命中せずに地面で着弾した光線は地表で小さな爆発を起こした。
「危な……――――!?」
同じく、頭を押さえ伏せていたグリッドは驚愕する。
目の前から光の帯が迫っている。
とっさに横に転がり避けると、低空を維持したまま光線は真横を通り過ぎていく。
(何だ、コレ、反射!?)
片膝立ちから起き上がろうとするグリッドは一考する。
だが続ける暇はなかった。1度きりではない。どこからともなく、光の帯が襲い掛かる。
方位は決して頭上からだけではなく、右、左、足元、場所を問わない。
そして、正面に再び光が現れ、避けようとした瞬間、直前で光がかくりと右側に曲がるのを確かに見た。
(違う――――屈折!)
右に曲がった光は大気中の細かい水滴を何度も屈折し、遠回りな軌跡を作り出して、遂にグリッドの下へと到着する。
身体を捻らせたが、光は右の上腕二等筋を掠った。
全身の熱が一気に集中したような灼熱感が、右腕を支配した。
直撃、とまでは行かなくとも、掠めた箇所から血が流れ出している。服に染み込む感触が気色悪い。
歯を食い締め、痛みを堪えながら、残るキールとメルディの方へと目を向ける。
2人は伏せたままであったが、どうやら光が命中した様子はないようだった。
安堵したが、すぐにその感情が正しいものなのか疑問に思い、胸が重くなった。
音が止む。相変わらず視界は白いが、先程の光のせいで更に眩しくなったような気がグリッドにはした。
視界には白だけではなく赤なり青なり緑なり、様々な色彩の光がちらついている。目が受け取りきれなかった光の残滓だろうか。
さっきとの人影、あれが攻撃を行った人物と見なして間違いないだろう。
術の類だというのも予想がつく。今、残存しているメンバーで術が使えるのは――――自己嫌悪した。
この島で2日間生きてきたが故の学習成果なのか、それとも自らが騙るリーダーの性質なのかも、上手く判別できない。
視界が変わらないので気付くのが遅くなったが、グリッドは自分は今俯いているということを知った。
キールに徹頭徹尾罵られてからというもの、自分の感情が本物なのか毎回確認するようになってしまい、
そして毎回「分からない」という答えに帰結する。
本物なのだと思い込もうとする度に、キールの言葉が呪詛のように頭で再生され、
お前はただの凡人だと、虚構の中でしか生きられない弱い人間だと蔑む。
(違う、俺は、そんなんじゃ、違う、違う、俺は)
頭を振って無理矢理にでも顔をもたげる。
影は未だ先程見た場所にいた。いや、どんどん大きくなっている。近付いて来ている。
グリッドは正しい持ち方も碌に分からないダブルセイバーを両手で持ち、アンノウンの接近に備える。
霧の明度が減っていく。白く染まった世界に、地表や民家の屋根といった色彩が現れる。

125 :Warning: No fake 3:2007/09/25(火) 00:18:29 ID:5z/npD4s0
迫る影。こつ、こつと静かに近付いてくる。
ここまで来て、ぼんやりとしか掴めなかった影は人の形をしているということが分かった。
キールとメルディも足音に気付いたのか、身体を起こして杖を構え――いや、詠唱!
「フリーズランサー!!」
宙に現れた方陣から幾つもの氷の槍が人影へと迫っていく。
距離10数メートル。普通の範囲系の術なら避け方はどうとでもある。
しかし、近距離で放たれたそれは回避の時間もなく逃れようがない。
否、消えた。氷槍ではない。相手が“一瞬で”消えたのだ。
どこに行ったかと首を動かす暇もない。次の瞬間にはその人物はキールの“目の前にいた”のだから。
硬直。キールは目を見開いていた。
その人物の右手に乾いた血のような、もしくはその血で錆びたような禍々しい色をした小剣が握られていたからか、
1本1本まで解けて見えそうな程の金の長髪と、背に生えた七色の翼という美しさに驚嘆したからなのかは判断できない。
ただ、少なくとも、確実に小剣は横薙ぎにキールの胸を狙い、隙のできた彼の薄汚れた白いローブと肉を簡単に裂くだろうということは容易に想像でき、
また人影が彼の傍にいたメルディに目をやり、その動きが些か鈍麻したのを理解するのも容易だった。
天使の姿をしたアンノウンは小剣を納め、1度後方へ跳んだ。
それでやっと、状況は静謐へと落ち着く。
グリッドは目視する。
本来なら2日経って汚れているはずであろう白のボディスーツは、にも関わらず全く汚れている様子はなく、
霧の霞で隠されているとも思えず、下ろし立てとも取れるほどにその白さは鮮やかだ。
だからこそ色彩に富んだ背中の12枚の羽はより存在を際立たせ、神々しさを増させ、目を奪わせる。
ただそれよりも、20代くらいだろうか、まだ若い外見年齢に似合わぬ辛辣な翠色の瞳が、
長い前髪に見え隠れしているのにも関わらず、自分の身体を全て抉ってしまいそうな程に鋭利で、印象的だった。
「お前、ミトスか?」
目の前の相手が何者であるかの答えは、キールによって容易く出された。
グリッドの脳裏に、朝方ロイドが言っていたユグドラシルの情報が結び付く。
昨夜ミトスには会っていたが、よく見れば冷淡な双眸以外の特徴は一致している。
あの時はいきなり拘束されはしたが、物静かで非好戦的そうで、今の凶暴性が鳴りを潜めているような瞳だけが違うのだ。
「ほう、てっきりシャーリィか誰かだと思っていたが……意外だな」
「生憎だな。あいつはもう死んだよ。殺した」
ミトス――――ユグドラシルは少し安堵したような残念そうな緩い表情を浮かべて、くつくつと笑った。
「そうか。奴にも来て欲しかったが、仕方ない」
「近付くな」
霧の中近付いてくるユグドラシルに、キールは魔杖を突き出して牽制する。
「お前も分かってるだろう。こっちにはネレイドがいる。やろうと思えば簡単に殺せる」
空いた片手だけを後ろ手に回す。中指を人差し指の上に乗せ、交差させた形を作る。
メルディは彼がそうするであろうことを先見していたのか、ちらりとそれを盗み見る。
ほんの少しだけ、彼女の顔が歪む。揺れる瞳を隠すかのように、瞼を伏せる。

126 :Warning: No fake 4:2007/09/25(火) 00:19:20 ID:5z/npD4s0
「……物質界が人間に手を貸すなど不快極まりない。だが、これも全ては我がバテンカイトスがため」
静かに、いつものメルディと変わらない声が彼女の口から出た。
ユグドラシルの眉間がぴくりと動き、グリッドはメルディの言葉の内容に驚愕する。
グリッドは一歩踏み出すが、僅かに振り返ったキールの眼に圧されてびくりと怯んでしまう。
くく、と押し殺したような笑い声をユグドラシルは上げる。
「神を手懐けた? ならば先程の攻撃をそいつに任せればよかったではないか」
「別にそれでもよかったが、この辺りに他にも人間がいたら困る。
 それに、お前にも用がある」
「用? 私はただ、“動き回るのに都合の良い状況を作ってくれた者”に会いに来ただけだが?」
ユグドラシルは陰鬱げな笑みを浮かべた。その真意は霧に紛れて計り知れない。
沈黙したままのキールは、眼光鋭く目の前の男を見据える。彼の真意もまた、計り知れない。
メルディがネレイドを騙ったことといい、グリッドは理解できない状況にただ不安を募らせていた。
後方から見つめるキールの背は、頼り甲斐があるようにも儚げなようにも見えない。
普通、ともまた違う。云わば、“知らない”。
霧は更に薄まっていく。今度は午後を迎えた蒼茫の空が見えてきた。
だが段々見えてくる風景とは裏腹に、状況は霧の奥に迷い込むように、ますます見通しがつかなくなっていく。
グリッドからはキールの表情は見えない。
しかし、彼の身体越しに見えるユグドラシルは、尚も変わらずしたたかな笑みを湛えたままだ。
遠くからは激しい剣戟音が聞こえ、鳴り止まない。だからこそこの静けさは異常だった。
相手の次の一手を見定めようとする、緊張感溢れるじりじりとした静けさではなく、
単に全員が沈黙してしまったゆえに訪れた、無意味な静けさ。
だからと言って、簡単に口出ししていい訳でもない静けさ。
時が止まりでもしたかのような錯覚の中で、グリッドはふと視線を感じる。
キールの傍で、彼のローブの裾をぎゅっと握っているメルディのものだった。
彼女の瞳は未だ胡乱なものだったが、何故か、瞳が揺れているような気がして嫌なものを感じた。

そして、何故か一気に全ての光景が一瞬で奥へと消えていき、自分だけが何もない白い空間に取り残された気がした。

「こっちの用は、“僕の計画の邪魔になる人間を消す”ことだけだ」
顔すれすれに矢か弾丸かが通り過ぎていったような、そんな紙一重の危機感を伴ってグリッドは覚醒する。
高速で通り過ぎていった何かが引っ張ってきたかのように、視界は正常に戻っている。
確かに霧で白くぼやけてはいるが、色はあるし目の前にはキール達がいる。
両腕で身体を抱えてもおらず、氷点下の冷気のような恐怖が身を這ってもなく、
がちがちと歯が震え鳴ってもなく、息も乱れていない。
涙は、目尻に浮かんですらいない。
先程の光景は一体何だったのか。これこそ、時が止まった錯覚だったのか。
背中を、一筋の冷や汗が伝う。その気持ち悪さは安堵などでは絶対になかった。
分からない。
戻ったのに、あの世界の感触――自分の周りを埋める無の感覚、「孤独」は確として肌に張り付いている。
牢屋と、日向のように。

127 :Warning: No fake 5:2007/09/25(火) 00:20:15 ID:5z/npD4s0
「一人でのこのこと出てきてもらって大助かりだよ。こっちに出向いてきてくれたおかげで、労力を無駄に使わないで済むからな」
杖を突き出したままキールは言う。先端の赤い宝玉が光を発し始める。
「私に勝てるとでも思っているのか?」
「勝てるさ。既にチェックメイトだ」
後ろに回した手の人差し指と中指を立て、手首のスナップを利かせて手を捻らせる。
そして、伸ばす指に薬指を加え、まとめた3本の指でくいっ、くいと小さくクロスを描いた後、辺に沿って四角形を描く。
メルディはキールから離れ、グリッドよりも後方へと下がり、BCロッドを両手に持って詠唱を始める。
当然グリッドは振り返り彼女のその行動にまたもや驚くが、先端に取り付けられたクレーメルケイジの放つ光は目に入ってきた。
本気だ。彼も彼女も。
「グリッド!」
キールの大声に視線を彼の方へと戻す。杖を構えたまま、横顔をグリッドへと見せている。
「少しでいい、詠唱する時間を稼げ! 術士に前衛を任す気か!?」
グリッドは手に握ったダブルセイバーに目を落とす。
「……だ、だが!」
「メインはメルディの方だ! フォローは僕がする!」
顔を上げたグリッドはキールの方を見て――奥のユグドラシルの像がぐにゃりと歪んだ気がした。
弾かれるように後ろのメルディの方へと走り出す。
状況が状況、あれじゃ標的が固まるのは自明だ、と思い、ダブルセイバーを振りかぶる。
メルディは目を閉じたまま詠唱を続けている。ケイジから溢れる光。
そしてその様子を見るのを遮るように、ユグドラシルの実体が目の前に現れる。
彼女も気付いたのか、目を開けびくりと身体を震わせる。
回避のため詠唱を破棄するよりも早く、ユグドラシルは手を翳し、
「てやあぁぁぁっ!!」空を裂きグリッドは双身剣を薙がせる。
相手は半身を翻し右手の小剣でダブルセイバーを受け止め、両刃片手剣でも大剣でもないのに、絶大な力を以てグリッドの方へと押していく。
1度身体をスウェイさせる形で剣の交錯を阻止し、間合いを取って再度ダブルセイバーを振りかぶる。
リーチで言えば、グリッドの持つ剣と槍の要素を複合させたようなダブルセイバーの方が、ユグドラシルの持つ邪剣ファフニールより長い。
しかし、ユグドラシルは小剣が持つ軽さと小回りの良さで、素早く的確に双身剣を捌いていく。
交差しては数回斬り重ね合わせ、間合いを取って再戦する。その繰り返しだ。
いや、それでもグリッドにしていれば善戦している方と言えるだろうか。
グリッドとてレンズハンターの端くれであり、ノイシュタットの闘技場である程度まで進める実力は持っている。
おまけに今は、手首にあの、紺碧の色をしたエクスフィアを取り付けてもいる。
だが、だからと言ってこの島で強い部類の人間に入るかといえば、答えはノーであり、むしろ下の方に属している。
第一モンスター相手の方が人間と違って行動パターンは掴めやすい。
逆にユグドラシル、ミトスは古代カーラーン戦争の英雄であり、神の機関クルシスの指導者だ。
4000年という途方もない幾年月で培ってきた実力、経験、共に申し分ない。
子供騙しに身体を斜めに傾かせ、小剣を受け流し、反対側の刃でユグドラシルに襲い掛かる。
しかし振り向き様に振るわれた一撃によってそれも呆気なく止められた。
既にグリッドの顔には所々細かい汗が浮かび上がってきている。それに対し、ユグドラシルは未だ汗1つ掻かず、涼やかな表情。
例え何らかの手段を得ようと、本来の得物でない武器で上手く戦えるか否か、それ程までに2人の間には実力差がある。
対峙すれば分かることだった。果たして、「少しの詠唱時間を稼ぐ力」以上のものはあるのかどうか。

128 :Warning: No fake 6:2007/09/25(火) 00:21:10 ID:5z/npD4s0
「ダブルセイバーか。ユアンと比べたら雲泥の差だな」
刃が押されていく速度が若干増す。グリッドの頬を汗が伝った。
「あいつの……名前を……!」
「ほう、既知の間柄だったか。ならば尚更教授願えばよかったのではないか? ああ、そうだ」
交差する剣と剣の向こう側で、ユグドラシルは嗤笑を浮かべる。
「あいつも未来で私を裏切るらしいな。あいつも、だ。800年間、再生の儀式を邪魔してきていたとは。
 誰も彼も、獅子身中の虫とは恐ろしいものだな」
1度離れ、弾かれ、再々度の交差で剣を結ぶ。無論グリッドは終始押され気味で、守りに徹している。
相手の剣筋を読み、必死に剣で受け止め、斬り繋ぐ。
しかし、グリッドはユグドラシルの瞳が自分に向けられていないことに――否、見てはいる、けれども自分の更に奥を見透かしているようで――気付いた。
「お前、誰に言って――――」
ぼそり、誰かが何かを呟いた。
言葉は唐突な背中の痛みで遮られた。
それに相応しい圧力がグリッドの身体に掛かり、ぐらりと前のめりになって倒れていく。
掴み難い浮遊感を、倒れていく中で感じた。非常にゆっくりと落ちていっているのが分かる。
この背中の熱は一体何だ?
熱? 傷? 血? 熱? 熱? 熱?
目の前にはメルディとユグドラシルがいる。
ユグドラシルはにんまりと裂けてしまいそうな程の笑みを浮かべている。
メルディは詠唱を止めてこちらを――何で? 何で詠唱を破棄している?
後ろには――
後ろ?
術のマーキングができないのは中級か上級のものだけのはずだ。
これくらいの、まだ五体満足で生きていられるレベルなら、しなくて――狙った?
狙った? 元から? 狙っていた?
グリッドは、視界が下がっていく中、僅かばかりに首を動かして後ろに振り返った。
チェックメイト? フォロー? 時間稼ぎ? メイン?
彼の足しか見えない。だが、微動だにしない。
グリッドは振り向かせた顔を、顎を上げて視線を上げた。
裏切る? あいつも? 誰も彼も? 獅子身中の虫? 嘘だ。嘘だ。嘘だよな?
グリッドの身体が、地面に平伏する。
その人物は、杖を突き出したまま、表情を強張らせることもなく、しかと佇んでいた。

「――――僕に言ってるんだよ」

その人物は、溜息と共に魔杖を落とした。落ちた、ではない。“落とした”。
「降伏を宣言するよ、ミトス」
落下した杖の物寂しい木の響きが辺りに反響する。
言葉の意味がグリッドには分からなかった。
少なくとも理解するのに数秒は有し、何らかの言葉が出てくるのも更に数秒掛かった。
上擦った声は間抜けなように聞こえ、田畑の広がる開闊な土地にやけに響いた。
「ど……どういうことだよ……キール?」
顔だけを動かし、下から見上げる。映るその姿はいつもよりも甚大で強大で、そして紛れもなくキール・ツァイベルその人だった。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 00:21:41 ID:OxqlER8NO



130 :Warning: No fake 7:2007/09/25(火) 00:21:59 ID:5z/npD4s0
キールはグリッドを一瞥する。
「言葉の通りだよ。それとも何か? 僕はミトス側に付くとでもはっきり言わなきゃ分からないか?」
彼は2本指を立てて剣指を作り、招くように自分の方へと指をくいと曲げる。
今の全員の位置を一列にしたとして、最後尾にいた、詠唱を破棄したメルディはキールの方へと戻っていく。
とてとてと倒れる自身の横を走り過ぎていく彼女を目で追いながら、グリッドはその先にいる彼に視線を遣る。
例えぼやけて見えなくとも、彼が瞳に湛える冷淡で鋭利なものだけははっきりと感じ取れた。身体が1度震える。
グリッドは目の前の事実を否定するかのように、固まった笑みを浮かべ首を大きく振る。
「まさか……冗談だろう?」
「そのまさかだよ。僕の冗談はいつも笑えないみたいだからな」
「じゃあ作戦か何かだろう? 相手を油断させて」
「作戦なら、こんなことする前にとっくに殺されてる」
キールは冷笑に付して一蹴する。
「理由がない! どうしてお前が裏切るんだ……!」
「理由? あるさ。ロイドはやがて死ぬ。
 勝ち負けなんて関係ない。心臓を失った身体で天使化しようと、力の源が切れればロイドは維持しきれなくて死ぬ。
 既に元から破綻していたんだよ。もう別の時空剣士に力を借りなければ為し得ない」
グリッドは現実を理解したのか、はっとして目を大きくする。
後ろから押し殺したような笑声が聞こえてきて、グリッドは再び視線を正面へと向き直る。
痛む身体を堪え、顔を上げると、にんまりと得心行ったような表情を浮かべたユグドラシルが、文字通り見下ろしていた。
ダブルセイバーを持っている方の手がしたたかに踏み付けられる。小さく呻き声が上がった。
「成程、そういう訳か。
 無様だな劣悪種よ。これは読み切れていなかった貴様の落ち度だ。
 あいつは初め私と対峙していた時、嗤っていたぞ? それこそ劣悪種よりも下と思える、寒気のする笑みをだ」
嗤って、とグリッドは情けない声で呟く。
あの静謐に包まれ、勇ましく杖を突き出していたその裏で、キールは嗤っていた。
それはユグドラシル相手に自信を見せる意味合いではなく、今から裏切るという合図。
噛んだ下唇から血が伝う。グリッドの心中を空しいものが漂う。
「……そうか、最初から……」
手を踏み付けられているのにも関わらず、地に付けた両手で、軋む身体を震える腕で起き上がらせようとする。
「ロイドをわざと先行させたのも……」
身体を反らせ、噛み締めた剥き出しの歯をキールに向けて。
「ヴェイグとカイルを危険なのに向かわせたのも、ロイドにグミを使わなかったのも、みんなみんなみんな!」
キールは立ったまま膝を立たせるグリッドの様子を眺めている。
眺めているだけで、瞳の色は計れない。ただ黙しているままだ。
「――……このため、だったのか?」
ふっと、消えかけの炎のような弱々しい声で、グリッドは言った。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 00:22:34 ID:UYr+lwmLO


132 :Warning: No fake 8:2007/09/25(火) 00:22:49 ID:5z/npD4s0
キールは1度、目を閉じた。静かに伏せられたそれは一体暗闇の奥に何を見出だしているのかは分からない。
ただ、動揺で瞳が揺れ動いている様子は全くない。静かに、彼は口を結んでいた。
しばしの沈黙が霧の中で重く漂う。その間にも霧の白いベールは姿を少しずつ消していく。
彼は両目を開ける。
「言ったはずだ。僕は本当に掴んでおきたいもののためには、掴めないものを切り捨てるって」
そこには、例え暗い炎だろうと確固たる意思を持って曙光を放つ眼があった。
グリッドはその眼を呆然と見つめる。
ぐらり、と視界が斜めに傾いた気がした。
本来なら平行に真っ直ぐに遠近法が適応される筈の世界が、足元から崩れ去ろうとするかのように傾いた気がした。
ぐにゃり、と視界が捩れて見える気がした。
はっきりと明瞭に明確に真実を示す筈の世界が、夢という幻に逃げこもうとするかのように捩れた気がした。
それでいてキールの眼だけが、じっと見つめている。青い色の中に澱んだ黒が混じった冷淡な瞳が、穴が開きそうな程に見ている。
「だからって……だからって、それが最善か……?」
喉の奥が熱い。からからに口内は乾いている。舌が張り付きそうだ。
なのに口が勝手に動く。気付けば頬の筋肉が独りでに動いていて声という音を作り出すのに適当な口の形を作り上げている。
何かに身体が打ち震えた。
「最善のためなら、今朝まで一緒にいて仲間だと思ってた奴らすら簡単に見捨てられんのかぁッ!!!」
大口を開けて飛び出たグリッドの声は今の彼を払拭するかのような大音声だった。
踏み付けられている手の痛みなど、既にグリッドの中で忘れ去られていた。
それでもキールは顔色一つ変えずに、いやむしろ不機嫌さを増させて四つん這いで振り向いている姿を見つめている。
「それはお前が言えた義理か?」
彼にしては低い声に、グリッドの眼が少し見開く。
「今まで散々仲間を盾に自分だけ生きてきたくせに、何が見捨てるのか、だ。虫唾が走る」
息を呑む音。グリッドは唇を食い締め、無言でキールを見つめている。
キールは右手で前髪ごと額を押さえ俯く。
「ああ、下衆なら下衆と思えばいいさ。僕だってリッドやファラに顔を向けられないと思っている。
 お前の言うように今朝だってこんな考え微塵も浮かばなかったし、G3に行ったお前達を待っていた時だって同じだった。だが」
俯いた顔に生まれた影の中で、疲れ果てたような醜い自嘲の笑みが浮かび上がっている。
待っていた、ということは直接の起因はそれ以降、つまりシャーリィによる砲撃に違いない。
確かに頷ける。あれを見て誰が全員無事だ、生きていると思うのか。普通なら、もう終わったという絶望しか残らない。
だか相手はあのロイドだった。諭されて、おまけにまだ「あの時」は訪れていないから、甘さも捨てきれていなかったのだろう。
実際、トーマを除き全員生きていたのだ。
しかし、ロイドの心臓は無残にも貫かれた。
「絶対に、お前よりは落ちぶれていない」
結果、「あの時」を経た彼はロイドの死によってこうする以外手がなくなった。
手を取り払い、その笑みを消してキールは再びグリッドを見据える。浮かぶのは尚も変わらぬ素気無い色。
大声を出して鼓舞したグリッドの気持ちはいとも容易く落とされていた。
反論の言葉が出ない。違うと否定したくとも、キールの眼と言葉だけで圧殺される。
呪詛が鎖となって身体に打たれ戒めているかのように。
グリッドの身体は震えている。しかし、それは彼への怯えではなかった。
再度もたげた、一字一句否定できず、反論すら持ち合わせない自分への憤怒と悔恨と情けなさ。
何よりも、無力さがグリッドの身体に、次々と岩を背に積まれていく罪人のように圧し掛かってきていた。

133 :Warning: No fake 9:2007/09/25(火) 00:23:34 ID:5z/npD4s0
手に掛かっていた圧力が消え去る。
一瞥すれば、血の通っていなかったために青白くなっていた手が、血液の温もりを受けるかのように仄赤く染まっていく。
1人残されたグリッドが振り向くと、キールとメルディの傍にユグドラシルがいつの間にか立っていた。
いつの間にか、その通り空間転移だ。
ユグドラシルが2人を攻撃しないことから、少なからず相手は2人を敵とは見做していないようだ。
これでキールが後ろから不意打ちでもしてくれれば、どんなに気持ちが晴れることだろうか。
だが当然彼にそんな素振りはない。
3対1の構図を見て、グリッドは再度痛感する。紛れもなく現実だ。悪夢のような現実だ。
自分はこれからどうなる? 死人に口なし、口封じに殺されるのか?
グリッドはじっと、けれども怯懦な動きなど見せずにキール達を見つめる。
そう考えると、死への恐怖というのは完全にではなくともあまり持ち合わせていないのかもしれない。
少なくとも最期に命乞いしてまで生きたいという理由はない気もする。
キールはその訴えに応えるかのように、地に転がったままだった魔杖ケイオスハートに手を伸ばした。
申し訳程度に、グリッドはダブルセイバーを握り締める。
そして、魔杖を拾い上げた彼は、
「――――行こう」グリッドに背を向けた。
思わぬ言葉に、ダブルセイバーを握っていた手の力が緩み、危うく落としかける。
落としたら、それが奏でる音が更に自分の中の何かを壊していきそうで怖かった。
何も言わないグリッドに、キールは僅かに首を動かして後方を見遣った。
「殺す価値もないし、ふと殺そうと思ってもいつでも、簡単に殺せる」
何の躊躇もない言葉だった。
今度こそ、グリッドは落とした。2つの刃が地面に不時着して金属音を鳴らした。
しかし、実際、その音は耳には入っていなかった。入る前から、予想していた何かは壊された。
握っていた手は所在無さげに空に漂い、今となっては何故そこに在るのかすら分からない。
キール達の姿が霧に紛れて遠くなっていく。何か喋っているようだが雑音レベルの音とすら認識されない。
浮いていた両手はやっと地面に着く。身体を丸め、地表すれすれまで蹲る。
視界が、真っ暗になった。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 00:36:46 ID:5BCQm7nv0
ひくひくと身体が小さく跳ね上がる。小刻みに身体が振動を起こしている。
傍から見れば、咽び泣いているようにも見えるだろう。
しかし分かる。理解できる。涙など一滴も流れていない。今、自分の顔には、必死に耐えてにんまりとした笑みが浮かんでいる。
むしろ、諦観にも空虚さにも似た穏やかなものが、心を包み込んでいる。
それを作り上げる感情の正体は怒りか? 悲しみか? 驚愕か? 絶望か?
どうでもいい。正体など既に真偽が分からないまでに曖昧模糊なものと化している。
だからこそ自然と生まれたこの感情に、川の流れに沿うかのように、グリッドは身を委ねていた。
これだけは、これだけは正しいと思える。
懐から、黒い粘り気のある液体が入れられた瓶を取り出す。
少しだけ身体を起こし、瓶のコルクを抜く。
そして、打ち捨てられたままのダブルセイバーに、無造作に液体を零していく。
全部は使わなかった。使わなくとも済んだ、というのが正しいだろうか。再び瓶にコルクを納める。
ゆっくり、ゆっくりと柄を掴み上げる。
全体的に黒くなり、所々の穴に更に黒い、底無し沼を思わせるような深く暗い液体が浮かび、
それでも差し込んできた太陽の光にダブルセイバーと刀身に付いた水滴は煌いた。
刃に浮かび上がったグリッドの顔には、乾いた笑顔が張り付いていた。


瓶も片付けず、手に握ったまま、グリッドは黒い双身刀を右手に持って走り出した。
走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。
許さない。許されていい存在じゃない。存在を認めない。
あいつは裏切った。裏切った。捨てた。仲間を捨てた。何てことだ。
仲間を重んじるのが漆黒の翼。仲間を裏切らないのが漆黒の翼。だから、
漆黒の翼で裏切りは、最大の罪。罪。重罪。死刑。極刑。極刑。極刑。極刑!
例え、自分がリーダーでなかろうと、一体何であろうと、
「お前だけは……絶対の、悪だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

投げ槍を放つかのように、グリッドの肩が引き締められ、指が1本1本解れていき、最高の撓りでダブルセイバーが投げられた。
それは1本の矢のように、青い髪を束ねた青年の背に向かっていく。
しかし、元から狙ってか、手元が狂ったか、霧のせいか、右腕の怪我からか、最期に躊躇ったか、
毒がたっぷりと塗られたダブルセイバーは、キールの後ろを歩いていたメルディの右肩辺り――平面上は彼の心臓部に相当――へと突き刺さった。



135 :Warning: No fake 11:2007/09/25(火) 00:37:54 ID:5BCQm7nv0



ぽす、と彼の背に熱と重量を持った何かが圧し掛かる。
普通なら歩いているため、そのまま倒れる筈だったが、彼の歩行速度が遅かったのが幸いした。
彼はその人物の名を呼びながら、首だけ後ろに振り向かせる。
彼女の身体はずり落ちた。地に臥した彼女の右肩には、もはや見慣れた二ッ刃の剣が存在を主張していた。
珍しく、しばらく彼はその状況を理解するのに時間を要した。
しかし、完全に囚われるほど彼は愚かではない。
「メルディ!!」
叫びにも似た悲痛な声を出しながら、彼は黒い液体が付着した剣を彼女の痛みなど露知らずと言わんばかりに抜き去る。
投げ捨てて、彼はすぐさまリカバーを唱える。
その直後にキュアを唱える。唱える。唱える。唱える。
がむしゃらに、張り裂けそうな声を挙げ、髪を振りかざして彼女の治療に当たるキール。
冷淡さを湛えていた瞳にその欠片は一寸もなく、溜まった涙が溢れ出して流れようとしていた。
本当なら傷口に包帯でも巻いておきたいが、そんなものここにはない。水晶霊術による治療で精一杯だ。
キールは動きを止めて、顔を上げる。
目線の先には――予想外の相手に命中したのだろう、狼狽えたまま立ち竦むグリッドの哀れな姿。

「――――お前、どう足掻いても他人を殺したいみたいだな」

グリッドの身体が大きく跳ね上がった。それは彼の言葉を聞き入れたからか、彼の見開き充血した眼を見たからかは分からない。
「僕が悪なら……」
走っていた。気付けば彼はグリッドが投擲したダブルセイバーを片手に、グリッドの下へと激走していた。
グリッドは動かない。動けない。キールは衣服ごと掴んでグリッドを押し倒した。
そして彼はダブルセイバーを短く握り、何の戸惑いもなく振り落とす。
悲鳴が上がる。ダブルセイバーは深々と右肩に突き刺さっている。
それを抜かれると傷口からどくどくと血が湧き出てきた。彼はまた振り落とす。劈くような声が上がる。
「ロイドもヴェイグもカイルも!! お前も!! 全員、全員っ、みんな悪だよ!!」
抜いて、突き刺す。血が噴き出す。金切り声。
「裏切るのが悪だって? 僕が何のためにこうしてるのか分からないのかっ!?」
貫く。生温い。飛び出した血が白いローブに染み付いているが関係ない。
「大体ミトスはあっち側の人間か!? 違うね! だからだよ!!」
ぐちゅっ。肉の感触。髪にまで血が付いてしまったがどうでもいい。ぐちゃっ。
「だから、僕はクレスじゃなくてこっちを選んだよ!!」
抉り込む。
何度も何度も、しかしその刃は致命傷を避けるようにして、頭部や胸部や腹部には落ちていない。
突き刺す度にグリッドの身体はびくんびくんと跳び上がり、
悲鳴も段々と弱々しくなっていったが、キールは八つ当たりにも似た罵詈雑言を止めようとはしない。
その力強さはとても非力な学士とは思えない程で、普段落ち着き払った彼とは思えない程の粗雑さと乱暴さだった。
落とす。落とす。落とす。落とす。堕とす。
十数回は突き刺して、彼はやっと、ゆっくりとダブルセイバーを抜き去った。
目の前の誰かの四肢はそれらだけが真っ赤に染まり、だらりと投げ出されている。
黒い液体と赤い液体が交じり合った、混沌を体現をしているかのような刃。
それを持ったまま、キールは荒々しい息を整えて、目下の無残な人間を見つめる。
「表側だけ見て本質を見ようともしない凡人に、物語る権利はない」
口元に歪んだ笑みを浮かばせて、キールは呟いた。


136 :Warning: No fake 12@代理:2007/09/25(火) 00:39:11 ID:5BCQm7nv0
既にグリッドの瞳は焦点が定まっておらず、視界がしっかりとしているのさえ疑わしかった。
キールは双身剣を投げ捨て、グリッドの手に握られた瓶に手を伸ばし、生きているから死後硬直していない左手から瓶を奪い取る。
最初よりも分量が減ったボトルを目の前に掲げて見つめ、そしてコルクを抜き取る。
振動で水面が小さく揺れ、波打った。
彼はグリッドの口腔を無理矢理こじ開け、ボトルの黒い液体を中へと流し込む。
拒むかのように胸を上気させて咳をし、液体を吐き出そうとする。
しかし、キールは顎を上げ、口から零れ出そうな程までに注がれた毒を無理矢理にでも嚥下させようとする。
虚ろな瞳が彼の顔を見つめている。一筋、そこから涙が伝う。
キールはつまらなさそうに目を細めてそれを見た。更に顎を持ち上げる。
グリッドの喉が小さな起伏を作り出して、すぐに消えた。
力なく、グリッドの首が横に転がる。
経口摂取がどんな影響を及ぼすかは分からないが、少なくともすぐには死なないだろう。
霧が消えていき、道が開けてくる。
血でべとべととしたグリッドの片腕を両手で掴み、その身体を地面に伏せさせたまま引き摺っていく。
奇妙な静けさの中で、ずりずりという地表が擦れる音だけが鼓膜を刺激する。
グリッドには抵抗する力すら残されていないのだろうか。むしろ、毒の影響か、身体が痙攣し始めていた。
しばらく引き摺って、彼は歩を止めた。
彼はにやりと笑みを浮かべた。腕を掴んだまま、浅く俯く。
そして、本人はそこに留まったまま、腕をぐっと引っ張る。グリッドの身体が、前へと進む。彼は手を離す。
「お前に、まだ力があったら、こうならなかったのかもしれないのに」

身体は、大地に立っているなら決して有り得ない筈なのに、吸い込まれるようにその姿を小さくしていき――――

「ぎあぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

姿を消した、いや消されたグリッドの声が、足元から空を裂くように響いてきた。


137 :Warning: No fake 13@代理:2007/09/25(火) 00:40:09 ID:5BCQm7nv0



キールは足元の落とし穴を一瞥もせず、首を動かして、血濡れの姿でメルディとユグドラシルの方へと振り向いた。
メルディは身体だけ起こし右肩を押さえて、ユグドラシルは綺麗な弧を描いた笑みを浮かべて、彼の方を見ている。
返り血で赤い斑点が浮かび上がる彼の顔には、乾いた笑顔が張り付いていた。
2人の下へと歩み寄るキール。途中で魔杖を拾い、表情はそのままでメルディの下へと近付く。
「メルディ、大丈夫か?」
先刻までの、鬼のような形相からは想像もつかない、優しい声。
彼女は何も言わずに、ただこくりと頷いた。彼も小さく頷いた。
「しかし――――」
傍に立っていたユグドラシルが、誰に言うともなしにごちる。
「貴様、本当に人間か?」
その言葉に、キールは自信げな、アイデンティティを持った笑みを浮かべて、「もちろん」と答える。
ユグドラシルは腹を抱えて笑いたくなるのを必死に抑えるように、押し殺した低い笑い声を出す。
「それもそうか。今も4000年前も、人間というのは実に汚く醜く、利欲的な下等生物だからな。……実に」
口をきつく締め、何の返答もしなかった。
彼は視線を自らのサックの方へと移し、サックの中を漁り始める。
そして、自身が今まで纏めてきたレポートと、ハロルドの記したメモ2つを取り出し、ユグドラシルの方へと差し出す。
彼の視線は、不敵な喜悦を帯びさせながらも鋭い。
「僕はお前に協力する。僕が提示する条件は、お前の目的が果たされた後に、僕に協力することただ1つ」
ユグドラシルは1度笑って、無言でレポートとメモを受け取った。
ぱらぱらと捲り、大雑把に目を通す。それだけでもユグドラシルの顔には驚喜と感心の表情が浮かんでいた。
レポートを持った手を下ろして、
「私も、姉さまを復活させるだけでは真に目的は為し得ない」とだけ答えた。
キールは、強気そうな笑みを浮かべて首肯した。
そして、彼がメルディの方を向くと、彼女はグリッドが落ちた穴の方をちらりと見ていた。
彼はその姿に少しの苛立ちと彼女に対する胸の痛みを覚えて、「行こう」と早々に促した。
彼女はおずおずと小さく頷いた。彼はそれに満足したようだったが、ユグドラシルに視線を遣ると、相手は些か怪訝そうな表情をしていた。
キールもまたその表情に怪訝そうな表情で返したが、ユグドラシルの口角が少し上がるのを見て、何のことはないと彼は視線を正面に戻した。
3人の姿はありかなしかの霧の奥へと消えた。


138 :Warning: No fake 14@代理:2007/09/25(火) 00:41:11 ID:5BCQm7nv0



霧が消えて、空が眩しい。雲のあまりの白さに苛立ちさえ覚える。
丸く切り取られた空は、それが自分に許された有限の空なのだと云わんばかりで、とてつもなく狭い世界に自分は押し込まれたような気がした。
寒い。気持ち悪い。身体が、重い。
指1本にすら1つ1つ鉛が取り付けられているようで、ぴくりと動かすことさえ気だるい。
思考すらも朧で、はっきりとしない。自分はどうしてこうなったのか、それすらもよく分からない。
自分は今まで、普通に漆黒の翼のリーダーとして、ジョンとミリーと世界を駆け巡っていた。
その毎日は辛い時もあったが、楽しい時もあった。
ただ、それだけだったのに。それすらも、嘘だというのか。
どこまでが虚構? 性格? 2人の存在? 記憶? 世界? それとも、自分という存在すら嘘なのか?
分からない。真実と虚構の垣根は境界線を消して、全てが交じり合っている。
この世界での自分すら、もはや真贋の見分けは付かない。
少なくとも、付く前に死ぬ。
落とし穴の壁に沿って転がり落ちたために底に生えた土の槍に串刺しになることはなかったが、
唯一、左手が甲を貫いて掌ごと槍に刺さっている。
どくどくと血が流れ、熱が掌に集中する感覚だけが、今ある生の確証だ。
ああ、あとは右腕の火傷と、両腕両足の刺し傷と、全身を駆け巡る不快感――何だ、確証は沢山あるじゃないか。
痛み。それは、ひいては無力感。
キールに身心両方ともずたぼろにされて、頭から爪先まで何もかも否定された。
最後に、最後に正しいと思った感情さえ否定された。
残るのはがらんどうな空虚さと、それが導く自分の無力さ。
何も、何もできない。行動も、言葉も、何も出せない。出せなかった。
空いた右手で目を覆い隠す。溜まった涙は一体何の感情が起因となって出てきたのかすら判別つかない。
手をどかすと、暖かな陽光がまた目の前に現れる。
光は眩しく、瞳が受け取る光量は充分過ぎて、景色は薄く遠くなり――視界が真っ白になる。
そして思い出した。あの、白く何もない孤独な世界を。
光の熱は一気に奪われた。否、消えた。目の前にはまたあの白一色の世界が広がった。
寒い。気持ち悪い。身体が……重い。
重い右手を、頭上に翳す。
霧を裂いたように、降り注ぐように差し込んできた太陽の光は手で遮られ、血まみれの斑の手は黒く染まった。
何かに手を伸ばしているようで、しかし、その手は何にも届かない。
もがくように、掲げられた手が微動する。
「俺には……」
掴めないものを必死に掴もうとするように、手が僅かに動く。
「力が、足りない……」
その嘆声は、深い穴の中でやけに反響した。
ゆっくりと、外そうとグリッドは右手を左手に伸ばした。


139 :Warning: No fake 15@代理:2007/09/25(火) 00:42:06 ID:5BCQm7nv0
【メルディ 生存確認】
状態:HP75% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
   神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中) E漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:もう少しだけ歩く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
第二行動方針:エアリアルボードで移動
第三行動方針:ロイドの結果を見届ける
現在位置:C3村・南地区→?

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP20% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)  実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ 
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZI SMGをサイジング中)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ミトスに協力する
第二行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第三行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:C3村・南地区→?

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 四肢全体に刺し傷 服毒 プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット) 決心(?)
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
基本行動方針:???
第一行動方針:???
現在位置:C3村・南地区落とし穴内

【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
    キールのレポート ハロルドメモ1・2(1は炙り出し済)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・南地区→?



*ダブルセイバー、空の瓶(中にリバヴィウス鉱あり)は南地区の落とし穴付近に落ちています。



140 :Warning: No fake 修正:2007/09/25(火) 21:03:48 ID:5z/npD4s0
状態欄を以下のように修正します。


【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP20% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能
   ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
    C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
    ハロルドのサック(分解中のレーダーあり)  実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ 
    ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZI SMGをサイジング中)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ミトスに協力する
第二行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第三行動方針:脱出に関する情報を更に入手・検証する
現在位置:C3村・南地区→?

【グリッド 生存確認】
状態:価値観崩壊 打撲(治療済) 右腕一部火傷 背中裂傷 四肢全体に刺し傷 服毒 プリムラ・ユアンのサック所持
   エクスフィアを肉体に直接装備(要の紋セット) 決心(?)
所持品:マジックミスト 占いの本 ロープ数本 ソーサラーリング ハロルドレシピ
    ネルフェス・エクスフィア リーダー用漆黒の翼のバッジ 要の紋
基本行動方針:???
第一行動方針:???
現在位置:C3村・南地区落とし穴内

141 :全てが集う場所で―between red and blue― 1:2007/09/26(水) 00:44:21 ID:tRj2SyEzO
太陽が憎いほど眩しい。苛々する。理由はわからない。だがロイドは不快感を覚えた。
ぴくり。彼の指は動く。その先にあるモノを以てこの世界を終わりにするべく。
かちり。彼の左手から何かが外れた音がする。いや、この順番で表現するのは誤解を招くかもしれない。実際は逆だったからだ。
“左手から音がしてから右手の指が動いた”

ロイドは、聞こえる筈がない音にほんの少し驚いた。そんな事はどうでもいい事だったが、指と背中の光翼はロイドの思いとは関係なくそれに反応する。…と、同時に全身を駆け巡る違和感。
体が、尋常じゃない程に軽い?…有り得ない。天使の体は疲れを蓄積しない。体が重いとか軽いとか、そんな事を感じる作りには出来ていない。だから、有り得ない。だが今、その有り得ない感覚に襲われている。しかも気のせいとは思えない程の激しいそれに。
「…?」
ロイドは自分の頭がおかしくなったのかと疑う。だがこれだけ冷静でいられる自分がおかしくなっているとは思えない。…確認しなければ。
ロイドは首を太陽から背ける形で音源を目に写した。

黄色と赤の、物体。
左手に布で固定していた、あれが激しい戦闘で外れたのだ。
そう、それは攻撃力を大幅に上昇させる代償に、回避が大幅に下る能力を持つ紋章。
イクストリーム。
完全に存在を忘れていた。


142 :全てが集う場所で―between red and blue― 2:2007/09/26(水) 00:46:41 ID:tRj2SyEzO

あぁ、こんなもんもあったな。こいつが外れたから、体が軽くなったのか。闘技場で勝った時貰えるんだっけか?親父にも作って貰った気がする。これがあったから攻撃力が、…攻撃…力…が…?
…待て、よ?どうして俺はこんなもん付けて戦ってたんだ?
俺が持ち込みたかったのは消耗戦だろ?馬鹿か俺は?大事なのはなんだ?攻撃力じゃないだろう?
ジェットブーツとイクストリームで、速度は相殺されて本来の俺の早さに戻ってただけだった?
紋章の存在に気付いてさえいれば、戦闘の途中に外してさえいれば…?

その瞬間、ロイドの脳内で先程の闘神との戦闘が繰り広げられる。

虎牙破斬と空間翔転移を合わせたあの高速の…光速の技。あれのせいで俺は力の差を確信した。だけど今なら、どうだ?体は比べ物にならないほど格段に軽い。…そうだ。俺は避ける事が出来た。確実に。
そしてクレスは、この事を知らない。俺の体の動きはあれが限界だと思ってる。しかもご丁寧に手加減までしてくれてる。もし…もし、再び戦闘をして、限り無くクレスが俺に近付き、隙を見せた時、これを外して神速の一撃を見舞えば?
あれ?
…やれる?
まだ俺は、やれる?
やれる!?
やれる!??
え?
やれるのか?
まだ俺はやれる?
まだ俺はやれる!?
まだ、俺は、やれる!!

勝機はまだある。今、その光を見た。剃刀の刃が入るか否かの隙間は、今確実に広がった。
彼の心に再び火が灯り出す。


143 :全てが集う場所で―between red and blue― 3:2007/09/26(水) 00:50:12 ID:tRj2SyEzO
そうだ。俺は何を考えてるんだ?自分で言ってたじゃないか。“死ぬ事には何の意味もない”って。俺は馬鹿だな。よく考えてみやがれ。
まだコレットも生きてる。
ヴェイグだって、カイルだって、グリッドだって、キールだって生きてる!
自分が死んだらどうなる?

“あとは勝手に野たれ死ね”“とっとと死ね。これは僕からの命令だ”

…いやだね!俺は自由なんだ。行き方も死に方も、俺が決める。肉体の死は確かに訪れた。だけど、お前なんかに指定された方法で死んでたまるか!

火が膨らむ。真の絶望を知ったズタズタの彼は、そこから這い上がろうと必死でもがく。火はそんな彼を後押しする。

“殺す価値もない”“木偶の坊”

確かにそうかもしれない。
俺は父さんみたいに冷静じゃないし、ジーニアスみたいに頭も良くない。
先生みたいに正しい判断は出来ないし、プレセアみたいな力もない。
ゼロスみたいな話術もないし、リーガルみたいなキザな部分は一つもない。
しいなみたいに素早いわけでもなければ、コレットみたいに笑って全てを許せる程寛容ではない。
でも俺には、生きる価値がある。そこにいるだけで価値がある!
自分勝手かもしれない。けど、なんなら俺が勝手に決めてやる!仲間から必要とされている!それが価値だ!

火は炎へと変わろうとする。クレスの言葉という二酸化炭素を、ロイドは追い返す。
呼吸を必要としない体だが、ロイドは目を閉じ、そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。まだ、脳は呼吸の仕方は覚えていた。



144 :全てが集う場所で―between red and blue― 4:2007/09/26(水) 00:52:20 ID:tRj2SyEzO
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

父さんがハイマで言ってたじゃないか。
“お前は、間違えるな”

絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

自分に言い聞かせるように。
“火よ、炎に変われ。”

絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

今は、まだ俺の死ぬ時じゃない。力の差?それがどうしたよ!力の差、それは諦めと同意語か?違うだろ!?
こんな不抜けの姿を見て、コレットはどう思うだろう。…きっと俺を軽蔑する。
最後の最後に、こんな姿を晒せるかよ!コレットはまだ生きてる!救うんだ、俺が。クレスなんかに、コレットを殺されてたまるかよ!
見せてやるよ、クレス!
絶望から這い上がった人間の強さをな!



145 :全てが集う場所で―between red and blue― 5:2007/09/26(水) 00:54:29 ID:tRj2SyEzO

絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

…ふっきれたよ。力の差なんか、怖くないさ。
だってそうだろう?今の俺はこうして、呼吸をするだけで心に火を灯せる。なのにどうして、怖がる必要があると言うのか。

最後にもう一度だけ、ゆっくりと。
…絶望を吐く。希望を吸い込む。

もう、絶対に、迷わない。

火は炎へと変わった。そしてロイドはついに絶望から這い上がった。
灯った炎はもう消える事はないだろう。
ロイドはEXジェムを動かす。EXスキル、リラックスを発動。更に、パーソナルを発動。
(回復してる間に攻撃されたらたまったもんじゃないからな。即座に動けるようにはしておこう)

ロイドは無言のまま目を開く。暫く目を閉じていた弊害か、非常に眩しい。
だが、最初の眩しさとはどこか違う。別段、不快感は感じない。
むしろこの眩しさが精神の“生”の証拠である気がして、自らの炎の具現化されたものである気がして、嬉しかった。
こんなにも広い空で、一片の迷いも感じられない程、何万年も輝き続ける太陽。
…絶望から這い上がる前の自分が、これに不快感を覚えた理由が分かる気がした。
こんなにも広い大地で、輝きを失った自分。
それと対になる存在になっていたからなんだと思う。
だからこそ、今の自分は嬉しさを強く覚えた。
こんなにも広い大地で、再び輝きを取り戻した自分。
それと太陽は重なり、そして太陽と同じく、この景色はずっと輝き続けられるという自信を自分に与えてくれた。


146 :全てが集う場所で―between red and blue― 6:2007/09/26(水) 00:57:21 ID:tRj2SyEzO
ロイドは再び目を閉じた。
そして再び開く。
先程の景色が、そこにはあった。

…よかった。何も変わってない。

ロイドは空が何も変わらない事を確かめると、イクストリームを再び手に固定する。
(頼むぜ、紋章様。お前がミソなんだ。)
そしてさっきまでの自分、即ち絶望について考えた。
(這い上がる前と後での景色は、こんなにも違うんだな…)
絶望と言う穴は、世界を狭く、そして自分を小さく、汚く見せる魔力を持っている。
絶望は孤独となり、孤独は判断を狂わせる。そして全てを放棄させる。
…脳裏に少年の姿が過ぎる。
彼の絶望と孤独は、これより深かったのだろうか。
初めて墜ちて分かる、この気持ち。

だけど俺はお前とは違うぜ。そこから這い上がってみせた。お前はそれを諦めた。
たったそれだけの違いだけど、全然違うんだ。
違いは心の弱さ。
一回は折れかけた俺の心も、もう折れない。
世界を見捨てたお前と一緒になってたまるかよ!
人は変われるんだ!

“墜ちた天使、ミトス=ユグドラシル”

今、ロイドは彼を理解した上で哀れみ、そして違いを再認識した。

…さて、と。
だいぶ落ち着いた。回復も少ししたみたいだし、これからの事を考えないとな。まずは、剣か。武器が無いのは正直、キツい。獅子戦吼や魔神剣…いや、この場合魔神拳か?とにかくそれらの技を使おうと思えば使えるが、威力はがた落ちだ。
刀を作らないと。
…でも、クレスにとっては木刀はただの玩具。どうすれば…。
忍刀を使うか?いや、だめだ!
一刀流は得意じゃない。エターナルソードを戦闘で使う時のために一応は扱えるけど、クレスには通用しない。あれはもしもの時のために、一応は持っておく程度の武器にしよう。
…迷ってる暇は無い。武器がないままこんなところで休憩するのは馬鹿としか言い様が無い。


147 :全てが集う場所で―between red and blue― 7:2007/09/26(水) 00:59:04 ID:tRj2SyEzO
他に武器が無いなら、俺には木刀しか。

ロイドは起き上がり、紫電を纏う忍刀を取り出した。
幸運にも、ロイドが倒れていたすぐ後ろに森はあった。ロイドは森の入口付近の木を見上げる。
「あれなら…いけそうだな」
暫く木々を吟味した後、ロイドは一つの木を見上げたまま呟く。
EXスキル、スカイキャンセル発動。
背中の翼を羽ばたかせ、イクストリームで強化させた筋肉でジャンプする。
飛ぶ、と言うよりは跳ねる、といったところか。
それでも常人の数倍は跳ね上がり、羽を空中で動かす事で、常人の数倍は空中に停滞する。
目当ての枝を忍刀で二本とも切り落とし、着地。
一見簡単な作業に見えるが、天使以外の人間から見れば十分脅威だった。
(天使ってのは本当便利な体してやがるぜ)
ロイドは頭の中で思うと、先程倒れていた場所へ戻り、座る。

そして忍刀で木を削り出して…
(…待てよ。)
ロイドは削りつつある考えが浮かんだ。この忍刀、使えないだろうか。
…一方の木刀の内部に、忍刀を仕込む。
小細工はあまり好きじゃないが、クレスには力だけでは勝てない。
だが手札はほぼ披露してしまった。一度見た技ならクレス程の実力者なら安易に見切れるだろう。
けど、そこに弱点がある。それを利用する。
ならどうする?
答えは簡単だ。

見た技と思わせればいい。

瞬迅剣に見えた、瞬雷剣。
虎牙破斬に見えた、雷破斬。

モーションは全く同じだ。一度見せた技なら、最後の電速の一撃を避けられる訳が無い。
モーションが同じなら、クレスなら躱し方、ガードの仕方が分かるから。そこに付込む。
いかにクレスと言えども、雷を脳天に食らえば隙が出来る。…そこから、一気に技を繋げて決着を付ける。
…まさか、雷の速度で行動をするなんて真似は出来ないだろう。どこかの神じゃあるまいし。


148 :全てが集う場所で―between red and blue― 8:2007/09/26(水) 01:01:27 ID:tRj2SyEzO
(これならいけるぞ…まだ勝機はある!)

勉強や作戦等、頭を使う作業を苦手とするロイドだが、相手がクレスである以上は考えなければ勝てない。

木刀を急いで完成させつつ、ロイドは平行して作戦を立てていた。…いや、作戦と言うよりは、ただの小細工か。
先程の攻防を思い出しながら、足りない脳で考える。

あいつの…クレスのすげえところは、空間転移を技に組み込んで自在に使いやがる所だ。だけどそこだけだ。空間転移さえ攻略すれば、ただの闘神。
まあ…それでも厄介なのは分かってるけど。本気クレスの凄まじい時空のコーティング。あれは正直、脅威だ。俺の秘奥義の時の時空のパワーを常に込めたような、絶対的かつ圧倒的な力。
更にあの格闘能力。さすがに手枷を外したリーガルの手には劣るけど、それでもあの正確かつ迷いが無い蹴りはすごかった。…でも、俺だってそこまで馬鹿じゃない。同じ技は喰わない。
…けど、それ以上の不安。
“多分、あいつにも秘奥義はある。それもかなり強力な。”
使われる前に連打で倒さなければ、今度こそ殺される。

…ああ、だめだだめだ。何、相手を追い詰めた場合の事考えてるんだよ、俺?
秘奥義なんてピンチの時しか使わないだろ?
まず解決すべき問題は、空間転移だ。
…くそっ!どうにもならねえってのかよ!?
何か、弱点はないのか?



149 :全てが集う場所で―between red and blue― 9:2007/09/26(水) 01:04:19 ID:tRj2SyEzO
恐ろしい早さで片方の木刀を完成させると同時に、ロイドは苛立ちを覚えた。

小細工ばっかで、攻略法は一つも無いじゃないか!
あれ程何度も技を見たのにっ!くそ!
クレスなら一回で見切りやがるってのに、なんてざまだ。
…でも…とにかく、今は武器を作るしかねえか…。
その後は、どうする?
…やっぱ、クレスを探すしかねえな。
キール達もカイル達も、多分大丈夫だ。

そして、ロイドはもう片方の木刀作成に取り掛かる。
流石にこう何度も木を加工していると、その手付きも慣れたものになっている。
持ち前のドワーフ仕込みの器用さと合わせ、恐るべき速度でもう一方も完成させようとする。
…もちろん、忍刀を差し込む隙間の細工も忘れない。
忍刀を仕込む事を考えて、刀は二つとも以前のものより太く造る。
もちろん、防御能力、殺傷能力上昇の意味合いも込めて。
片方のそれを少し重くする事も、忘れない。
二刀流は、左右の刀の絶妙なバランスが大事なのだ。
忍刀による重さの崩れも計算し、刀を造る。
…感覚だけでそのバランスを計れるのは、流石はロイドといったところか。

…イクストリームと、忍刀。
ロイドにとって、この二つのアイテムにクレス攻略の全てが掛かっていると言っても過言では無い。

「よし、とりあえずこれで完成だ」

太さはワルキュリアセイバー並となってしまったが、材質が材質故に重さはさほど気にならない。
…むしろ鉄に比べれば全然軽いのだから、問題はまるで無い。
最後に、紫電を纏う忍刀を隙間に差し込む。
細かい作業、それも砕けた手でのものだったが、その出来は驚くべきのものだった。何も知らない人間がこの武器を見て、まさかものの数分で完成させた即席木刀セットだとは思わないだろう。


150 :全てが集う場所で―between red and blue― 10:2007/09/26(水) 01:06:22 ID:tRj2SyEzO
ロイドは一度満足気に刀を見つめると、着ていた服を破りそれを左右の手に固定する。

…服を破る際に自分の傷付いた体を見るのは少し辛かったが、それは深く考えない事にした。
(…ちっ。傷、見ちまったせいであんま気分がよくないな。もうちっと休むか。)
EXスキル、リラックスを再び発動し、ロイドは倒れ込む。

…自分は死んでいる。
生きているのに、死んでいる。この不思議な感覚にも、だいぶ慣れた。
…しかし、十中八九もう自分に残された時間はほんの一握り。
次にクレスと対峙した時、結果がどうであれ。
おそらく、自分は。

…時間が無い。だが、少しでも回復しなければ。
おそらくこのエリアが最終決戦の舞台になるだろう。馬鹿な俺でもそう予想しているんだから、クレスもそれは理解していると思われた。
(もちろん、仮定だけどな。)
だから、このエリア内にいる限りクレスとそこまで距離が開く事は無い。それがせめてもの救い。…焦っても仕方無い。
あと5分くらいしたら、動こう。
そう考えた後、ロイドは目を閉じる。

これだけ動いて体の調子がナチュラルハイってのも、本当に不思議だ。
…疲れて無い分、休息というものの意味が無く感じる。
しかしそれは表面上。
生命体である以上、いつか死ぬ。即ち、体力があるという事。もちろん、俺にも。…クレスにも。
今の体は体力を気にせずに動けるというだけだ。体力が無限にあるわけじゃない。
だから休息も大事だ。
癒されているのかいないのかは分からないが、クレスに会う前に力尽きては意味が無いのだ。

ロイドはそこまで考えて、さて、イメージトレーニングでもしようか、と頭を切替えようとした。
それと、ほぼ同時だった。



151 :全てが集う場所で―between red and blue― 11:2007/09/26(水) 01:08:10 ID:tRj2SyEzO
天使化により強化された彼の耳に、ある音が入る。それほど遠くではないようだが、しかし決して近くはない。
特に気にする事は無い、と思ったが、念のため音の方向へと首を向ける。
彼の強化された目は、何かを捉えた。


…光?

それは、一筋の光。
地面から発せられていたそれは、金属や炎とは違う光を見せていた。
…光源では無い。

(これは…光じゃねえ。
 …反射、か?)

ロイドは目を細める。
(よく見えないな…)
天使の思いを察してか、空に浮かぶ太陽に、一瞬だけ雲が掛かる。
光は遮られ、反射していた物体が鮮明に彼の目に…

「…な、」
目を丸く開き、口は「な」の発音の時のまま硬直する。
自分が見たものが信じられない。そんな表情。
そう。光を反射していたそれは、氷で構成された、円形の、真ん中に穴が空いた、

「…チャク…ラム?」

ロイドは頭を左右に振り、「落ち着け、」と自分に言い聞かせ、目を閉じる。
(残っている奴で、チャクラムを武器として使える奴は、誰だ?)
…決まってる。

目を、開いた。

「コレットだ。」

そうだ。コレットだ。
コレットしか居ない。
なんで氷なのかは分からないけど、コレットだ。間違い無い。
…けど、待てよ。

嬉しい気持ちのその裏で、嫌な予感がする。

チャクラムを使ったという事は?即ちどういう事だ?
くそ!冷静になれ!クールになれ、ロイド=アーヴィング!
…そうだ。簡単じゃないか。
今のコレットは、
“武器を使わなければならない状況にある”
…更に、もう一つの嫌な予感。
相手は、もしかして…もしかして、



152 :全てが集う場所で―between red and blue― 12:2007/09/26(水) 01:09:47 ID:tRj2SyEzO
唾を飲み込み、チャクラムを見据えたままある名前を呟く。

「クレス=アルベイン」

脳内で時間が止まる。
“まずい。”
直感的にそう感じる。理由は無い。言わば、生物的本能。危険だ。
とにかく、このままでは、まずい。
なら、どうする?
決まってる!
彼は足を曲げると、勢い良く地面へと戻す。その勢いはそのまま胴体へと伝わり、彼の体を浮かせる。
彼は、立ち上がった。
刀を固定した拳を、握る。

「クレス…」

髪で彼の目が隠れる。

「コレットに指一本、触れてみやがれ…。
 傷一つでも、付けてみやがれ…」

風が吹く。
その風と同時に、ロイド=アーヴィングは消えた。否、走り出した。常人には理解出来ない早さで。
歯を食いしばり。
不安と焦りを怒りに変え。
人知を越えた速度で。
心の炎を激しく滾らせ。
目は鷹の様に鋭く。
翼を震わせ。
…その姿はまるで、鬼神。

コレットに傷を負わせる。それは、ロイドの逆鱗に触れる事に同意だ。
かつての敵、五聖刃のクヴァル、フォシテスに迷わずそうしたように、コレットを傷付けた敵は許さない。

鬼神は、大地を揺るがす程の大声で叫んだ。

「お前を絶対に許さねえぞ!クレスー!!」

153 :全てが集う場所で―between red and blue― 13:2007/09/26(水) 01:10:56 ID:tRj2SyEzO
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP10% TP10% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想 右手首から右肩にかけて衣類喪失
   無痛症(痛覚神経が死滅) 再び燃え上がった戦意 怒り
所持品:強化版木刀(右手用に忍刀・紫電入り) エターナルリング ガーネット イクストリーム ジェットブーツ フェアリィリング
基本行動方針:コレットとクレスを追う クレスを倒す作戦を考える
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡前

※ロイドは自身のHPの正確な把握は不可能
※左の木刀はガーネットの火属性ですが、右の木刀にはガーネットは影響しないもの(つまり雷属性のみ)として考えて下さい

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 10:38:58 ID:VlfTjCEJO
最強なんて「のけ反り無効」が付いた
マイソロ主人公だろwww

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 14:25:31 ID:y7myHEpIO
くだらねえスレ立てるんじゃねえよ
これだから厨儲って言われるんだよ

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 14:26:50 ID:y7myHEpIO
ゴバク

157 :全て集う場所で―between red and blue― 1修正:2007/09/29(土) 13:45:19 ID:M0M7JVMeO
太陽が憎いほど眩しい。苛々する。理由は分からない。だがロイドは激しい不快感を覚えた。別に目を逸らして見ない事も可能だったが、面倒臭かった。苛々しようがしまいが、もうどうでもよかった。
ぴくり。彼の指は動く。その先にあるモノを以てこの世界を終わりにするべく。
かちり。彼の左手から何かの音がする。
この表現は正しいようで正しくなかった。その間に、もう一つ音があったから。
とす。ロイドの胸から何かが落ちた。彼でなければ聞こえない小さな音。
その音にロイドは驚く事はしなかった。絶望の深淵に居る彼にとってそんな事はどうでもいい事だった。
が、指と背中の光翼はロイドの思いとは関係なく反応する。指はその音に反応して左手甲の石に触れ、かちりと音を立てた。
同時に全身を駆け巡る違和感。体が、尋常じゃない程に軽い?…有り得ない。天使の体は疲れを蓄積しない。体が重いとか軽いとか、そんな事を感じる作りには出来ていない。
だから、有り得ない。だが今、その有り得ない感覚に襲われている。しかも気のせいとは思えない程の激しいそれに。
「……?」
ロイドは急激な体の変化に自分の頭がおかしくなったのではと疑う。だがこれだけ冷静でいられる自分がおかしくなっているとは到底思えない。確認しなければ。
ロイドは首を輝く太陽から背ける形で音源を目に写した。
黄色と赤の、物体。
胸に忍ばせていた、あれが激しい戦闘で外れたのだ。
それは攻撃力を大幅に上昇させる代償に、回避が大幅に下る能力を持つ紋章。
イクストリーム。
クレスとの戦闘中、完全に存在を忘れていた装飾品だった。

158 :全て集う場所で―between red and blue― 2修正:2007/09/29(土) 13:48:10 ID:M0M7JVMeO
あぁ、こんなもんもあったな。こいつが外れたから、体が軽くなったのか。
確か闘技場で勝った時貰えるんだっけか?親父にも作って貰った気がする。
これがあったから更に限界を越えられて攻撃力が……あれ?……攻撃…力、が……?
――待て、よ?どうして俺はこんなもん付けて戦ってたんだ?
確かに朝での考えは限界を突破する事だった。
だからイクストリームを装備する事自体は間違いじゃなかった。むしろ理に敵っていた。
けど、けどだ。クレスとの戦闘中、俺が考えて至った作戦は何だった?
俺が持ち込みたかったのは消耗戦だろ?馬鹿か、俺は?消耗戦において大事なのはなんだ?攻撃力じゃないだろう?
確かにイクストリームによる回避低下を補う為にジェットブーツで速度を増していた。結果的に速度は少しばかり上昇していた。けど、今考えたら。
本来のジェットブーツによる速度上昇能力が半分も活かせてなかった気がした。
紋章の存在に気付いてさえいれば、消耗戦を決意した先程の戦闘中に外してさえいれば?
つまり、そうだな。えーと…ジェットブーツの速度を200と考える。イクストリームが奪う速度を100と考える。そしたらさっきの戦闘での上昇速度は、えー……なんだ?
100でいいのか?
イクストリームを装備しなかった場合は速度は200だから、200÷100で…あれ?いくつだ?
くそっ、先生の授業真面目に受けとくんだったなあ。三桁の計算なんて暗算できねえよ…。


159 :全て集う場所で―between red and blue― 3修正:2007/09/29(土) 13:52:11 ID:M0M7JVMeO
んー。えーと?まあ2倍から3倍ってとこだろ。
畜生。
全然違うじゃねえか。

その瞬間、ロイドの脳内で先程の闘神との戦闘が繰り広げられる。
虎牙破斬と空間翔転移を合わせたあの反則じみた高速の、光速の技。あれのせいで俺は力の差を確信した。だけど今なら、どうだ?体は比べ物にならないほど格段に軽い。…そうだ。俺は避ける事が出来た。確実に。
――そうか!クレスは、この事を知らない。俺の体の動きはあれが限界だと思ってる。しかもご丁寧に手加減までしてくれてる。もし…もし、再び戦闘をして、限り無くクレスが俺に近付き、隙を見せた時、これを外して神速の一撃を見舞えば?
あれ?
…やれる?
まだ俺は、やれる?
やれる!?
やれる!??
え?
やれるのか?
まだ俺はやれる?
まだ俺はやれる!?
まだ、俺は、やれる!!
勝機はまだある。今、その光を見た。剃刀の刃が入るか否かの隙間は、今確実に広がった。
彼の心に再び火が灯り出す。

そうだよ。俺は何を考えてるんだ?自分で言ってたじゃないか。“死ぬ事には何の意味もない”って。俺は馬鹿だな。よく考えてみやがれ。
まだコレットも生きてる。
ヴェイグだって、カイルだって、グリッドだって、キールだって、……メルディだって生きてる!
自分が勝手に死んだらどうなる?
“あとは勝手に野たれ死ね”“とっとと死ね。これは僕からの命令だ”
…いやだね!俺は自由なんだ。行き方も死に方も、俺が決める。肉体の死は確かに訪れた。
だけど、お前なんかに指定された方法で死んでたまるかよ!
火が膨らむ。真の絶望を知ったズタズタの彼は、そこから這い上がらんと必死でもがく。
火は、そんな彼を後押しする。


160 :全て集う場所で―between red and blue― 4修正:2007/09/29(土) 13:55:31 ID:M0M7JVMeO
“殺す価値もない”“木偶の坊”
確かにそうかもしれない。
俺は父さんみたいに冷静じゃないし、ジーニアスみたいに頭も良くない。
先生みたいに正しい判断は出来ないし、プレセアみたいな力もない。
ゼロスみたいな話術もないし、リーガルみたいなキザな部分は一つもない。
しいなみたいに召喚術が使える訳でもなければ、コレットみたいに笑って全てを許せる程寛容ではない。
俺は、誰かに助けて貰わなけりゃ生きていけない自信がある。でもそれがどうした?一人は弱いから、互いを補い合えるから、仲間だろ?馴れ合いと言われても構わないさ。
一人で生きていける強さなんて、俺はいらない。
俺には、生きる価値がある。そこにいるだけで価値がある!
自分勝手かもしれない。けど、なんなら俺が勝手に決めてやる!仲間から必要とされている!それが価値だ!

火は炎へと変わらんとする。クレスの言葉という二酸化炭素を、ロイドは追い返す。
呼吸を必要としない体だが、ロイドは目を閉じ、そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。絶望を吐くイメージ。希望を吸うイメージ。
髪の毛から、爪先まで、全てを入れ替えるイメージ。
幸運にも、脳はまだ呼吸の仕方を覚えていた。

絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

父さんがハイマで言ってたじゃないか。
“お前は、間違えるな”
親父が言ってくれたじゃないか。
“ロイド、ドワーフの誓い第7番を忘れるんじゃねぇぞ”



161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 13:57:37 ID:No0z4OXhO



162 :全て集う場所で―between red and blue― 5修正:2007/09/29(土) 13:57:47 ID:M0M7JVMeO
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

そうさ、だからここまで来れた。別に正義の旗を振りかざしてやってきた訳じゃないけどな。
その結果、肉体の生の証を失おうと。最後の最後に間違えちゃ、皆に合わせる顔がねえよな?
格好悪いったらありゃしねえ。
だから、自分に言い聞かせるように。
“火よ、炎に変われ。”

絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

今は、まだ俺の死ぬ時じゃない。力の差?それがどうしたよ!力の差、それは諦めと同意語か?違うだろ!?
こんな不抜けの姿を見て、コレットはどう思うだろう。…きっと俺を軽蔑する。
最後に、こんな姿を晒せるかよ!コレットはまだ生きてる!救うんだ、俺が。クレスの馬鹿野郎なんかに、コレットを殺されてたまるかよ!
見せてやるよ、クレス!
絶望から這い上がった人間の強さをな!



163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 13:59:50 ID:No0z4OXhO



164 :全て集う場所で―between red and blue― 6修正:2007/09/29(土) 14:01:02 ID:M0M7JVMeO
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。
絶望を吐く。希望を吸い込む。

…ふっきれたよ。力の差なんか、怖くないさ。
だってそうだろう?今の俺はこうして、呼吸をするだけで心に火を灯せる。なのにどうして、何処に怖がる必要があると言うのか。

最後にもう一度だけ、ゆっくりと。
…絶望を吐く。希望を吸い込む。

もう、絶対に、迷わない。
俺の行き着く先を、見せてやるさ。何度斬られても、何度殴られても、何度罵倒されても。この体が動く限り、止まってちゃ背負ったモンが全部無駄になっちまう。
そうだろ?
――メルディ。

火は炎へと変わった。そしてロイドはついに絶望から這い上がった。灯った炎はもう消える事はないだろう。
ロイドは右手でEXジェムを動かす。複合EXスキル、リラックスを発動。更に、EXスキル、ダッシュを発動。
(回復してる間に攻撃されたらたまったもんじゃないからな。即座に動けるようにはしておこう)
ロイドは無言のまま目を開く。暫く目を閉じていた弊害か、非常に眩しい。
だが、最初の眩しさとはどこか違う。別段、不快感は感じない。
むしろこの眩しさが精神の“生”の証拠である気がして、自らの炎の具現化されたものである気がして、嬉しかった。


165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 14:01:29 ID:No0z4OXhO



166 :全て集う場所で―between red and blue― 7修正:2007/09/29(土) 14:03:17 ID:M0M7JVMeO
こんなにも広い空で、一片の迷いも感じられない程、何万年も輝き続ける太陽。
…絶望から這い上がる前の自分が、これに不快感を覚えた理由が分かる気がした。
こんなにも広い大地で、輝きを失った自分。
それと対になる存在になっていたからなんだと思う。
だからこそ、今の自分は嬉しさを強く覚えた。
こんなにも広い大地で、再び輝きを取り戻した自分。
それと太陽は重なり、そしてそれと同じく、ずっと輝き続けられるという自信を自分に与えてくれた。
ロイドは再び目を閉じた。
三秒待つ。そして再び開く。
先程の景色が、そこにはあった。
ロイドは一瞬安堵の表情を浮かべると、イクストリームを戦闘中に外しやすい、左手に固定する。
これならEXジェムを弄りつつ外す事も可能だ。例えば、イクストリームを外すと同時にEXスキルのイベンション、ダッシュを付ける。速度はそこから一気に数倍に膨れ上がるだろう。他にもパターンはいろいろと考えてる。
可能性は、無限に広がる。
(頼むぜ、紋章様。お前がミソなんだ)
少し思考に余裕が出来たロイドは、さっきまでの自分、即ち絶望について考えた。
(這い上がる前と後での景色は、こんなにも違うんだな…)
絶望と言う穴は、世界を狭く、そして自分を小さく、汚く見せる魔力を持っている。
絶望は孤独となり、孤独は判断を狂わせる。そして全てを放棄させる。
…脳裏に一人の少年の姿が過ぎる。
彼の絶望と孤独は、これより深かったのだろうか。
初めて墜ちて分かる、シャドウより、ブラックオニキスより更に黒い、絶望の味。
そしてそれは身を任せるに心地良さを感じる温度。
俺はそれを体験した。
漆黒に抗うより、それに身を任せた方が心地良かった。
……だけど俺はお前とは違うぜ。そこから這い上がってみせた。お前はそれを諦め、全てを放棄した。


167 :全て集う場所で―between red and blue― 8修正:2007/09/29(土) 14:06:26 ID:M0M7JVMeO
たったそれだけの違いだけど、全然違うんだ。
違いは心の弱さ。
一回は折れかけた俺の心も、もう折れない。
世界も仲間も見捨てたお前なんかと一緒になってたまるかよ!
人は変われるんだ!

“墜ちた天使、ミトス=ユグドラシル”

今、ロイドは彼を理解した上で哀れみ、そして違いを再認識した。――あいつのやり方は、やっぱ間違ってる。
…さて、と。
だいぶ落ち着いた。回復も少ししたみたいだし、これからの事を考えないとな。まずは、剣か。武器が無いのは正直、キツい。獅子戦吼や魔神剣…いや、この場合魔神拳か?とにかくそれらの技を使おうと思えば使えるが、威力はがた落ちだ。
刀を作らないと。
でも、クレスにとっては木刀はただの玩具。どうすれば……。
忍刀を使うか?いや、だめだ!
一刀流は得意じゃない。エターナルソードを戦闘で使う時のために一応は扱えるけど、クレスにはそんな付け焼き刃は通用しない。あれはもしもの時のために、一応は持っておく程度の武器にしよう。
……迷ってる暇は無い。武器がないままこんな目立つ場所で休憩するのは馬鹿としか言い様が無い。
他に武器が無いなら、俺には木刀しか。
ロイドは起き上がり、紫電を纏う忍刀を取り出した。
幸運にも、ロイドが倒れていたすぐ後ろに森はあった。ロイドは森の入口付近の木を見上げる。


168 :全て集う場所で―between red and blue― 9修正:2007/09/29(土) 14:08:09 ID:M0M7JVMeO
「あれなら…いけそうだな」
暫く木々を吟味した後、ロイドは一つの木を見上げたまま呟く。
EXスキル、スカイハイ発動。
背中の翼を羽激かせ、イクストリームで強化させた筋肉で飛ぶ。
いや、飛ぶと言うよりは跳ねる、といったところか。
それでも常人の数倍は跳ね上がり、羽を空中で動かす事で、常人の数倍は空中に停滞する。
目当ての枝を忍刀で二本とも切り落とし、着地。
一見簡単な作業に見えるが、天使以外の人間から見れば十分脅威だった。
(天使ってのは本当便利な体してやがるぜ)
コレットとシルヴァラントを旅していた時は天使の不便さをジーニアスとよく語り合ったものだが、いざ体感してみるとこんなにも便利だ。
ロイドは頭の中で思うと、先程倒れていた場所へ戻り、座る。
そして忍刀で木を削り出して―――
(待てよ。)
脳裏にある考えが過ぎる。この忍刀、使えないだろうか。
……一方の木刀の内部に、忍刀を仕込む。
小細工はあまり好きじゃないが、クレスには力だけでは勝てない。先程の戦闘でそれは確信に変わった。
だが手札はほぼ披露してしまった。一度見た技ならクレス程の実力者なら安易に見切ってしまうだろう。
しかし、そこに弱点がある。それを利用する。
ならばどうする?
答えは簡単だ。
“見た技と思わせればいい”

瞬迅剣に見えた、瞬雷剣。
虎牙破斬に見えた、雷破斬。

モーションは全く同じだ。一度見せた技なら、最後の電速の一撃を避けられる訳が無い。
モーションが同じなら、クレスなら往なし方、ガードの仕方が分かるから。そこに付込む。
いかにクレスと言えども、雷を脳天に食らえば何秒か隙が出来る。…そこから、一気に技を繋げて決着を付ける。
…まさか、雷の速度で行動をするなんて真似は出来ないだろう。どこかの神じゃあるまいし。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 14:09:30 ID:Em6EibQE0
 

170 :全て集う場所で―between red and blue― 10修正:2007/09/29(土) 14:10:40 ID:M0M7JVMeO
(これならいけるぞ…まだ勝機はある!)
勉強や作戦等、頭を使う作業を苦手とするロイドだが、相手がクレスである以上は考えなければ勝てない。

木刀を急いで作成しつつ、ロイドは平行して作戦を立てていた。いや、作戦と言うよりは、ただの小細工か。
先程の攻防を思い出しながら、足りない脳で考える。
あいつの…クレスのすげえところは、空間転移を技に組み込んで自在に使いやがる所だ。だけどそこだけだ。空間転移さえ攻略すれば、ただの闘神。
…それでも厄介なのは分かってるけど。本気クレスの凄まじい時空のコーティング。あれは正直、脅威だ。俺の秘奥義の時の時空のパワーを常に込めたような、絶対的かつ圧倒的な力。
更にあの格闘能力。さすがに手枷を外したリーガルの手には劣るけど、それでもあの正確かつ迷いが無い蹴りはすごかった。…でも、俺だってそこまで馬鹿じゃない。同じ技は喰わない。
…けど、それ以上の不安。
“多分、あいつにも秘奥義はある。それもかなり強力な。”
使われる前に連打で倒さなければ、今度こそ殺される。例外は無い。これは決定事項だ。
…ああ、だめだだめだ。何、相手を追い詰めた場合の事考えてるんだよ、俺?
秘奥義なんてピンチの時しか使わないだろ?
まず解決すべき問題は、空間転移だ。
…くそっ!どうにもならねえってのかよ!?
何か、弱点はないのか?

恐ろしい早さで片方の木刀を完成させると同時に、ロイドは顔を左右に振り、そして眉をしかめる。自分の甘い考えに、苛立ちを覚えた。
小細工ばっかで、攻略法は一つも無いじゃないか!
あれ程何度も技を見たのにっ!くそ!
クレスなら一回で見切りやがるってのに、なんてざまだ。これがあいつと俺のポテンシャルの違いかよ。


171 :全て集う場所で―between red and blue― 11修正:2007/09/29(土) 14:13:06 ID:M0M7JVMeO
……でもとにかく、今は武器を作るしかねえよな…。
この後は、どうする?
……やっぱ、クレスを探すしかねえな。
キール達もカイル達も、多分大丈夫だ。

ロイドはそう考え、もう片方の木刀作成に取り掛かる。
流石にこう何度も木を加工していると、その手付きも慣れたものになっている。
持ち前のドワーフ仕込みの器用さと合わせ、恐るべき速度でもう一方も完成させようとする。
…もちろん、忍刀を差し込む隙間の細工も忘れない。
忍刀を仕込む事を考えて、刀は二つとも以前のものより太く造る。
もちろん、防御能力、殺傷能力上昇、耐久性強化の意味合いも込めて。
片方のそれを少し重くする事も、忘れない。
ロイドの二刀流は、左右の刀の絶妙なバランスが大事なのだ。ジューダスのような、攻撃と防御の役割をそれぞれの剣が果たしているものとは違い、ロイドのそれは両方の刀で成り立つ。どちらかに優劣があっては成り立たない、変則的二刀流。
だから忍刀による重さの崩れも計算し、刀を造る。
感覚だけでそのバランスを計れるのは、流石はロイドといったところか。

…イクストリームと、忍刀。
ロイドにとって、この二つのアイテムにクレス攻略の全てが掛かっていると言っても過言では無い。
「よし、とりあえずこれで完成だ!」
太さはワルキュリアセイバー並となってしまったが、材質が材質故に重さはさほど気にならない。
…むしろ鉄に比べれば全然軽いのだから、問題はまるで無い。
最後に、紫電を纏う忍刀を隙間に差し込む。
その様はまさに、“忍ぶ刀”。
細かい作業、それも砕けた手でのものだったが、その出来は驚くべきのものだった。何も知らない人間がこの武器を見て、まさかものの数分で作られた即席木刀セットだとは夢にも思わないだろう。


172 :全て集う場所で―between red and blue― 12修正:2007/09/29(土) 14:15:44 ID:M0M7JVMeO
(でも、少し雑になっちまったな。もう少し時間をかけて作りたかったんだけど…。ま、この状況で贅沢は言えないよな)
ロイドは一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐに満足気に刀を見つめると、来ていた服を破りそれを左右の手に固定する。
……服を破る際に自分の傷付いた体を見るのは少し辛かったが、それは深く考えない事にした。
(ちっ。傷、見ちまったせいであんま気分がよくないな。もうちっと休むか。)
複合EXスキル、リラックスを再び発動し、ロイドは倒れ込む。

…自分は死んでいる。
生きているのに、死んでいる。この不思議な感覚にも、だいぶ慣れた。
…しかし、十中八九もう自分に残された時間はほんの一握り。
次にクレスと対峙した時、結果がどうであれ。
おそらく、自分は。
…時間が無い。だが、少しでも回復しなければ。
おそらくこのエリアが最終決戦の舞台になるだろう。馬鹿な俺でもそう予想しているんだから、クレスもそれは理解していると思われた。
(もちろん、仮定だけどな。)
だから、このエリア内にいる限りクレスとそこまで距離が開く事は無い。それがせめてもの救い。…焦っても仕方無い。
あと5分くらいしたら、動こう。
そう考えた後、ロイドは目を閉じる。

これだけ動いて体の調子がナチュラルハイってのも、本当に不思議だ。
…疲れて無い分、休息というものの意味が無く感じる。
しかしそれは表面上。
生命体である以上、いつか死ぬ。盛者必衰。即ち、体力があるという事。もちろん、俺にも。…クレスにも。
今の体は体力を気にせずに動けるというだけだ。体力が無限にあるわけじゃない。
だから休息も大事だ。
癒されているのかいないのかは分からないが、クレスに会う前に力尽きては意味が無いのだ。



173 :全て集う場所で―between red and blue― 13修正:2007/09/29(土) 14:18:26 ID:M0M7JVMeO
ロイドはそこまで考えて、さて、イメージトレーニングでもしようか、と頭を切替えようとした。ロイドには丁度今思い付いた作戦があったからだ。
しかしある音により、イメージトレーニングはされる事なく休息の終わりは訪れた。


“それ”を聞いたのは頭を切り換える行為とほぼ同時だった。
天使化により強化された彼の耳に、ある音が入る。それほど遠くではないようだが、しかし決して近くはない。
特に気にする事は無い、と思ったが、念のため音の方向へと首を向ける。
彼の強化された目は、何かを捉えた。
(な…んだ?……光?)
それは、一筋の光。
地面から発せられていたそれは、マナや炎とはまた違う光を見せていた。
…光源では無い。
(この光り方は…光源じゃねえ。
 …反射、か?)
ロイドは目を細める。
(よく見えないな…)
天使の思いを察してか、空に浮かぶ太陽に、一瞬だけ雲が掛かる。
それは果たして、ロイドにとって幸運だったのか、不幸だったのか。未来だけが、それを知っている。
光は遮られ、反射していた物体が鮮明に目に、
「…な、」
目を丸く開き、口は「な」の発音の時のまま硬直する。
自分が見たものが信じられない。そんな表情。
そう。地面に刺さり光を反射していたそれは、白銀に輝く氷で構成された、円形の、真ん中に穴が空いた、
「…チャク…ラム?」
ロイドは頭を左右に振り、「落ち着け、」と自分に言い聞かせ、目を閉じる。
(残っている奴で、チャクラムを武器として使える奴は、誰だ?)
…決まってる。
目を、開いた。



174 :全て集う場所で―between red and blue― 14修正:2007/09/29(土) 14:22:11 ID:M0M7JVMeO
「――コレットだ。」

そうだ。コレットだ。
コレットしか居ない。
なんで氷なのかは分からないけど、コレットだ。間違い無い。
…けど、待てよ。
嬉しい気持ちのその裏で、二つの嫌な予感がする。
いや、それは確信に似ていた。
生温く、気持ち悪い風が吹く。
チャクラムを使ったという事は?即ちどういう事だ?
くそ!冷静になれ!クールになれ、ロイド=アーヴィング!
…そうだ。簡単な事じゃないか。剣士が剣を抜く時と同じ理由。
今のコレットは、
“武器を使わなければならない状況にある”
…更に、もう一つの嫌な予感。
相手は、もしかして…もしかして。
……心臓が高鳴る記憶が蘇る。……久しぶりのこの感覚。クラトスが自らを四大天使と名乗る瞬間、ミトスがユグドラシルだと知る瞬間、ゼロスが裏切る瞬間。
……無いはずの心臓が脈打つのを、確かに感じた。
ロイドは唾を飲み込み、チャクラムを見据えたままある名前を呟く。

「クレス=アルベイン」

脳内で時間が止まる。
まるで皮と肉の間を毒々しい芋虫が這い回る様な、理屈すら無い、純粋な嫌悪、そして全身を駆け巡る戦慄。
“まずい。”
直感的にそう感じる。理由は無い。言わば、生物的本能。危険だ。
とにかく、このままでは、まずい。
なら、どうする?
決まってる!
彼は足を曲げると、勢い良く地面へと戻す。その勢いはそのまま胴体へと伝わり、彼の体を浮かせる。
彼は、立ち上がった。
刀を固定した拳を、強く握る。
「クレス…」
俯いた彼の目は、影と垂れた髪により隠れる。
「コレットに指一本、触れてみやがれ…。
 傷一つでも、付けてみやがれ…」


175 :全て集う場所で―between red and blue― 15修正:2007/09/29(土) 14:25:49 ID:M0M7JVMeO
ロイドはそのままゆっくりと右手だけを左手へと動かす。絶望の底に居た時とは違う目的で。
複合EXスキル、リラックスを解除。EXスキル、パーソナルを発動。
少し間が空き、一陣の風が吹く。
その風を合図に、ロイド=アーヴィングは消えた。否、走り出した。常人には理解出来ない早さで。
歯を食いしばり。
不安と焦りを怒りに変え。
人知を越えた速度で。
心の炎を激しく滾らせ。
目は鷹の様に鋭く。
翼を震わせ。
拳を血が滲む程握り締め。
その姿はまるで、鬼神。
コレットに傷を負わせる。それは、ロイドの逆鱗に触れる事に同意だ。
かつての敵、五聖刃のクヴァル、フォシテスに迷わずそうしたように、コレットを傷付けた敵は許さない。
――鬼神は、風と同化しつつ。
天を裂き、大地を揺るがさんとする大声で咆哮する。

「お前を絶対に許さねえぞ!クレスー!!」

しかし悲しいかな、残酷な現実を知る瞬間は速度と比例して刻一刻と迫っている事実を、鬼神はまだ知らない。



176 :全て集う場所で―between red and blue― 16修正 :2007/09/29(土) 14:52:39 ID:Em6EibQE0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP5% TP10% 右手甲損傷 背中に大裂傷 全身打撲 心臓喪失 砕けた理想 右手首から右肩にかけて衣類喪失
   無痛症(痛覚神経が死滅) 再び燃え上がった戦意 怒り
所持品:強化版木刀(右手用に忍刀・紫電入り) エターナルリング ガーネット イクストリーム ジェットブーツ フェアリィリング
基本行動方針:コレットとクレスを追う
第一行動方針:クレスを倒す作戦を更に熟考する
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

※ロイドは自身のHPの正確な把握は不可能
※左の木刀はガーネットの火属性ですが、右の木刀にはガーネットは影響しないもの(つまり雷属性のみ)として考えて下さい

177 :The Saber 1:2007/10/01(月) 17:02:11 ID:uefArO+k0
太陽は慈愛の暖かさを訳隔てなく大地に注ぎ込む。
木片の山と化した二件の家が、やけにこの平和な村の中で冗談のように浮いている。
その気味の悪い空間に気後れすることなく、小さな指がその血を掬い取る。
小さく均整な白い指が、その黒ずんだ赤に不躾に進入していく様が、その対比故に空間を更に不気味なものにする。

指の使用者―――ソーディアン・アトワイトは手を握らせてその純白の手袋に血を擦り付けさせながら、
苦々しげにその状況を一瞥した。
『最悪ね……入れ違いになった、か』
2人の時空剣士が激戦を繰り広げた現場に初めて足を近づけた彼女は、そう言いながら周囲を見渡す。
自身にすら驚異的と思わせるその仮の肉体、コレット=ブルーネルの天使化によって強化された視力と聴力が仇となってしまった。
出来る限り巻き込まれないようにと有効捕捉範囲ギリギリの位置から戦いを観測していた為、
激戦の中心点、ロイド=アーヴィングがいると思しき位置までの距離が遠すぎた。
それだけの距離ですら彼女の存在を察知し、近接する殺人鬼相手ではその間合い取りも徒労ではあったが、
そこを苦労無く詰めてくるのは短距離転移能力を保有するクレスと、自身のマスターであるミトスぐらいのものだろう。
クレスの知覚を掻い潜る為に、最短距離で直行することも叶わないアトワイトにとってはこの距離は少し長い。
隠密能力の無い中ようやくの思いで近づいて、さて動けないロイドの様子を確認しようかと民家の影から顔を出してみれば、
当のターゲットは居らず、後に残されたのは遠目に見ても傍目に見ても相も変らず無茶苦茶な惨状である。
『やっぱり、あの怪物はミトスの障害ね。ここで何とかしなければならない……のだけれど』
クレスへの認識を確認した彼女は、同時にロイドの不在に思案を働かせる。
遠くからとはいえ、見る限りでは彼は相当の手傷を負ったはずだ。肉体的にも、精神的にも。
このダメージでは動けるはずも無いと判断して、神経をクレスへの哨戒に注いだのが裏目に出たか。
『ないとは思うけど……この村から逃げたとしたら、不味いわね』
アトワイト自身が理解するこの天使の身体なら、傷みこそすれ痛むことは無い。
クレスを直接相手取ったロイドの恐怖は、直後に同じ目に逢ったアトワイトにも理解できる。
傷もなにもかなぐり捨てて逃げ出すことも、可能性としては有りうるのではないだろうか。
その最悪の事態を想定した軌道修正案を練り上げようとした時、

「クレス!お前だけは、お前だけは許さねえ!!」


178 :The Saber 2:2007/10/01(月) 17:02:56 ID:uefArO+k0
全く正反対の事態を告げる声が、空を轟かせた。
その咆哮が止んだ後、先程の闘いと同種の空気が、そこから立ち上るのを、アトワイトは感じる。
間違いなく2人のターゲットは其処にいるという、確信するのに十分な材料だった。
『まあ、逃げるなんてことは考えないだろうとは思ったけど……』
ロイドは逃げなかった。これで最悪の事態は回避されたと言ってもいいだろう。
しかしその事実に手放しで喜べるほど、アトワイトは楽天家ではなかった。
コレットの拳を彼女の額に当てながら、頭痛を堪えるように目を瞑るアトワイトはボソリと力無く呟く。
『……あの橋で初めて見たときもバカだと思ったけど、真逆ここまでバカだとは思わなかったわ』
昨日の出来事から自動的に検索されるロイドの非合理極まりない行動の数々を振り返りながら、
更に深く、拳に顔を埋めさせてしまう。状況はロイドを愚かと嘲笑っている暇すら許さない。
少なくとも最後に確認した時点でのダメージは相当なものだった。
この短時間にどんなマジックを使えば、こんな無鉄砲、もといアグレッシブな行動に出られるのだろうか。
回復が自力で出来るとは考えにくいし、
手を差し伸べるような第三者の存在は、鐘楼台にいた時にアトワイト自身が調べて、いない事が確認されている。
ハッキリしているのは、ロイド=アーヴィングは碌な回復もせずにあのクレスに突撃していったということだ。
『貴方の男は大した人ね。それだけは保障してあげる』
誰に聞かせるともなく、皮肉っぽい言葉が内側に漏れる。
『せめて、無策の万歳突撃じゃないことを祈りましょう。私達の行うべきことは大して変わらないわ』
思考をブロック単位で入れ替えて、アトワイトは辺りを見渡す。
元々ロイド=アーヴィングを再度クレス=アルベインにぶつけるという計画だったのだから、
今の状況は決して彼女の計画から逸脱しているわけではない。
ただロイドに然るべき支援を与えた上で焚き付けるはずが、向こうが勝手に自然発火してしまい順序が逆になってしまった訳だが。
こうなってしまってはこちらが急ぐ他ない。
漁夫の利を狙うにしても、今のロイド単体ではアレに勝てないのは先程の戦闘で証明されている。
その戦闘を思い出しながら、アトワイトはその先程の戦闘跡を見回して、一つのものを発見する。
魔剣という圧倒的な強さによってウッドブレードという弱者が捻じ伏せられた、
その象徴として木刀の柄が一対、骸を残していた。
アトワイトはそれを拾いながら、この残骸がここにあることの意味を考えて、また頭を押さえる。
『それにしても、真逆丸腰で挑んだ訳じゃないでしょうね…』
それは流石に無いだろう、とアトワイトは一人で結論付ける。
そこまでクレスに過信を持つような人物なら、とっくに先程殺されていただろうからだ。
だがこんな短時間では大した武器の調達もままならないだろうし、普通に棒切れ2本位と想定した方がいいかもしれない。
ロイドの思惑が何にせよ、状況は楽観を許さない。
『念の為に持って行きましょうか。これほどの材質の木材、何処で見つけたかは知らないけれど、
 もし彼が丸腰だった場合に使えるかもしれないわ』
アトワイトは柄をコレットの懐に仕舞い込むと、再び彼女が出来うる限りの範囲で気配を殺して走り出した。
支配する彼女にとっても支配される彼女にとっても、運命の時へと向かって。


179 :The Saber 3:2007/10/01(月) 17:03:51 ID:uefArO+k0
目の前を高速で後ろに流れていく家々の景色は、既に輪郭が定まっていない。
自らの動体視力さえ追いつかない速度で、ロイド=アーヴィングはその身体に鞭を打って走らせていた。
それほど急いで走って心臓は大丈夫なのかと心配したくなるほどの疾駆に、
ロイドの前面を覆う赤黒く汚れた白い布が風に巻かれて乾いた血ごと剥ぎ取ってしまう。
その胸には向こう側まで覗けるほどの穴が開いており、心配するべき内臓が存在しなかった
虎牙破斬の際に身体に巻きつけていた布は背中ごと一刀の下に寸断され、その下から現れた、
彼が人間という生命として大事なものを欠落してしまったという烙印がまざまざと刻まれている。
痛みも疲れも感じないことは、彼にとってはとっくに慣れてしまったこととはいえ、
最後まで自分自身に隠しておきたかった事実を露出させることには流石に苦しみを覚えた。
彼自身の中で、砂時計がその微かな砂すらもその穴から溢していく様なイメージが、
布を取りに戻って塞げと自らを誘う。
しかし、彼はそんな感情すら脳裏から落として棄てていく。
そんなことよりもそんな思いよりも大切なものを守るために、奪われないために走る足を休めない。

流れていく景色が、チャクラムが投げられたと思しき場所が近いと告げたその時に、景色の“色”が変わった。
「――――ッ!!」
ロイドが踵から力強く大地を踏んで、自らを減速させる。
地面と足の摩擦が熱と少しばかりの土煙を生んだ。
分泌されない唾を飲み込むフリをしながらロイドは卸し立ての二刀を腰から引き抜く。
村特有の生活感の溢れる色から、生き生きとした輝きが砂漠の水の様に失われていく。
仕込んだ忍刀と宝石を確認して、属性がしっかりと発動するだろうことを確認する。
人間が人形に変わってしまいそうな殺気が、臭いそうなほどに漂っているのを感じる。
左手に仕込んだイクストリームを確認しながらロイドは前方を凝視した。
二軒向こうの家の影から、爪先が軟体動物のような生々しさで出てくる。
常人なら捉えられぬ変化を見極めて、ロイドは確信した。
その爪先を更に進めて現れる人影の名前を。


180 :The Saber 4:2007/10/01(月) 17:04:45 ID:uefArO+k0
付随して煌めく紫の魔剣を駆る、最悪の殺人鬼の名前を。
「クレス……こんな所に、居やがったか……!」
ロイドは直様自分の下を去っていった男と、目の前にいる男の差異を認識する。
左肩に付いていた傷もロイドを驚かせるのに十分だったが、
それよりも直接的な顔の変化にロイドの意識は否応にも集中してしまう。
あの狂った双眸は、片方は相変わらず降りた前髪の中に隠れてその様子を窺うことは出来ないが、
前髪の切り落ちたもう片方の瞳は瞼から落ちる血に塗れながら赤く染まっている。
その眼窩から滴り落ちる様はまるで、血の涙を流しているかのようだった。
そんな状態でも眼としての機能を発揮できているのか、その血眼がロイドを捕らえた。
ロイドが右の剣を突きつける形で構える。
感覚を失った肌に感じるその殺気は先程戦っていた時のような鮮烈さは失われていたが、混沌さが増して粘り気を強めていた。
ゆっくりとしかし淀みなく歩を進めてくるクレスに対してロイドは全神経を注ぐ。
しかし、クレスはロイドから直に眼の焦点を外してしまった。
眼中に無いというよりは、眼中に入れる余裕が無いという外し方だった。
「……待ちな」
ロイドの剣が横に突き出され、傍を無言で通り過ぎようとしたクレスの足が止まる。
その剣先は揺らぎこそ無いものの、目の前で交戦の意思を見せて尚路傍の石扱いされたことに対する怒りに今にも震えそうだった。
このすでに確定してしまった戦いを前にして、ロイドが怒りを抑える必要は無い。
だが、戦端を再び開く前にロイドはどうしても確認しなければならないことがあった。
「コレットを……コレットをどうした?」
ロイドの瞼は眼球の裏まで乾きそうなほどに大きく開いたままで、静かに問う。
地面に刺さったあのチャクラムに近いこの場所で、最悪の予感を裏付けるように現れた殺人鬼。
この男がコレットと無関係だとはロイドには思えなかった。
しかし、ならばどうしてコレットはここにいないのか。当然の疑問がロイドを巡る。
脳裏に去来するのは最悪の未来。
コレットは誰かと戦っていた。そして殺人鬼はその場所から離れようとしている。
つまり離れるということはこの男は何かを終えてしまったということで、
つまり殺人鬼が終える何かとはつまりそういうことで。
つまり、つまり、つまり。
クレスの剣がゆっくり抜かれていくのをロイドは黙って見ているしかなかった。
臆したわけでも思考に絡め取られたわけでもなく、唯その刀身を凝視せざるを得なかった。
紫に妖しく輝く刃の半分がその輝きを失い、上塗りされるようにして赤色がこびり付いている。
クレスの口が少しだけ開いて、言葉を紡ぐための最低限の息を吸い込む。
ロイドの剣先が、決壊寸前の震えを見せる。

「コレット? “誰だそれは?”」
まだ乾いていない血がベッタリ付いた魔剣を垂らしながら、目の前の殺し手はそう言った。
本気で心当たりが無さそうに、心底興味無さそうに、真実確かにそう言った。
彼女の血でその剣を穢しておいて、ぬけぬけと。
その激昂でロイドの中のブレーカーが一気に落ちる。
その手でコレットを殺しておいて、知らないと。

「クレス!お前だけはッ!お前だけは許さねえッッ!!」

一対と一振併せて三本の刃が交錯し、戦場が再び鳴動する。


181 :The Saber 5:2007/10/01(月) 17:05:56 ID:uefArO+k0
抜き撃ちのような一合目を互いに裁き、二人は二メートルほどの距離を空ける。
膠着が生まれるかと思えた距離を先に踏み込んだのは、クレスだった。
先程のロイドとの戦いで見せた特有の驕りは顔から消えて、そのギャップが無表情を焦燥にすら感じさせる。
「消えろ羽虫。両断するぞ」
クレスがロイドの頭の先を目掛けて、魔剣を真正面から振り下ろす。
唯の振り下ろしだが、それを振るう人間がクレスならばそれだけで速さの乗った必殺の一撃となる。
先の戦いの速さを踏まえて、この速度ならば確実に斬り落とせるという絶妙な剣速だった。
しかし、ロイドの髪に触れてからコンマ一秒で魔剣が頭蓋を割るその瞬間にそれは起きる。
ロイドの身体が半歩斜め前に出る。ロイドが起こしたことは、ただそれだけだった。
断頭台の一撃は横に流れた髪を斜めに切るだけで、斬るべき首を見失って後は虚しく地面を浅く切り分けるのみ。
「消えるのは手前だ、クレス!」
神速の回避を前にしてクレスの眼はその情報の処理に一瞬の空白を要した。
その一瞬にもう半歩ロイドが踏み込み、木剣を振り切る。
「グッ……」
左の剣がクレスの左肩の傷を叩くと、ぶしゅりと傷に溜まった血が吹き出た。
殺人鬼の口が苦悶に微かな歪みを見せながらも、
右腕には無関係とばかりに横薙ぎの反撃が半ば自動的に繰り出されるが、
後ろに飛退いたロイドの目の前で魔剣が通り過ぎるだけだった。
「……何をした」
剣を左手に持ち、クレスは右手で悪化した傷に手を乗せる。
その眼光は更に鋭くなり、殺意のボルテージが登っていっているのがロイドにも感じられた。
「別に。避けながら当てただけだ」
険しい面構えながらロイドは少しだけ皮肉そうに笑う。しかしそこには皮肉以上に確かな歓喜があった。
(避けた。避けられた!)
ロイドは心臓があれば高鳴ってしまいそうな、そんな確かな手応えを剣に握りしめた。
ジェットブーツと肉体のリミットカットによる無理矢理の加速でしか反応できなかったクレスの一撃を、確実に回避した。
それが得るところは天使化した身体すら限界まで軋むロイドにとって、非常に大きなウエイトを持っている。
ロイドの速力は実際の所ほとんど先の戦いと変わっていない。
イクストリームは速度を司る紋章ではないからだ。
ロイドが今まで失っていたのは回避は回避でも「見切り」の属性としての回避である。
故にロイドは先程の戦いで、紙一重の避けをせずに、
強引な運動制御と加速……即ちマクロ、大雑把な速さだけでクレスの攻撃を捌き続けていた。
だが、その代償は結果が示す通り反動によるダメージの蓄積、速さの無駄遣いである。
際どい一撃を背中に貰ってしまったロイドには、すでに先程までのような強引な回避はそれだけで危険なものになっていた。
(身体もそんなに痛くない。これなら、これならまだ続けられる!!)
しかしイクストリームを外し、紙一重での見切り…つまりミクロ、微細な速さを取り戻した今ならばその負荷は最小限で済む。
そしてそれは同時に、その驚異的な速度を十全に発揮できるということを意味する。
最大速度を最大効率で駆使し回避できる今のロイドは、防御面でならば先程の戦いとは別人の領域になっていた。


182 :The Saber 6:2007/10/01(月) 17:06:28 ID:uefArO+k0
だが、決してそれは事態の好転を意味しない。
「だが、こんな蚊ほどの威力で僕の足を止める気か……時間の出血、お前の血で贖って貰うぞ」
構えられた魔剣には覆うようにして陽炎の様な歪みが漂っていた。
クレスが時空剣技を放つ所作にロイドの昂りは一気に引き締められる。
作戦とは万能ではない。防御面を強化したということは、その代償として破壊力を失ってしまったということだ。
先程は必死の抵抗を試みたコレットが付けたであろう傷にロイドが怒りを覚え、
感情のまま剣を当てた結果ダメージのようなものがクレスに生まれたに過ぎない。
ロイドは確信する。イクストリーム無しの威力では目の前の殺人鬼は倒せない。
そして幾ら回避できるとはいえ、一瞬でも気を途切れさせれば一撃で確実に斬り落とされるこの実力差の前では、
よほどの隙が生まれなければイクストリームやEXジェムセットし直して攻撃するなんて暇は与えられないだろう。
(つまり、クレスが呪いでダウンするまで、俺は避け続けるしかない)
持久戦に持ち込むのではなく、持久戦をせざるを得ない状況に持ち込まされてしまった。
どれだけ走ればゴールに辿り着けるか分からないマラソンゲームに、いつ朽ちるか分からないその肉体。
ロイドが再び立ちはだかった場所は、やはり絶望一色の景色だった。
しかし、自身を絶望に染め上げるにはまだ早過ぎる。
まだ、まだ終わりじゃない。少なくとも今はまだ終われない。
自分を染め上げるべきは、絶望の黒ではなく憎悪の赤。
「例え、例えもう間に合わないとしても……お前を潰すまで終われるか!!」
クレスがひとまず出血の収まった左肩から手を離し、再び戦闘態勢を取る。
それを見たロイドは剣を振りかざし、彼女の仇に向かって怒髪の如く真っ直ぐに突撃した。
その瞳に彼女を穢した殺人鬼へのクッキリとした憎悪を並々と湛えながら。



何者にも侵されぬはずの空間を、餓えに飢えた獣達の唸りのように震える響きが満たしていく。
夜明けの直前に、空が一気に白んでいくような様だった。
「……近いわね。隠そうともしない力の奔流がこんな場所にまで届くなんて。
 肉眼でターゲットを捉えたわ。じきに貴方の体はあの戦場の特等席に辿り着く」
天地定まらぬその場所で、アトワイトは上を見上げた。
未だ眠ったフリを続ける少女に、目覚ましを鳴らし朝を告げる為に。
「驚いたわね。あの化物の剣を悉く交し切っている……あの怪我で、どうやって?」
コレットの身体から得られる情報を汲み取りながら、アトワイトは聞かせるように驚嘆を示した。
防戦一方とはいえ、あの魔剣から繰り出される一撃一撃を確実に丁寧に捌いていくその様は、
見ようによれば美しいと評してもいいだろう。
一体どんな手品があるのか。剣を見る限り新しい木刀をこの短時間で拵えた様だが、何かそこにカラクリがあるのだろうか。
ロイドそのものへの疑問は尽きぬが、アトワイトは直に思考を切り替える。
任務遂行を踏まえれば、どんな手品であれ状況が最悪一歩手前で留まってくれた事実だけで十分である。
そして今尚最悪に限りなく近い状況である以上、そんな無意味な思索に付き合う時間も彼女にとっては惜しい。
「でも、ここまで良い様に避けられてもまだ手加減をするような奴だったかしら?
 少なくとも……先程のロイドとの交戦記録よりは……落ちている気がするわ」
ロイドの回避に対応するように、クレスの剣は僅か、ほんの僅かだが確かに精細さを欠いていく。
一度克明に見ていなければ気付き得ない程の微細な差では有るが、明確な劣化がそこに見て取られた。
ロイド=アーヴィングはこれを狙っていたのだろうか。そう考えれば辻褄が合わないことも無い。
「それでもこの2人の戦力差は絶大。アレが弱りきる前に彼が死んでしまっては元も子もない、か」
一撃当てれば殺せるクレスと、何度当てても倒せないロイドでは、
幾らロイドが攻撃を回避できて、なおかつクレスが時間と共に弱体化しているとしてもその差はあまりに大きすぎる。
今この瞬間もロイドが死ぬ可能性は離れない上、何よりこの評価はあくまで現状での総合的評価であり、
クレスがまだ手札を隠していた場合この均衡は何時崩れても不思議では無いのだ。
やはり、死人だけに任せていては事態の打開は期待できないだろう。


183 :The Saber 7:2007/10/01(月) 17:07:43 ID:uefArO+k0
「で、そろそろ覚悟は決まったかしら? コレット」
アトワイトが促すと、少女は艶を失った金髪を力無く垂らしながら立った。
その瞳は酷く歪んだ青で満たされ、少女の心中を悲痛なほどに物語っている。
一度だけ溜息をついた後アトワイトは言葉を切り出し、契約の内容を改めて語りだした。
「もう一度確認するわ。
 貴方がリアラに使おうとしたあの術……彼がいうリヴァヴィウサーでロイドを可能な限り回復させる。
 話が本当ならばその際に貴方の意識は潰えるでしょう。
 余った肉体は器にミトスの姉の意識が入るまで私が完全に貰い受ける。認識に齟齬は無いわね?」
リヴァヴィウサーによる死を逆説的に利用するという一点を除いて、それはシンプルといえばシンプルな取引だった。
この天使術は自己犠牲の回復術であり、対価として術者一人の命を贄と差し出すいわば禁じ手である。
現にミトスもこの術が洞窟で使用されようとした際に止めた程だ。
魂が死んでしまえば肉体の滅びは止められず、ひいては器が砕けることを意味する故。
そう、あの時点では生かすしか手段が無かったのだ。アトワイトが覚悟を決めていなかったあの時点では。
今のコレットの肉体には二つの魂といって差し支えない意識が内包されている。
例えコレットの魂が失われても、バックアップが存在するならば話は全く変わってくるのだ。
「神子の意識は死に、その身体はマーテルに捧げられ生まれ変わる……
 ミトスの言うことが事実ならば、器さえ維持できれば貴方の意識そのものは死んでも問題は無いということ」
そしてそのバックアップの意識を内包する剣は、この世界屈指の「癒し手」である。
この二つの要素を絡めれば、器を完全に確保した上で任務を遂行する目が出てくるのだ。
無論コレットの死はマーテルの器としては問題は無くとも、
マスターの支配に問題が出てしまう可能性が大いにあるとも、アトワイトは考えていた。
しかし現状の維持が既に望めないものならば、例え自らにリスクを負おうが手を打つしかないとも考えていた。
「回復後のロイドの安全は、私の裁量が及ぶ限りには保障してあげる。……確認すべき内容はこんなところね」
ミトスの命令次第ではどうなるかは分からないけど、と脳裏に浮かぶ二の句を仕舞い込みアトワイトはコレットに確認を促す。

コレットは黙ったまま、俯きがちに頷く。
「……いいの?多分あのロイドというのは、きっと貴方の期待に添えられないわよ」
そう言い終わった後で、アトワイトは自分の発言に疑問を持った。
どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。もしここでコレットが足を退いてしまえば計画は水に帰るというのに。
最後の最後まで飴で誑かして、自己犠牲に酔わせて突き落としてしまえばいいのに。
「いいんです」
乾いた声でコレットがポツリと返す。
「王子様を待つ資格なんて、私には無かったんです」
諦めたような、悟ったような、そんな寂しさに包まれた少女を見てアトワイトは思う。
「全部、“全部私のせい”なのに、それが分かってたのに私は何も出来なくて。
 ううん、私は何もしなかった。バカみたいに助けを待つことしかしなかったから、こうなっちゃった」
ああ、この少女は王子様に愛されなくても、愛することが出来るお姫様なのだと。
だから自分を救えぬ無能な馬鹿王子を今この瞬間も案じている。
「だから、だから……仕方ないんです。これはきっと、報いだから」
震える少女の肩を、アトワイトはそっと抱いた。
彼女が何に悔やんでいるのかは判らなかったが、
少なくとも何故最後の最後まで自分がこの少女を支配し切れなかったのか、判った気がした。

『じゃあ、行きましょうか。アイスニードル…刀身氷装』



184 :The Saber 8:2007/10/01(月) 17:08:15 ID:uefArO+k0
剣風が強く強く巻き荒れる中、二人の剣士が己の体を回していく。
一つは全てを飲み込む台風として、一つは全てを受け流す風車として、闘いを回していく。
「調子に、乗るな……次元斬!!」
苛々とした語勢を強めながらクレスは飛翔して斬撃をロイドへと飛ばす。
しかし、ロイドは飛んだクレスを見てそれを次元斬の予備動作と確認し、一足飛びで射程圏から離脱する。
打ち下ろされた蒼い刃が地面に衝突した瞬間、その中心で殺意の波濤が大地からの反力を受けて半円状に膨張、
衝撃波となって拡散し直撃を避けた者を引き裂こうと爪を伸ばすが、
EXジェムとブーツで自らを速力に特化させたロイドには半歩届かない。
「一体何度見てきたと思ってやがる。そんな技二度と喰らうか!」
「ほざけ、殺すぞ」
気勢を吐くロイドの背後から殺気と呪詛が具現する。
翔転移してきたクレスの刃は、その時点で既に背骨ごとロイドの腸を引き摺り出せる位置にあった。
既に加速を蓄えてから転移した一刀が横一文字に払われる。
「ほざいてんのは……」
だが、ロイドは確かに認識した。二拍、今までよりも遅いと。刀が届く位置まで毒は回りきったと。
ロイドはバックステップもせずに剣を横に伸ばすとなめらかに木刀は魔剣の下に滑り込む。
二つの刀身の腹と腹が擦れ合い、その瞬間ロイドの瞳が爛と怒りに輝く。
「手前だろッ!!」
振り向きざまにロイドの蹴りが木刀の峰を上の魔剣ごとかち上げる。
加速する剣は別方向からの力に無防備で、クレスの腕ごと魔剣は大きく浮いた。
発生位置さえ読み切ったロイドは紙一重で捌いて、無防備な間隙を縫いにかかる。
ロイドが完全に体を向けたその先には、一瞬のものとはいえクレスの無防備な真正面が開いていた。
「…………喰い殺す。転移蒼破斬!!」
蒼い闘気によって編まれる最終防壁がクレスの前方に巻き上がり、
翔転移から蒼破斬への隙間のない連携はロイドの斬撃が届く前に守備を完成させてしまう。
それでもロイドは一歩殺人鬼へ踏み込み、左の剣に力を込める。
そして右手は、その力を込めた左手に手を添えた。
セット―――やっぱり、蒼破斬が薄い―――『スピリッツ』、
セット―――俺の打撃の弱さからこの程度で十分だと思いやがった―――『コンボプラス』、
セット―――それとも剣無しで編むのはそれが限界か…なんでもいいや。とにかく―――『ワンモア』、
セット―――この薄さなら、合わせりゃ行ける―――『キャンセラー』。

クロスセット――――――ここまで鈍ってるなら……持久戦は俺の勝ちだ――――――『テクニカル』。
セット――――――これでどん底の穴ぶち抜いて、堕ちやがれ!!――――――イクストリーム・オン。

自らの体に強大な力と得も言われぬ鈍さが充つるのを感じたロイドは再び、死と隣り合わせの極限へ突入した。
威力増加と次元斬を纏った切り上げが殺人鬼の障壁を切り裂く。
ロイドはもう一本の剣を大きく振り上げた。
「虎牙破斬……僕の転移式を見て尚その技が。よほど死にたいらしいな」
続く斬り下ろしをクレスは籠手で受け止めようと頭上に左手を翳す。
タイミングを見切ったクレスの甲が木刀をはじき飛ばそうとぶつかって、

「獲った――――――雷破斬!!!」


185 :The Saber 9:2007/10/01(月) 17:09:06 ID:uefArO+k0

「雷……だと?」
木刀に忍んだ刃から伝う雷撃が、クレスの肉体の中の体液を駆けめぐった。
微かな焦げ臭さと共にクレスの体が一瞬止まり、次いで膝が折れそうになる。
「寝させるか……楽になんか、させるかッ!!」
しかし、ロイドの斬撃がクレスに倒れることを許さない。
上段から振り払い、昇るような刺突、大きく横薙ぎ。
そして回転しながらの二連撃でクレスの体が後ろに下げられていく。
クレスの背後一メートル先には民家がじわりと迫っていた。
「散沙雨!!」
ロイドの乱れ突きがクレスの腹を貫きこそしないが、抉りかき乱す。
技の使用と同時に、ロイドの景色に砂嵐が走る。
何かが削げ落ちる感覚を前にロイドは立ち止まらず納得した。
限界を超えた駆動が、もう碌に残っていない精神を削っているのだろう。
技の使用と同時に自分が涸れていくのが体感できてしまう。
この連撃の終わりには、欠片も残らないかもしれないという予感がして……ロイドは笑った。
「ああああああああああ! 虎牙破斬ッ!!」
切り上げと切り下ろしにクレスの体が上下に揺さぶられる。
クレスに貫かれたマーテルの死に顔が脳から落ちた。例え全部削げ落ちても怒りはここにある。
「吹き飛んで楽になれると思うな!綜雨衝ォ!!」
五連撃から繋がる槍の一撃が民家の壁に打ち付けられたクレスの鳩尾を付いた。
クレスが吹き飛ぶ為の迫力がクレスの背中を伝い、壁を吹き飛ばす。
守れなかったスタンの表情を何処かに亡くした。尽きぬ怒りが、このポンコツに最後の油を差してくれる。
クレスに殺された人への無念が、殺人鬼への怒りが、そしてなにより湧き出るその思いが、未だこの身の滅びを許さない。
「コレットを……返しやがれェェェェェェ! 驟雨ッ双破斬!!」

雷撃含めた怒濤の乱撃合わせておよそ三十の怒りがクレスを大きく吹き飛ばし、
殺人鬼を叩き付けられた大地は砂塵を巻き上げた。


崩れ落ちる体を、ロイドは木刀で支える。その両足は生まれたての子鹿のように震えていた。
「……死にきってない。俺、まだ死にきってなかった…」
ロイドは、破顔一笑と言うには些か気の抜けた笑いを見せた。
『テクニカル』『スピリッツ』、そしてフェアリィリングの三重式によって、
切り札を切ってしまったロイドに残された最大武装の単独大連撃を繰り出して尚その意識をかろうじて此岸に残している。
「もうちょい、余裕があったら……ダウン追い打ち魔神剣も絡められたのになあ……畜生」
悔やみの言葉を吐きながら、その顔は笑顔で、同時に泣いていた。
クレスによって殺された人達の仇を討ったという感慨と、仇を討ったところで失ったものは帰ってこないのだという失意。
その二つが纏めてロイドの表面に露出した結果だった。
「クソ……まだ……諦めるな。後は、ミトスさえ倒せば、エターナルソードで…全部リセットすれば…」
コレットを失ってしまった言葉に弱さが滲み出る。
「メルディ……ゴメン……そうでも思わなきゃ、俺、もう生きられない……」
零れない涙を瞳に湛えながら、悔しさを垂れ流す。
誰も、もう誰もいない。そんな世界は、この羽根では飛ぶことも適わないのだ。
例え欺瞞と虚構に満ちた希望だとしても、光がなければ闇を飛べない。

そう、闇を生きられない。闇を、此の目の前に広がる、剣の闇を。


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 17:10:19 ID:3OapubjnO
 

187 :The Saber 10:2007/10/01(月) 17:10:42 ID:uefArO+k0
「直撃で、これか……参ったな……」
王の前に恭しく道を空けるように、砂塵がロイドの視界から失せて晴れる。
そこ輝く紫の刃にこびり付いた血は、既に黒くなっていた。
黒い刃を握った殺人鬼、否、闘神がその二本の足でしっかりと大地を貫いていた。
「随分、ひでえザマだな。王様みたいなさっきまでの余裕はどうしたよ。“こんなものか青二才”って吐いてみやがれ」
ロイドは震えた手で木刀を握り、五メートル程離れた敵に突きつける。
決壊寸前の疲労を抱えたロイドには片方の剣は未だ支えとして必要だった。
しかし、クレスの姿はロイドの攻撃が確実に決まったことを物語っていた。
白い鎧は所々ひび割れて、肌に密着した黒地の布は所々が裂けてその中から青い痣が深く彫り込まれている。
そして、髪が覆った顔の中で唯一露出した鼻と口から血が流れていた。
口からの血はめった打ちに突かれた腹は口腔から血を逆流させ、
鼻の血は切り上げと切り落としは、顎や顔面を確実に打ち貫いていた証だった。
表情からはダメージを図りようもないが、確実に体内にはダメージが蓄積されていると判断するのに十分だった。
「俺は王じゃない。王を殺す側だ」
その言葉に、ロイドは少し面を喰らった。
その理解できない内容にではなく、その今までのような嗜虐的な音がなく、
嫌悪を感じさせない、まるで別人のようなその語調に。
クレスが魔剣を持ち上げる。その所作はスムーズで、ダメージをほとんど感じさせない。
「木偶の坊と言った非礼は詫びる。だが、お前は邪魔だ。
 お前が道を塞ぐとなれば、今度こそ此の一撃で屠る。今ならもう一度見逃そう」
魔剣がクレスの両手に握られる。
「態度が改まってもそのスカした余裕は変わらないってか……ふざけるなよ、クレス。通すと思ってるのか」
これまでには無かった両手持ちに、ロイドの全身は総毛立つ。
自身の全てが首肯し、ロイドはイクストリームをオフにした。
確信する―――今から繰り出される一撃はクレスの奥の手だと。
「そうか……お前、“アレの手下か”。ならば俺に立ちふさがるのも納得できる」
クレスが両手で握った魔剣を腰溜に構えた。
「ならば、出し惜しみは無しだ。お前には酷かも知れないが、とっておきの一刀で殺す」
ロイドが杖代わりの剣を抜いて、ジェムをセットし直し
『パーソナル』『ダッシュ』『イベイション』を配置。自身を回避に特化する。
「秘奥義かよ……確かにそんだけ強けりゃ、さぞや自信たっぷりに振舞えるよな」
自然体で剣を垂らし、ロイドは動きの自由性を重視した構えを取った。
「勘違いするなよ。そんな大層なモノを持っているほど、俺は強くはない」
魔剣に蒼破斬が纏う。クレス自身に纏うべき闘気を剣に回し、
今までとは比べものにならないほどに重厚な闘気がまるで鞘のように魔剣を包んだ。
それに包まれるようにして、滾々と湧き出るクレスの殺意が止んだ。
「ただ、絶対に負けられないだけだ」
そう言った瞬間、クレスが正面の敵を目掛けて駆け上がった。


188 :The Saber 11:2007/10/01(月) 17:22:33 ID:+PqnJmym0
ロイドが剣を前に出す。
(こっちに突進ってことは次元斬じゃない。何だ、何で来る?)
転移の兆候も無い。突進しては距離を要する次元斬は撃てない。
ならば、クレスの最終段階、時空剣技と流派の合わせ技で勝負するのだろうか。だがいったい何を―――
疑問を抱いた刹那、クレスが構えを維持したまま剣を振るうことなくロイドの懐に入る。
微かな転移反応。転移先は、クレスが今いる位置からコンマ二桁正面。
「祈れ。せめて塵一つ、この世に残せることを」
転移した刹那、蒼破斬は消失し魔剣の中から黒にまで煮詰められた紫の光が放たれる。
ロイドは半ば反射的に飛び退く。直感的な理解が脳を支配した。
(蒼破斬という鞘を、翔転移という抜刀で振り抜く。これは)
クレスの神速の振り抜きがロイドの木刀を掠める。ロイドは一切の躊躇なく木刀を棄てた。

(拡散するはずの力の全てを鞘に凝縮した、零距離次元斬……!!)
振り抜かれた両腕に込められた力が魔剣を伝う。
飛び退きながら両腕を交差させてせめてもの防御を作るロイド。
魔剣に黒い衝動に惹かれた光が収束する。
ロイドは戦慄に目を見開く。
クレスは笑いながら叫んだ。

「――――――零次元斬」

全ての殺意を練り上げるようにして、巨大な光の弾が二人の眼前に生み落とされ、回りの世界ごと空間を惨殺する。
数秒後に残ったのは、まるで世界をアイスのようにくり抜いてその半径一メートルほどの球形空間が異質に抉れた跡だけだった。
ロイドはオマケ程度の衝撃波で別の家屋に叩き付けられながら、全身の感覚が麻痺したように思えた。
上下が反転した世界で、鏡を見なくとも自分が恐怖の色が浮かべているのが分かった。
次いで、クレスの顔が瞳に入った。その表情は、不気味に微笑んでいる。
そうしてロイドは地面に墜落した。

189 :The Saber 12:2007/10/01(月) 17:23:10 ID:+PqnJmym0
羽根による制御も虚しく地面に墜落したロイドは、力なく地面に横たわった。
自力で立ち上がろうとするが、回避に最後の心もすり減らした体はその身じろぎすらも緩慢になっている。
やっとのことで立ち上がろうとして、ロイドが顔を上げたその先には剣を突きつける殺人鬼。
その両目は、目の前の存在を嫌でも捉える構図となった。
殺人鬼でもない、神でもない、その血に穢れた瞳に深い何かを湛えたその顔にロイドは
かつてこの島で一時の道を共に歩いた男の憂いた表情をダブらせる。
その強大な力そのもの。まさしく魔王・クレス=アルベインの顔に。
「見事だ。繰り出すのはこれが初めてとはいえ、俺の全力をよくぞ避けた」
魔剣がロイドの眉間に触れる。呪術の反動か、微かな震えがロイドの額に血を垂らした。
ロイドの瞳は理不尽と狂気と絶望、そして始まった枯渇に急速に生気を失っていく。
(ここまで……ここまでやっても、こいつには勝てないって言うのか?)
蓋を開けたクレスの本気は、ロイドには理解できないものだった。
理屈は分かる。次元斬の最大の弱点である小回りの利かなさと広すぎる範囲による威力の霧散。
それを補うために虚空蒼破斬の闘気で次元斬を“圧縮”した。
常続的なコーティングと似て非なる納刀は、虎牙破斬の合間にすら放てる超短距離の転移によって抜刀され、
一切の欠損なく開放されるエネルギーは、地面すら削り殺してドーム上の半球ですらない“球”を解放する。
次元斬よりも狭い範囲ではあるが、威力は……文字通り消失だ。直撃すれば空間ごと何も残らない。
(あんな技……もう、剣技ですらないじゃないか……何でそんなものがあるんだよ)
虎牙破斬と翔転移の組み合わせのような、そんなレベルの話ではない。
少なくともロイドの知る原型の剣技との複合ですらない、言わば「異端」の技だ。
クレスの強さの延長線上にある第三段階とはまったく別種の零番目のリミット。これこそが、クレスの切り札……?
(ちきしょう……何をどうすれば、こんなふざけた力を持てるっていうんだ……!?)
ロイドの眼には敵意の炎を上らせるほどの薪はもうなかった。
クレスの濁った眼光は、文字通りに腑抜けたロイドに失意することもなくただ殺意を向けている。
(努力とか鍛錬で得られる力じゃない…かといって才能だけで閃く様な輝かしいもんでもない……お前は、お前はいったい何なんだ?)
有り得ないクレスへの疑問を湧き上がらせながらも、ロイドの中の灯りを付けるスイッチが次々にオフになっていく。
ロイドの視界が、ボロボロと崩れて暗転する。
もう壊れた映像機のような視界の中でクレスの魔剣が、大きく振りあがった。
「手を下さずとも死にそうではあるが……敬意を払おう。せめて俺の強さの糧となるよう、ここで殺す」
全身から、急激に力が失われたロイドの手が、力なく落ちてぶらりと垂れた。
光の翼は羽根を散らすように 小さく果てていく。

(あー、ここまでか……ちくしょう、何も出来ずに、こうしてここで終わるのか)
クレスの剣を握る手が硬くなる。
(ゴメン、コレット……俺……何も出来なかった……コレット、コレ…?)
白濁する意識の中で最後のブレーカーを落とす瞬間、ロイドはそれを見た。
クレスの背中の向こう、一つの家の屋根の上。太陽の光を受けても月の如く冷徹に輝く金色の髪を。
そこでロイドの意識は断絶した。

190 :The Saber 13:2007/10/01(月) 17:23:46 ID:+PqnJmym0
『パラライパルティータ!!』

アトワイトが手にした四つの雷球が地面をバウンドしながらクレスの背中を目掛けて高速で襲い掛かる。
二つはクレスに当たらなかったが、一つはクレスの脇を掠め、一つはクレスの腰に直撃し雷撃を落とす。
クレスはよろめき体を止める。
『これなら……リミュエレイヤー!!』
その隙を突かんとばかりに、アトワイトは氷の戦輪を三つ取り出しクレスに向かって投擲するが、
クレスにとっては二度目となった雷撃では、当てきるまでの痺れを維持できなかった。
跳躍し、ロイドから離れるクレス。チャクラムは獲物を切り刻むことなく維持のための晶力を失い蒸発した。
アトワイトはその屋根から降り立ち、全力で走りながらクレスに向かって再度チャクラムを投げる。
クレスは一つを魔剣で粉砕するが、回転しながら曲線の軌道を描くチャクラムに堪らずもう一度飛びのく。
「逃げていなかったのか……ならば返すか殺されるか選べ」
剣を払って一喝する魔王を前にして、アトワイトはロイドの傍にふわりと立った。
鬼気迫る形相ではあるが、その刃には先ほどの交戦と同様次元斬を纏ってはいない。
それでも十分に恐怖の対象たるクレスを前にして、コレットの顔をしたアトワイトは無表情のまま内側の彼女に伝えた。
『七割詠唱完了。私の時間稼ぎはここまで。後は貴方の仕事よ、コレット』

アトワイトが瞳を閉じる。そしてもう一度眼を開いた時、そこには混じり気のない真紅の双眸が現れる。
無機生命体としての彼女の瞳。魔剣がカランと落ちた。
同時に彼女の羽が輝き、世界が神の光で満たされる。
それはネレイドが用い、ミトスが模倣した簡単な手品。
アトワイトが表層に出て、技だけで時間を稼いだ間に可能な限り編まれた彼女の詠唱は既に最終節にまで入っている。

――――――その力、穢れなく澄み渡り流るる――――――

その紅の瞳がクレスと向かい合った瞬間、クレスのの体に痙攣が走る。
「やめろ……やめなければ殺す。殺すぞ!」
尋常でない汗を流しながらもクレスは、かろうじて呟きながら剣を拾い直し彼女の下へ走るが、
無言の歌を紡ぐ彼女の口が、詠唱とは無関係の口を紡ぐ。声にはならなかったが唇の動きからして、短い一言だろう。
それだけでクレスの魔剣が一瞬止まる。猛獣が、調教師にだけは従うような従順さだった。
その刹那に彼女の片目が青く輝き、剣を持つ方の手がクレスを指し示した。
『近づけさせないわ……待機終了・アイスニードル!!』
光の中から五本の刃が生まれ、動かないクレスの体にぶつかっては消えていく。

鎧に更なる皹を生みながら、クレスは、消え入るように言った。

「どうして、どうしてそんなことを言うんだ。“ミント”」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――魂の輪廻に踏み入る事を赦し賜え。



彼女とロイドの周囲が高密度の光に包まれる。毒にのた打ち回るクレスは、魔方陣の外側でそれをただ眺めるしかなかった。

191 :The Saber 14:2007/10/01(月) 17:24:28 ID:+PqnJmym0
全てが暗黒で構成された場所で、ロイドは漂っている。
右も左も分からない。自分が何者なのかも、なぜここにいるのかも曖昧だ。
自分が砂のようにバラバラになっていくのが分かる。
ここで力尽きた自分は朽ちていくのだ。何も無い、誰も居ない、この場所で……
(……誰か、誰かいる。誰だろう……)
ロイドは確かな人の存在を認識する。
それは気配とかそういう曖昧なものでは無い、紛れも無い感覚だった。
(左手を、俺の左手を触ってるのか…?くすぐったいよ)
その手に触れる誰かの温もりが伝わってくる。掌の上を滑る指が、彼にはこそばゆかった。
(なんか、書いてる?……この文字……俺、知ってる……)
それは何処だっただろうか。記憶が撹拌されて上手く拾えない。
そんなロイドを尻目に左手の感覚は益々、言葉を伝えていた。
『……逢いたかったよ、ロイド』
それが、初めてロイドに伝わった言葉だった。
『いろいろあって、今の私に残った力じゃ……全部元通りって訳にはいかないから…ごめんなさい。
 それに、私はロイドに逢わせる顔が無いから……コレが私のせいいっぱいなの』
なんでだよ。誰だろうと、見ても減るもんじゃないしいいだろ?
『あはは……そだね。そうだったら、いいね』
手に触れる指が震えている。彼女が泣いているのだと、ロイドにはなんとなく分かった。
泣くなよ。俺が何とかするからさ。なあ……
『おかしいね……いつもなら、とっても嬉しいのに。その気持ちも、今は辛いよ。
 こんなにロイドが私のせいで苦しんでるのに、私にはどうすればいいか分からないから』
何でこの指が女だと思ったのだろう。決まっている。俺はこの指を知っているからだ。
泣くなよ。頼むから、なあ、頼むよ……お前のせいなんかじゃない。絶対にそれだけは譲らねえよ。
『……ありがとう。ロイド』
ロイドの手に、一滴が落ちた。
『ロイドはだいじょぶだから、生きて。私がなんとかするから。お願いだから…生きて』
何が大丈夫だよ。おい、ふざけんなよ。何する気だよオイ!ふざけんな!!!
動けよ。俺の体だったらさっさと動け!瞼ぐらい開かねえのかよ!あいつが、あいつがそこに居るんだよ!!
『ロイド。最後まで謝ってばかりだけど――――――――――――』
言うな言うな言うな言うな言うな、その先は言うな!!
止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ、止めろコレット!!

『ごめんね?』

ロイドの眼が開く。そこは夕日に輝く辺り一面の金色の麦畑。
そこに微笑むはずの少女はそこに居らず……指の感触の残った左手には、冷たい氷の刃が残されただけだった。

世界が夕日の陽光に包まれたなかで、ロイドの瞳はここでしか流せぬ涙を流した。

192 :The Saber 15:2007/10/01(月) 17:25:23 ID:+PqnJmym0
ロイドは眼を覚まし、周囲を見渡す。
無人の家屋、相も変わらず村を照らす太陽。確かに回復している自身の肉体。
そのどれを取っても、ここが此岸であることを示している。
自分の左手が何かを握っている事実に気づきロイドはそこに眼を向けた。
あるのは、木刀の柄から生えたような氷の刀身を持った一本の剣。
そして、何も感じない膝にかかるようにして少女が、倒れていた。
多少土埃に塗れてはいるが、胸の深々とした一閃以外に外傷らしき外傷は無く、
それさえなければ、見様によってはまるでロイドに抱かれて眠っているようにも見える。
ただ、一切の呼吸がないだけだった。

「コレット」
とっくにクレスに殺されてたんじゃないのか?などという疑問は既に頭から追い出されていた。
ロイドは揺すったら起きるんじゃないかと左手を出そうとするが、
その手にある刃が、あの夢は、現実の物で、彼の望むようなことは絶対に起こらないことを体が理解していて、つまるところ。

最後の最後まで、この手は届かなかった。


ロイドが彼女の名前を叫ぼうとした瞬間、その首筋に斬撃が疾走った。
半ば反射的に柄で受け流し、ロイドはその襲撃者から距離を空けた。
「……お前のせいで、彼女が、彼女が……!!」
クレスは振り抜いた剣を戻すことなく、その体勢のままロイドを睨み付ける。
その口元からは唾液が横から漏れ、眼は散大しかけている。
そこにあったのは今までのある意味平等だった殺意ではなく、怒りを大量に混ぜた怨念に近い物だった。
クレスの両手が魔剣を握る。紛れも無い必殺剣の証だった。
呼応するようにロイドがゆらりと剣を右手に持って突き出す。
歪に歪んでいた筈の右手はいつの間にか治り、そして新たな得物がそこにある。
「……ふざけんなよ?」
乱れた鳶色の髪はロイドの目元を覆い隠すが、全身の震えは隠し切れない。
「何言ってるか全ッ然分らねえけどよ…自分のことを棚にあげて、誰が知らないだ……あの胸の傷、やっぱお前が斬ったんじゃねえか」
風が止み音が失せて、大気が平伏する。
その中でただ一度きり。 今までとは別のブレーカーが切れるという音がした。

「「お前だけは殺す!!」」

193 :The Saber 16:2007/10/01(月) 17:25:52 ID:+PqnJmym0
立ち上る闘気に巨大な翼が閃く。神々しい、荒ぶる神の翼がはためき、大気が激震を起こす。
魔剣に先程とは比較にならない程の闘気が迸り、空間が歪む。
イクストリームを起動させたロイドは大きく跳躍し、その反動で大地に亀裂が走る。
襲爪雷斬の雷すら纏い、魔剣と共にクレスが加速する。剣が通った後は全て紫電に屠られて全てが分解する。
空がロイドの狂おしいほどの怒りに呼応して、軌道変更と共に彼を基点とした突風が吹き荒れる。
自身の加速によって鞘の中の刃に十二分のエネルギーが満たされ、それだけで世界が戦慄く。
剣の交わらないこの段階ですら、周囲の殆どの家屋が半壊し、雨風を凌ぐと言う家屋に於ける最低限の定義を失効していた。

天使の奇跡にて死の淵より帰還を果たしたロイド、
禁断症状を発しながらも、殺意だけで技を紡ぐクレス。
今この瞬間に限ってのみ、二人の彼我戦力差は限り無く五分と五分に近づいていた。
ロイドの剣に次元斬が纏い、翼は一度力を蓄えた後、音速を超える矢の如き突撃を放つ。
襲い来る鳥を撃ち落そうとクレスが鞘より魔剣を、絶対の一撃を解き放つ。
「次元斬式・飛天翔駆――――――次元翔駆!!!!!!」
「零距離・次元斬――――――――零次元斬!!!!!!」
解放しきれば全てを飲み殺す零次元斬の発動の出会い頭に、ロイドは持てる力をたった一つの剣先のその更に一点に集中させる。
この一点で戦う限り、2人の技はまったくの互角だった。

「互角じゃねえ!! 俺は、俺達の刃が、お前なんざに…負けるかあああああああああ!!!!!!!!!!!」
ロイドは咽喉が潰れる事も辞さないほどに吼える。
この体を満たす癒しは、コレットの想い。ならば100が二つで200。武器も合作なら更に400。
それを本気で信じる一途さに氷の刃が大きく輝く。次元斬の紫と氷の銀が混ざり合い、鳥は更なる光となった。
「殺す。殺す!殺して殺して、殺してお前だけは殺して殺――――」
発症し始めた精神では集中を維持しきれずに形容を留めないエネルギーが魔剣より噴出する。
「貫けえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「があああああアああああAAAあああああアaあああ!!!!!!!!!」
その黒き汚泥を貫いて、クレスの光弾が縦真っ二つに裂ける。
閃光が黒を塗りつぶして、世界は真っ白になった。

194 :The Saber 17:2007/10/01(月) 17:26:51 ID:+PqnJmym0
閃光が収まり、周囲の造形が明瞭になっていく。思い出したように瓦や折れた柱が力尽きて落ちた。
その中から2人の姿が再び現れる。
一人はその翼を未だ煌々と輝かせ、一人はその腹からボタボタと血を流し続けている。
勝敗は、素人の目から見ても歴然だった。

「違う…違う違う違う違う!!!!!!!」
手にベッタリと付いた血が顔に付くことも厭わずクレスは掻き毟るように自分の頭を揺さぶる。
その眼はすでに正気と狂気が曖昧で、何かのタガが外れたことはハッキリしていた。
「負けない。負けない。負けない為に負けない為に負けないめけない俺は僕は負け負けああああああああ!!!!!」
脳を溶かしても尚真っ直ぐな剣筋で魔剣を振るう。クレスの姿が歪んで、その空間から消失する。
「待ちやがれ…お前は俺が殺して……絶対にこの剣で」
そう怨嗟の気を吐きながら剣を振るおうとして、ロイドはその刀身が無くなってしまっていたことに気づいた。
その事実に思わず手を離してしまい、カランコロンと木刀の柄が地面に転がる。
ロイドはクレスが東に逃げたことを仕舞い込み、コレットの傍に駆け寄る。
地面に投げ出されたコレットの下に、静かに歩み寄りながら。
ロイドは、コレットの元で一瞬だけ足を止め、そしてその場にしゃがみ込む。
「コレット……クレスは、倒した。逃がしちまったけど、間違いなく呪術は発動した……次は、確実に殺せる」
そういいながらロイドはコレットの頬を撫でる。
ロイドの眼に痛みが錯覚する。
ロイドはコレットの体に視線を移動させると、その何も変わらない姿がそこにあった。
チャクラムを握り締めていた手は変わりに剣を握っていたが、それでも十分綺麗で。
しょっちゅうもつれては、そのたびに自身や仲間に幸せを運んできた足は眼を離せば直ぐに歩き出しそうで。
そして、いつも愛らしく表情を変え豊かに感情を表していた顔は、今にも眼を覚まし微笑んでくれそうで。

「クソ……どうにもならないのかよ……こんなに生きていそうなのに、死んでるなんて…嘘だろ?」
ロイドは両の拳を硬く握り締めながら天を見上げる。
誰か、誰かコレットを救ってくれ。今なら、こんなに生きてそうな今なら、
レイズデッドでもライフボトルでも、まだ何か手は在るんじゃないのか?
神様。神様。どうか、こいつを救ってくれよ。何でもするから……頼む。

195 :The Saber 18:2007/10/01(月) 17:27:27 ID:+PqnJmym0
その願いに応えるようなタイミングで、ジャリという音がした。
断続的に音は続き、それが歩いている音だと分かる。
ロイドは一気に戦闘態勢に自分を切り替え、武器を失いながらも拳を固める。
例えクレスだろうと、殴り殺してやろうという意思を固めるように。
歩く音が止まる。
ロイドは意を決して振り返った。
途端、ロイドの顔が何とも言えない安堵に包まれる。ロイドは迷わず縋る様に言葉を紡いだ。

「勝手に出て行ったのは悪いと思ってる。幾らでも後で謝るから…頼む、キール!
 今はコレットを……コレットを何とかしてくれ!!」

声をかけられたキールは思案するような素振りを見せた後、名状しがたい笑みと共に言った。

「なんだ。まだ生きていたとはな、ロイド」

196 :The Saber 19:2007/10/01(月) 17:28:54 ID:+PqnJmym0
【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:天使化 HP30% TP20% 背中に裂傷 心臓喪失 砕けた理想 右手首から右肩にかけて衣類喪失
   無痛症(痛覚神経が死滅) コレットを失ったことへの喪失 クレスへの憎悪
所持品:エターナルリング イクストリーム ジェットブーツ フェアリィリング
基本行動方針:このゲームをリセットする
第一行動方針:コレットを助ける方法を模索する
第二行動方針:クレスに止めを刺す
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

※ロイドは自身のHPの正確な把握は不可能


【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP40% TP20% 薬物中毒 禁断症状発症 右の瞼に切傷・流血中 内臓にダメージ 腹部出血
   戦闘狂 殺人狂 禁断症状が殺意を上回っている 左肩に傷・出血中 バンダナ喪失
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:あああああああああああああ
第一行動方針:AAAAAAAAAAAAA
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近→東へ


【コレット=ブルーネル ???】
状態:HP??% TP0% 状態不明
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A
基本行動方針:???
現在位置:C3村・西地区ミトスの拠点跡付近

197 :The Saber 修正:2007/10/01(月) 18:26:15 ID:uefArO+k0
9番
「吹き飛んで楽になれると思うな!綜雨衝ォ!!」
五連撃から繋がる槍の一撃が民家の壁に打ち付けられたクレスの鳩尾を付いた。
クレスが吹き飛ぶ為の迫力がクレスの背中を伝い、壁を吹き飛ばす。

「吹き飛んで楽になれると思うな!秋沙雨ェ!!」
再び撃ち込まれる五連撃を民家の壁に打ち付けられながらクレスはまともに食らう。
体に覚えさせた技巧が、締めに繰り出されるはずの切上を止めて更なる連撃に繋ぐ。

198 :紅の朧は紫を以て 1:2007/10/03(水) 17:01:28 ID:mvwsI8H8O
“お前の意思はあるのか?”
よく聞こえなかったが、確かあの時空剣士が言った言葉だ。俺は剣だ。剣なんだ。
だから無くていいんだ。
――いいんだよ、な?
“お前は、何のためにその力を得る?”
わからない。貴方が言ってる意味が、分からない。
守るべきもの?そんなもの俺にはないさ。
僕にはあるかもしれないけどね。少なくとも俺はそんな下らないものは忘れてしまった。
――それでいいんだよな?ミント?

口からは涎と血をだらだらと流し、腹からは内蔵と内蔵では無いモノが顔を出し。
その目で紫の剣を見た闘神は、その口を裂けんばかりに横に広げてにやりと笑った。
三日月を彷彿とさせるその口は、漆黒の中でよく映えた。


―――――――――――――

ああああぁああああああああぁああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああぁぁあああぁぁAあAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaa
違う違う僕は違ちがうチガウ違違うちがチガ負けうちがちが僕は負け違う負けてな負けてない僕は負けてない違う違違うチガウ負けてナイ負ケテナイまけてチガウ僕はない違負け僕ない違負う負けてない違ウ僕ハ負ケテNaい違ウ

脳内に狂ったようにひたすら文字が羅列される。
壊れた闘神、クレス=アルベインは森の中を歩いていた。
いや、“歩いていた”と言うよりは“進んでいた”。
クレスは右往左往しながらひたすらに足を動かしていた。それはとても歩行という行為を名付けられるに値しているとは言えない哀れな姿だった。
目は既に焦点が合っていない。その手で黒くなった血がべっとりと付く髪を滅茶苦茶に掻き毟りながら、クレスは誰に向けてでもなく意味を失った文字をただ叫ぶ。

199 :紅の朧は紫を以て 2:2007/10/03(水) 17:03:05 ID:mvwsI8H8O
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAA!!」
信じない。僕は認めない。負けてない。死なない。何かの間違いだ。有り得ない。違う。嘘だ。違う。あんな奴なんかに。違う違う。これはきっと白昼夢だ。
違う違う違う。そうに決まってる。違う違う違う違う。この僕が負ける訳が無い。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
次は殺してやる。チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ。
次?次ってなんだよ僕は負けて無いこれは夢なんだから。これから起きてあいつを。
チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチg

クレスははっとする。髪を毟るのをやめ、剣に手をかける。
その手は彼の髪と皮膚と鮮血のお陰で生きている人間のとは思えない醜いものへと変貌していた。
皮膚が付着しているという事は髪だけでなく頭皮まで毟っていたらしいが、クレスにはそれに気付く余裕すらなかった。
しかしその証拠に、クレスの頭からは髪を伝って血が滴っている。
腹からも血をぼたぼたと垂れ流しながら、その痛みすら忘れて後ろを振り向き叫ぶ。
「はぁ…はァ…!!サっきカらコソコソと…ッ!!」


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:03:39 ID:+Fn8oNEMO
 

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:03:42 ID:9gfBiyZtO




202 :紅の朧は紫を以て 3:2007/10/03(水) 17:04:40 ID:mvwsI8H8O
狂気に染まった目で“そいつ”を睨み付け、垂れた涎を四方に飛び散らせながら震える手で剣を抜き、構える。
「お、僕が気付かナイとでも思ッたのかいッ!!ええ!?僕がッ!!!……僕をッ!!」
クレスはその言葉と違い、実は今の瞬間までその気配に気付かなかった。
それだけに余計と腹が立った。この自分がこれだけ近くにいる奴の気配に気付かなかった。
それはクレスをこの上なく不快にさせるに十分過ぎる理由だった。
クレスは走る。剣を持たない左手を痙攣させ、木の根に足を取られながらも走る。走る。走る。
「僕をッ!!見るなアアァァああAあぁaaaaああッッ!!」
胸を斬り付ける。斬る。斬る。斬る。赤く濡れた白い骨が隙間から見えるまで。
「死ね!死ね!!死ねッ!!!」
腹を刺す。刺す。刺す。
刺した後、剣をひねる。傷に空気を入れる。ぷちゅ、と血管から不快な音がする。
次に腎臓を破裂させる。
肝臓を引きずり出す。
胃を切り裂く。
腸を引き千切る。千切る。千切る。本来出る筈が無い段階である出来損ないの排泄物を無理矢理ブチ撒ける。
「……その顔をやめろッ!!」
胸を抉る。抉る。抉る。肋骨を砕く。砕く。砕く。肺を抉り出す。
大動脈を斬る。
心臓を滅多刺しにする。
鮮血を全身に浴びる。
「あああぁあぁぁァッ!“出来損ないの時空剣士のくせに”ッ!!」
顔を剣で薙払う。
最初の一撃で、鼻を消し飛ばす。次の一撃で、口に剣を刺し一気に顎から下を千切る。みぢ、と音がして頬が裂ける。
更に耳を殺ぎ落とす。
続いて髪を頭皮ごと毟る。
ありとあらゆる神経を、肉に素手を捩じ込ませ千切る。
「はぁ、ハアッ!それだ!それを、それが僕を苛々させるッ!!その目が、その目をッ、やめろッ!!!」

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:04:55 ID:uu2Wcl6fO


204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:05:15 ID:Pxuw/iC2O



205 :紅の朧は紫を以て 4:2007/10/03(水) 17:06:42 ID:mvwsI8H8O
気に食わない。
右の眼球に向けて剣を刺す。
刺す。刺す。刺す。刺す。
最初にぷちゅん、と音を立てながら透明な液体を散らせて目が弾ける。
二撃目からはぐちょ、ぐちゃ、と音がして脳が飛び出る。
剣を抜くと脳漿が顔に掛かった。
気に食わない。
感じるは不快感。
気に食わない。
その温度、その感覚、その量その色その形、お前の存在全てが。
気に食わない。
気に食わない気に食わない気に食わない。
気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない。
左の眼球に向かって剣を深く刺す。剣は当然、頭を貫通して地面へ橋を渡す。
「お前が、お前のせいでッ!“ミント”が死んだ!彼女を返せ!返せ!返せッ!」
ミント?あれ?誰それ?
クレスは自分で叫んでおいて一瞬不思議に思ったが、すぐに目の前の肉の解体作業に意識を向ける。
腕が気に食わない。
足が気に食わない。
翼が気に食わない。
髪が気に食わない。
お前の全てが、キニクワナイ。

クレスは数分に渡りそいつを苛め抜くと、息を荒げながら満足そうに口を歪ませ笑った。
「あははは…どうだ、俺の勝ちだ」
ただの肉片になったそれを見つめながら滴る唾液と共に吐き捨てる。
「なんとか言ってみろよ」
肉片が何かを喋る筈も無く。
「何か言えって言ってんだよ」
従って彼の期待に添える筈が無く。
「何か言ってみろよッ!」
よって彼の怒りは治まる筈が無く。
しかし怒りは、次の展開により驚愕に消される羽目になった。

「よおクレス。俺を呼んだか?」

背後から唐突に声がした。
刹那、クレスの顔に怒りと殺意の色に驚愕の色が上書きされた。
反射的にそいつの方へ振り返る。

206 :紅の朧は紫を以て 5:2007/10/03(水) 17:08:05 ID:mvwsI8H8O
「…あ、」
……嘘だ。
「……あああ」
だって。
今。
目の前で。
こいつを。
僕が。
この剣で。
斬って。
刺して。
薙払って。
抉って。
潰して。
砕いて。
削いで。
千切って。

“殺したのに”

「あ…ああ……ああああ…」
クレスの全身が震え出す。握られた剣を地面に落とし、後ずさる。
なんで、まだ生きてる。こいつ。
「それがあれだけ饒舌だったあんたの末路かよ、クレス=アルベイン。俺に負けた事実を認めたくなくて逃げたあんたにはお似合いだな」
違う違う違う違う違う違う。
「あんたは、結局何がしたかったんだ?人を殺して何に、どこに近付きたかったんだ?」
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
「“剣”としての存在理由は確かに斬る事だ。だけどよ、お前はクレス=アルベインだ」
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う僕は違う僕は僕は僕は僕は違うチガウぼくはちが僕違う僕はあああああああああああああああぁぁああぁあああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
「なあ、クレス。そこに、」
五月蠅い黙れ負けて無い俺は僕は負けてないまけてないまけてない負けてないまけてない僕はm

「          ?」

……え?こいつ今何て?
「聞こえなかったのか?まあそれならいいさ」
え?
「ああそうそう。後ろ見てみろよ、クレス」
え?
「お前が今まで必死で殺してたの、」
え?

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:08:22 ID:pVVtxCfyO
支援

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:08:33 ID:9gfBiyZtO



209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:09:28 ID:uu2Wcl6fO


210 :紅の朧は紫を以て 6:2007/10/03(水) 17:09:41 ID:mvwsI8H8O
「ただの木だぜ」
え。
クレスはその言葉へ一瞬理解する時間を要した。
理解した瞬間に目を一気に見開き振り返る。
「……ほらな?」
そこには滅茶苦茶に砕けた木片と掘り起こされた地面があった。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAA
「嘘だッ!!」
クレスは俯き、首を振った。
「嘘を付くなッ!僕はお前に勝った!勝ったんだッ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…あ?」
俯いた彼の目に赤が写る。
それは自らの腹から出た夥しい量の血液。奥に見える損傷したズタズタの臓器。
――惨敗を否定する自分に刻まれた、否定のしようのない唯一の負けの証拠だった。
「ち……違うっ……違う違う違う!」
震える声を上擦らせ、両手で頭を抱えながら必死に否定する。
クレスはその証拠を消す為に自らの腹を掻き毟る。
こんなの違う。違う違う違う。折角、あと少しだったのに。あいつに勝ったらもっともっと近付けて、手に入れられる筈だったのに。
それなのに、今まで築き上げたものをあいつは崩した。
僕が負けたなんて信じない。信じない信じない。
……掻き毟るうちに当然、腸が姿を現す。
無数の突きにより裂傷を負った腸から、赤と黄色が混じった液体が溢れる。
(あれ?この色は何処かで見た)
お世辞にも綺麗とは言い難い色を見て砂漠で遊んだ赤髪の女のそれを思い出した途端、クレスは腹の中で蠢く何かを感じる。
確かめようと手を腹に伸ばした瞬間にざざあ、とクレスの腸を破り出て来たのは、黒く光る虫。
……ゴキブリだった。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:10:45 ID:Pxuw/iC2O



212 :紅の朧は紫を以て 7:2007/10/03(水) 17:11:22 ID:mvwsI8H8O
「う…おええええっ!」
口から今朝食べた木の実の破片が溢れる。
本来胃にあるべき酸が逆流し喉を焼く。
クレスは体を襲う不快感と恐怖に、足を崩し腰を地に落とす。
「い……嫌だ……もう嫌だ……」
震える喉でやっと口にした言葉は、掠れ過ぎて既に闘神としての覇気を失っていた。
肩で息をしながら、クレスはある音に気付き耳を傾ける。足音だ。
その足音は前から次第に近付く。どうやら相手は前方のようだ。
ごくり。
クレスは唾を飲むと剣を掴み前方を見つめる。
――強い。
気配でそれが分かったからだ。
ぽん。
何の前触れも無く前方から聞こえていた足音が止み、後方から右肩に手が置かれる。
当然、クレスは何が起きたかも分からず、動けない。
後ろの人物はその口を呼吸の音が五月蠅く聞こえる距離まで右耳に近付け、子猫をあやすように優しく、それでいて全身を覆い尽くしてしまうような生温い小声で言った。

「やあ、“僕”」

クレスはゆっくりと目を右に移動させる。ついでに首も少し。
「……で」
全身から汗が吹き出て血の気が引くのが分かった。
視界に入ったそいつは、聞き慣れた声で。
赤いバンダナをしてエターナルソードを持って鎧を身に着けて金の髪をしていて
「……んで」
時空剣士で繰り出す技は多分アルベイン流と時空剣技で。
しかしそいつは、そっくりのくせに自分には出来ないような顔でにっこりと笑った。
「なんで」
そいつの名前を知らない筈が無い。
当たり前だ。だってそこに居たのは、

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:11:52 ID:veT3mTCyO
 

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:12:27 ID:R7QJ4WPOO



215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:13:11 ID:+Fn8oNEMO
 

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:13:13 ID:Pxuw/iC2O



217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:13:19 ID:uu2Wcl6fO


218 :紅の朧は紫を以て 8:2007/10/03(水) 17:13:23 ID:mvwsI8H8O
「なんで居るんだよ。“僕”」
クレス=アルベインだったのだから。

「はじめまして。偽者のクレス君」

偽者?僕が?何を言っている。偽者はお前だ。消えろ、まやかしめ。
「何を言って」
肩に置かれた手を除け忘れる事すら忘れる程、クレスは混乱していた。
一体どうなってる。
いきなり、“僕”が現れて僕の存在を否定した。なんなんだこいつ。
「君は、誰だい?」
え?
(僕は、クレス。クレス=アルベイン)
そこまで言葉を考えてさて放とうと考えたが、ある疑問が湧いた。
(クレス=アルベインって誰だ)
「君はクレス=アルベインじゃないのかい?」
そうだ、僕はクレスだ。クレス=アルベインだ。
だけど、それだけ。“クレス=アルベイン”という薄っぺらいレッテルが貼ってあるだけ。僕は、誰だ?
ああ、そうか。分かったよ。理解出来た。
――僕は、空っぽだ。
「……クレスって、誰なんだ?」
教授を乞うような声で、一言呟く。
「……。いいよ。教えてあげるさ。
 クレス=アルベインはトーティス村の生まれで駄洒落が大好きで、チェスター=バークライトとアミィ=バークライトと仲がよくて、後に知り合ったミント=アドネード、クラース・F・レスター、アーチェ=クライン、藤林すずらと共にダオスを倒した張本人だ。」
……わからない。
理解出来ない。何なんだ、それ。それがクレスなら、僕は一体何者なんだ。
「解せないと言った面持だね。そんな哀れな“僕”に一つヒントをあげよう」
目の前のクレスが喋る。
「僕は君が作り出したもう一人の僕だ。君が思えばその通りになる。だから僕が意思を持つ事は出来ない」
え?
「つまり僕の発言は君の記憶を元に造られている。つまり」
え?という事はさっきのは?

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:14:04 ID:9gfBiyZtO




220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:14:14 ID:pVVtxCfyO
 

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:14:44 ID:R7QJ4WPOO



222 :紅の朧は紫を以て 9:2007/10/03(水) 17:14:48 ID:mvwsI8H8O
「……僕のヒントはここまで。僕にとっても君にとっても最後のチャンスだよ、クレス=アルベイン。君が死んだら連動して僕も死ぬからね。」
紫の剣に手を掛け、目の前の僕……いや、クレス=アルベインという出来上がった人は続けた。
「さあ、もう一度問うよ。“君は、誰だい?”」
ああ。なるほど、そうか。簡単じゃないか。
確かに、偽者だ。
クレス?誰それ?馬鹿馬鹿しい。
これは命令だ。俺の障害になるお前は消えろ、クレス=アルベイン。邪魔なんだよ。
「ふ…はは。あはははははは…!随分簡単な問題だね、クレス」
立ち上がり、紫の剣に手を掛けながらクレス=アルベインに言の葉を向ける。
「俺は、クレス=アルベインなんかじゃない」
僕、いや俺はにやりと笑って、剣を抜いて自信たっぷりに言ってやった。
「答えは“剣”だ」
クレスは答えを聞いて一瞬悲しそうな顔をした。
「……残念だよ。こんな結末になるなんて」
クレスは剣を抜き、蒼い炎でそれを光らせる。
剣も自らの刃を同じように蒼い炎で光らせる。
「俺が俺である為に、偽者のお前は死ね。クレス=アルベイン」
これは命令だ。大人しく自害するか、俺に殺されるか、選べ。
「ただの剣が僕に勝てると?剣は人が持つものだ。驕るなよ、“僕”」
違う!
ぎり、と歯を軋ませる。
この後に及んでまだ俺を“僕”だと?ふざけるな。虫酸が走る。
嫌悪なんて生易しいものじゃない。お前と同じ空気を吸っているだけで不愉快だ。
「お前は、俺が殺す」
俺はお前じゃない。一緒にするな、クレス。
「無理だね。自分を僕だと認めない、弱い“僕”には」
二人は同時にバックステップで御互いの距離を取る。
一本の枝から、一枚の枯れ葉が離れた。
それを合図に二人は雄叫びを上げて走る。
一人は殺す為に。一人は認めさせる為に。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:15:16 ID:uu2Wcl6fO


224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:16:23 ID:R7QJ4WPOO



225 :紅の朧は紫を以て 10:2007/10/03(水) 17:16:34 ID:mvwsI8H8O
今、彼等の戦いは始まった。

「「次元斬!」」
剣とクレスは蒼の衝撃波を持ち激突する。
二人は互角に見えたが、勝負は枯れ葉が地面に落ちるまでの一瞬の出来事だった。
「あああ鳳凰天駆っ!」
剣は炎を纏い天を駆けながら降下する。鳳凰が狙う獲物はただ一人、クレス=アルベイン。
「守護法陣!」
クレスはそれを攻撃と一体化した防御で防がんとする。
剣は蒼を迸らせる法陣を見ると、突っ込む前に時空剣技を発動させる。
それを予測していたかのように、クレスも同じ技を使う。
二人は蒼い光に包まれる。
「「空間翔転移!」」
剣はクレスの背後へ転移し、クレスは転移した剣の背後へ転移する。
剣の背中を蒼の炎を纏う剣を貫かせ、素早くそれを抜くはクレス=アルベイン。
その瞬間に木の葉が一枚、地に降りた。

「う……嘘だ……」
蒼を以て赤が流れ出す。
剣はぽかん、と空を仰ぎ再び壊れ出す。
「嘘だ俺は負けない僕はクレスに負けて違う負けない為に嘘クレス違う俺違う負けクレスに負け嘘違俺はクレスに負けてああああ……」
剣を地面に伏させないは、体力では無く精神力。
その時背後から足音が聞こえた。あろう事か段々遠ざかっている音。
クレスは剣に背中を向け、無機質な声でたった、たった一言呟いた。
その一言は剣にとって何もかもを奪い尽くす無慈悲な断罪の炎だった。

「お前の負けだ、“僕”」

剣は振り返ると、クレスの背中へと怒鳴り散らす為に空気を吸った。
許せない。許せない許さない。まだ俺を“僕”と言うのか、こいつ。しかも俺の負けだと? 俺を舐めてるのか?
俺に背中を向けるな。まだだ。まだ終わらない。
俺は生きてるじゃないか!
馬鹿め!死なない限り負けはないんだ!
だからッ!まだ負けてないんだよおおおオオオオ!!

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:17:32 ID:R7QJ4WPOO



227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:17:36 ID:pVVtxCfyO
 

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:18:08 ID:uu2Wcl6fO


229 :紅の朧は紫を以て 11:2007/10/03(水) 17:18:27 ID:mvwsI8H8O
「違う違う違うチガウチガウ、違あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうッ!死ね!しね!シネ!ぼ、俺はッ!負ける訳にはいかないんだッ!うおおおあああAAA!」
だがクレスはこちらを見向きもせず手をこちらにひらひらと泳がせている。
「じゃあね」
……じゃあね、だと?
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
剣は走る。気に食わない。殺してやる。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。
俺と同じ顔のくせに。俺と同じ技のくせに。俺と同じ武器のくせに。俺と同じ技量のくせに。どうして俺が負けよう。
自らが人を滅する剣となった、この俺が。
「これでッ!終わりだあああぁぁぁぁぁ!!」
紫を大きく振りかぶる。その構えは、アルベイン流最終奥義の構え。
クレスはこちらを向き、にやりと笑う。
「……なんだ。クレスを否定しておいてまだ使うんだね。“アルベイン流”」
彼の持つ紫は、同じように構えられていた。

「「冥!」」
――紫は御互いを殺す為に再び衝突する。

「「空!」」
――御互いに全力の剣激は、辺り一面を粉砕でもなく、“消滅”させる。

「「斬!」」
――蒼き炎は密度を増し、黒き炎に変貌していた。紫に纏われた黒き炎は空間をも焼き、激しい雷を散らす。

「「翔!」」
――一方の紫が弾かれた。
雷と漆黒の炎を相殺するべき媒介は空へと飛翔する。
相殺されるべき媒介を失ったそれらは、当然残された媒介へと矛先を移行する。即ち紫を失った者へと。

「剣っ!!」
――最後の天空への一撃を放ったのはただ一人。
よって“剣”の文字を紡いだのはその者だけであった。



230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:18:53 ID:pVVtxCfyO
 

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:19:14 ID:R7QJ4WPOO



232 :紅の朧は紫を以て 12:2007/10/03(水) 17:19:58 ID:mvwsI8H8O
「あああああああああッ!!」
剣は、クレスから全身に最後の一撃を浴びると膝を崩した。
“敗北”
必然的にその二文字が剣に叩き付けられる。
弾かれた紫は地面へと墜ち、刺さった。
「い……痛い……い……や、だ」
クレスは敗北した者へと剣を向けて歩み寄る。
その剣で引導を渡す為に。
「さよなうなら、“僕”」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたk

「……ひぃあああああぁぁッ!死にたくないいいいいッ!」
剣は紫を引き抜くと、ひたすらクレスから逃げた。
しかしその姿は正常では無い。手も、足も、目も、口も、耳も、鼻も、脳も、心も。全てをボロボロにしても尚、足を動かす。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:20:20 ID:uu2Wcl6fO


234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:20:39 ID:R7QJ4WPOO



235 :紅の朧は紫を以て 13:2007/10/03(水) 17:21:56 ID:mvwsI8H8O
手は振らずだらりと下げ、足跡を結ぶと到底直線とはいえないらくがきのような線が記されるだろう走り方。
全てが擦り切れた彼を動かすのは
“死への恐怖”
それだけだった。
「敗北の末に叩き出した答えがそれかい? 残念だよ、“僕”」
俺は剣だ。
クレスはお前だ。
俺はクレスじゃない。
クレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃないクレスじゃない
クレスの資格は無い
――お、僕は、クレスじゃないんだよ、な?ミント?
「い……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!死にたくない!来るな!来るなよお!!!来るなあぁあアァァあぁぁァあAAAAAaaa」
嫌だ。痛い。怖い。死にたくない。俺に近付くな。いやだいやだいやだ来るな。認めたくない。来るな来るな。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許して下さい許して下さい。

―――僕は思うんだ。世界はifで生め尽くされている。
どちらかの最果ての道の先に存在している事象を考えてもどうにもならないけど、それでも人はもう一つの可能性を考える。
もし、彼がコングマンに殺されていたら。
もし、彼の支給品にバクショウダケが無かったなら。
もし、彼がコレットと出会わなかったら。
もし、……

……何度転んだかは分からない。
体は擦り傷だらけ、全身は血まみれ。
目に映る世界は有り得ない色彩で。
見るもの全てが死体と剣に見えた。
それでも剣は自らを追ってくるクレスから必死で逃げた。
いつの間にか彼の焦点が合わない目は森の木々では無く、家の連なりを眺めていた。
先程森を抜けたらしいのだが、クレスは恐怖でそれに気付かない。
気付いていた所で、彼の目に映るのは死体と剣だけなのだが。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:22:29 ID:pVVtxCfyO
 

237 :紅の朧は紫を以て 14:2007/10/03(水) 17:23:38 ID:mvwsI8H8O
彼が走るのは囚われのお姫様が居る鐘楼台の裏。
そこに待ち人が居るなんて冷静さを欠いた彼が気付く訳が無く―――。

ああ、そうそう。ここで僕が先程の話の続きをしようか。
途中やめしてしまったifの話だよ。実はあれにはまだ結構続きがあってね。
もし、
―――もし彼が森から抜けなければ。
これから起きる事象を回避出来ただろうに。
ぼす。
縺れる足が何かを踏んだ。
それは例えるなら、何かの“蓋”。

―――もし彼が東に行かなかったら。
それを踏むことはなかっただろうに。
「…あっ…?」
不抜けた声は呆けた表情から発せられた。
がくん。
途端に彼の視界に映る死と剣のみで構成される世界が斜めになった。
ふわり。
同時に体が宙に浮く感覚。

―――もし彼がもう少しだけ冷静でいられたなら。
空間転移で抜け出す方法を思い付いただろうに。
今度は視界が暗闇に包まれた。
クレスの声が聞こえた。
「残念。鬼ごっこもここまでだね」

―――もし彼の落ち方が仰向けでなかったなら。
自分に何が起きたか理解出来たかもしれないのに。
自分を追って墜ちてくるクレスを目が認めた。
「……掴まえた」
クレスは笑って言った。
ぶすり。
腹部と右胸、左ふくらはぎと右手から墓の名を持つ槍が生えた。

―――もし彼が紫の大剣をもう少しだけ強く握っていたならば。
驚きをして大剣を天に向けて手放さなくて済んだのに。
ひゅん。
紫は空気を斬りながら虚しく回転する。
斬るべき人を失ったその剣は、当然重力に逆らえる筈も無く。

―――もし彼の紫の大剣がそのまま降下したならば。
柄が衝突するだけで済んだかもしれなかったのに。
がきん。
穴の端にそれの柄が当たる。再び空中に浮いたそれは、回転の速度を相殺され再び下降する。



238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:23:42 ID:R7QJ4WPOO



239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:23:56 ID:veT3mTCyO
 

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:25:30 ID:uu2Wcl6fO


241 :紅の朧は紫を以て 15:2007/10/03(水) 17:26:07 ID:mvwsI8H8O
―――もし剣の真下が地面だったなら。
月は、割られる事は無かっただろうに。
朧は、月を隠す事は無かっただろうに。
剣の重心は刀身にある。
回転を止めてしまった剣は、当然重心を無視出来る筈が無く。

―――もしもう少しだけ紫が月を割る時間が遅かったなら。
答えは僕にも聞こえただろうに。

さて、僕が語れるのはここまで。ここからは僕も覚えてないから。

……遂に地獄に続く漆黒へ、紫は誘われた。

―――――――――――――

その目で紫の剣を見た闘神は、その口を裂けんばかりに横に広げにやりと笑った。
三日月を彷彿とさせるその口は、漆黒の中でよく映えた。……そうか。解ったよ。
全てを殺して俺が近付きたかったもの。
そして俺が遠ざかりたかったもの。
俺が、僕が、近付きたかったのは、

「来いよ、“僕”」

遠ざかりたかったのh
――紫の大剣は斬るべき人を失ってなどいなかった。最も近い人物を失念していた。
主が居た。その刀身を赤に染めてきた、主が居た。
因果応報という言葉がある。
これが報いなのか。
それとも狂った時空剣士がこれを望んだのか。
それは誰にも分からない。
しかし剣と一体化した強さを持ち、剣になりきる事で存在意義をこの世界に見出だしたこの剣士はこの瞬間に。
ざくり。
皮肉にも最後に剣と一体化し、“死”そのものになる。

白昼の三日月は、中心を紫で割られて紅の朧で身を染めた事以外は、その姿を何も変える事無く固持した。

242 :紅の朧は紫を以て 16:2007/10/03(水) 17:27:23 ID:mvwsI8H8O
【クレス=アルベイン死亡】
【残り9人】

※尚エターナルソードはC3村東地区鐘楼台裏の落とし穴の中

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 17:28:33 ID:pVVtxCfyO
 

244 :自殺の風景 1:2007/10/06(土) 15:53:08 ID:0ih6UwPg0
notice:演者が疲れ死ねば、裏方が演者となる。
    裏方も死ねば、観客が演者となる。
    惨劇は滅ばず。悪夢は滅びず。ただ次の公演を待つ。
    違う舞台で、違う役者で、違う演出で、同じ演目を。いつか終わることを欲し。

    最後の一人が、踊り切るまで。



澄み切った快晴の空から降り注ぐのは、雪原を生むような豪雪ではない。ただそこに降る淡い雪。
熱でも時間でもそれを溶かすことは適わないだろう、少なくとも今は。
少年の心の中にあった記憶の雪はその想い出と同じように、きっと融けて消えることは無い。
その代わりに、ということなのだろうか。融けて消えるのは、溶けて消えるのはその血より流れ落ちるその命だった。
この雪に込められた想い出以外の全てを血とともに流し落とす亡骸はまだ生暖かい。
個人としての人間性は滅びても、まだヒトとしての生命は細胞単位で抗おうとしている。
その様はあまりにも無益で痛々しい。だが、ヴェイグは目を逸らさない。


245 :自殺の風景 2:2007/10/06(土) 15:58:10 ID:0ih6UwPg0
カイルの死を目の当たりにしながら一つの
ヴェイグは無言のまま自分の懐から一つの短剣を取り出した。
焼け焦げて、刃も零れ落ちた無用のチンクエディアを握り、
ヴェイグは氷でコーティングするような真似もせずに振り上げる。
「ヴェイグ」
ディムロスが声をかけるが、二の句は無かった。
降り積もらない雪と血の中で、ヴェイグは口を開く。
「カイル。これがお前の母親を殺した刃だ。
 同じ得物で、同じ男が殺すならばきっと向こうで逢える。俺は、行かないほうが良いだろう」
まるで冬の吐息のように冷たく震える言葉を紡ぎ、悴む手で凶器を握る。
脳裏に過ぎるのは自らが殺めた二つの命。
一人は、コレに氷を纏わせ背中から貫き殺した。
そして、もう一人は、直接この刃で“斬った”。
自らの愚かな望みの為に。
武器も持たず、それでも機転と才能の全てを駆使し生き抜こうとした一人の女を。
迷い無く、迷うことすら考えずにその生を踏みにじった。
「迷いはここに置いて行く。だからカイル」
剣を振り落とす。その眼はまるで氷のように蒼かった。

「もう、俺を許すな」

全ての迷いを滅ぼすように、カイルの頭蓋に剣を突き立てる。
生き残っていた神経が蛙の様にビクリと連続して撥ねて、五・六回往復した後完全にカイルの体は真に沈黙した。

「ディムロス。お前も軽蔑してくれていい」
ヴェイグはカイルの遺体を凍結させながら、その大剣に声をかける。
「言うな。これ以上カイルを苦しませる訳にはいかなかった。“私達の心の均衡の為に”。
 私も……肉体があればそうしていなかった保証は無い。私は、私達は軽蔑されるべき、咎の住人だ」
ディムロスは、声を震わせながらそう答える。
幾度と無く後悔し絶望し、今度こそはと縋る様に追い求めた最後の希望。
その少年が、死の淵に這いながら進んでいく様を直視する。
その一秒一秒こそが彼らには耐え切れない罰だった。

246 :自殺の風景 3:2007/10/06(土) 16:00:40 ID:0ih6UwPg0
剣士は何も語らない。剣も何一つ語らない。
胸中に有るのは剣を握るその手と握られる柄が焦げ付くほどの無力感と、爛れそうな絶望。
そして捌け口を求めて体内を暴れ狂う程の激怒。
それだけが彼らを繋ぐ。
ヴェイグが上を見上げる。光に目を眩ませてしまいそうな太陽は、鐘楼の背に隠れている。
その上に、清算しなければならない罪が残っている。
「行くぞ。ディムロス」
ヴェイグはそれだけを言うと、左手に生み出した氷を握りその壁に投げ付けた。
突き刺さった氷塊は壁に根を張り、足場を作る。
しかし生み出された足場はたったの三つだった。
下りですら彼が降り立つのにはその5倍の氷が用いられており、この数は上りの足場として絶対的に不足している。
ヴェイグはそんなことを気にすることもなく、ディムロスを地面に向ける。
その剣先に渦が巻いた。最初は無色透明だったものが埃を巻き込み、砂礫を巻き込み、
終にはディムロスの刀身を覆うようにして旋風が生まれる。
「風神剣!」
開放される風が地面を打ち付ける瞬間、ヴェイグの跳躍は恐るべき高さを生み出した。


ヴェイグが風と共に再びその場所に降り立つ。
異形の雪の覆わぬその屋根は、時間が凍ったようにその有様を何一つ変えてはいない。
そこで待っていたティトレイだけが先ほどまでと佇まいを変えて立っている。
両腕を失っても姿勢良く直立するその様はまるで手を縛られた囚人のようだった。
「その様子だと、結果は最悪でもなく良しでもなく、ってところか。どうよ。絶望したか?」
鼻で笑うようにしてティトレイはヴェイグに問う。
皮膚が硬皮でしわがれていて、その厚くなった面の皮は表情を表に出さない。
「お前、俺が殺そうと思った瞬間後ろ向こうとしたよな。ほんの少し、でも確実に。
 あの状況で確実に自分よりも、カイルってのを気にしたよな、すごく強く」
「ああ」
押し黙ったヴェイグはディムロスを肩に背負い、足元の氷剣を拾う。
「俺はお前に言ったぞ。“まずその愛する所を奪わばすなわち聴かん”って、
 “お前が大事にしたがっているものが何なのか分かった”とハッキリ言ったぞ」
「ああ」
氷を纏わせるようなこともせずに、ヴェイグはただティトレイに向かってゆっくりと前進する。
「腕一本千切って、お前の握手を“絶交”したんだ。俺の覚悟は分かっていたよな?」
「分かっていた」
ティトレイが足を前に出し、歩き始める。
「そこまで分かっていたんならよ。
 俺を殺さないことが、あの子供を殺すことと同じことだってのは分かっていたよな?」
「ああ。分かっていたさ……心のどこかで分かっていたことだ…………
 だけど……どこかで、どこかで、お前にそんな手が無いと信じてしまった」
二人が屋根の中心に近づいていく。
「それは信頼じゃねえよ。軽々しく信じるなんて言うな馬鹿野郎」
苛立つような言葉が、ティトレイの口から吐き捨てられる。
二人の肩がすれ違う。
互いに背を向けたまま、

「どうだ?俺が見てきたモノを見た感想は?吐き気がするほど最悪だろ?」
ティトレイが振り向く。

ドス

その辛うじて笑っているティトレイの眉間に一本の短刀が突き刺さった。
「ああ、最悪だ。お前を許せない程に。そして何より、自分自身が何より許せない……!!」

剣を伝い、鍔から流れ落ちるものは赤い血液ではなく、白濁した樹液だった。


247 :自殺の風景 4:2007/10/06(土) 16:01:38 ID:0ih6UwPg0
両腕を失ったティトレイにその刃を引き抜く手段は無く、よろめきながらティトレイは後ろに下がっていく。
「ようやくお仲間だなヴェイグ。覚悟を決めるのが遅えよ」
足が端を越えて、空を踏む。ティトレイの体が傾いていく。
「で、これからどうするんだ?」
完全に上下が逆になったその体で、ティトレイは自らの樹液に汚れた瞳で世界を見つめる。
死に行く親友に当てたヴェイグの正直な吐露が、耳を満たす。
「俺は……自分を、お前を、カイルを許容しないこの場所を許せない。
 例えカイルが、クレアが、誰もが許しても俺自身がこの到底許容し切れない……!!」
雪と太陽と、混沌が交じり合った天地。
「まあ、俺も一度通った道だ。好きにやりな」
これこそが自分の望んだ景色だ。
「これで、俺もようやくだ……ん?」
落下を始めたティトレイは心から満足そうな笑みを見せながら、ある一つの点を見つけた。
一瞬戸惑ったような顔を見せた後、もう一度ティトレイは笑う。
今度は、心底嘲笑うかのように。

「なんだ、もう終わったのか。クレス」

そうして、地面で一本の樹が粉々に砕け散った。

「クレス、だと」
ヴェイグの瞳が遠くに焦点を合わせる。
その像を朧気に結んだ場所にいたのは、翻る紅い外套と紫に鈍く輝く魔剣。
『…………奴がここにいるとは、真逆、ロイドが』
ディムロスが言葉にするよりも早く、ヴェイグが剣を後ろに向ける。
コアレンズが輝き、ソーディアンから熱が、ヴェイグが輝き、フォルスより冷気が放出され、
急激な温度差が互いを巻き込み気圧差、風を生み出す。
「絶・瞬影迅…………風神剣!!」
剣より放たれる暴風に乗って、彼らはその高みより降り立った。


248 :自殺の風景 5:2007/10/06(土) 16:03:10 ID:0ih6UwPg0
「う…おええええっ!」
ヴェイグがその場所に辿り着き、まず目に付いたのは
消化不良の内容物が口を吐き出しながら、自らの咽喉を焼くクレス=アルベインの姿だった。
腰を落とし、両膝を突いたその様子は、ほんの少し前に見た姿とは大きく変わり果てていた。
「い……嫌だ……もう嫌だ……」
震える喉から聞こえる言葉は覇気を失い、ヴェイグの神経を苛立たせる。
何があったのかは類推できなかったが、一つだけハッキリとしていたのは、
その剣が大きく血に汚れているということだけ。
それだけで、自分達にロイドという、一縷の望みが絶たれたことを理解できた。
クレスが剣を掴み、ヴェイグの方を睨むが、その瞳はもう正気の色を残していない。
――弱い。
何もしなくともそれが分かったからだ。
氷を軽く飛ばし、それをディムロスで一気に蒸発させる。
ボン。
何が起きたかも分からない様子で動かないクレスに、ヴェイグの怒りはチリチリと上がっていく。
それは燃え上がるような激怒とは違い、
まるで触れた植物をガラスのように砕いてしまう液体窒素のような静かな怒りだった。

「ロイドを殺したのか」

ヴェイグの言葉にクレスはゆっくりと目と首を此方に移動させる。
「……で」
元よりクレスに返答を期待していた訳ではない。
ロイドは死んでしまったと認識するだけで、全身から汗が止み、熱が引くのが分かった。
最後の希望は潰え、カイルが望むような結末は絶対に訪れないという事実が、
最後に迷った一線を踏み越える意思をヴェイグに与える。
「……んで」
罪の無いカイルの命を奪いながら、尚罪を重ねる俺達を生かすこの世界は間違っている。
恐らく、カイルならばその理不尽を拒絶することなく許容するだろう。
だが、世界はそんなカイルを拒絶した。ならば誰かがその間違いを“拒絶しなければならない”
「なんで、なんで居るんだよ。“僕”」
元殺人鬼から呆れるような言葉が送られ、ヴェイグは笑った。
溢れ出す暗い感情が、体に湧き上がっている。


249 :自殺の風景 6:2007/10/06(土) 16:05:00 ID:0ih6UwPg0
もし、ティトレイを殺すと選べば、カイルは生き残っただろう。
もし、ティトレイを殺さないと選べば、カイルは死んだであろうが、ヴェイグはその罪をしっかりと受け止めることが出来ただろう。
どちらを選んでも最悪の結末は無かったはずだ。
だからこそ、その選択肢を選ばないことと選べないことは意思の差において意味を違える。
手を犠牲にするという各個たる意思でミントを救った、カイルの選択のように。

「久しぶりだな。クレス」
憎むべきはこの世界、そしてその王、そして俺自身。
その全てを破壊しなければ、間違いは正されない。
「何を言って」
会話の噛み合わないクレスの言葉など、ヴェイグには眼中に無かった。
ミクトランをこの手で滅ぼすのならばこの島を、この世界を生かすわけにはいかないのだ。
それが意味するのは、仲間の死。しかし、ヴェイグは躊躇しない。
ルーティを殺しジェイを殺し、そして自らの過ちでカイルを殺し、
罪は自分にあると判りながらも親友を手にかけなければならなかったその身は、とっくに汚れ切っている。
この汚れ役は、自分にしか務まらない。
「言い残すことはあるか?」
目の前の障害など、滅ぼすべき一つのファクターでしかない。
「無いならば、せめて焼死か凍死か、好きな方を選べ」
なんとしっくり来るのだろうか。巡り巡って、辿り着いたのは結局最初の自分。
ああ、そうか。分かった。理解出来た。
これが、このゲームの答えだ。
「……クレスって、誰なんだ?」
教授を乞うような声でクレスが呟くが、ヴェイグには届かない。
カイルを、ロイドを、生き残るべきを殺しておきながら嘲笑うこのゲームを許す訳にはいかない。
“罪には裁きが必要なのだ”。


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 16:05:23 ID:EO1Nn+X/0


251 :自殺の風景 7:2007/10/06(土) 16:06:12 ID:0ih6UwPg0
ヴェイグの眼に水銀にも蒼炎にも似た青い光が宿る。
張りつめた大気の中、ヴェイグの感情が暴走と呼ぶに相応しい高まりを見せる。
手に持ったソーディアンの炎がヴェイグの氷と相殺し、雪原は現出しないものの、
その変質した場の空気は誰の目にも明らかだった。
もう悩むまい。何を選んでもこの世界は“間違いしかない”。
「ディムロス、悪いが付き合ってもらうぞ」
『……止めはすまい。ロイドが失われた今、ミクトランを討つにはそれしか手段が、無い。そして』
クレスは立ち上がり、紫の剣を手を掛けながらヴェイグに言の葉を向け、
「俺は、クレス=アルベインなんかじゃない」
剣を抜いて自信たっぷりに言い放った。
「答えは“剣”だ」
『私自身、この憤怒を抑えきれそうもない』
呪いの影響か、クレスは自己完結した一人芝居を続ける。
しかし敵を嗅ぐ力だけはあるのか、剣先は紛れも無くヴェイグに向かっていた。
「……行くぞ、ディムロス」
ヴェイグは蒼い炎でディムロスを光らせる。
クレスも自らの刃を同じように蒼い炎で光らせる。
「俺が俺である為に、偽者のお前は死ね。クレス=アルベイン」
最早破綻しきった会話ですら、ヴェイグは納得したように頷く。
「クレス=アルベインか……そうだな。今から俺が歩む道は、お前と同じ殺人鬼。偽者だな」
歯を軋ませるクレスを見て、ヴェイグの中を虫酸が走る。
嫌悪などと生易しいものでは無い。自らを含めて、この世界が許せない。
「お前は、俺が殺す」
例えカイルが、スタンが、ルーティがこの二人を許そうと、二人は自分を許せない。
願いも祈りも希望も踏みにじるこの世界は、許しては置けない。
「ならば殺人鬼らしく、惨たらしく殺させてもらう」
二人は同時にバックステップで御互いの距離を取る。
存在しない幻覚の森で、それを合図に二人は雄叫びを上げて走る。
一人は殺す為に。一人は屠る為に。

すでに結末の決まった剣が交差した。



252 :自殺の風景 8:2007/10/06(土) 16:07:51 ID:0ih6UwPg0
前にもこんな事があった気がする。何処だっけか……
ああ、確かあれは森だったんだ。夜だったような気がする。
お、思い出した。しいなだ。しいながいきなり背中から切りつけられて……血がどくどく溢れて。
何か、もう全部嫌になったんだな。こう、自分の信じてきたもの全部ぶっ壊されて、何も分からなくなった。

あー、なんかデジャヴだな。今まさに同じようなことしてるんじゃねえか。
しいな役はあのカイルってガキで、暴走する俺の役がヴェイグで…さしずめ俺はしいなを殺した奴か?
笑えねえなあ。だってこれじゃ一昨日の夜の焼き増しじゃんか。
“この後クレスがやってきて、俺と戦うのまで被ってるのかよ”
お、何か楽しくなってきたな……確かクレスだけじゃ無かったよな。仲間が二人くらいいた。
一人は金髪の女の子だったなあ…じゃあ、さっき見たミトスの生贄の女がアイツ役だ。
で……もう一人は……んー、どっかで見たような面構えって……思い出した。サレじゃん。
何で気づかなかったんだろ。一人じゃ何も出来なさそうだもんなあ。
んー、コイツの役は誰だ?“今の舞台”だとクレスの関係者か仲間は…あの女と、俺だけだよなあ。
つーことは消去法で俺?二役じゃん。面倒くさいっての。
ん?待てよ。“じゃあサレも二役なのか?”えー、ってことは、つまり、えーっと。

は、はは、
はははははははははははははははははははははははははは。
なんだよなんだよ、つまり俺が必死こいて作ったこの状況は、唯のコピー品ってことか。
いいじゃんか!今の俺にピッタリだ!!楽しいな、凄く楽しいな!!楽しすぎて涙が出らあ!!
ああ、そうなんだな。逆なんだ。
サレが、俺があの惨劇を作ったんじゃなくて、“惨劇が俺達に自分を作らせたんだ”。
誰でも良かったのか。
誰でも。しいなじゃなくても、俺じゃなくても。同じ演目がいずれ開演してたんだ。
俺達を適当な役に当てはめて、自動的に惨劇を開く。
人が集まって惨劇を作るのではなく、惨劇を作るために人が集められる。
はは……なんだよそれ。人の都合とか全然考えてねえよ。
何処のどいつだこんクソったれな仕掛けを考えた奴は。畜生。
俺はそんなつまらねえことの為に、こんなことをしたんじゃねえぞ。



253 :自殺の風景 9:2007/10/06(土) 16:09:41 ID:0ih6UwPg0
まあ、いいか。

それに、そんなどうでもいいこと、この景色に比べりゃもうなんでもいいや。

ありがとよヴぇいぐ。つき合わせて悪かった。


これで、やっと――――――――――――――――――――



【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP50%(メンタルバンクルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:クレスを殺す
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台付近

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 深い怒り ヴェイグの感情に同調
基本行動方針:全部を終わらせる

【ティトレイ=クロウ 死亡確認】

【残り8人】



254 :自殺の風景 [Replay] 1:2007/10/09(火) 18:03:28 ID:YSTjQaQH0
「……はは、いー眺め」

親友が氷を作り出して3階以上の高さから降りていったのを確認して、
仰向けのままのティトレイは、顔をこてりと左に傾けて暢気そうに屋根から見える風景を眺める。
確かには綺麗だ。
明るい斜光が暖かく照らすと家々の自然の色相。
村の向こう側に広がる、広がるその先には草原の若々しい青緑、土肌が顕わになった黄土色の山脈、
更にその奥で微かに煌く紺碧の海、三者三様の色合いは明瞭に彼の網膜へと結びついている。
共に浮き出る地面に現れる、一色でその他全てと釣り合う斜影の濃黒。
そして、斜陽の赤で染め上げ始める直前の青空。
霧が消えた村は、此の天と地を万色に染め上げようとしていた。
もしティトレイが立っていたならば、やや西に傾いてきた光は逆光となって彼の背を黒く染めていたのだろう。
幾つもの民家の影がこの鐘楼に黒く伸びているのが、彼には可笑しかった。
皮肉にも、彼は嘗ての親友と同じことを考える。
確かに――こんな血生臭い世界とは不釣合いと思える程、この世界の景色は綺麗だった。
だが、その景観はもうずっとただの記号的なものにしか見えない。
美しさなんて、唯の発音の羅列でしかない。

日光で暖められた屋根の熱がじわりと身体に伝わる。
その安らぎとは裏腹に、双肩に重荷が乗せられたかのように、疲労がどっと襲い掛かってきた。
身体を動かすのさえ気だるい。全ての気力が何かに奪われてしまったように。
もう、何も残っていない。
胸が詰まったような閉塞感に口を手で押さえようとして、既に両腕がないことを思い出す。
2、3回咳き込む。異物が込み上げてくる感覚も一緒に感じた。
飛沫にはもう赤い液体残ってはいない。
奥義1回使うだけでその代償は凄まじい。無理する必要もなかったんじゃないかと彼はしみじみ思う。
喪失した左下膊に視線を遣る。放った時は全部吹き飛ぶかというほど信号を発していた激痛も、離れてしまうと不思議と何も感じない。
もうない右手を動かすイメージを浮かべ、上までしかない左腕を、止血でもするかのように幻枝を握る。
想像の中ですらその硬さは、やはりヒトのものではない。既に皮膚は硬皮だ。

彼の口唇が自嘲で歪んだ。
この硬さこそが自らが望んだものだ。


255 :自殺の風景 [Replay] 2:2007/10/09(火) 18:04:10 ID:YSTjQaQH0

1度目を閉じて、ティトレイは空を見上げる。
空は静かに、村の、この島の何事も見守るように佇んでいた。
あまりにも大きすぎて、仮に瞳があったとしても自分には目を遣りもしないだろう。
その矮小さに何故だか少しだけ笑みを零すが、その発露が何の感情に根ざすものか、それが彼には分からない。
硝子のように無機質な、しかし澄み切った目で、ティトレイはそれを穏やかに凝らし視ながら、
少年の臓物が零れる音と舌を失った慟哭、その不協和音を思い出して彼はさも知らぬ憧れを覚える。
全てを出すように1つ深い息を吐いた後、彼はゆっくりと目を伏せた。
少しだけ、肩に掛かっていた重荷を落とすイメージ。
「やりやがったな。お前の勝ちだぜ、坊主」
あの一撃は決して誰かの腹を貫いた程度で狙いを逸らすような矢では無かった。
あれを止めるには、自分の体を縦にするなり、盾にするなり、
明確な「止める」という意思をその身体で証明しなければ、届かなかった。
詰まるところ、それが“選択すること”なのだとティトレイは思う。
選択せずただ茫洋とした有様で貫かれれば二人とも死んでいたように、選択するという意思はただそれだけで未来を捻じ曲げる。
それを成し得た。その事実だけで、痛いほどにその死が眩しい。
その対極の位置で、光に眩む自分には終りが近付いてきている。
顔にまで侵食してきた葉脈は一時ごとに、根を這わせるように進んできていた。
手がないので触れることはできないが、浮き上がったそれはさぞ気味が悪いだろうことは想像が付く。
そして外側よりも内側の方の想像を絶する気味の悪さは尋常ではない。
「あーあ、本当に樹になっちまうんだなぁ。髪は……葉か、花か。てっぺんだし、見栄え良いしなー」
いつものように弄くろうとして、既に髪を触る指先はおろか腕もないことを思い出して苦笑する。
これも手があれば、その感触を確かめることができたと残念がることも、
葉が擦れ合う音がしないことを幸いと思う気持ちも既に遠い。
「パッと咲くは秘境の希少種、その名もティートレーイの花で御座います、ってか? 
 だって俺だし。樹齢ン百年とか、それくらい長生きすんのかなぁ。面倒だな」
想像して、ここは笑うところだろうと思い押し殺した笑いを上げる。
減らず口を叩ける余裕と退屈を飼い馴らす手綱さえあれば、それなりに楽しく生きていけそうだが。
ふっと笑うのを止める。笑いながらの最中にも口周りの筋肉がいとも簡単に固まっていくのが分かるのは流石に笑えない。

――本当に、花は咲く?
ヒトの気持ちは皆同じだというなら、
心と体両方が揃ってヒトだというなら、
姿は違っても心が同じならその人はその人だというのなら、
自分は果たして、本当にティトレイ=クロウという1人のヒトなのだろうか。
血肉は疾うに幹や樹液。心はとっくにティトレイという一個人とは掛け離れている。
其処に咲くものがティトレイから咲く花である保障が何処にあるか。
ならばここにいる1人の半人間半植物は、一体誰なのだろうか。
愚問だと一笑に伏す。
姿形に囚われるのは無意味だし、心は既に無価値だ。
自分が一体誰なのかなど関係ない。頭痛を起こすために頭を使う気は毛頭無い。
名前があろうがなかろうが、同一人物だろうが別人だろうが、
自分は自分でしかなく、1人しかいない。
それで充分だ。きっと、充分だ。
それで充たされぬというのなら、この辛すぎる在り方は立ち往かない。


256 :自殺の風景 [Replay] 3:2007/10/09(火) 18:04:43 ID:YSTjQaQH0

頬に冷たい何かが触れるのを感じて、彼は目を開ける。
鮮やかな青の空から、小さく白い何かが降りてくる。もう1度頬に落ちて、その冷たさが身に染みていく。
「……雪?」
そう呟いて、彼の視界が蔭る。
雪から守るかのように、目の前に銀髪の青年が立っていた。
ああ、お前がやったのか、とまだティトレイを維持する男は思った。
鼻で笑うようにしてティトレイはまるで其処にいる人間に贈るように虚空へ問う。
「俺が殺そうと思った瞬間後ろ向こうとしたよな、ヴェイグ。ほんの少し、でも確実に。
 あの状況で確実に自分よりも、カイルってのを気にしたよな、すごく強く」
それを捉えた瞬間、ティトレイの中で一つのシナリオが浮かんだ。
「俺はお前に言ったぞ。“まずその愛する所を奪わばすなわち聴かん”って、
 “お前が大事にしたがっているものが何なのか分かった”とハッキリ言ったぞ」
それは悪辣の具現たる策士の手法に肖った贋作ではあった。
「腕一本千切って、お前の握手を“絶交”したんだ。俺の覚悟は分かっていたよな?」
しかし、その模倣したモノは、紛れも無く本物だったのだ。
「俺を殺さないことが、あの坊主を殺すことと同じことだってのは分かっていたよな?」
これは殺すか殺さないかの選択肢ではない。
ティトレイを選ぶか、カイルを選ぶかの二択だった。
「時間切れも一つの選択肢だ。今更泣くんじゃねえよ馬鹿野郎」
苛立つような言葉が、ティトレイの口から吐き捨てられる。

深々と雪が降る。青い空の下で、白い雪が降る。
全てを包み込むように、覆い隠すように、
その白さを以てこの地で重ねられた数多の罪を潔白に染めるように、
そんなものでは覆い隠せはしないと黒き欺瞞を暴き立てるように。



少年は息を引き取った。
頭の隅ではそれを理解しても、他の部分が真っ白く侵され身体は全く動こうとしない。
涙を流しながら、少年の安らかな寝顔をただただ眺めている。
少年の血に落ちた雪は、まだ血がどこか温もりを持っているのか、じわりと溶けて滲んでいく。
それなのに、少年の身体に落ちた雪は溶けなかった。
微動だにしない2人に降る白いフォルスの雪は、何の変化もなく、ゆっくりと舞い降り2人を縁取る。
それほどまでにこの鐘楼台の麓は静かに、重く、そして寂しかった。
深い藍色、遠目から見れば黒を基調にした彼の服に、白い雪が降り積もっていく。
寒冷地で育ったと聞く彼の服は厚く作られているが、それでもこの寒さは身を切り刻むように伝わっているだろう。
この雪が少年に残された僅かな体温すら急速に奪っていることは傍らの剣も分かっていた。
青年の腕輪から何か力のようなものが持ち主に注ぎ込まれていく。
このままいけば、いや、既に少年に最後の手を下した権利者は青年になっていた。

だが、ディムロスは彼のフォルスを止めさせない。
少年の願いを無碍に出来るほど冷淡にはなり切れないし、
ましてや既に咎人たる自分に、彼に止めさせる言葉も持ち合わせていなかった。
同病相哀れむか。血の中に沈む意思持つ剣は、そう認識せざるを得なかった。


257 :自殺の風景 [Replay] 4:2007/10/09(火) 18:05:19 ID:YSTjQaQH0

弱みなど決して見せなさそうな青年の目から、止め処なく涙が溢れている。
だからと言って口から咽びが出ている訳でもない。
ただ、自然に水が湧き流れ出るように、涙が溢れている。
それはただ涙を流し続ける廃人のようだった。
塞き止めていた防波堤が倒れてしまったかのように、制御するスイッチが壊れてしまったかのように。
それは箍が外れてしまったように彼は泣くことを止めようとはしない。
これしかできない。そう、少年に伝えようとしているようだった。

ヴェイグ、と剣は沈黙を破って呼び掛ける。
彼は口を固く結んだまま、何も答えようとしない。
剣はもう1度名を呼び掛けた。
俯いていた彼の顔が、更に俯き、震える喉でか細く声を絞り出した。

「俺は、間違ってしまったのか?」

剣は何の返答もできなかった。
少年の死に顔がどんなに安らかであろうと、少年が死んだという事実に何ら違いはない。
彼が、間違いではない答えを選んでさえいれば、少年は腹部から手から内臓を骨を晒さずに、死なずに済んだのか。
しかし震えるように吐き出される彼の言葉は誤っている。その問いそのものに重大な誤謬がある故に。

仮に、仮に親友を殺したとしたらこの結末はどうなっていただろうか。
ティトレイによるカイル殺害は成らず、文字通りカイルが少なくともこの時点では生きた未来だっただろう。
それは同時に、親友を殺した未来であり、彼は一生十字架を背負うだろうが、
少なくとも選んだ未来の結実が青年を慰めてくれるだろう。癒しになるかは別の話だが。
仮に、仮に殺さないと“選んだ”ならどうなっていただろうか。
カイルの死はこの流れに沿って完結しただろうし、余命幾許も無いティトレイの未来も数秒の差でしかないだろう。
だとしても、選んだことに知覚し責任を持つヴェイグは、後で押し潰されるかは別にしても少なくとも後悔はしなかっただろう。

だから、この選択に正解は存在しない。どちらを選んでも蜜も責め苦もあるのだ。
“最悪の選択肢を除き、その選ばされた未来に貴賎は無い”

だが剣は彼の選択を責めなかった。親友を殺すか殺さないかなど、迷い躊躇しない方がおかしいのだ。
しかし同じような慰めは言えない。
軍人として、1人の心持つ者として、“間違いではない”と肯定することなど出来はしない。
そして、カイルという業を生んでしまった人間を手放しで許容する訳にも行かなかった。
だから、剣は、ディムロスは間違っていると分かっても告げざるを得ない。
『……奴はどうする。あのまま放っておくのか』
コアクリスタルを光らせ、ディムロスは青年に努めて淡々と告げた。
彼は無言のまま大きく頭を振る。下から見上げる涙塗れの顔は苦痛に歪んでいた。
気持ちは充分に理解できる。何も考えたくないのはディムロスだって同様だ。
だが、それはもう許されない。
『あいつは、カイルを殺した。その事実は覆らない』
1人だけ悲劇の主人公を気取り何もせず佇むのは、ただの逃避にしか受け取られない。
どんな形であろうと、決着は勝手に着いてしまう。
ならば、その手で付けなければならない。もう“時間切れ”は許されない。


258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 18:06:01 ID:/y4tB/WY0


259 :自殺の風景 [Replay] 5:2007/10/09(火) 18:06:05 ID:YSTjQaQH0

沈黙していた青年は、ディムロスを血の海の中から掴み、ふらりと立ち上がり、
ヴェイグは無言のまま自分の懐から一つの短剣を取り出した。
焼け焦げて、刃も零れ落ちた無用のチンクエディアを熱を奪われ切った血の海に沈める。
「カイル。これがお前の母親を殺した刃だ」
まるで冬の吐息のように冷たく震える言葉を紡ぎ、赤く染まる嘗ての青い刃を見送る。
脳裏に過ぎるのは自らが殺めた二つの命。
一人は、コレに氷を纏わせ背中から貫き殺した。
そして、もう一人は、直接この刃で“斬った”。
自らの愚かな望みの為に。
武器も持たず、それでも機転と才能の全てを駆使し生き抜こうとした一人の女を。
迷い無く、迷うことすら考えずにその生を踏みにじった。
「ルーティへの切符はここに置いて行く。だからカイル」
その眼はまるで氷のように蒼かった。

「もう、俺を許すな」

雪が降る中で太陽は更に西に傾いていく。
陽に照らされ黄金色の輝きを放つ、天を割く程の高さにも錯覚出来る塔を、彼はきっと見上げた。
「確かなモノがある。いま俺の中にある感情のままにそれを為したら――――――――もうやり直せない」
ヴェイグはカイルの遺体を凍結させながら、その大剣に声をかける。
『同感だ。だが、例えこの仮初の意識だろうと、その感情を傍らに置いたまま笑うことなど私には出来ない。
 故にお前を止められない。“私の心の均衡の為に”。私は、私達は軽蔑されるべき、咎の住人だ』
ディムロスは、声を震わせながらそう答える。
幾度と無く繰り返される希望、後悔、そして絶望。その終りに今度こそはと縋る様に見出した最後の希望。
その少年が、死の淵に這いながら進んでいく様を直視する。
その一秒一秒こそが彼らには耐え切れない罰だった。

剣士は何も語らない。剣も何一つ語らない。
胸中に有るのは剣を握るその手と握られる柄が焦げ付くほどの無力感と、爛れそうな絶望。
そして捌け口を求めて体内を暴れ狂う程の何か。
それだけが彼らを繋ぐ。
ヴェイグが上を見上げる。光に目を眩ませてしまいそうな太陽は、鐘楼の背に隠れている。
その上に、清算しなければならない罪が残っている。
「行くぞ。ディムロス」
その剣先に渦が巻いた。
コアレンズが輝き、ソーディアンから熱が、
ヴェイグが輝き、フォルスより冷気が放出され、
急激な温度差が互いを巻き込み気圧差、即ち風を生み出す。
同質にして対極の感情が螺旋を紡ぐ。
最初は無色透明だったものが埃を巻き込み、砂礫を巻き込み、
終にはディムロスの刀身を覆うようにして旋風が生まれる。
「風神剣!」
開放される風が地面を打ち付ける瞬間、上昇気流に乗ったヴェイグの跳躍は恐るべき高さを生み出した。




260 :自殺の風景 [Replay] 6:2007/10/09(火) 18:06:56 ID:YSTjQaQH0

屋根の上に着地したヴェイグは息を弾ませることもなく、未だ倒れたままティトレイの様子を眺める。
ティトレイが見せる穏やかな表情はまるで先ほどまで殺す側に立っていた人間のものとは思えない。
だが、直ぐにヴェイグは否応なく納得させられる。
今振り返ってみればティトレイが唐突に逃げ出したこと自体――しかもわざわざこんな場所に――おかしいものだった。
全ては、ティトレイが仕組んだシナリオだったのだろう。
かつての親友を疑うことを心苦しく思うも、今目の前で倒れている男は、
少なくとも以前のティトレイ=クロウという人間とは違っているのだと彼は確かに認識していた。
事実、この男はカイルの腹部を貫いた事実は今もなお物証として存在する。
ティトレイの瞳は昨夜から変わらず光乏しく、生きているのにも関わらず生気が消え失せた顔付きは、
彼が知っている快活なティトレイのものとは程遠い。
今浮かべている笑みも、嘗て湛えられていた笑みとはどこかが決定的に違う。
ヴェイグの目に映る彼の姿は、今まで彼が持っていなかった冷たい空気を帯びていた。
たった数十センチの差の中に、見えずとも確かに其処にある壁が高く高く聳え立つ。

それは、聖と闇を、此岸と彼岸を隔てる壁。
2人の間にある、あらゆる物に対しての絶対的相違であり、隔絶であり、境界を定める何かだ。
その壁を前にして、彼は、もうティトレイの心には届かないと痛感する。
歩み寄り何もかも知り得なければ、ティトレイに起きた変遷を分かち合えなければ、理解というものには到底及ばない。
そして理解できなければ、相手の世界は非日常に押し込められた「日陰」だということになる。
例外や狂人という烙印を押された人間の、日陰の世界だと。
それを認めたくないというただの自分の我侭だと、彼、ヴェイグは今まで思っていた。
だからこそ彼は聖獣の力でティトレイを癒せると思い込み、実行した。
しかし、ティトレイは元には戻らなかった。戻らず、それでも言葉で戻そうと、殺すのを躊躇った果てにカイルは死んだ。
今あるのは、ただそれだけの現実だ。
嫌がる子供を無理矢理組み伏せるように、現実が真実を強引に規定する。

その現実こそが沈黙となって互いの距離を明確にし、深さを増長させている。


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 18:07:43 ID:38a6bAOIO
 

262 :自殺の風景 [Replay] 7:2007/10/09(火) 18:07:43 ID:YSTjQaQH0

「どうよ。絶望したか?」
静寂を破り、ティトレイは笑いながら言った。
まるで他愛もない世間話を始めるかのような、そんな軽さ。
その言葉に明確な主語はなかったが、口にせずともヴェイグには理解でき、だからこそその軽さに絶望する。
「……お前は、一体何に」
「迷っている?」
口にする前に、先手を取らせ主導権を得させまいとティトレイは答えた。
「そう、迷ってる……んだろうな。紛れもなく」
逆光で表情までは分からなかったが、少し自嘲と寂しさが混じったような音だった。
ティトレイの輪郭を持った黒い影が僅かに顎を上げるだけ動く。
身体を包み込む緑色の衣服に別段異常はない。ただ、それよりも奥を見透かすように、まじまじと見つめている。
「だが何に迷ってるかは俺にも分からねぇ。だから、それを知りたかった」
燦々と照る昼間なのに物寂しげな雪の中で、ティトレイの呟きが静かに響く。
ティトレイの視線はいつの間にか欠けてしまった右腕へと移っていた。
千切れた服の向こうには、本来滴る筈である血は全く見受けられない。
代わりに透き通った琥珀色の液体が、粘り気を伴って時折ぽたりぽたりと落ちていた。
何より、人の肌とは思えない裂け方の断片が、短くなってしまった袖から見え隠れしている。
ヴェイグは沈黙を守ったままだ。
はは、と乾いた笑い声がティトレイの口から漏れる。
「あるバカがフォルスを暴走させてな。俺はそいつが何で暴走したかを知りたいんだよ」
ティトレイの顔を更なる侵食が進む。
血管が浮かび上がったように存在を目視できる脈は、顎から頬へと張り巡らされていく。
そこを通うのは決して血ではなく、水や養分なのだろう。
仰向けのままであるティトレイの顔にひとひらの雪が落ち、じわりと溶ける。
「知らないままじゃ、訳分かんねえ見えないものに支配されてるみたいで、本当、案山子みたいでな。
 案山子は案山子なりに昔持ってたはずの心を知りたい訳だ」
その儚い呟きは、すぐに冷気に混じって消えていった。
空は尚も青いが、小さな雲が1つ太陽に掛かろうとしていた。小柄な割には体積の大きい、重い雲だ。
「殺さないのか?」
作り物の目がヴェイグを射抜いた。
「……カイルを」
彼は小さく呟く。
「カイルを殺したのは俺だ。俺が殺したんだ」
ヴェイグの切とした声に、溜息を零すようにふっとティトレイは笑った。
「それには同意するけどよ。大人しく罪を被せたほうが楽だと思うぜ?
 それともあれか、殺したのは俺だからお前は悪くない、っていう俺を生かすための免罪符か?」
「……違う」
「じゃあクレスがこっちに来るのを待って、自分が殺されるのを待って俺を助けようとでも?」
「違う」
もう1度ティトレイは笑った。
「なら殺せばいいじゃんか。仇討とうとか思わないのかよ?」
ヴェイグは手の中にあるディムロスを握り締める。
そして、柄を上に、刃を下にし、ディムロスを振り上げる。
ティトレイは目を細めた。それは恐怖からには見えず、一種の安堵のように思えた。
雲が太陽に掛かろうとする一瞬、刀身が雪の間をくぐって差し込んだ光に煌く。焦点の絞られた切先は一気に拡大した。
何の躊躇いもない一閃が落とされる。
ティトレイは目を開けたままゆっくりと重い息を吐いた。息が吐き終わる頃に、剣は突き刺さった。
顔の横、ちょうど顔とサークレットに付けられた飾り布の間のスペースに落ちたということは、
振り下ろされた剣が作り出した風圧で布がはためいたことで窺い知れなかった。
肩にかかるほどのぼさぼさな髪が何房か離れる。
屋根に刺さったディムロスがかたかたと音を立てるほどに、ヴェイグの手は震えていた。


263 :自殺の風景 [Replay] 8:2007/10/09(火) 18:08:34 ID:YSTjQaQH0

「何故、傷付け合わねばならない……?」
食い締められた歯は僅かに震え、その間から漏れるように小さな声が彼の口から出てくる。
「お前の願いは、力があれば叶うものなのか……?」
剣が振り下ろされても驚くような素振りも見せずにティトレイは、
その無感動な目でヴェイグを見つめ、彼の問い掛けに強いて言えば不思議そうな表情を返していた。
雲に光を遮られ、瞳から星が消える。
「知ってるか?世界に色がないんだぜ。例えじゃない。文字通りの意味でだ」
ティトレイはそれだけ答えた。
光の消えたその瞳は、琥珀色でありながら深い闇に繋がっていた。
何も見出せぬ、深い闇。
雲が流され、再び光が差し込む。ティトレイは眩しそうに目を細めた。
光は横に立つヴェイグの背丈に遮られて届いていなかった。
彼が口を開くより前にティトレイは背を向けた。重い足を引き摺るように、ゆっくりと進む。
その遅さは、足に付き纏う見えない何かを取り払いながら進んでいるかのようで。
青年の姿に、ヴェイグは昨夜の、素月の照った丘を思い出した。
そして、屋根の上に残っていた氷剣をヴェイグの方へ蹴り飛ばす。
ヴェイグは拾わずに、ティトレイの方へ向き直る。
それを足元に送られても、ヴェイグは沈黙したままだった。
ティトレイの声は穏やかなものだったが、どこか寂しげな音を秘めているように聞こえるが、その淋しさは表情には表れない。
「やっぱり、ヤマアラシはどうしたったって傷付くだけなんだよ」
だからこそ、ぽつりと発された言葉は静けさの中でやけに行き渡り、この寂しさに映えた。
「もうすぐ脳まで変わる。そうなったら唯の樹だ。敵討ちすら叶わないぜ」
その言葉の凄惨さとはかけ離れた笑顔でティトレイはヴェイグに背を向けて歩き始めた。

歩くティトレイはやはり空を見上げる。その向こうには草原が、海が、空が一面に敷き詰められた絨毯のように広がっている。
本当なら脇の横に奥など見出せないはずなのに。
無くなった腕の先の風景が今になってどうしようもない違和感に思え、ヴェイグには不思議でたまらなかった。
「言ってたよな。どうして傷付け合うのかって」
屋根の縁にまで歩いて、足を止めて振り返る。
緑髪が、微かに風に揺れた。
「傷付け合うんじゃない」
ヴェイグの脳裏に、よく分からない、直感とでも言うべき一抹の予感が光速で過ぎった。
彼はディムロスを落とした。乱雑に落ちた残響も耳に届かない。同時に手を伸ばした。
2人の間は数歩分しかない。しかし壁は高く聳え、境界線は互いを遮る。
けれどもヴェイグは、それでも体当たりにも似た必死さで、右手で荒々しく短剣に手を伸ばす。
そして振り返るのだ――――
裏切られた夢想と共に氷剣アイスコフィンを掴む。
氷を纏わせるようなこともせずに、ヴェイグはただティトレイに向かってゆっくりと前進する。
「選択を強いられ合うんだ。誰かが出会えば必ず」
ティトレイも呼応して屋根の淵から歩みだす。
二人が屋根の中心に近づいていく。
二人の肩がすれ違う。互いに背を向けたまま。
「それが、このゲームの答えだからだ」
ティトレイが振り返ると同時に、ヴェイグの左手がティトレイの手を掴もうとして、空を掴んだ。
何も掴めないし、もう何も届かない。
彼の左手は酷い火傷を負っているのにも関わらず、ヴェイグは左手を爪が肉に食い込むほどに握った。
ティトレイは初めて驚愕らしい驚愕を前面に出し、ヴェイグを見つめる。
ただでさえ焦げた服の向こうに見える火傷は激痛を発しているのだろう。
とてもではないが、力を込めて握ることが出来る痛みではない。


264 :自殺の風景 [Replay] 9:2007/10/09(火) 18:09:44 ID:YSTjQaQH0

違う、などとヴェイグは言わなかった。薄々分かっていたことだ。
だがそれは、言ってしまえば色んなものが削げ落ちていってしまいそうな真実だった。
「なあ、ヴェイグ。今のお前の素直な気持ちを、その刃で俺に教えてくれ。
 このパチモンの茶番の果てにあるものが、きっと俺が見たかったものだ」
驚愕を引っ込めフェイクの笑みをティトレイは浮かべる。
力を込めて強く食い縛られていた口が、小さくぽかりと開く。
「憎い」
静かに、しかしはっきりと3文字の呪詛は雪の中で冷たく響く。
「憎い。カイルを殺したお前が憎い。俺の中にある憎しみは、一体何だというんだ……?」
ヴェイグの内側から、かつての夜に生み出されたティトレイの過去が溢れ出す。
「破壊は悪だ。殺人は悪だ。なのに、俺は……俺の中に、どこかで肯定する自分がいる……」
氷刃を掴む指が深く食い込みぎりぎりと音を立てるほどに、強く握り締められていた。
二度と見失わぬように、強く。
それで彼は理解した。
「そうか」
ティトレイは少し安堵したような、そんな笑みを見せた。
失くしていた探し物を見つけたときのような、そんな歓喜と安心の笑み。
それでいて、例えなら有り得ないはずの、どこか諦観にも似た笑み。
ヴェイグの顔に広がる苦悶の表情とは正反対だった。
「羨ましいぜ。俺、そういうのもう分かんねえから」
ティトレイは、自然と重力に従ったように、顔を俯かせ影で表情を隠した。







何も分かっていなかった
全部間違いだった。正しさなど何処にも無かった。
何もかも、手遅れだったのだ。






「これは最後の忠告だ。“この後の展開”は俺の仕組んだことじゃない。
 だが、どうやら“シナリオは大凡同じ”みたいだ。俺のチンケな思惑を超えて、事態が回ってる」

ヴェイグは短剣を両手で握り、振り上げる。

「見せてくれないか。俺があの時勝っていたら、俺は一体どうなっていたのか」

265 :自殺の風景 [Replay] 10:2007/10/09(火) 18:10:33 ID:YSTjQaQH0


髪が、花が伸びる。
サークレットが、額が、まだ人間だった頭蓋が貫かれる。
ティトレイは笑顔を浮かべた。今度は、心底嘲笑うかのように。

「付き合わせて悪かったな、ヴェイグ」
剣を伝い、鍔から流れ落ちるものはもうとっくに赤を失い、白濁としていた。

両腕を失ったティトレイにその刃を引き抜く手段は無く、よろめきながらティトレイは後ろに下がっていく。
彼の姿が、どんどん小さくなっていく。
足が端を越えて、空を踏む。ティトレイの体が傾いていく。
完全に上下が逆になったその体で、ティトレイは自らの樹液に汚れた瞳で世界を見つめる。
其処にあるのは、先ほどまでとなんら変わらない景色。
しかし、それは色を失った極彩色のモノクローム。


――――――ああ、これが、これが見たかった景色か。はは、いー眺め。でも――――――


それこそは、彼にとって最大の罪であり、
最大の裁きであり、
最大の、罰。


――――――本当にこれが見たかったのか?


ただ、額に突き刺さった短剣が、十字架の墓標のように墜ちていく。


――――――――――――――――――まあ、いっか。これで、やっと――――――――――――



そうして、地面で一本の樹が粉々に砕け散った。


266 :自殺の風景 [Replay] 11 :2007/10/09(火) 18:24:26 ID:c3TMIlqh0

ヴェイグが見下ろすと、確かにそこにティトレイがいた。否、両方の意味で、彼だった者がいた。
雪の中に白は映えない。頭部から流れ出る樹液がゆっくりと、しかし決して止まらずに広がっていく。
これでまた彼は汚れた。
守れなかった黒い血よりも、信じてくれた者の喀血よりも、誰かを殺した返り血よりも、何よりも一番汚れていた。
あらぬ方向に砕け散った木片がこの地で歩んできた道を体現しているようで嘔吐感を覚える。
目が離せなかった。美しいものや光景に心を奪われたなどという悪趣味ではない。
別の意味で心を奪われた。信じることが出来なかった。
目の前の、友が死んでいるというただ1つの現実に。

「……馬鹿……」

ぶらりと手を垂れ下げたまま、ヴェイグは何も浮かべず、ぽつりと呟いた。
その言葉がふっと口から出た瞬間、心に別の感情が流れ込んでくるのが分かった。唐突な、驚愕のようなものだった。

「馬鹿、だ……」

もう1度、吐き捨てるように呟く。
激流のように現れた感情を理解するのは簡単だった。
手が、体が、わなわなと震える。屋根の一面に霜が張る。

「馬鹿だ……お前は……ッ!!」



鮮やかな橙色の光が、目の前で輝いている。
差し込む光でくっきりと影が作られ、茜と墨を溶いたような黒は、美しい黄昏を形成していた。
何もかもがなくなり、静寂の中でその光だけが粒子さえ見えるように照り輝いた。
それも、もう少しすれば落ちる。
膝からがくりと落ちる。立ち上がるような力は入らなかった。口から、震えて言葉にならない文字の羅列が零れる。
手離した恐怖で、自律を失ったかのようにがくがくと大きく震えている。
握り締めようとしても上手く動かない。手を開いたのだということを自分に見せ付けているようだった。
少しだけ、手に温もりが残っている。それが確かに分かるだけに、手の戦慄きは収まらなかった。
離した。離してしまった。1度、やっと掴んだ手。
論理とか根拠とか何もかもを無視して、選んだ道。



その果てに、彼は何も掴めなかった。



「うあぁぁッ、あああ……ぅああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……!!!」

叫びは怒りでも憎しみでもなかった。
あまりにも虚し過ぎて、陽の落ち始めた村に釣り合っていた。

手の温もりは、既に夕方の冷気で消え失せてしまっていく。
それでも、握っていたという手の感触だけが、掌で蟠り続けていた。

267 :自殺の風景 [Replay] 12 @代理:2007/10/09(火) 18:25:17 ID:c3TMIlqh0

「ディムロス」
彼は跪いたまま、ただその光景を眺め呟く。死体の横にまた死体、考えうる最悪の全てがそこにあった。
剣は何も答えない。
「罪を背負った人間は、死で贖うしかないのか? 生きることさえ罪として、許されないのか?」
ヴェイグの中で去来するのは、その背中に羽根を背負い、絶望の中を駆けていく少年の姿。
「あいつも――――見ていたんだろうか、こんな……色褪せた世界を」

全てをやり直すことは罪の否定に他ならない。
全てを蘇らせることは罪の蘇生による罰の再来に他ならない。
ならばそれは、本当は、余りに傲慢ではないか。

だが、彼はその絶望の中で戦っている。微かな希望を掴もうと、この景色の中で――――

その景色の中から、飛び出してきたものをヴェイグは直ぐには理解できなかった。
「クレス、だと」
ヴェイグの瞳が遠くに焦点を合わせる。
その像を朧気に結んだ場所にいたのは、翻る紅い外套と紫に鈍く輝く魔剣。
『…………奴がここにいるとは、真逆、ロイドが』
ディムロスが言葉にするよりも早く、ヴェイグが剣を後ろに向ける。
全てを焼き滅ぼす焔の怒りと、全てを凍て付かせる氷の殺意。
噛み合い、相殺し合い、属性を偏らせること無く高密度のエネルギーだけを生み出していく。
二つにして一つの感情が、再び旋律を廻す。
「絶・瞬影迅…………風神剣!!」
剣より放たれる暴風に乗って、彼らはその高みより降り立った。
その景色より別れを告げて、全てをこの景色に変えてしまう為に。


268 :自殺の風景 [Replay] 13 @代理:2007/10/09(火) 18:26:02 ID:c3TMIlqh0

「う…おええええっ!」
ヴェイグがその場所に辿り着き、まず目に付いたのは
消化不良の内容物が口を吐き出しながら、自らの咽喉を焼くクレス=アルベインの姿だった。
腰を落とし、両膝を突いたその様子は、ほんの少し前に見た姿とは大きく変わり果てていた。
「い……嫌だ……もう嫌だ……」
震える喉から聞こえる覇気を失った言葉がヴェイグの神経を苛立たせる。
何があったのかは類推できなかったが、一つだけハッキリとしていたのは、
その剣が大きく血に汚れているということだけ。
それだけで、自分達にロイドという、一縷の望みが絶たれたことを理解できた。
クレスが剣を掴み、ヴェイグの方を睨むが、その瞳はもう正気の色を残していない。
――弱い。
何もしなくともそれが分かったからだ。
氷を軽く飛ばし、それをディムロスで一気に蒸発させる。
ボン。
何が起きたかも分からない様子で動かないクレスに、ヴェイグの怒りはチリチリと上がっていく。
それは燃え上がるような激怒とは違い、
まるで触れた植物をガラスのように砕いてしまう液体窒素のような静かな怒りだった。

「ロイドを殺したのか」

ヴェイグの言葉にクレスはゆっくりと目と首を此方に移動させる。
「……で」
元よりクレスに返答を期待していた訳ではない。
ロイドは死んでしまったと認識するだけで、全身から汗が止み、熱が引くのが分かった。
最後の希望は潰え、カイルが望むような結末は絶対に訪れないという事実が、
最後に迷った一線を踏み越える意思をヴェイグに与える。
「……んで」
どちらを選んでも正解にならない。あるのは次善と最悪のみ。
罪の無いカイルの命を奪いながら、尚罪を重ねる俺達を生かすそんな世界は間違っている。
恐らく、カイルならばその理不尽を拒絶することなく許容するだろう。
だが、世界はそんな希望を拒絶した。ならば誰かがその間違いを“拒絶しなければならない”
「なんで、なんで居るんだよ。“僕”」
元殺人鬼から呆れるような言葉が送られ、ヴェイグは笑った。
溢れ出す暗い感情が、体に湧き上がってくる。

269 :自殺の風景 [Replay] 14 @代理:2007/10/09(火) 18:26:45 ID:c3TMIlqh0

「久しぶりだな。この感覚は…」
憎むべきは、誤ったのはこの世界、そしてその王、そして俺自身。
その全てを破壊しなければ、間違いは正されない。
「何を言って」
会話の噛み合わないクレスの言葉などヴェイグには眼中に無く、
服に付けていた一つのバッジを地面に捨て去る。
それが、二度と迷わぬようにと願いを封じた決別の意思だった。
ミクトランをこの手で滅ぼすのならばこの島を、この世界を生かすわけにはいかないのだ。
それが意味するのは、仲間の死。しかし、ヴェイグは躊躇しない。
ルーティを殺しジェイを殺し、そして自らの過ちでカイルを殺し、
罪は自分にあると判りながらも親友を手にかけなければならなかったその身は、とっくに汚れ切っている。
この汚れ役は、自分にしか務まらない。
「言い残すことはあるか?」
目の前の障害など、滅ぼすべき一つのファクターでしかない。
「無いならば、せめて焼死か凍死か、好きな方を選べ」
なんとしっくり来るのだろうか。巡り巡って、辿り着いたのは結局最初の自分。
ああ、そうか。分かった。理解出来た。
これが、このゲームの答えだ。
「……クレスって、誰なんだ?」
教授を乞うような声でクレスが呟くが、ヴェイグには届かない。
カイルを、ロイドを、生き残るべきを殺しておきながら嘲笑うこのゲームを許す訳にはいかない。
罪には裁きが必要なのだ。
眼には水銀にも蒼炎にも似た青い光が宿る。
張りつめた大気の中、ヴェイグの感情が暴走と呼ぶに相応しい高まりを見せる。
手に持ったソーディアンの炎がヴェイグの氷と相殺し、
雪原は現出しないものの、その変質した場の空気は誰の目にも明らかだった。
もう悩むまい。何を選んでもこの世界は“間違いしかない”のだから迷いようが無い。
「ディムロス、悪いが付き合ってもらうぞ」
『……止めはすまい。ロイドが失われた今、ミクトランを討つにはそれしか手段が、無い。そして』
クレスは立ち上がり、紫の剣に手を掛けながらヴェイグに言の葉を向け、
「俺は、クレス=アルベインなんかじゃない」
剣を抜いて自信たっぷりに言い放った。
「答えは“剣”だ」
『私自身、この憤怒を抑えきれそうもない』
呪いの影響か、クレスはティトレイとは別の形で自己完結した一人芝居を続ける。
しかし敵を嗅ぐ力だけはあるのか、剣先は紛れも無くヴェイグに向かっていた。
「……行くぞ、ディムロス」
ヴェイグは蒼い炎でディムロスを光らせる。
クレスも自らの刃を同じように蒼い炎で光らせる。
「俺が俺である為に、偽者のお前は死ね。クレス=アルベイン」
最早破綻しきった会話ですら、ヴェイグは納得したように頷く。
「クレス=アルベインか……そうだな。今から俺が歩む道は、お前と同じ殺人鬼だ」
歯を軋ませるクレスを見て、ヴェイグの中を虫酸が走る。
嫌悪などと生易しいものでは無い。自らを含めて、この世界が許せない。
「お前は、俺が殺す」
例えカイルが、スタンが、ルーティがこの二人を許そうと、二人は自分を許せない。
願いも祈りも希望も踏みにじるこの世界は、許しては置けない。

270 :自殺の風景 [Replay] 15 @代理:2007/10/09(火) 18:27:18 ID:c3TMIlqh0

「ならば殺人鬼らしく、惨たらしく殺させてもらう」

二人は同時にバックステップで御互いの距離を取る。
存在しない幻覚の森で、それを合図に二人は雄叫びを上げて走る。
一人は殺す為に。一人は屠る為に。

茂る森の中、あの夜にすでに決まった結末を覆すべく、
幻覚の森で、既に結末の決まった剣が交差した。


演者が疲れ死ねば、裏方が演者となる。
    裏方も死ねば、観客が演者となる。
         惨劇は滅ばず。悪夢は滅びず。ただ次の公演を待つ。
              違う舞台で、違う役者で、違う演出で、同じ演目を。いつか終わることを欲し。

    
               最後の一人が、踊り切るまで。



【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP50%(メンタルバンクルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 漆黒の翼のバッジ ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:クレスを殺す
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台付近

【SD】
状態:自分への激しい失望及び憤慨 後悔 深い怒り ヴェイグの感情に同調
基本行動方針:全部を終わらせる

【ティトレイ=クロウ 死亡確認】

【残り8人】


271 :状態表修正:2007/10/09(火) 19:27:47 ID:YSTjQaQH0
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP30% TP50%(メンタルバンクルで回復) リオンのサック所持 左腕重度火傷 絶望 深い怒り
 両腕内出血 背中に3箇所裂傷 中度疲労 左眼失明 胸甲無し 半暴走
所持品:ミトスの手紙 メンタルバングル S・D
    45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:全部を終わらせる
第一行動方針:クレスを殺す
第二行動方針:優勝してミクトランを殺す
現在位置:C3村東地区・鐘楼台付近


272 :状態表修正2:2007/10/09(火) 19:34:15 ID:YSTjQaQH0

C3村東地区・鐘楼台入口付近のドロップアイテム一覧:
鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ペルシャブーツ
蝙蝠の首輪 セレスティマント ロリポップ 魔玩ビシャスコア ミスティブルーム 漆黒の翼のバッジ
フィートシンボル バトルブック(半分燃焼) エメラルドリング クローナシンボル


273 :good night 1:2007/10/10(水) 17:00:45 ID:bq7k6cFbO
 「どんな別れなら悲しまずに居られるだろう
  『冗談だよ』
  って、いつもみたいに戯けて笑って見せて♪」
 確か、クレアが毎日のように歌っていた歌だ。懐かしいな。
 最後に聞いたのは…何時だっただろうか。随分前に感じる。
 ……あいつが何時もの様に暑苦しい笑顔で“冗談だぜ、ヴェイグ”とだけ言ってくれれば、どれだけ幸せだっただろうか。
 馬鹿だ、お前は。
 親友をこの手で殺めて悲しまないヒトなど、いるものか。
 この世界では全ての選択が間違っている。
 ならば、悲しまずにいられる結末なんて、存在しない。
 しかし…俺は今、悲しみを感じていない。何故だ……。
 「誰にも言えずに長い夜をただ一人で
  ……どんな思いで、どんな思いで居たんだろう♪」
 そういえばあいつは、ここでは一人だったな。いや、確かにクレスとやデミテルとは一緒に居たが会話らしき会話はしていないだろう。本音を誰にも語れずに居たんだろうな。
 長い間仲間であり親友“だった”んだ。その程度は嫌でも分かる。
 あいつはどんな思いで夜を過ごしたんだろうか。
 あいつの“迷い”は、一体何の迷いだったんだろうか。
 何を、“誰にも言えずに”居たんだろうか。
 「ああ
  遠い空に
  散り行く星の光♪」
 あいつの目的は何だったのだろう。
 ……星は既に遠い空に散ってしまった。
 知りたくても、それは叶わない願いなんだろうな。
 「きっと
  今も何処かで、微笑んでいますように♪」
 いつも五月蠅くて、暑苦しい程の馬鹿笑いをしていたあいつのそれは、とても“微笑”と言えるものではなかった。
 けれども、どれだけあの馬鹿笑いを見たいと思った事か。
 それだけで俺は安心出来ただろう。全てが夢なら、嘘なら良かったのに。

274 :good night 2:2007/10/10(水) 17:02:35 ID:bq7k6cFbO
 「限りあった、未来はきっと
  残された手の平で輝くと今誓う♪」
 あいつの手が、俺の差し伸ばした手を掴んでくれたら。どれだけ歓喜しただろう。
 再び友情をその手に誓ってくれたら。どれだけ救われただろう。
 再び未来の輝きを二人で、掴みたかった。
 だが、それは甘い考えだった。あいつに腕は無かったから、等という理由ではない。
 頭のどこかであいつを信じたかった。いや、信じていた。
 その結果がこれだ。
 裏切られた、なんてエゴは言わない。あいつは今までのあいつとは違う、と頭では理解していた。
 だが信じていた。
 そこにある矛盾。
 だから俺は選べなかった。
 この現実はそんな俺への罰だ。
 だから、俺を赦すな。カイル。喩え、お前が俺を赦そうと。世界が俺を赦そうと、俺は俺を赦さないし、俺が世界を赦さない。
 ……先刻俺は“罰”と表現したが、厳密には違う。
 罰は暗に、“それにより赦される事”を前提としていると俺は思う。
 だが俺は赦される事を望まない。
 俺の中の罰の定義とは外れるが、俺には罰以外に表現出来なかった。
 赦されない事を前提とした罰。
 罪滅ぼしなんて出来ないし、しない。
 先程までとは違う。もう甘い考えは棄ててやる。
 ――そういえばさっきの歌の続きが思い出せないな…おかしい。覚えて無い筈は無いんだがな。
 何だ、この感覚は……。
 まるで自らの本能が脳から記憶を呼び起こす事を拒むような、不思議な感覚だ。
 思い出さない方がいいのかもしれない。
 だがどうもおかしいな。あいつを討つまでは覚えていた気がするんだがな……。
 まあ、気にしても仕方無い。
 今は、目の前の“これ”をどうすべきかを考えるべきだ。
 ……俺は、お前と同じ世界を見て、同じ道を歩む。結果も同じなのかもしれないな。
 ……もうお前とは、決別しよう。こいつを炭にして。
 ――ヴェイグは、その剣に覚悟の業火を灯らせた。




275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:04:05 ID:PcQZv2+nO
 

276 :good night 3:2007/10/10(水) 17:04:19 ID:bq7k6cFbO
「――次元斬!」
……遅い。
ヴェイグは空中に飛んだクレスを見て思う。恐らく本来の1/10の速度を出せているかどうか、といったレベルだろう。
そして、薄い。
紫の魔剣から伸びた蒼の刃は、所々が透明で、穴も開いていた。
更には、雑だ。
蒼の濃さは部分部分で全く違い、そして刃は直線ですら無い。これでは人は愚か、バイラスですら一撃で斬れないだろう。
挙句の果てに、隙だらけ。
ミルハウストやユージーン達の様な軍人ならば、今この瞬間にはもうクレスを真っ二つにしているだろうな。
だが俺は敢えて受けてやろう。
……到底クレス本人の剣技とは思えない劣化っぷりにヴェイグは心の中で嘲笑した。
この程度ならば、この技で十分。
「――絶氷刃!」
緋の剣から放たれるは、蒼の光を持つ刃。
二人の剣は蒼の衝撃波を持ち激突した。
素人から見ればこの勝負、互角に見えただろう。だがヴェイグの絶氷刃は基本技、しかも必要最低源の威力に落としたそれだった。一方クレスは時空剣技、それも奥義だ。
確かに威力は互角でも、技の質が違う。
勝敗が既に決まっているこの戦いの大団円が訪れるまでは、次元斬と絶氷刃の相殺により空中へと弾かれた白銀の氷が落ちるまでの一瞬の出来事だった。
極めて薄い白銀の氷は、まるで風に舞う枯れ葉のようにゆらゆらと空中を旋回した。
「……あああ鳳凰天駆っ!」
相殺された蒼の刃を焦点が定まらぬ目で一瞬だけ見据えると、クレスは地面を蹴り上げ即座に紅の炎を纏い天へと駆ける。鳳凰が狙う獲物はただ一人、ヴェイグ=リュングベル。
「無影衝!」
ヴェイグは鳳凰が下降する動作を捉えると、回避と一体化した攻撃でそれを防がんと技名を叫び、ディムロスを握り直す。
――さあ、何時でも来い。
しかし鳳凰は予想外の行動を取った。

277 :good night 4:2007/10/10(水) 17:06:07 ID:bq7k6cFbO
天から地へと下降する前に纏う炎を紅から蒼へ変化させたのだ。
そしてクレスは空中で停滞しつつ上昇した。
その動作を見てヴェイグはロイドから教わったクレスの時空剣技の特徴を思い出す。
――蒼を纏い、剣を下に向け空中へと上昇。これは確か、ロイドが言っていた……“空間翔転移”の予備動作。
空間翔転移は、消えるまでの相手の座標を目標にして下降するとのこと。
今のクレスなら小細工までする余裕は無いだろう。
ならば、クレスが現れる位置は今の俺がいる場所の後ろか。
……だがどうする?
今俺は無影衝を放ってしまった。いくら鈍っているクレスの攻撃とは言え、もう走って避けている余裕は無い。既にクレスは消えてしまっているからだ。
あと一秒もしない内に奴は俺を串刺しにするだろう。
――ならばっ!
ヴェイグは出来損ないの無影衝を放つと、続けて神速の奥義を発動する準備をした。
避けられないなら、特技の隙を無くす奥義のこの技で無理矢理距離を取りつつ背後から攻撃するまで!
「空間翔転移!」
ぐにゃあ、と空間が歪みクレスの紫がヴェイグの背後に顔を出す。
「崩龍―――」
クレスはヴェイグの背後へ転移し、ヴェイグは転移したクレスから一気に距離を離す。一瞬、クレスの前方で静止した後、更に神速の一撃を持ちクレスの背後へ立つ。
クレスの背を蒼の炎を纏う剣で貫き、素早くそれを抜くはヴェイグ=リュングベル。
クレスの鎧が砕け落ち、胸と背から血がじわり、と滲む。
しかしそれで攻撃が終わった訳では無い。
「―――無影剣!」
背から抜かれた剣を合図に、凄まじい冷気がクレスの全身を刻んだ。
その瞬間に氷の葉が一枚、地に降りた。


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:06:09 ID:PcQZv2+nO
 

279 :good night 5:2007/10/10(水) 17:08:07 ID:bq7k6cFbO
「う……嘘だ……」
蒼を以て赤が流れ出す。
クレスはぽかん、と空を仰ぎ再び壊れ出す。
それはヴェイグとディムロスを呆れさせるどころか、哀れみの情さえ生んだ。
「嘘だ俺は負けない僕はクレスに負けて違う負けない為に嘘クレス違う俺違う負けクレスに負け嘘違俺はクレスに負けてああああ……」
それでもクレスを地面に伏させないは、体力では無く精神力。
――戦う気力すら、失せる。だが、ロイドを殺したお前を生かしておく訳にはいかない。
……せめて、一撃で屠ってやる。
『どうしたのだ、ヴェイグ?』
ディムロスがクレスから遠ざかるヴェイグへと声を掛ける。
近付く必要はあっても、遠ざかる必要は無い。
「一撃かつ全力でクレスを葬る。その為には、ある程度距離が必要だ。絶・瞬影迅を使う為にもだ」
ヴェイグはそう説明するとクレスに背中を向けながら、無機質な声でたった、たった一言呟いた。
その一言は恐らく今のクレスにとって無慈悲な断罪の炎だと知りながら、ヴェイグは敢えて紡ぐ。
……もう俺の言葉は聞こえてないだろうが、よく聞け。クレス。

「お前の負けだ、クレス」

背後で音が聞こえた。
ヴェイグは首を曲げ、何事かとクレスを右目に収める。
「違う違う違うチガウチガウ、違あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうッ!死ね!しね!シネ!ぼ、俺はッ!負ける訳にはいかないんだッ!うおおおあああAAA!」
ヴェイグは溜息を吐くと、首を元の位置に戻し、目を閉じた。
一陣の風により、ヴェイグの三つ編みの髪がゆらゆらと空中を泳いだ。
「負ける訳にはいかない、か。それは俺も同じだ。だから……俺はお前を殺す。
 ―――絶・瞬影迅」

280 :good night 6:2007/10/10(水) 17:09:24 ID:bq7k6cFbO
ヴェイグは剣を握る。
もう十分距離は取った。あとはこのままクレスを殺すのみ。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
――しかし、凄まじい殺気だ。
ディムロスはコアクリスタルの中で呟いた。
執念の塊、か。いや、こやつは既に怨念の類だな。
自らを“剣”と称したのも、あながち間違いではない。
……愚かな奴だ。本来ならば、斬る価値すら無い敵。あの腹の傷に加え、先程の胸から背への一撃と氷により全身に刻まれた裂傷。放置しておけば死んだだろう。
が、こやつだけは斬る。
存在を赦していい者ではない。
大剣は、怒りの炎を更に滾らせ、纏う紅の気を更に濃くした。
「これでッ!終わりだあああぁぁぁぁぁ!!」
背後で紫を大きく振りかぶり、咆哮するクレスが居た。
ヴェイグはそんなクレスへと神速で走り出す。
「『終わりなのは、お前だ!!』」
ヴェイグは剣を蒼の炎で包む。
ディムロスは身を紅の炎で包む。
……俺の全力で、お前を潰す!
……私の全力で、貴様を斬る!
二人の牙は通じ合い、紅と蒼は混ざり合い、紫の炎へと変わる。

「冥!」
「幻!」
――紫は御互いを殺す為に再び衝突する。
衝突する刃は、冥界へと誘う時空の刃と、幻の森で冷気を纏う炎の刃。
ヴェイグは少し驚かされた。クレスのこの技の威力、先程とは比べものにならない。威力が呪いで低下してこれか。化け物め。
やはり全力を以て潰しにかかって正解だったな。

「空!」
「魔!」
――御互いに全力の剣激は、辺り一面を粉砕でもなく、“消滅”させる。空を斬り、魔を凍結させる。
……俺は負ける訳にはいかない。
いや、負ける筈が無い。
俺にはディムロスがついている。
一対二。俺が負けるなんて、有り得るものか!


281 :good night 7:2007/10/10(水) 17:11:14 ID:bq7k6cFbO
「「斬!」」
――紫と蒼の炎は密度を増し、それぞれが黒き炎に変貌していた。黒き炎は空間をも焼き、激しい雷を散らす。
皮肉な事だが、ここから彼等の技の名前は一致していた。

「「翔!」」
――一方の紫が弾かれた。
漆黒の炎を相殺するべき媒介は空へと飛翔する。
相殺されるべき媒介を失った炎は、当然残された媒介へと矛先を移行する。即ち紫を失った者へと。
……これで、終わりだ!
無意識のうちに剣を握る手に力が入る。

「剣っ!!」
――最後の天空への一撃を放ったのはただ一人。
よって“剣”の文字を紡ぐ事が許されたのはその者だけであった。

「あああああああああッ!!」
クレスは、ヴェイグから全身に最後の一撃を浴びると膝を崩した。
ヴェイグはその様子を見ると、苦虫を噛み潰しているような顔をした。
これだけ弱っているクレスへ全力の一撃を放ってもまだ殺せない。
“俺は弱い”
必然的にその四文字がヴェイグに叩き付けられる。
確かに俺は勝った。それも無傷だ。だが俺は、死に損ないの剣士すら一撃で屠れないのか。
なんたるざまだろうか。
これでは、カイルを守れない筈だ。
「い……痛い……い……や、だ」
クレスが呻く。
ヴェイグはその声に苛つきながら、敗北した者へと剣を向けて歩み寄る。
その剣で引導を渡す為に。
「さようならだ、クレス=アルベイン」
今度こそ、永久に彷徨え。
ヴェイグが虚ろな目でディムロスを見据えるクレスへと剣を大きく振りかぶった。
……さしずめ、死刑執行のギロチンといったところだろうか。
ヴェイグはそんな残酷な事を考えた。笑えない冗談だ。そうならば、俺は罰を与える側の人間だとでも言うのか?馬鹿を言え。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:11:54 ID:PcQZv2+nO
 

283 :good night 8:2007/10/10(水) 17:12:59 ID:bq7k6cFbO
ああ、じゃあこうしようか。これは“俺への罰”だ。全てを滅する事が、罰。
……どうだ?ふ、やっぱり笑えないな。
まあいい。事実なのは“俺が目の前の男を殺そうとしている”という事だ。
ヴェイグが振りかぶった剣を振り下ろすのと、叫び声と共に虚ろだったその目に恐怖を浮かばせ、クレスが逃げ出したのはほぼ同時だった。
「……ひぃあああああぁぁッ!死にたくないいいいいッ!」
男はその手で紫を引き抜くと、走り出したのだ。
「ぐっ…!待て!」
しっかりととどめを刺そうと大きく大剣を振りかぶったヴェイグは、予想外の出来事に待つ筈が無い相手にそれを言うのが精一杯だった。
大剣を振り回す怪力を持つヴェイグだが、振りかぶった剣が地面に着く前に体制を整える等という芸当は出来なかった。
よって、クレスを追いかけるのは、そこに有った筈の頭を斬れず地面に突き刺さった剣を引き抜く作業を終えてから始めなければならなかった。
「……逃がすかッ!」
地面に刺さるギロチンの刃を無理矢理引き抜くと、ヴェイグはすぐさま走り出した。
こんな所でTPは使いたくは無い。絶・瞬影迅の乱発は控えたい。
だが、逃げ足はなんて速いんだ…流石に鍛え抜かれた体なだけはある。
しかしクレスは満身創痍。
見失いさえしなければ、直ぐに追い付ける。
ヴェイグの少し前方を走る闘神だった人間は、手は振らずだらりと下げ、足跡を結ぶと到底直線とは言えない、子供が書いた落書きのような線が記されるだろう走り方をしていた。
彼の目に映るのは
“死への恐怖”
その一色だけだった。
「まさか敗北の末に逃げるなんてな……クレス!ふざけるな!」
前方を走るクレスにヴェイグは怒りを込め、その叫びの語尾を強調した。
その怒りの根源はクレスの態度に対してなのだが、自分の読みの甘さと弱さにもあった。

284 :good night 9:2007/10/10(水) 17:14:21 ID:bq7k6cFbO
ヴェイグは苛立っていた。
一撃で死に損ないのヒトを葬るつもりが失敗し、更に逃走まで許してしまったのだ。プライドが高い彼にとってこの苛立ちは当然の事だった。
そんな彼の考えを知らないクレスは、その叫び声に一瞬びくんと反応し、上擦った声で叫んでいた。
「い……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!死にたくない!来るな!来るなよお!!!来るなあぁあアァァあぁぁァあAAAAAaaa」
……なんだ、これは。
これでは俺が悪役じゃないか。
いや、そうなのかもしれないな。
汚れたこの手に正義なんてあるものか。汚れたこの口で、正義なんて言葉を言えるものか……。
友の母を殺し、仲間の少年を殺し、選択の果てに友を殺し、親友だった者を殺し、更には目の前の逃げ惑うヒトを殺そうとしている。
そもそもこの世界に、正義なんて言葉は無いんじゃないのか?何が正義なんだ?
『……グ』
……待てよ。ならば、悪とは何だ?
『……ェイグ』
俺は、まだ迷っている?何故?何に?どうして?
分からない……。
ティトレイも、同じ迷いを?
だとすれば、俺も同じように?
俺は、何を求めている?
このゲームを終わらせて、何をする?
その果てに残るものは、一体?
俺は、全てを終わらせたいんだろ?
ならば、俺の命は?
このゲームを終わらせた後、俺は?
いや、何を考えているんだ俺は。今更迷いだと?馬鹿馬鹿しい。
もう悩まないと決めた。
この世界で、迷いは即ち死だ。
だから俺は……
『ヴェイグ!聞いているのか!?』
そこでヴェイグの思考は止まった。
「……すまない、少し考え事をしていた……」
そう呟くと、ヴェイグは前方の人間の変化に気付き、目を細めた。
おかしい。何かが違う。

285 :good night 10:2007/10/10(水) 17:16:40 ID:bq7k6cFbO
『……やっと気付いたか? クレスが先程からおかしいのだ。まだ五分も走っていないというのにペースが落ちてきている。
 常人ならばあの怪我ではそれが普通だが、奴は腐ってもクレス=アルベインだ。奴の強靱な体なら今のように弱っていても何十分も走らなければああはならないだろう。
 更に、体の至る部分を庇う様にして走っている。まるで転んで出来た新しい傷を労る様な……。だが、クレスが庇っている部分には傷は無いのだ。
 理由は分からない。が、これは我等にとってチャンスでもある』
確かにそうだ。
距離にして残り10m程度。
このままいけばあと5秒たらずで追い付ける。
そうなれば今度こそは確実に詰みだ。
「……わかっている。行くぞ、ディムロス」
残り4秒。
ヴェイグはディムロスを握りフォルスを込めようとした。
今の内からクレスを屠るに十分なフォルスを練るつもりだったのだ。
だが悲劇はその瞬間に幕を開けた。
「…あっ…?」
残り3秒。
クレスの不抜けた声が確かに聞こえた。
何事か、と思い一瞬足を運ぶペースが遅くなる。同時に前方のクレスの背が短くなる。否、足が地面に沈んだ。
――馬鹿な。地面に足が沈むなんて、物理的に有り得ない。
これは、沈むというよりは、“落下”?
ならば、地面に穴が?
そういえばあの地面、妙に円形で黒く……。
残り2秒。
ヴェイグが理解した時にはもう遅かった。
クレスの下半身は地面に開いた夜へと続く漆黒の口に呑まれ、視界に残されたのは仰向けで落ちていくクレスの胸から上と、空中で回転する紫の剣だけだった。
残り1秒。
ヴェイグは死に物狂いで走った。
それがもう遅い行動と分かっていたが、走らない訳にはいかなかった。
見えるのは、虚しく回転する剣だけになった。


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/10(水) 17:18:12 ID:PcQZv2+nO
 

287 :good night 11:2007/10/10(水) 17:28:00 ID:lmIOOQZd0
運命の歯車は、回り出してしまったのだ。最早誰にもそれを止める事は叶わない。
0。
がきん。
穴の端に剣が衝突し、再び空を舞った。
握り締めていたディムロスが、地面へと力無く落ちた。
ヴェイグは穴を覗く。
クレスが抗えなかったあの夜に待っていた運命の果てを、覗く。
先程まで死を恐れていた筈のヒトが、三日月を浮かべるのを、覗く。
体から墓の名を持つ槍が飛び出ている様を、覗く。
ヴェイグは膝を崩した。
火傷を負った拳の痛みすら忘れて、強く握った。
ディムロスは、その青年が震えているのを見た。
――ああ、この青年は、私と同じ気持ちなのか。
「来いよ、僕」
月は抗えぬ運命に再び形を歪ませる。
ざくり。
紫は月を割り、月は紅の朧をその身に纏った。

待て
待てよ
待てよ、クレス
お前は、俺が、殺すべき
なのに
こんなのは
有りか、クレス
最後の最後に、笑う、だと?
それがお前の答えか、クレス!
ならば、俺はッ!
「う……あ…うあああああああああああああああッ!!ああぁぁぁッ!」

“ざまあみろ、偽者め”

死して尚固持する、自分を嘲笑う様な不気味な三日月がそう語っている気がした。
行き場の無い怒りは、ヴェイグに越えてはならない一線を越える力を与える。
『ヴェイグ』
ディムロスは呼び掛ける。だが彼は元より返答は期待していない。
「……なんだ……ディムロス」
しかしヴェイグはゆっくりと、拳を握ったまま答えた。
嫌に落ち着いていて、ディムロスは一瞬恐怖さえ感じた。
何かが、先程の叫びで吹っ切れた様な声だった。
『あ…ああ。エターナルソードの事だ。少し酷かもしれないが、あれを放置しておくのは気が進まんな。ミトスの事もある。
 そして……』


288 :good night 12:2007/10/10(水) 17:29:07 ID:lmIOOQZd0
……もしかすると、ロイドは生きているのかもしれん。
ディムロスはそう言おうとした。
『…いや、何でもない』
根拠が無い推測だけの話をするのは気が進まない。
ロイドが生きている、と考えたのは先程のクレスにあった。
あそこまで弱っているクレスにロイドが殺られるとは到底思えない。そして奴の剣。
付着していた血は、量が多過ぎた。
心臓を失ったロイドと戦ったにしては、少々大袈裟な位だ。
他の誰かとも戦っていた?だとすれば、斬られたのはグリッドかキールかメルディか?
更には負けた時の奴の反応。
奴はあろう事か尻尾を巻いて逃げ出した。
ならば、ロイドの時もそうであったとは考えられないだろうか?
ロイドの体力ではクレスに追い付けるだろうが、奴は空間転移を使う。それを利用して逃亡すれば、あるいは……。
「確かにそうだ。……気は進まないが、放置しておく訳にはいかないな」
ヴェイグは素直にそう思った。更にはもう一つの思惑があった。
(武器や防具を回収して今後に役立てるのも悪くは無い。自分を守るモノにもなるし、取引にも使えよう)
「直ぐに、取ってこよう」
ヴェイグは立ち上がりディムロスを握ると、穴へと飛ぶ。
夜の世界に体が埋まると、その炎の大剣を夜空の横壁に突き刺した。速度を相殺しながら、下降。
岩の槍はぎっしりと敷き詰められている訳では無く、雑だった。その間に足を運ぶと、目の前の紫に割られた頭が嫌でも目に入る。
とても見ていて気持ちが良いものではない。
しかしそれを見て沸くのは嫌悪では無く、純粋な怒り。
ヴェイグは必死に感情を押さえ込み、クレスの頭部を踏み、それを引き抜いた。
嫌な音が暗闇の牢獄で反響したが、特に気にはならない。
嫌な液体も散るが、これもまた気にならない。
案外簡単に抜けたな、とヴェイグは思う。


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